印鑑を作る話
魔術師は一人前になると紋章を作る。
主に正式書類の署名や封書の封印に使われ、協会に登録したものは身分証ともなる重要な物だ。大概は修了の証に師から贈られるが別に自分で作ってもよい。ただ、その意匠を誰に頼んだかはある種のステータスとされる。現在最も栄誉なのは勿論協会の長である学長に贈って貰う事なのだが……
「どうも、僕にはデザインの才能がない」
項垂れて頭を下げるルエイエにフィアは慌てた。
「いいです!いいですから!学長から貰えるなら丸描いてチョンでも私は嬉しいですけど、無理にとは言いません!」
「それは流石に僕も嫌だ。しかし、君の紋章が他の誰かからの物になるのも凄く嫌だ」
これでも頑張ってはみたんだが、と手元に散らばる丸められた紙の数々に眼を配る。
「専門家に頼んでもいいと思いますけど…」
デザイナーを介したとしても原案は依頼人だ。イメージや要素を伝えてデザインして貰う。その為に紋章師という職業があり、大半の師はそうしている。
「最終的にはプロにお願いする事は間違いないが、うーん、もう少し頑張らせて貰っても構わないだろうか」
「いえ、はい。急いではいませんので」
「フィア、まだ貰ってなかったんだ」
「うん。ずっと保留状態だった」
デザイナーも交えて何度か検討して貰っているようだがこれというデザインが決まらないらしい。そんなに悩むものでもないような気もするが、ルエイエは中々こだわりが強い。
「クドルは誰に作って貰った?」
普通なら就職のタイミングで師──スナフ先生から贈られている筈だが、フィアはその時の事を知らない。スカウトの手紙が来た時の先生の不機嫌さから考えると、ひょっとしたらルルイエの魔女か、もしくは自らで用意した可能性もある。
「スナフ先生」
「えっ」
思わず目を見開いた。
「就職祝いだ、って。…意外?」
「意外。だって絶対、機嫌最悪だったでしょ」
少し考えるようにしてから、肯いた。
「でも、絶対先生にお願いしたかったから」
そう言って柔らかく微笑むクドルを抱き締める。なんか泣きそうになった。
「うん。うん良かった。うん」
「???」
「オレ?オレは持ってないよ。魔術師として独り立ちする予定はないからね」
先輩にも聞いてみたらそう返ってきた。
「まあ、作るならウイユ先生にお願いするかな。あの人紋章学もやってたみたいだから」
「そうなんだ。マキちゃんは?」
「俺もたぶん持たないと思うけど。頼むとしたらダリ先生かな」
マキちゃんが頼むなら確かに錬金術の大家であるダリ先生が妥当だろう。ただマキちゃんは職業魔術師になる気は本当にないらしい。
「師が多い人は大変そうだよな」
明らかに『誰か』を想像している顔でマキはそう呟いた。
「………」
就職が決まった。となれば、そろそろ紋章について考えねばならない。
ケイナは選択肢を紙に書き出した。
・おっさん
妥当な気はする。錬金術並びに諸々の基礎を叩き込んでくれた、魔術師としての育ての親だ。ただ、系統が異なる。彼は元々術具作製の権威だ。
・トビー
受けてくれるなら、こっちの方がいい気がする。現在の環境魔術の師だし、方向性が一致している。ただ付き合いはまだ浅い。同僚、先輩であれど、教え子とは思って貰えていないかも知れない。
・自分で
一番しっくりくる。幸い意匠を考えるのも…上手くはないが、嫌いではない。人に頼むストレスも発生しない。しかし、折角頼める人がいるのに頼まないのは惜しい気もする。ひょっとしたら失礼にあたるかも知れない。
「うーんどうしよ!」
自分で作るなら、いつも着けている髪飾りの藤、錬金術の象徴である天秤、得意属性の一つで取り組んでいる研究対象でもある水を示す魚──……適当に円の中に配置してみるが、どうにもとっちらかっている。
「センスね」
「ああ、紋章ですか?」
「うわあ!」
背後から覗き込んでいたトビオカに、ケイナは盛大に飛び上がった。
「気配ないんですけど!」
「よく言われます。中々良いじゃないですか?」
「…そうですか?……あの、良かったら、ですけど。意匠をお願い出来ませんかね」
「…うーん…」
「あ、いえ、すいません。無理にとは」
「エリスくんが贈りたいんじゃないかなぁと思うんですよ」
「それはどうですかね」
面倒臭がる画しか想像できない。
いい、いい、トビーに作って貰え、なんて幻聴さえ聞こえてきそうだ。
「考えてるんじゃないですかね。ルエイエくんの時も──」
「あ。そうか。やっぱダメです。先生にお願いしたいんですが」
言われて思い至った。学長と並べる立場ではない。おっさんはおっさんだが、あれは学長のお父さんだった。
「一度エリスくんに聞いてみて下さい。彼が作っていないようならばトビオカくんが引き受けますよ」
「ホントですか!ありがとうございます!!」
後日。ケイナは立派な印章を正式に登録した。作成者はエリスである。
「なんだよオレからじゃ嫌か?贈ってみたかったんだよ。受け取れ」
その意匠は、ケイナを表すに十分だった。珍しく悪態を吐かずに恭しく受け取ったケイナに満足気に頷き、
「ルエイエの時は贈れなかったからな」
「 えっ」
「考えちゃいたんだが、考えすぎてルルイエに決められちまった」
「 ぅゎ」
手にしたものの畏れ多さに戦く。これは学長に恨まれないかが心配だ。ケイナは自分の命が物凄いバランスの上に在る事を理解している。この件ではルルイエの天秤は傾かないだろうが、ルエイエの天秤を傾けてしまうかも知れない。彼の度量は知ってはいるが、僅かな傾きがいつか致命傷になることもあり得るのだ。
──今迄通り、内密に。
吹聴せずに黙して過ごそう。




