暖まる話
樹歴873年
晩夏たる秋は一瞬で去る。収穫祭を終えるとワーナーは一気に冷え込み、雪に閉ざされる冬が来る。
「さっっっむ…!」
震えながら医務室に駆け込んできたフェディットにエミリは暖かいお茶を差し出した。
「あぁありがとう」
「大変そうですね」
塔内には気圧や温度、酸素量を調節する結界が張られてはいるが、学生や講師の寮区画は観光区域に比べて手厚くない。特に魔術の基礎の基礎で対応可能な「暖をとる」という事に関しては「自分でなんとかしろ」という方針だ。
魔術師でもない暑い地方出身の人間には過酷過ぎた。
「本当に、君たちが居なかったら僕は死ぬ」
寒さ対策をしていないわけではないが、まだまだ不慣れで苦労している。冬期休暇中は医務室も毎日ふたりが居てくれる訳ではない。自力での対処法を確立せねばならない。
「耐寒魔術くらい習得したら?」
軽く口にする同僚に苦い顔を返す。
「勉強はしてみたが使えないんだ」
「術具の類いは?」
「それも試した」
既に術式が組み込まれた、起動するだけで魔術効果を得られるという機械たちも、フェディットにはどれひとつ起動させることが出来なかった。
「そこまで魔術適性低いやつ初めて見た!」
「誰でも使える物だったらもっと世界中に広がってるよ」
そりゃそうだ、と笑いながらフェディットの背を叩く。
「うーん、俺魔術適性アリアリだからなぁ」
「適性ゼロで塔に居るの先生くらいですからねぇ」
今の生活に寒さ以外で不満がない以上、なんとか対策を考えたい。
「魔術適性低い奴ってーと…ケイナ…はまだ帰ってきてないか」
「あぁ、そうですね。彼のアイテムはフェディット先生でも使えるかも」
とは言え、今塔に居なくてはなんともならない。
「んーじゃ購買行ってみれば?」
「ノルドさんは親切な方なので、援けてくれるかも知れませんね」
そんな流れでフェディットは購買までやって来た。休暇中とは言え、学生は多い。講義がない間というのは学生たちにとって、自ら探究し知りたい事を貯め込む期間である。教材、素材に軽食まで扱う購買は、混雑しているとまではいかなくとも人が絶えない。
熱心な学徒たちの隙間から、なだらかに且つ的確に客を捌く購買員を眺めていると、
「おまたせしました~。何をご所望で?」
少し離れた所から様子を窺い続けるフェディットを不審に思ったのか、店員はそう声を掛けてきた。
「あ、えーとその…すいません、少し相談が」
「はい、どうしました?あなたは確か新任の…お医者さん」
「あぁうん、そう。それで──」
挨拶と情報交換を済ませると、ノルドは気の毒そうな表情を浮かべた。
「そっかぁ。魔術が使えないんじゃ塔の冬は厳しいよねぇ。何かあったかなぁ」
ごそごそと棚下を漁った後、「ちょっと待ってて」とバックヤードに引っ込んだ。何かが倒れる音、何かをひっくり返した音、小さな悲鳴。暫くすると分厚い冊子を数冊抱えて戻って来た。
「それは?」
「カタログ!何か入り用の物があれば仕入れるよ」
見れば、毛皮や簡易な暖炉など、寒冷地用のアイテムがたくさん載っている。
「輸入品になるから高価だし、塔ではまず買い手がないなぁと思ってしまいこんでたんだけど」
雪と氷の国、ケテル域の商社の品々のようだ。魔術の普及していない北国で用いられる暖房器具の数々に目を通す。
「なるほど」
高価だ。これに更に輸送費や工賃がプラスになると思えば、流石に手が出し難い。
「据置器具だと、自室だけだしなぁ」
医務室や講義室でも暖まりたい。
「そっかぁ。毛皮のコートと帽子とか?君が着けたら迫力凄そうだね」
「着るもので調節できる域は超えてると思うんだよね…」
「あっそうだ。なら──」
再び「ちょっと待っててね」とノルドはバックヤードに引っ込んだ。ガタガタと引出しを開ける音が何度も聞こえ、やがて小さな箱を持って出てきた。
「何度も申し訳ないね」
「気にしないで。これとかどうだろう」
小さな箱を開けて見せる。中には直径2㎝程の鈍い光沢を持つ濃灰色の石が入っていた。
「『力』をたくさん貯め込める性質のある珍しい石でね。この石で触れれば術具も起動させられるかも」
そう言って適当な術具を取り出すと、「やってみて」とフェディットに差し出す。術具の核石にその石を押し当て、そのまま少し待つと術具は起動した。
「おお…!これは助かる!」
「良かった。使えそうだね。ただ、勿論使った分石が貯めてる力は減っちゃうから。その内補充しなくちゃいけないんだけど…玄獣の知り合いとか、いないよね」
「いや、いる」
「えっ」
幸い、不定期にだが訪ねて来てくれる知り合いが2体もいる。
「そうなんだ。一応、購買でも有料で充填出来るから覚えておいて」
「ありがとう。それで…」
「ああうん。そうだね」
貴重なものだから、と前置きして提示された金額に、うっかり石を取り落としそうになった。
「へー。凄いねこの石」
「こんなものでしょうか」
眼帯の少女は握っていた石をフェディットに返す。鈍色だった石は白色に輝いていた。礼を言って石を受けとるとフェディットはまじまじと石を観察した。
「なるほど。残量で色が変わるのか」
購買では満タンにするのに数日掛かると言われたが、流石は大玄獣、数分で充たしてみせた。
「魔術って玄力でも起動するんだね」
「玄獣寄りの種族も魔術を習いに来ているみたいだしね」
そうなんだと返事をしながら、赤毛の少年はフェディットを観察していた。以前は全く着けていなかったアクセサリーの類いを今は幾つか身に付けている。術具の類いなのだろう。
「先生、これもあげる」
「これは?」
「あっ勝手に!」
少年が差し出したのは細い棒状の細工だった。アクセサリーのトップに使えそうな小さな品だが、細かな彫刻が施されている。
「高価そうな品だけど…これは?」
「プライスレス!エイラの角と僕の鱗」
「でも先生はアクセサリー着けなさそうだから、どう加工しようかって思ってて」
少女は照れ臭そうに目を逸らしている。
「御守りになると思うから持っててよ」
「そうか。いやありがとう」
首から提げたアクセサリーの紐に通す。黒と赤のそれは繊細ながらも力強くフェディットの胸元を飾った。
「へへへ」
ふたりは満足そうに笑みを浮かべた。
まだ自覚の無い事ではあるが、ただでさえ魔術が効き辛かったフェディットに悪意ある攻性術が完全に効かなくなった瞬間であった。
かなり高い買い物だったが、あらゆる術具が使えるようになったと考えれば損はない。心身ともに暖かみを感じ、フェディットは「やはり此処での生活は悪くないな」と頬を緩めた。




