購買員の話
天才奇才秀才の集う塔の中にも、更にズバ抜けた者は居る。卒業試験に受かり、貴人や国の専属魔術師になったり、大企業で研究職についたり。
はたまた、意外と身近で働いていたり。
「最近の子は凄いよねぇ」
そうぼやいていた彼に
「本当に凄いのはソーマくらいかなぁ。あとセンパイ」
なんて返していた自分を省みる。穴に埋まりたい。ケイナは今猛烈に自省していた。
平々凡々を絵にかいたような男。本人もそう自負しているようだったし、「ノロマなノールなんて呼ばれてた」と朗らかに昔話を聞かせてくれたこともある。術具作成を好み、憧れもあるようだったので、自分がエリスに師事していたことは伝えない方がいいな、なんて思っていた。とんでもない。
「ノルドさん、卒業生…だったんスか」
「え?言わなかったっけ?」
聞いていた。言葉通りに捉えていなかった。完全に、「過去在籍していた」「生徒だった事がある」と認識していた。
「 ゎっっっか!」
若い。若すぎる。ノルドが童顔だという話も奇しくもあの時同時にしていたが、真相を知ればもうとにかく若すぎるという驚きしか出てこない。
「きちんと授業に出て、きちんと授業を聞いてたからね」
ケイナには些か耳が痛い。とは言え、授業を真面目に聞いてるだけでは普通卒業試験は合格できない。
「でも、どうして急に?」
「ぁ~…いやぁ~…」
玄獣を飼ってる購買員がいる。
そんな雑談を師に振った折り、弾みでノルドの名を出した。
「……ノルド?って、『ノロマのノール』?あの地味な?」
「あー、そう。本人そう言ってた」
「…何してんだアイツ」
心底呆れ果てたといった表情で師は天を仰いだ。
「目立つタイプじゃないけど、穏和で付き合いやすいイイヒトだよ」
「埋もれてんのか。まぁそうだよな、もう試験もねぇもんな」
悪目立ちするほど成績が悪かったのだろうか、と続きを聞くのを躊躇うと、師は呆れ顔のままヒラヒラと手を振った。
「逆だ逆。座学の成績は常にトップだったぜアイツ」
「は?」
「魔術の方はまぁ、それこそ平々凡々な才能だったみたいだが。単純な学力の高さでアイツ以上を見たことねぇ」
ところが本人は、恵まれなかった魔術の才にしか目を向けていない。本気で自分が平凡だと思い込んでいる。
意外と頑固で、自分の作りたいものしか作らない。更にはセンスが些か独特で大衆受けしないものばかり作り出す。その所為で術具作成学の修了ランクもA止まりだった。
「アイツの作品、よく見てみろ。何一つ奇抜な手段は用いてない。オリジナルと言い張れるような技術も使ってない。のに、緻密に計算され尽くした術の組み合わせ、掛け合わせで誰にも作り出せないものになってんだ」
そんなに大層な話じゃなくても、とケイナは黙した。
そんなに大層な話じゃなくても、言われてみれば。例えば、彼は計算がとても早い。学生たちが口々に注文を告げても正しく整然と対処する。会計に間違いがあったことは殆どない。設計中を覗いて見れば、多桁の計算を暗算でやってのける。
ひぇー、と小さく口から漏れた。
「なんで天文とかいかなかったんだろ」
「それはオレも言った」
そう師は笑った。答えは「興味があんまり…」だったそうだ。
「ぅーん、……おっさんに、ノルドさんのことを少し聞いて」
「あれ?共通の知り合いがいた?」
居た。ずっと隠していた。
「私の魔術の師……ぇーっと…この人、なんだけど」
丁度開かれていた頁に載っていた名を指す。今も技術の参考にしている、彼の憧れの発明家の名。
「え。 えっ!?」
ケイナの指先と顔を何往復も見比べて目を丸くする。それにぎこちなく肯きを返した。
「まぁ…おおっぴらにしたくないんで、あんま口外しないで欲しいんスけど」
「そうなんだ…驚いたなぁ」
一度驚きを飲み込んでから、
「って、え?先生が僕の事を?」
もう一度、さっきよりも強く驚いてみせた。
「話振ったのはこっちからだけど。ばっちり覚えてましたよ」
うわわ、と。ノルドは嬉しそうに頬を緩めた。
「そっか。嬉しいなぁ」
平々凡々、地味で目立たないノロマなノール。
ケイナは曖昧な愛想笑いで、身近な大天才を盗み見た。
「超、詐欺…」
そこに居るのはどう見ても、昔の先生に覚えてて貰えてちょっと喜ぶ、ただの購買員なのだから。




