新任の先生の話
樹歴873年
「先生、聞きました?」
「えー何?あー、新しいセンセ?」
医務室で医療士に問い掛けられ、医学講師は急速に頭を回転させた。そう言われれば、そんな通知が来ていた気がする。医師会を脱退した、マルジュ総合病院に勤めていた医師だったと聞けば同郷の同職としてそれなりに興味も湧いたが、今の今迄忘れていた。
「センセーとエミリちゃんの城にオジャマムシたぁ歓迎出来ないね」
「ふふ。でも専門は内科のようですから私は助かります」
「頑張って科外も診てるオレによく言うよ」
とは言え、本音は歓迎だ。専門が何であれ、塔の医務室は戦場だ。人手が増えるのは喜ばしい。
「しっかしマルジュにまだ魔術師が居たなんて驚きだぜ。やっぱそれで首切られたんかな」
さあ、と首を捻った後、エミリは顔を上げて医務室の入口へ目をやった。
「噂をすれば」
コンコン、と落ち着いたノックの音。
「生徒じゃなさそーだ」
「どーぞ」
「失礼。医務室は此処で…良さそうだね」
入ってきた男の柄の悪さに、ふたりは暫し面食らった。
挨拶を済ませてみれば、恐いのは外見だけで少しのんびりした気さくな男だった。
「マルジュの大病院に勤めてた医師が、何やらかしたんだ?」
「いやぁ特にこれといって…本当に、僕は悪くないと思うんだけどね」
解る解る、医師会は碌でもねぇもんな とバンバン背を叩く。
「それで、先生はどんな魔術が得意なんです?」
「あー、その。僕は魔術はからっきしでね」
「は?」「あら…」
驚くふたりに苦笑いを返す。
「医療士あたりだと思っていたら講師として迎えられるとは…あまりの場違いさに、僕も肩身が狭いんだ」
「がくちょーそーゆーとこあるよな…」
パーブルは呆れ返ってしまった。言葉が足りないというか、人事が奇抜というか。
「まあ実践前の基礎知識なら教えられるし、医務室の手伝いくらいなら出来るよ」
「いやそれがマジ助かるのよ」
学生相手じゃ魔術を使うような治療も少ない。軽傷軽病の対処がメインだ。
「そういやセンセー、あんたいくつ?」
「ん?」
問われるままに年齢を答える彼に、パーブルは大仰に驚いて見せた。
「マジか。いっこ下じゃん。老けてんな!」
「…相応だと思うけどね。君は確かに若作りだ」
エミリとしては、年齢よりもふたりの服装センスの方が気になってしまう。ケセドの民は派手な色が好きなのかしら、と考えたが、他のケセド出身者はどちらかというと地味な色を好む傾向にみえる。偶々ふたりが特殊なのだろうと結論付けた。
「君は医師会に所属していたことがあるのかい?」
「俺自身はないね。所属医師に師事してたコトがある」
「パーブ先生は元々軍人だったと仰ってましたよね」
エミリの言葉を聞いて、新任講師は暫し考える素振りをみせた。魔術を使う同年代の軍人の噂を聞いたことがある。
「グナードの…?」
「おっと。その話はそこまでだ」
態度こそ変化はないが、その眼は確実に笑っていない。
「失礼、では僕はこの辺で。これからどうぞ宜しく頼むよ、先輩」
「オーケー、仲良くやろう」
退出する大男を手を振って見送る。退出を見届け、その手の動きをだらりと止めた。
「同郷の同年代は問題あったわ。俺ってばゆーめーじんで困っちゃう」
「なるほど。今度個人的にお話を聞きに行かなきゃですね」
「エミリちゃんたらー。俺のコト知りたいなんて照れちゃうなーやめてね」
態々彼の口を止めたという事は、以前にパーブルから直接聞いた以上の過去があるのだろう。気にならない方がおかしい。
「まあ大切な戦力ですから。うまくやって下さいね」
常識的で人当たりも良くて、何より虐め甲斐がありそうだった。
エミリはにっこりと笑む。医務室はますます騒がしくなりそうだ。
『片角』からひとり、塔へ移籍です




