香りの話
「うびっ」と潰れたような声を出して、ジユウは大仰に顔を顰めた。次の瞬間逃げ出そうとするから急いで捕まえた。
「フィア、くさい。近寄らないで。喉が痛い」
「えぇ!?そんなに!?」
臭いと言われてショックを受けたが、原因は解っている。さっき香油を塗られてきたのだ。
「もうそんなに匂わなくない?」
「離して。気持ち悪い」
こころなしぐったりしてきたジユウに驚いて手を離す。途端、脱兎の如く逃げて行ってしまった。
「え、なんか、ショック…」
「そりゃ気の毒に…ジユウの方な。猫に精油はダメだろ」
「そうなの」
舐めさせたわけでもないのに。
「そもそも鼻が良いから、コレは厳しかったと思う」
「もうそんなに匂わなくない?」
「いやプンプンする。くさい」
「嘘」
付けた部位を直接嗅げば多少香るが、自分じゃ全然判らない。
「え、でも臭くはないでしょ。結構いい匂いだったよ」
「まあ主観は否定しない。でも付けすぎは何であれ鼻にくる」
そんなに言われるほど付けてはない筈だが、鼻の良いふたりには不評のようだ。
因みにここは休憩室だ。マキちゃんの部屋には入れて貰えなかった。部屋に香りが残るのが嫌らしい。
「……それ、先輩のと同じやつ?」
「うん」
先輩はいつも良い匂いがする、と言ったら私にも少し分けてくれた。
「マーキングじゃん」
小さく「キモ」と付け加えられた。マキちゃんにしては直接的に口が悪い。
「うーん、先輩は良い匂いなのになー」
「まあ香りの類いは人によって変わるから。そもそも」
区切られた言葉の続きを待って首を傾げる。
「…そもそも、人喰種は人間にとって良い匂いだ」
狩りを優位に進めるためだろう。彼らは自然体で人間の好む香りを纏っている。
「ズルい」
「ズルいは狡いと書く」
「悪賢い、でしょ」
「一緒でしょ。知恵に善悪はないし」
あると思うが、この話はここらで止めておく。
「でもじゃあ先輩を良い匂いと感じるって事は、私は人間だな」
「はあなるほど。まぁあんたは人間でしょ。どう分けても」
マキちゃんは満足げにお茶を口に運ぶ私を暫く眺めてから、
「ところで。香油、今後も付けるつもり?」
「うーん……不評だったしなぁ。たくさん貰ったわけでもないし…」
部屋で楽しむだけにした方が良さそうだ。
「いや別に好きにしたらいいけど。付け続ける気なら、膝裏の上とか、足の方に少しずつにしたら良いんじゃない」
「おかあさん…!」
今回もまた有用なアドバイスを貰えたおかげで、取り敢えず貰った分の香油はあまり回りに迷惑を掛けずに使い切れた。…と、私は思っている。
狡い:ズルい・コスい




