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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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おばけの話

樹歴866年

夏も終わり、塔はもう随分と涼しくなってきた頃。その話は広く噂されるようになっていた。

「塔でこんな噂を聞く日が来るとは」

呆れ返った顔でケイナは紙面を机に置いた。読んでいたのはユグシルから渡された記事の草案だ。

「読んで良い?」

興味深々なピノに向かって紙面を滑らせる。読み終えたピノは瞳を輝かせてケイナを見た。

「調査しようよ!」

「私は遠慮する」

内容はそこまで珍しいものでもない。割とよく聞く話だ。ここが魔術師の集う塔でさえなかったら。

「幽霊だなんて、鬼神のなり損ないじゃないか。そんな危険物がもし居るなら、魔祓い師でも呼んで来なきゃだ。魔術師の領分じゃない」

幽霊。

人の念が何らかの理由で認識されるもの。

一般的に、魔術師はこれを認めない。鬼神が存在する以上完全な否定は出来ないが、それでもその多くは思い込み、見違い、誤認…受容側のエラーだ。今回、もしそうではなく本当に何か居るのだとしたら、魔の類いや人類に好意的ではない鬼神、玄獣などの可能性が上げられる。玄獣であればまだ対処も出来るが、神魔の類いなら魔術師にはお手上げである。

「だから、本当にそうなのか確認しなくちゃ」

「そんなの、治安維持部隊に任せとけ」

「幽霊の噂があるから見てきて下さいって?」

軽くあしらわれる想像しか出来ない。取り合っても貰えないだろう。

「とは言え危険は危険だ。ピノ。絶対行くなよ」

ピノは不服げに口を尖らせるのみだった。



「えっそんなの面白そうじゃん!」

行くでしょ、とルカは拳を握り込んだ。

「でしょ!」

「止めとけって言われちゃったんでしょう?」

ルカとピノの盛り上がりに、ネレーナは苦笑気味に制止を掛ける。だが、聞くようなルカではない。

「確認するだけだから!ちゃんと確認取れたら報告だって出来るじゃない」

「それはそうですけど…う~~ん、と」

「皆で行ったら大丈夫だって!」

人を集めて、肝試しが敢行されることになった。



「えーっと、話によると…この辺り…」

廃棄場の外れでユグシルは足を止めた。元々廃棄場には人気は少ないが、噂の事もあってか此処まで誰にも出会わなかった。屋内とも屋外とも言い難いごっちゃりと物が積まれた空間に、冷たい風が流れ込む。

「寒…」

「なんで夜にしたのよ~」

「目撃例が夜に多いからそうしようって言ったのルカですよ、と」

廃棄場には幽霊が出る。その体験談は零時以降、二時頃までに集中している。

薄ぼんやりと浮かび上がるなんとなく人の形をした白い陰。水の滴る音と突然襲う冷たい感触。何かをすり抜けたような感覚。少女の笑い声。

「本当どうしてこんな深夜に廃棄場へ」

「最初は多分偶然で、その後は私たちと同じ感じなんでしょうね」

結局集まったのはピノ、ルカ、ネレーナ、そしてユグシル。エトラには馬鹿馬鹿しいと一蹴され、ユークにも断られた。ハトは見付からなかったし、ソーマは乗らないだろうと最初から声を掛けなかった。

「ケイナが乗ってこなかったのが意外よね」

「そうかな。彼、結構慎重だからね」

それぞれ異変を探してふと沈黙が落ちたその時。

「! 今、何か…」

「笑い声、みたいなものが……」

ふふふ、と微かに響いたのは少女の笑い声。

「ッ、きゃ!」

「きゃあ!!?」

ネレーナが小さく悲鳴を上げて身を屈めたのに驚いて、ルカが大きく悲鳴を上げる。連鎖して皆が身を竦ませ、ルカに視線が集まった。

「何々、どうした…!?」

「吃驚しました…っと」

ネレーナにまでそう言われ、ルカが憤慨する。

「吃驚したのはこっちよぅ!何!?」

「あ、いえ…何か、水滴が…」

ネレーナは首筋を擦りながら視線を天井へと向けた。塔の天井は高い。半分屋外に近いとは言え、この真夜中に天井までは視認できない。

「雨も降ってなければ結露するような時季でもないね。なんだろ」

――ふふふ、ふふ

「また笑ったぁ…!」

「ねぇあれ…、あれ!あれあれあれ!」

ピノがユグシルの裾を引っ張って廃材の隙間を指しながら小声で捲し立てる。

「 っ、」

ぼんやりと白く浮かび上がる陰が、すうっと横切っていく。

「あれが笑ってる…!」

どくりどくりと脈打つ心臓を抑えながら、ユグシルは今はもう何もいない廃材の隙間を凝視した。

やっぱり、止めておけば良かった。あれが何にせよ、確かに何かが居る事は確認出来た。もうすぐに引き返して先生に報告するべきだろう。ただ、証言だけではなく何か証拠が得られれば一番なのだが――

「ねえ」

「「「「!!!」」」」

背後から少女の声。心臓が一瞬動きを止める。

「なにをしているの?」

恐る恐る振り返る。この声は多分。いやでももし違ったら。そして、その姿を視界に収めた途端、四人は膝から崩れ落ちた。

「ハトか~~~!!!!」

「マジなにしてんのはこっちの台詞よぉ!!」

きょとんと四人を眺めているのは、ハトだった。



「ちょっと、研究。人の居ない時間にしたくて。でも最近よく人が来るようになっちゃった」

独自にそして秘密裏に、水系攻性術式の開発に勤しんでいたらしい。

「も~~~人騒がせにも程があるわよぅ!」

「あはは、やっぱり、いつも黒幕はハトさんだね…」

「?」

噂を知らないのか、ほっと力の抜けた四人にハトは不思議そうな顔を向けている。

「幽霊がいるかも、って噂になってたんですよっと」

「ゆうれい」

「そう。やっぱいないのかな幽霊なんて」

これはこれで笑い話として丁度いい。記事に追記を入れて調整しよう。先生に報告を上げなくて良かった。そう笑い合う四人に「なるほど」とハトは頷いた。

「ゆうれいって、あなたたちから見たら珍しいのね。此処にもこんなにいるのに」

「 え?」

「それじゃあもう夜も遅いから、おやすみなさい」

「え、ちょっとハト??」

呼び止めにも答えずハトはその場から立ち去って行った。

冷たい筈の夜風が、生ぬるく四人の背を撫でた。

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