恋する魔女の話
樹歴83X年
一見何でもないような少年だった。他国からやって来たのが少し珍しいかもという程度。呪術の伝わるホドの地でも医術の盛んなケセドの地でもなく、商業と芸術の都からわざわざ魔術を習いに来た少年。特別攻性術に秀でているわけでもないのに、何故こんな者を招き入れたのか疑問だった。
氷のような奴だと思った。一桁の年齢で塔に在籍している天才児。やたらとフリルやリボンを纏っているが、その鋭利な眼差しが幼さを掻き消している。冷めた眼で全て見下した様な無表情のクセによく嗤う。次代の塔の代表になるだろうと言われているが、これで人がついてくるのか疑問に思う。
その少年は術具作製の天才だった。呆れるほどポコスカと術具を考案し特許を浚っていった。革新的な発明の数々に、現代魔術は新時代を迎えたと評された。古代種のような私にはあまり関係のない話だ。
そのこどもは本当に天才だった。呆れるほど万能で、見聞きしたことを丸ごと覚えているのかと疑うレベルの知識量。齢11にしてこれ以上成長の余地はないのではという完成度。バカを言え。どうみても伸び悩んでいる、犠牲にされた部分があるだろう。
「コミュニケーションを取れ」
「必要だろうか」
「だろうよ!そこがおまえのノビシロだろ」
外で育った少年は馴染んだ魔術師たちとは少し感性が違っていて、ちょっとだけ行動が読み辛い。忙しい時に変なのに絡まれた事に溜め息を吐き立ち上がる。
「私は今から忙しくなる。控えてくれ」
不服そうながらも一歩下がった彼に一度向き合う。
「おまえなりの気遣いだったと受け取っておく」
「ぉ、おう」
「これから発表する事だが。先程父が亡くなった。これからは私が代表だ」
高い位置で結っていたリボンを解いて髪を流す。背後でポカンと口を開いていた彼が言葉を思い出したのは、私が部屋を出てからの様だった。
代表就任も就任挨拶も、スマートで堂々としたものだった。歳若さなど問題にされないほどの圧倒的な実力と風格。だがそれは魔術師としての、だ。アレに塔の運営など出来るのだろうか。代表就任後から、彼女は自ら攻性術の教鞭を執っている。万能ながらに彼女が最も得意なのは呪術の筈だが、選んだものは攻性術だった。むちゃくちゃ厳しいらしい。ついてこられない者は容赦なく落第させる。その内に『氷の魔女』なんて呼ばれ始めた。お似合いすぎる。
「ならいっそ、もっとそれらしく振る舞ったらどうだ?」
何を言い出したのか、と彼を振り返る。
「思うにあんた、いや失礼。先生、真っ直ぐ過ぎるんだよ」
「そんなことは初めて言われる」
性格が悪いと噂されているのはよく聞くが。
「そりゃコミュニケーションサボってきたツケだ」
「む……」
「先生、会話が足りてないぜ。あんたは1を聞いて100を知るんだろうが、塔の人間でも精々10だ。一般人なんか1は1だ。んで、あんたは自分が解っちまうから1すら発信できてない」
「だから、必要ないだろう?」
「違う違う、言葉は他人を動かせるんだぜ」
「私は呪術は得意だが」
「えぇっとなぁ……」
彼はガシガシと頭を掻いてから、腕組みをしてうーんと唸った。
「例えば、笑顔だ」
コミュニケーションという大枠の話に戻ったらしい。
「あんたが優しく微笑めば、相手を魅了させられる。逆に冷たく嗤えば、心臓が冷えて竦み上がる。笑い方ひとつで、魔力消費もなしにそれだけ出来るんだぜ?損はないだろ?」
理論上それは知っている。表情ひとつ、言葉ひとつで呪術の効きだって変わってくる。ただ私はその小細工を必要としない。でも解る。彼が伝えようとしてくれている真意くらいは。
「あんた絶対美人になるし」
「……今は?」
無駄な質問が口をついた。
「ぉ?おう、今もキレイだろ。成長したら効果範囲が広がる」
「ふーん。じゃあ、『貴方』に効くようになるまで後何年?」
「……ン?…ぁー、5年くらいかな…?」
「ふふ。解った。練習しておく」
今のは巧く笑えていなかったのだろうか。目の前で苦い顔をして見せる彼と目を合わせる。
「私はルルイエ。改めて、貴方の名を聞かせて欲しい」
「……エリス。エリス・リル・ラーレ」
「顔に似合わない繊細な名だ」
「気にしてんだよ…」
「いいじゃないか」
そうか、確かに彼の言った通り。私は私の考えを他人に伝えようと思った事がない。全ては私が対処すればいい事だと思っていた。でも、例えば。
「かわいいと思う」
「 ッ!」
真っ赤になったこの表情は、今私が伝えなければ見られなかったものなのだ。
そうして魔女は他人を翻弄する愉しみを覚えてしまった。氷を融かして現れたのは、毒々しい程に艶やかな大輪の華。元々解り辛かった優しさは言葉に飾られより解り辛くなった。
「ああ、うん、ルルイエくん。お父さん亡くなってからだいぶ変わったものねぇ」
「あらあら。アレは恋の力よ。あのくらいの年頃はそれで変わっていくものよ」
ダリとユーリカの思出話を背で聞きつつ、ザイは溜め息混じりにグラスを傾けた。
(師は、まだ恋の途中なんだよなぁ)
こどもができても距離を取られても変わらない。幼年期に完成してしまった彼女は今も中身が成長しない。小さい時から大人で、大きくなってもこどものままだ。いつまでも家族愛に変わらない現役の恋なんて、そりゃあ相手も参ってしまう。
(リル・ラーレはよく耐えてる)
再婚どころか遊びもしない。まあ死者を出したくないというのも間違いない本音だろうが、それなりに愛もあるのだろう。ただ恋にはもう応えられない。距離を取ったのは正しい選択だ。
自分ならどうするだろう、と思い掛け…あまりの無意味さにグラスの中身を一息で飲み干した。




