二つの再会
氷崎さんと朝日さんの通話は、肝心な情報を伝えようとしたところで切れてしまったようだ。
「ここには彼女の母親がいるから、別の場所で待ち合わせるよう言おうと思ったのだけど」
「朝日さん、せっかちなところありますからね……」
苦笑しながら、氷崎さんとリョウカちゃんへおしぼりを手渡す。
「けど、良かったです。見つかったみたいで」
「ええ」
テーブルの表面を指先でなぞるようにして氷崎さんは言う。強いられているわけでなくとも、彼女と向かい合って座っているときちんとしたマナーを弁えなければという使命感に駆られてしまう。
「ゴージャスチョコレートサンデーを一つ」
「かしこまりました」
「氷崎さんは何にするんですか?」
「私は水で良いわ」
「ええっ⁉」
注文を確認した店員さんは、私の気持ちなどつゆ知らず、テーブルから去っていく。
「本当にお水だけで良いんですか……?」
「ええ」
「そ、そうですか……」
暑い中走ってきたというのに、頑なに何も頼もうとしない彼女は心配で仕方がなかった。それはそれとして、ニコニコしながら頼んだメニューが届くのを待つリョウカちゃんの姿は微笑ましかった。
「あ、ポテトおかわり」
「まだ食べるんですか⁉」
私一人なら絶対に食べきれない量のポテトを平らげ、素知らぬ顔でまた店員を呼んで追加注文をする琴坂さん。その小ぢんまりとした身体に似合わず、彼女は多食なのである。
「凄いですね……琴坂さん。私は小食で、こういう店で出されたものを食べきれるか、いつも不安になります」
「いやいや氷崎さん……彼女を基準にしては駄目ですよ」
色々と大きい氷崎さんは小食で後輩、盛って中学生な琴坂さんは多食で先輩なんて、その見た目から誰が予想できるだろう。事実は小説より奇なり、とはこういうことを言うのかもしれない。
シチュエーションとそこへ至る過程はどうであれ、私は氷崎さんと会話できることに心を弾ませている。しかしながら、当の氷崎さんはそんな様子ではなく、どこか焦点の合わない目をしているように感じられた。
「私は……どこへ向かっているのかしら」
「えっ?」
「私は今、自分が何をしたいのか分からない。他人と関わることが嫌で、避けていたはずなのに、いつの間にかいろんな人に影響されて、進んで人と関わるようになっていた。なのに、気持ちは晴れないまま。沢山の経験と感情とが複雑に絡み合って、私は自ら心に矛盾を作りに行っているような……そんな感触がするの」
憂鬱な表情を浮かべる氷崎さんも素敵だったのだけど、放っておける理由もなかった。教室の隅で一人佇んでいるのはいつものことだけど、今日はそれにも増して、生きる意味を見失ってしまったような……そんな風に見えた。
「……良いんじゃないですか?」
「?」
「私は氷崎さんの多くを知りませんし、無責任かもしれませんけど……常に芯の通ったままでいられる人なんて、きっとどこにもいませんよ」
本当に話を聞いてほしい相手が私じゃないとしても、少しでも気が晴れるきっかけを作れるなら。
「ポテトにチョコをつけても美味い。無秩序や乱雑が良い結果を生むこともあるもんさ」
「それはちょっとよく分かりませんけど……ていうか、それリョウカちゃんのチョコサンデーじゃないですか! 行儀悪いこと教えないでください!」
「……ありがとう。本当は私が自分で考えて、決めなきゃならないのに。気を遣わせてしまったわね」
氷崎さんの声は、気持ち明るいものとなった。
「私、あの時言いましたよ。困りごとや悩みごとなら聞きますって。少しでも楽になるなら、何でも私に吐いちゃってください」
彼女には、いくら返しても返しきれないほどのものを貰ってしまったから。
「……」
「あっ……いえ、その、これは、何ていうか……」
そこで何か言ってくれないと、私が恥ずかしくなってしまう一方だ。苦渋の末、私は無理やり話題を曲げることにした。
「そ、そういえば少し前に、言及しかけたところでそれっきりになってしまった話題、ありましたよね……インスピレーションが何とか――」
「ああ、私も気になっていたの。聞かせてもらえないかしら」
良かった。氷崎さんも覚えていたみたい。窮地を脱することのできた私は、改まって氷崎さんに上手く伝わるような説明を試みる。
「インスピレーション……それは、私自身の作品へ活かすものなんです」
「つまり……?」
「私、母が作家で、父が作曲家だったんです。二人はそれぞれ自分の職を私に継いでほしいみたいで、よく言い争ってます」
「たいへんー!」
「でも、私自身は読書も音楽もどちらも好きなので、どうせなら両方叶えて、二人を驚かせようと思って」
「親孝行ね」
「いえ、そんなんじゃ……それに物語も曲もまともに作れなくて、今はまだ勉強中ですし」
また彼女のペースには乗せられたくなくて、前髪をかき分けながら、照れ隠しをした。
「十分凄いと思うわ。私にそんな才能はないもの」
氷崎さんが今以上に才能を持ったら、もう神様になっちゃいますよ……なんて思ってしまったのだけど、本人の前では言わず。
「そういえば、ミルナも同じようなことをしているのね」
「ミルナ……?」
「失礼。分からないわよね、私のやっているゲームの話で――」
彼女は静かに、水の入れられたグラスを口元へ運ぶ。
「あ……もしかして、この方ですか?」
私には心当たりがあったので、スマートフォンからササっとそれらしきページを開く。薄いピンク色の長髪をツインテールに結んだ彼女は、氷崎さんの思い浮かべていた人物と一致したようだ。
「あなたも知っているの?」
「名前と顔くらいで、あまり詳しくは……ネットでニュースを見ていたら、関連記事に出てきて……各種SNSでも話題になっていたので」
「なるほど……そこまで取り上げられているのね」
ごく小さい音で流れる曲に耳を傾けながら、氷崎さんは画面の中でパフォーマンスを見せる彼女を念入りに見つめていた。
「彼女は自分の歌唱する楽曲の作詞と作曲を、一から自分で行うそうよ……私はこういうことをやろうとは思わないけれど、彼女の影響力とカリスマ性は、素直に尊敬するわ」
「ひ、氷崎さんだって、私に言わせれば桐星一のカリスマですし、物凄い影響力持ってますよ! 少なくとも……私には」
「私が、あなたに?」
普段に比べて無垢な表情で、彼女は私に問う。
あああ、どうしてこの人、こういうところは鈍感なんだろう……
火照ってしまっているであろう顔を押さえながら、どうしようか慌てていると、カランとドアチャイムが鳴り響くのが聞こえてきた。
テーブル席へ座る私たちを見つけ駆け寄ってきたのは、短めな制服のスカートと明るい髪色が印象的なあの人だった。
「レイ! おっまたせ!」
朝日さん……ナイスタイミング……!
「リンカ……早かったわね」
彼女の横にはもう一人、見覚えのある人物がいた。
「あっ……」
さっき氷崎さん達と一緒にいるのを見かけた、クリーム色のロングヘアーをした少女。
ということはやっぱりこの子がヤマトちゃんなのか。勝手に納得していると、彼女は気まずそうに氷崎さんと視線を合わせては逸らし……を繰り返していた。
「はい、ヤマトちゃん! ここまで来たんだから素直に謝る!」
朝日さんに背中を押さえられ、彼女は氷崎さんへと頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「いえ、私の方こそ……」
その様子を見る限り、私の知らない間に氷崎さんの家で起こっていた問題は一応解決したみたいで、少し安堵する。
「……ん?」
二人が店内へやってきたのと同時に、例の女性もようやく戻ってきた。
「おい……」
「あら……?」
どうやらこちらはバッドタイミングだったようで、ヤマトちゃんの顔はあっという間に青ざめていく。
「何……でだよ……話と違うぞ……」




