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FORCE OF VERTEX ―喪失の剣と創造の筆―  作者: ぶれいず。
Stage 01 First Game
5/186

Code:00

 十五分ほど経過しただろうか。建物全体が暗くなったかと思うと、それまでのBGMが止まり、また別のアップテンポなものに切り替わる。次の瞬間、フィールドの中央で、空中に大きな画面が現れ、そこへ一人の女性が映った。


「みなさん、こんにちはーっ! 初めましての人は初めまして! 今回の公式戦の実況を担当します、ユイです!」

 この画面は特殊な構造で出来ていて、どの方向からも真っ直ぐ、はっきりと見えるようになっている。公式のユニフォームともいえる特殊なフォースウェアを着てその画面上に姿を見せたのは、短めの茶髪にサングラスを乗せた、私には見覚えのない人だった。


「本日三回目の公式戦、いったいどのような戦いになるのでしょうか。私も楽しみでたまりません! それでは早速、プレイヤーさんを紹介しちゃいますね!」

 その言葉の直後、ユイさんの映っていた画面は端へ移動し、新たにもう一つ画面が中央に現れた。


「まずは一人目! 公式ランキング二八位、ライア選手!」

 巨大なフィールドの片端が光り輝き、炎のようなエフェクトの中、一人目のプレイヤーが現れた。背の高い、たくましい体つきをした青年。フォースウェアは作業服のようなデザインだ。


 私はこれまでに何十回と公式戦を観戦してきたが、彼はまだ見たことがない。

 観客席全体から高い声援が上がる。それに対し彼は、柔和な笑顔で観客席に手を振っているのが画面から分かった。


「続いて二人目!」

 来た。思わず声に出そうなのをぐっとこらえる。次に現れるプレイヤーこそ、私がずっと待ち望んでいる人だ。


「驚異の公式ランキング五位、ゼロ選手!」

 ライア選手の時よりも一層大きな歓声が建物全体に響く。フィールドのもう一方の端に、一人の女性が姿を現した。

 白銀の長髪に、透き通った瞳、磨き上げられたように引き締まったスタイル。どんなに精工に作られた人形でも勝てないような美しさの集合体。

 誰もが魅了され、誰もが羨ましがる、そんな信じ難いような姿をした女性が、実際にそこに立っていたのだ。

 幾つもの色の付いていない星屑たちが彼女の周りを舞うように流れてゆく。何とも綺麗で、一抹の儚さを含んだエフェクトが彼女の美貌を確固たるものとしていた。

 その様は、「絶世の美女」や「高嶺の花」なんて言葉も安っぽく聞こえてしまうほどに。


 私も初めて彼女を見たとき、言葉にならないような衝撃を受けた。そしていつの間にか、彼女の姿を見ること、彼女の戦いを見届けることがこのゲームをプレイする理由になっていた。

 もちろん他の理由もあるのだがそれらは二の次で、私の中ではFOVといえば彼女、彼女といえばFOVというイメージが出来上がってしまっている。

 彼女は定位置につくと、自らに向けられた声援には一切反応せず、冷静な顔つきで前だけを見つめていた。

 ゼロさんのフォースウェアは黒いトレーニングウェアのような、それもかなり面積の小さいもので、所々白い素肌が露わになっている。それもまた、多くのプレイヤーを魅了する要素となっているのは間違いないだろう。

 うん、私も常時魅了されっぱなしだもの。


「それでは両者、セットアップをお願いします!」

 セットアップとは、対戦用のもう一つのフォースウェアに着替えること。

 ライア選手は自らの前に手を伸ばし、一つの小さな画面を出現させた。その中の項目の一つをタッチすると、今度は弾幕のようなエフェクトが現れ、やがて先程よりも激しい炎に変わる。

 またも四方八方から歓声が上がり、そのエフェクトが消える頃、彼の見た目は全く異なるものとなっていた。着替えたというより装備したという方が合っているだろう。

 両腕にはガトリング、両足にはミサイルランチャー、両肩には大砲と、まるで兵器を擬人化でもしたような状態であった。武器のついてない部分も鉄の装甲で覆われており、隙などないように思える。

 先ほどまでは笑顔を浮かべていたライア選手だが、自分より上に立つ猛者を相手にし、真剣な表情を見せている。


「『アイアンウォーリア』、超強力なフォースウェアです! 実際に目にしたのは初めてという方も多いのでは」

 一方ゼロさんはというと、セットアップする素振りを微塵も見せず、前を向いたまま動かない。


「おや……? ゼロ選手、ここではセットアップしないようです」

 セットアップは戦いの最中でもできる。

 しかし戦闘用のフォースウェアとそうでないものとでは明らかに戦力差があり、ましてや着用には時間制限も存在しないため、メリットというメリットはない。

 それに加え、相手は全体を見ても特に強いフォースウェアを身につけている。例えるなら、武器も持たずに一人で戦車へ向かっていくようなもの。無謀にも程がある。


 ならば、なぜ彼女はここでセットアップしないのか……何度も見てきた私はその答えを知っている。


「……一応、両者準備が整ったようです! それでは参りましょうっ! レディー……?」

「ファイト‼」

実況と観客の声が一つとなり、戦いが始まった。


「はあっ!」

 ライア選手は容赦なく、開始と同時にゼロさんに向かって腕のガトリングを乱射した。連なった重低音が鳴り渡り、激しい砂煙が起こる。

「いきなりすさまじい砲撃……! ゼロ選手大丈夫なんでしょうかー⁉」

 ライア選手は一度腕を下ろした。砂煙が晴れていく。そこには……

「⁉」

「ええっ⁉」

 ライア選手とユイさんが驚きの表情を見せた。彼らの視界に、ゼロさんが映っていなかったからだ。


 そして次の瞬間、

「ぐああっ」

 鈍い音が響き、何かに打たれたようにライア選手がバランスを崩した。


 その背後には……

「ゼ、ゼロ選手!…なんとあの一瞬でライア選手の後ろに回り込んでいた!」


 ユイさんの高らかな解説の声が響く。

 そう、彼女はガトリングが撃たれる前に誰にも見えないほどのスピードで相手の背後をとり、装甲のないごく小さな範囲を的確に狙って蹴りを食らわせたのだ。

 観客席からはどよめきが起こる。

 ライア選手が彼女の存在に気づき反撃しようとする前に、彼女は彼の肩の大砲を踏み台にし、優美なサマーソルトを描く形で、距離をとった。

 ライア選手はゼロさんの方向を見定め、今度こそはと足に装備したミサイルを一斉発射する。

 しっかりと狙いを定め、広範囲に発射されたミサイル、今度は回り込む余地がない。しかし彼女は少しも慌てず、自分からミサイルの大群へと向かっていった。またも観客席からは驚嘆の声が上がる。

 ミサイルは彼女に触れることなく宙を舞い、やがて何もない場所で爆発した。言い換えればそれは、彼女が向かってくるミサイルの群をすべて避けたということ。


 残像を目で追うのが精一杯であるほどの速さを保ったまま、彼女はライア選手の胸部に飛び蹴りを放つ。だがそこは、厚い装甲で覆われた箇所。ライア選手はダメージを受けていない……はずだった。

 彼女は蹴りを放った姿勢のまま、右足をぐっと曲げ、力を込めて押し出すように伸ばす。

 これには私も驚きの声を上げざるを得ない。バキッという音と共に、ライア選手が再び大きくバランスを崩した。彼女はほぼ素足で、鉄を砕いてしまったのだ。


 ユイさんは呆気に取られ、もはや実況を忘れてしまっているようだった。

 女性だから強い補正がかかっているなんてことは全くない。あれが彼女の素の実力なのである。

 観客席のどよめきは歓声へと変わり、収まることを知らない。当のゼロさんは自身の元いた位置に綺麗に着地し、未だ一度もダメージを受けていないことを体現していた。


「!」

 そんな彼女が少しだけ動揺の表情を見せた。なんとか立ち上がったライア選手が自らの武器を全て使って集中砲火を行ったからだ。

 自分の劣勢をものともせず、攻撃のタイミングを作り続けているのは流石といったところか。しかし、彼女――ゼロは一歩も動かなかった。

 決して慄いて動けないのではない。あえて動かないのだ。先に回り込む、砲撃を避けるという選択肢を共に捨てた彼女は、代わりに小さな声でこう言い放った。


「――装来(そうらい)


 大量の砲撃が彼女を直撃し、そこを中心にとてつもない範囲へ爆発が広がる。


「こ、これは防ぎようがないーっ! ゼロ選手、今度こそ絶体絶命か⁉」

 自分の仕事を思い出したように急にユイさんが声を張り上げた。私の周りの観客たちも、固唾を飲んで見守っている。

 確かにあの攻撃は、まともに食らえばひとたまりもないだろう。高ランカー御用達のフォースウェアが、持てる力すべてを使って放った一撃なのだから。

 もちろんこれはゲームであるため兵器にも殺傷能力はない。が、命中してしまえばあっという間に形勢逆転してしまうほどの威力を誇ることは誰の目からも明らかだった。

 ライア選手の使っているアイアンウォーリアというフォースウェアは、敏捷性こそ低いものの、それを補って余りある攻撃力を有しているのだ。

 彼は持つ力を使い果たし、当たっていてくれと言わんばかりの表情だった。

 やがて爆炎が晴れ、見えてきたものは……


 翼だ。

 雅な水色をした光が集まってできた翼。

 あれだけの攻撃が命中してもそのフォルムは少しも崩れず、傷ひとつ付いていなかった。

 二枚の光の翼は自分の役割を終えたのに気づいたが如くゆっくりと開き、粒子となって天空へと消えていった。

 同時に、自らが覆っていた者の存在が露わになる。

 そこにあったのは……


 彼女――ゼロの、本当の姿だった。


 その全容が明らかになった途端、歓声が最高潮に高まった。


「ゼ、ゼロ選手……まさかのこのタイミングでセットアップ……! そして、あのフォースウェアは――」

 初めて目にする人には衝撃が強すぎるかもしれない。騎士のような、宝石のような、ロボットのような複雑すぎる造形をしていて、一言でこれとは形容し難い。

 強いて言うなら、身につけている彼女も含めて、一つの芸術品の様だった。彼女が普段身に着けているカチューシャも尖った形状に変化し、フォースウェアの一部となる。


 それはもはや変身と言っても良いだろう。


『Code:00』。


 FOVの初期に行われたイベントで、一位になったプレイヤーにのみ与えられたフォースウェア。開催時、私はまだFOV始めてすらいなかったのだが、その偉業を成し遂げた彼女だけが所有していることは知っている。

 Code:00は現時点で最高クラスのスペックを誇り、FOVを代表するものと言っても良い。

 呆然としている対戦相手をよそに、彼女は右腕を虚空へ真っ直ぐ伸ばしてみせた。すると、どこからともなく光が現れ、美しい曲線を描きながら彼女の周りを舞う。

 彼女の右手へと辿り着いた光は、彼女の身長ほどの長さの大剣へと姿を変えた。Code:00専用の武装、「ゼロ・ブレイド」だ。

 彼女がそれを構えるや否や、彼女の背中から今度は翼ではなくジェット噴射のように粒子エネルギーが溢れ出した。その荒々しい様とは対照的に、彼女は依然として冷静な表情を画面を通して観客席へと見せる。


 一瞬であった。彼女はその見た目からして重い剣を持ちながらも相手との距離を一瞬にして詰め、切り伏せた。

 まるで音がしない。私たちにはそれを聞くことすら許されなかったのかもしれない。


 フィールドの端に着地し、彼女の背中から光が消えた直後、その場に倒れこんだライア選手のフォースウェアも消えていった。それはゼロさんが勝ったことを意味するもの。

 しばらくの沈黙を挟んでから、再び大きな歓声が響いた。建物が崩れてしまわないかと思うほどに。


「ゼ、ゼロ選手の勝利!……圧倒的すぎるっ! 決着までの時間、わずか二分でした!」

 彼女――ゼロさんはこう思っただろう。「二分もかけてしまったか」と。もしくは「今日は二分楽しめた」か。

 最初からCode:00を使わなかった理由、それは彼女が強すぎるから。彼女ならきっと、武器なしで戦車にだって余裕で立ち向かっていく。

 仮にゼロさんが最初からCode:00を使い全力で戦っていたならば、数十秒もかからなかっただろう。

 初めは本気を出さず、ここぞという場面で自分の全てを見せる、そうして人々を楽しませ、盛り上がらせる、彼女はそういう人なのだろう。


「勝利したゼロ選手には500ポイント加算されます!」

 彼女の情報が画面に表示される。ランキングは主に対戦で獲得した累計獲得ポイントによって決まり、公式戦で勝てば500のポイントが手に入る。負けても減ることはない。

 現在の彼女の順位は5位で総ポイントは347690。1位になるにはまだ10000ポイントほど必要だ。

 もっとも彼女は1位を目指しているのかも分からない。注目を集めていると同時に、それほど多くの謎に包まれた存在でもあった。


 それでも確かなことが一つある。それは、私が彼女を最初で唯一の推しに選んだということ。


「本日の公式戦は以上となります! 観戦してくださった皆さん! そして対戦者のお二人! ありがとうございました‼」

 観客席から無数の拍手が巻き起こる。Code:00を解除したゼロさんはなおも冷静な表情のまま、静かにその場から去っていった。

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