勇気が出ないなら
「一旦帰って、着替えてからログインするから」
「ええ」
「じゃあ、後でね、レイ」
今日は氷崎さんの委員会活動はなくて、私たちの部活動は行われる日。
だから、ヒナタと二人きりで帰ることができる。
いや、氷崎さんがいるからといって特に変わることはないんだけど。
「どうかしたの?」
「へっ⁉」
いつの間にか、氷崎さんが視線の行き先を私へと変えていた。
「なっ何にもないですけど……私何か変ですか⁉」
そのオーバーリアクションで既に何かあると察知されていそうだけども。
彼女は一息入れてからこう告げた。
「一人で抱え込まないように」
なんか氷崎さんって……とても鋭い。
でも、これは私の問題だから。
私が抱えなきゃいけないことだから。
「あ…ありがとうございます」
「それと、あなたも――」
「リンちゃーん! 早くー!」
「あっ、今行くー!」
「……はぁ」
今となっては申し訳ない限りだけど、もう一つ、氷崎さん……いや、レイが何か言おうとしていたことに私は気づかなかった。
少しずつ夏の夕方、といえる気温になってきた。
「氷崎さんのこと、ちゃんと呼べるようになってきたじゃん」
部活動終わりの帰り道、ひとまず沈黙が生まれないように私は当たり障りない話題を作っていた。
「そりゃ、頑張ったからね。それに、あんな簡単にリンちゃんに先越されちゃって、悔しかったもん」
ヒナタは唇を尖らせて言う。
「あはは、ごめんてー……あ」
道中に、私にとってすぐには目を逸らせない光景があった。
「どうかした?」
公園のベンチで三人、一緒にゲームをしている男の子たち。
私の過去と、重なるものがあった。
「楽しそうだね。私、携帯用のゲームはあんまり詳しくないんだけど、ちょっと興味あるんだ」
「……」
「リンちゃん?」
そうだ。
あの時だって……そうだったじゃないか。
私がゲームというものにのめり込んで数日経ったくらいだろうか。
小学校の教室の中。
誰かの机に集まってトークに花を咲かせる。
それは皆同じだったけど、男子と女子、それぞれ話す内容はかけ離れていた。
男子はゲームや漫画の話、女子は流行りのアイドルやオシャレの話。
誰が決めたわけでもなく、それが当たり前のようになっていた。
私はずっと女子のグループの中にいた。
でも、あの頃モンバトにハマっていて他のものにあまり興味がなかった私は、正直話についていけなくて、男子のグループに入りたいなって、ずっと思ってた。
かといって自分一人で堂々と男子のグループの中に入っていく勇気はない。
仕方なく、グループの他の子の話に聞き入っているふりをしながら、かすかに聞こえる男子たちの声に耳を向けていた。
私の聞きたい話ばかりだった。
私が知らないこと。
私が知りたかったこと。
私が教えてあげたいこと。
いつまでも聞いていたかった。
――そのダンジョンはこうやって進むんだよ――
――あのボスにはこのモンスターが有効だよ――
私があのグループに加わったのを想像するだけで、私の学校生活が一気に活気づくような気がした。
それだけに、現実は辛かった。
自分のやりたいことを我慢しながら送る学校生活は、そうでないときより辛いものがあった。
少し手を伸ばせば届くのに、やりたいことをやれるようになるのに、目先の不安に押し負けてしまう。
自分が情けなくてしょうがなかった。
そんなとき、私を救ってくれたのもまた、ゲームだったんだ。
「やったー! 強そうなモンスターゲット!」
ゲームの中での出来事一つ一つに一喜一憂していた私にとって。それは喜ばしい一大イベントだった。
すかさず、仲間にしたモンスターのステータスを見たり、セリフを聞いたりできるページへと移動する。
『自分から動かなくちゃ、何も変わらないぜ?』
「や、やけに大人びたことを言うモンスターだなあ……」
そのちょっと不思議な存在に対する感想は鮮明に覚えている。
「えっと、名前は……」
私は片手でゲーム機を操作しながら攻略本のページをめくる。
「ファング……ドラゴン?」
『勇気が出ないならおれが分けてやる! ファングブレイブだ!』
「……!」
まさに、当時の私を鼓舞する言葉だった。
「そっか……そうだよね」
私の、今でも大好きなセリフだ。
そして、その日から彼は私の一番のお気に入りとなった。
あの言葉のおかげで、私は周りの目を気にせず、自分のいたいグループへと入ることができた。
傍から見ればしょうもないきっかけかもしれないけど、私にとってはとても大きな一歩だったんだ。
「……ヒナタ」
「んん?」
並んで歩いていた状態から90度回って、ヒナタの方へと体を向ける。
「私、もう一つだけ、ヒナタに言わなきゃいけないことがあるの」
「!」
「本当はずっと言いたかったけど、言えなくて……でも、今なら全部伝えられそうだから」
彼女は想定外の出来事に狼狽を見せたが、その後確かに頷いてくれた。
ほんの少しの沈黙を設けて、私は言葉を届けた。
「私も……あなたと同じゲームがしたい」
「あの時ヒナタの誘いを断っておいて、自分勝手だって分かってる。けど私は……もっとヒナタと一緒にいたいの」
反対側の歩道を通る自転車も、周りを歩く小学生たちの声も気にならない。
私は今、ただ自分のやりたいことをするためにここに立っている。
「本当は嫌いになんかなってなかった。自分から逃げてただけだった。私はヒナタのこと、どんなことがあってもずっと友達だって思ってる。だからこそ、もっと一緒にいたいの。形は変わっちゃったけど、大好きなゲームを大好きな友達とまた一緒にやる。それが今私の一番やりたいことなんだって、気づいたのっ!」
呼吸が途切れる。
話すのがだんだん苦しくなってきた。
だけど、今ここで伝えきらなきゃ。
そうじゃなきゃ、いけないんだ。
「ヒナタたちのやってるゲームのことはまだ全然知らないし、色んなところで足引っ張って、迷惑かけるかもしれない。それが不安だったの。またヒナタのこと傷つけてしまったらどうしようって考えが、ずっと私の中から消えなかった。だけど、この気持ちをヒナタに伝えないまま隠し続ける方が駄目だって思ったから。だから」
話すのに夢中でヒナタの顔をしっかりと見ていなかった。
目を開けると、彼女はより驚嘆を示す表情になっていた。
「それ、本当?」
「……嘘なんかつかないよ」
「そっか」
次の瞬間、私の目の前には笑顔が広がっていた。
「嬉しい」
「実はね、私も同じ気持ちだったんだ」
「え?」
「リンちゃんがゲームを好きじゃないって聞いてから、誘うこと諦めてた。でも、心のどこかで。本当にそうなのかな?
リンちゃんは本当にゲームのこと嫌いになっちゃったのかな? って。でも私じゃそれを聞けなかったから。昔の辛いことを思い出させちゃうのが嫌だったから……今、リンちゃんの口から聞けてすごく嬉しかった」
そう私に話すヒナタの表情は、ゲームの話をする時や、氷崎さんの話をする時と、同じものに見えた。
「もちろん、レイと二人でやるFOVもすごく楽しいよ。でも、時々考えちゃうんだ。自意識過剰だって思われるかもしれないけど、私といないときのリンちゃんはもしかしたら寂しい思いをしてるかもしれないって。だから、三人でいられる時間がもっと増えたら素敵だな……なんて」
自意識過剰だなんてことない。
全くもってその通りだ。
「……そうだよ。私ヒナタがいないと寂しい」
「私も」
その掛け合いがなんだか可笑しくって、また二人でしばらく笑い合った。
「リンちゃんなら、迷惑なんてこと絶対ないよ。むしろ、色々教えさせてほしい!」
「ありがと。じゃあ、その言葉に甘えることにする」
やっぱり、あの時と同じだった。
自分のやりたいことは、自分で掴みにいく。
それが一番なんだ。
「そうと決まれば、早速行こう!」
「い、行くってどこに⁉」
いつかの夕方とは打って変わって、今度はヒナタが私の腕を強く引いて走り出すのだった。




