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第一話 


 退屈だ。


 うだるような夏の朝。幾つも重なった蝉の鳴き声や、汗でへばりつくシャツの不快感に成瀬は嫌気がさしていた。



 普段通り何食わぬ顔で高校に登校し、少し錆びた下駄箱に靴をしまう。


「そういえばA組の成瀬君のお父さん、ついこの前事故で亡くなったらしいよ。」


 下駄箱越しに隣のクラスの女子生徒の会話が大っぴらに聞こえてきた。


「えぇ!あのいつも学年トップの??」


「そうそう。それなのにいつもと全然様子が変わらないらしくて、今朝のニュースで報道されるまで誰も知らなかったらしいよ。」


「そうなんだー。何か変わった人なんだね。」


「模試でもずっと一桁らしいのに、何だか他人に興味無さそうっていうか、無愛想で気味が悪くて勿体ないのよねー。」


 余計なお世話だ。



 蒸し暑い廊下を抜け教室の扉を開ける。するとやはりそこには、普段通りとは行かない空気が広がっていた。


 直ぐに教室が静まり返り、成瀬の元に視線が集まるとしまったと言わんばかりに散っていく。


「成瀬、親父さん大変だったらしいな。なにか出来る事があれば言ってくれよ。」


 一番に切り出したのはクラスの委員長であり野球部のキャプテンである鈴木だった。


 確かに親父は先日交通事故に遭い息を引き取っている。だが父親と言っても仕事漬けの男。まともに対面した事も無い僕にとって、金銭や生活環境を提供してくれる事以外は無愛想な他人だった。よって悲しくも何ともなければ、王手成瀬財閥の会長である親父の莫大な遺産を相続出来るんだし、親父には悪いけど寧ろありがたく好都合な事だ。


 そんな事より親父が下手に有名人だった事で僕に厄介な注目が集まる事の方が面倒臭い。


「葬儀も終わったしもう何ともないよ。心配かけてごめんね。」


 仕方なく微笑み、答えた。


 理想は目立たず平凡な学校生活を送る事だ。せめて高校は卒業しておこうと思ってたけど、これからは一生親父の遺産で金利生活だし面倒なら辞めようかな。


 視線を振りほどくように席に付き、いつも通り読んでた本の栞を取って開くと少し眠たくなってきた。


 たまには...まあいいか......。




 .........?


 目が覚めると、木々に囲まれた見知らぬ広大な遺跡のような場所で倒れていた。ヒビの入った太い柱が無尽蔵に乱立し、褐色のツタが伸びている。天井は殆ど崩壊しており、不機嫌な曇り空の濁った灰色がこちらを覗き込んでいた。


 夢か...? いや、明晰夢は割と頻繁に見る方だ。これが夢じゃない事は分かる。


 むくりと体を起こし、右手でぼうっとする頭を抑えた。


 今朝見た天気予報だと後3日は晴れが続く予報だったし、曇る可能性のあるどこか遠くの地域に運ばれたか、あるいは4日以上の記憶を失ったのか。


 成瀬は自身の体を調べる。


 真夏のはずなのに少し肌寒いし、相当な山奥かな。制服を着てるし荷物も携帯も無いから自分の意思でここに来た訳じゃなさそうだな。目立った外傷は無い。空腹、体調の具合からして、行方不明狙い遺産目当てで親戚の関係者にどっかの秘境に置き去りにされた線が濃いか。いくら何でも爪が甘過ぎるけど、意識と記憶を消す薬もあるみたいだし合点は行く。


 くそ、面倒な事になった。


 というか何だこの気がかりな遺跡は、造りが異質過ぎる。小学の時世界中の文化遺産を暗記したけど、こんな物は何処にも無かったはず。物好きな建築家が遊びで最近建てたのか?或いは探索不可の閉鎖国家の中なら有り得るか。


 全く。可能性はかなり低いけど後者なら最悪だ。いや落ち着け。今は冷静になろう。



 産まれて初めて命の危険に直面した成瀬の思考はやや混濁していた。


 するとジリッと背後から足音がしたかと思えば、即座に関節技で両腕を固められ、目の上にサバイバルナイフを突き立てられた。ナイフの刃は入念に研がれており、白銀に輝いている。



「"ここは何処でお前は誰だ。目的は何だ。"」


 ドスの効いた鈍い声色の男が英語で語りかけてきた。


 "ここは何処"?コイツも僕と同じで連れてこられたのか?だとしたら何故だ。


「"恐らく僕も同じ境遇だ。何も知らない。気がついたらここに居た。制服や体格で分かるだろうがただの日本の高校生だ。ここは協力して生き延びよう。"」


 成瀬は流れるような英語で即答した。


「"俺の質問に答えろ!!"」


 低い声の主は猛獣の様に声を荒げ、成瀬を恫喝した。


 クソッ、こいつ頭が硬いのか。


「"おいおいクリス、軍人がガキ相手に野暮な事してんじゃねぇよ。離してやりな。"」


「"そうですよクリスさん。それにその子見覚えがあります。"」


 自信に満ちた男らしい太い声と、比較的若くか細い声が聞こえ、声のする方を見ると成瀬は困惑した。


 そこに立っていたのは、ボクシング世界八階級制覇王者であるフロイド・メイフェザーと、ノーベル化学賞を5年で2度受賞した天才化学者フレデリック・エドガーという異質な2人組だった。


「"エド、どういう事だ?"」


 筋肉質な黒人ボクサーのメイフェザーが聞き返す。


「"その子は世界で一番IQが高いと噂されてる天才少年、成瀬君ですよ。日本で開かれたMENSA会員の開宴で一度耳にしました。恐らく、我々と同じ目的でここに連れて来られたのでしょう。"」


「"そうか・・・。だがこちらの方が確実で効率が良かったまでだ。"」


 鈍い声の主は答え、成瀬の拘束を解いた。解放された成瀬は腰を落とし、一息付く。


「"済まなかったな。こちらも状況が整理出来ていなくてね。立てるか?"」


 そう言いながら、鈍い声の主である軍人は手際よくナイフを収めると、おびただしい数の傷跡がついた右手を成瀬に差し出した。


 ・・・。この錚々たるメンツから考えるに軍人も恐らく只者じゃ無さそうだな。映画の見過ぎた狂人にでも誘拐されたのか?何にせよ、今は考えるよりも全員の情報を整理して直ぐに役割を分担するべきだ。だが一人よりも遥かに生存率は上がったんだ、嘆く事じゃない。


 成瀬は差し出された手を取る。すると軍人は直ぐに力を抜き、成瀬は尻もちを付いた。


「"おい!"」


 意表を突かれた成瀬は叫び、顔を上げる。すると何故か、三人が成瀬の後方を見つめながら、顔を引き攣らせ硬直しているのが見えた。


 違和感を覚えた成瀬も直ぐに振り向くと、成瀬の体は凍りつくように停止する。


 ギュ...ギャギュュ......


 体長4mは優位に超え、水底の様な青白い肌に筋骨隆々としたヒト型の巨躯を持ち、顔面の中央にはギョロリとした巨大な一つ目と、その下に短刀のような鋭い牙の生えた怪物が、不気味な鼻息を立て、遠く離れた柱の裏からコチラをジッと睨んでいた。


「"いや・・・ありえない・・・!"」


 初めて声を発したのは化学者エドガーだった。


 この声にハッとした成瀬は静かに少しずつ目線をそらし、低姿勢のまま遺跡の支柱で怪物の視線を切ろうとゆっくり後退りする。


「"おいおい、一体何なんだあいつは。"」


 しかしボクサーであるメイフェザーは、本能的に体が強ばり、蛇のような鋭い目付きで怪物を睨んでしまった。


 ギ、ギギギギ


 睨まれた怪物は柱の裏からのっそりと重々しい体を出し、おぞましい唸り声を立てながら何やら姿勢を低く取った。


「"ダメだっ・・・!刺激しないように!目線をそらして!!"」


 成瀬は声を殺し気味に叫ぶ。


 その怪物の姿を一目見た成瀬は、瞬時に霊長類最大種であるゴリラを連想した。野生のゴリラと遭遇した際は、目を合わせず立ち去るまで刺激を与えてはいけない事を成瀬は既知していたのだ。


 すると次の瞬間、バギャッビシャッと硬い水風船を叩き割った様な生々しい炸裂音が響くと、メイフェザーの上半身は消え、大量の血液が宙を舞い、肉片や骨片が空中でバラバラになっていた。


 !?!?!?


 一同は戦慄する。


 ギャーーーン!!!!!!


 気が付くと、横たわったメイフェザーの下半身の前で、怪物が鼓膜を引き裂くような蛮声をあげていた。


 そこでやっと他3名は何が起きたかを理解する。


 メイフェザーは突進されたのである。


「"そ、そんな馬鹿な!!ありえない!速すぎる!!!"」


 先程の一瞬まで、数十メートル離れた位置にいたはずの怪物による疾風の如き高速な突進に対し、現実を受け入れられない化学者エドガーは腰を抜かしてしまい、愕然としていた。


 すると成瀬は柱で視線を切った後、即座に上体を起こし、できる限り足音を殺しながら遺跡の外を目掛けて駆け出した。


 あの化け物、ヤバい!野生の動物があんなに躊躇いなく人間に襲いかかるなんて、普通は有り得ないはずだ!人間を捕食対象として見てるのか!?殺戮の為に生み出された生物兵器か何かか!?何にせよここは逃げるしかない!!!


 ドンドン!ドンドンドン!!


 軍人クリスは顔を強ばらせ、目の前に横たわる死人の残骸には一切の動揺を見せず、目にも止まらぬ速さで腰に掛けた大口径の拳銃を引き抜き、咆哮する怪物の額に二発、心臓に三発の銃弾を正確に撃ち込んだ。


 バゴンッ!へグゥ


 その直後、巻き上げられた砂埃の中、うっすらと怪物の筋肉質な両腕が軍人をペシャンコにしているのが見え、軍人の体内にある空気が一気に抜けた何とも無慈悲な音が響いた。砂埃が晴れると、軍人の頭部から膝までの胴体は跡形もなく、骨が剥き出しになった肉片が地面にこびり付いていた。


「"そ、そんな!!そんなぁ!!!!!"」


 完全に腰が抜けた化学者エドガーは、目の前の化け物の恐怖に抗う術はなく、ただ絶望する。


 ベシャッ


 ニタッと微笑んだ怪物は80cm程の巨大な足の裏でエドガーの腰骨を踏み砕いた。


「あ゛あ゛ぁぁあああ!!!い゛だい!!!!許し、」


 ブチャッ


 エドガーの悲痛な命乞いに怪物は一切耳を貸す事無く、トドメの拳を振り下ろした。



 クソ!!一体何なんだあの化け物は!!あのデカさであの身体の構造じゃ自身の体重すら支えられないはずだろうが!!!それに何だあの硬さ!!大口径の拳銃に怯まない生物なんて有り得る訳無いだろ!!!あんなの太刀打ち出来る訳が無い!クソ!まだ死にたくない!!!いや落ち着け・・・!!とにかく今は逃げ延びる事だけに集中しろ!!!!


 成瀬は全神経を集中させる。


 ギャ、ギュギュギュギュ...


 怪物は不気味な呼吸音を立てながら、ギョロギョロと周りを見渡すと直ぐに、逃げ延びようと駆ける成瀬の背中をその巨大な一つ眼に捉え、再びニタと笑った。

初投稿につき、お手柔らかにお願いします。

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