097 もう一つの前日譚
ここに来たからって言って俺が変わるわけではない、もしかしたら状況は悪化したのかもしれない。なぜなら今はこんな力を手に入れてしまった。
何かをしなきゃという焦燥感が生まれたんだ。もともとは「昔」から引き継いでしまった夢こそあれどそれとも折り合いをつけたり負い目に感じたりしながらなんだかんだ普通の人生を送れたんじゃないかと思う。でももうそれも過ぎたことだ。今は夢じゃなくて夢をかなえるためのこの力と折り合いをつけていかないといけない。
「まあでも、そこまで重く考えずにやっていくか」
さて、差し当たってやらなきゃいけないことは拠点の設営か。ここにも住民がいることは分かる。ならばしばらくはその住民たちにばれないように勢力を広げなければいけない。幸いこの能力はそれに適しているようだ、そして肝心の拠点だけど…これは地下に作るのが良いだろう。気づかれないし、地下から道を繋げば様々なところに出口を作って気付かれずに移動もできる。イメージはアリの巣、あのような感じで地下にいくつも部屋を作って道でつなげるのが良いだろう。もし俺が昔のままだったとして、一番の問題になっていたのは掘る方法だろう。しかし今の俺はその問題もクリアしている。さっき手に入れた能力のおかげだ。
では手始めに。
地下拠点もだいぶ広くなってきた。部屋の数も相当に増えてきて、さらにそれらを繋ぐ通路もかなりの本数整備しているため、もはや迷宮の様だ。
それに気づいたので途中からは部屋の高さをある程度は同じにして、下への通路を作り、まただいたい同じ高さで部屋を作るという方式に切り替えた。そのおかげで迷宮に階層を作ることが出来た。名称も地下拠点から迷宮拠点へと変更した。
まあ、呼ぶのは自分だけだし何も変わらないけど。
それにしても便利な能力を手に入れたものだ…便利?「昔」だったらもっと別の感想を抱いていた気がするけど…でもそれも「昔」の話だ。「昔」の記憶もだんだんと曖昧になってきてしまっている。忘れたくはないけど結局忘れても構わないものは忘れてしまうんだろうし、忘れなくても思いは風化し熱は色あせていくものなのだろう。だから仕方ないと受け入れよう。
さて最近はずっと作業し続けていて外に一切出ていなかった。紙を作ってそこに日にちの経過をメモしたりほとんどを地中に埋め込んだ百葉箱から情報を得て同時に記録することで暦を作ろうとしている。そっちはかなり長いスパンでの計画になるだろうから気長にやることにしている。そしてそうやって迷宮の中とはいえ運動をしていたからか最上層に作ったいくつかの外からは見えない明かり窓から明かりを取り入れていたからだろうか精神がふさぎ込むことはなかった。しかし、だとしてももう長い事外に出ていない。だから久しぶりに外出しよう。
長い登り通路や部屋を通って外に出てきた。なれない道だったから時間がかかったけど、夜の内から歩いていたから丁度早朝に外に出る事が出来た。外は涼しくて、空気が迷宮内とは全く違った味がする。
この周辺も把握していないので、適当に歩いてみる。
そのルートを選んだのは偶然か必然か、適当に歩いた道筋の先で、
最初にたどり着いた村では警戒されて追い返された。
二つ目の村では食料を貰った。ありがたく受け取って出ていってほしいという空気を感じたので引き留められたが先に進んだ。そして三つ目の村にはだれもいなかった。どうやら数年前に捨てられた廃村の様で、住民は違う場所に移り住んでいた。そこには魔術でしか考えられないような現象の痕跡があったが、魔力の後はなかった。魔力によらないこのような現象は俺には考えられない。
でもおかしい、その中で漏れ出ているような魔力の流れがある。その漏れ出ているような魔力を辿っていくと魔力が漏れ出ている場所があった。その場所の異常性はその村において際立っている。それはまるで井戸だった。井戸には特殊な板で封印の様なものがされており、その隙間から魔力が漏れ出ている。井戸からは当然ロープが垂れていて、おそらくその下には釣瓶が結ばれているのだろう。その魔力のない聖域のような村において異常な魔力を放つ井戸が気になったのだ。
だからあまり深く考えずにその封印の様な蓋を壊した。そして釣瓶を引き上げた。
重い?
水が入っているとは思えない重さだ。
でも人間にしては軽すぎる。小動物でも入っているのだろうか?いや、でも井戸の下の環境はやばい。
封印の板を壊したから下が見えるようになったから分かる。この下の魔力濃度は異常だ。尋常な生物が生存できる環境ではない。生存できるとするならば体が全て魔力で出来ている魔物などくらいだろう。
だとしたら魔物か?でも殺気は感じない。これは…
果たして引き上げた釣瓶の中にいたのは少女だった。しかし当時はそう判断できなかった。それほど彼女はひどいありさまだった。
眼球はひび割れ、肌には異常な数のやけどの跡があり、肌のやけど後がない部分も一切光沢のないまるで底なしの穴の様な黒い汚染が顔の半分ほどを覆っている。何より衝撃だったのはその少女が異常にやせ細っていて、かつ異常な魔力汚染を受けていて、かつ明らかにその体は栄養失調であると分かる程にやせ細っていた。
その少女は恐らく10歳前後、そして服も着せられず、食事も与えられず、こんな魔力汚染がひどい場所で放置されていたのだろう。
「ぐぅっ」
酷い匂いだ。釣瓶の中に溜まった異常なヘドロの様な物のせいだろう、おそらく汚物だけでなく腐った食物も混ざっているであろうそのヘドロは少女だけでも収まりきらないような釣瓶の中に入り込み、当然少女はそれに身を浸しているような状態だ。後ずさってしまう。誰だってそうだろう、この少女が最初からこうなのか、この環境でこうなったのかは関係ない、こんなおぞましい物を見せられて助ける、等という選択肢が浮かぶ人間はそれこそ異常者だ。それはじっとこちらを見ている。そのひび割れた目で、おそらく動くという行為を知らないのだろう、喋るという行為を知らないのだろう、きっと泣くという簡単な意思表示すらもできないのだろう。初めて見た生物を本能的に目で追っているだけなのだ。
きっと俺が見捨てたって何も感じない。だから、もう去ろう。見ているだけで精神にダメージがいく。
ドチャ
何かが倒れる音、対で恐らく釣瓶が潰されて壊れる音。
振り向くとそれは倒れていた。呼吸は荒く、その肌の中でも魔力による汚染を受けてない場所は青白くなっていく。何が起きたのかはさっぱり分からない。でも咄嗟にそれが伸ばしていた右腕を掴んだ。自分に人を助けたいと思うような優しさがあるはずはないし、偽善としての行動ですらそんなこと俺には出来ないと知っている。だからこれは自己保身のための行動だろう。それが急に死にかけたのは前後関係から俺が引き上げたせいとしか考えられない。たとえ人間とは思えないおぞましい生き物でも、それが人の形をとっていて、自分のせいで死んでしまったとなれば俺は多分それこそ精神をやられる。だから咄嗟に手を掴んだ。
それはただその手を掴むという行動だけでその容態を安定させた。
(魔力の急速減少を感知、何がありましたか?主様)
不快な音で出来た機械音声が脳に響く。
(うる、さい!喋るなって何度も言ってんだろ)
そういうとちゃんとそいつは黙った。それよりも今はこっちだ。あいつのおかげででも色々とすっきりした。多分この少女は今まで魔力で生活に必要なエネルギーを作っていたのだろう。方法は分からないが、そう考えれば辻褄が合う。井戸の下は魔力濃度が濃く、その魔力のおかげで今まで生きてこれた。しかし、地上の魔力濃度では不十分なのだろう。だから死にかけた。しかし俺が手を握ることによってこの少女は俺の手を通じて俺の魔力を無理矢理吸い取り、生きながらえているのだ。魔力を用いて生命活動を維持するところや、無理やり人から魔力を吸い取ることなど、この少女の体は異常なほどに魔力に対して親和性が高いのだろう。ひょっとしたら魔術の腕も相当凄いところまで行くかもしれない。幸い、あいつが自身の能力として語っていたものの中に大量の魔力供給という物がある。それを使ってこいつを生かそう。もし本当に魔術師の腕が相当なものになるのなら、この少女、兵器、または猟犬として飼ってみるのもいいかもしれない。
俺の迷宮拠点にそれを運び込んだ。確か装置の電源用の魔力供給装置をどこかの部屋として作っていたはずだ。そこに運び込んで魔力を供給し続けてしばらく様子を見よう。
待っている間にどうやって手懐けるかも考えておかないといけない、あれに人間、いや生物らしい行動原理を期待してはいけない。恩を着せるという行為も、実力の講師によって俺が上であると示す行為も効果は発揮しないだろう。ならばいっそのこと施行を与えない破壊機構として育てるのがいいか?その方法は…そうだな他の兵器と同じ部屋に連れていくか、重要なのは人型であることだろう。そうすればそれはその機会と自分を同じものだと考えて真似するようになるだろう。何度か魔術を行使するところを見せてやればおそらくそれが持っているであろう天性の才能で魔力を操るすべを習得するはずだ。
「ぅううああああああああああ!!」
それが叫び声をあげた。それはまるで産声の様だった。
思わず顔を上げるとそれと目が合った。もうその目はひび割れていなかった。その肌は血色を取り戻している。肌の魔力汚染は別に進行していない。当然だ。9年あの魔力濃度で生活してあれなのだ、今この短時間で進行するわけがない。にしても魔力汚染が肌に出るというのは聞いたことがないな。…それも当然か、9年あの尋常じゃない魔力濃度で生活した例など今までに存在しないだろうから。
ずる
ばたん
魔力供給機を人間用に作り替える際に緊急で用意したベッドから立ち上がろうとした少女がずり落ちる。しかしそれでも痛みを感じていないのかすぐに頑張って立ち上がり、おぼつかない歩みで近寄ってくる。魔力供給機と俺のいる監視石の間は透明な素材で区切られている。だから壁に気付かなかったのか少女は壁にぶつかって後ろに倒れてしまった。
見ていられない。
魔力供給機のある部屋に入る。
少女はまた立ち上がり、歩こうとする。けれどまた倒れそうだ。
と、今度は転ぶ寸前で受け止められた。何だこいつは、危なっかしいな。
近寄った瞬間悪臭が鼻を刺激した。さっきはあの光景で色々と感覚がほぼ閉じていたけれど、冷静になった今改めて匂いを感じた。そうだな、体の方も結構回復してきてるようだし、手を引いて歩けば…いやこの後も利用しようと思っている相手だ。体に負担がかからないように抱えて歩こう。
「ぅ、あぁう」
暴れる。
「暴れるな」
「ぅううう」
言葉は伝わらない様だ。それもそうか会話という物そのものが縁遠い世界で生きて来たのだから言葉そのものが理解できないのだろう。まあ栄養が無くてやせ細った体だ、問答無用で運べる。
少女の目の前にかがむ、左手で手を掴み、右手で足を、…今まで無意識的に目をそらしていたけれど…こいつ服着てない…でも今なにも服にできるようなものはないし
「はあ…」
その少女を見ないように前を見て手を引いて歩く。相手に負担をかけないようにできるだけ歩みを遅く。
しばらく歩いていると抵抗は無くなった、手の力を弱められる。引っ張る力を弱める、そうするとさらに抵抗は小さくなった。なんだ最初からこうすればよかったんだ。風呂場に着いた。浴槽の中には今日はいる予定だった湯がすでに張ってある。外出することを決めたときに沸かしておいたのだ。そしてそのお風呂に少女を持ち上げて入れる。出来るだけ直視しないように、
少女はこちらをじっと見ているが浴槽から出ようとはしていない。よし、この間に服を用意しておこう。
ジェスチャーで留まっていてと表現する。伝わったかは分からないがとりあえず服を探しに行こう。
なかった。あっても男用(自分用)のせいでサイズが絶対に合わない。という事で…
風呂場に到着した。中に入って手招きする。
少女は訝しみながらも浴槽から出てくる。その体に上から布をかぶせる。服の上から手を掴み両側に空いた布から手を通させる。ノースリーブの上下一体スタイルだ。俺の裁縫スキルが全くないせいでこうなってしまったが仕方ないだろう。これから彼女に言語を習得させたり教育したりして知能レベルが上がってきたら彼女の要望を聞いて服を決めればいいだろう。その時までに服を作るような機構も制作しないといけない。
彼女は何されたか理解していない様だ。これからも毎日お風呂には入らせよう。そうすれば匂いも完全に消える日が来るだろう。よし、次だ。これからは魔力だけで生き延びさせるわけにはいかない。あいつの魔力にも限りがあるだろうし、なので食事だ。
食堂に着いた。食事…俺は料理をどうでもいいと思っていたのでざっと切ってざっと焼いたり茹でたりした各食材を適当に皿に盛り付けていただけだからな…
これを考えるのはずるいというか逃げになってしまうが今までに彼女は食事をしたことはないだろうし気にされないだろうからいつも通りでいいか。変に挑戦して失敗したら元も子もないわけだし。
保存がきくようにしておいた緊急用の幾つかの食材と昼食用に作っておいた食事を並べる。昼食用に作っておいた栄養に関してはちゃんと気にしてある食事は彼女の前に並べる。俺は一食分ぐらいあり合わせでいいだろう。それにしても、名前どうしよう。
食事が終わった。いつも俺が生活している居間に移動する。
早速教育を始めてみるか。俺にできる気はしないけどここまで世話してしまったのだし最後までやり切るのが俺の責任だろう。
「声は出せるか?」
「あぁ、言葉が分からないのか」
手を取り、その手を喉に当てる。
「ほら、こうやって」
「おあおーあ」
or?そう聞こえてしまってから名前が決まった。ナオだ。
漢字もあるし、意味もあるがまあ今は些細な事だし気にしない。
この行動だけでももう先が長いことが分かるが精一杯何とかしよう。
「な、ナオ」
顔が明るくなった。言葉が通じたみたいだ。
本当の意味で会話できるのがいつになるかは分からないけどその時まで頑張るとしよう。
最後のところまで言葉が通じなかったのは、少女側が理解しようとしていなかったからです。
最後に言葉が通じたのは少女側が自分に向けられた石だと理解し、理解ろうとしたからです。「言葉」が神器であるという設定に則り言葉が通じました。




