096 一つの前日譚
そこはいくつかの城塞都市からなるシューラッド内部の自治区。そこは無害と考えられ、滅ぼすための損失が滅ぼした後の利益よりも少ないと判断されたために見逃されていただけの弱小地域。それももはやこれまで、今この自治区はシューラッド国軍が包囲している。それもここ最近の事が原因だ。【竜斬り】から聞き出された情報から兵力を集めていることが晒され、さらに数件の自治区からと思われる間者の発見報告もある。以上の情報より、シューラッド国王は自治区を有害と判断した。元から目障りだったところにいいい理由が提供された。その決定後即座に召集された孤軍の練度は十分すぎる程に高く、兵数は自治区の全人口をゆうに上回る。その兵士には既に密林を切り抜けるための技術が教え込まれている。先行突入部隊は危なげなくルートを開拓し、その後続は迅速に第一の都市へと接近していく。第二~第六の都市へ向けての部隊もすでに突入している。それらの行軍はよどみなく行われその関所は危機を知らせる狼煙を上げる間もなく陥落した。逃げ場は存在せず、自治区の住民はその兵士も含めて殲滅される未来は揺るがない。それがシューラッド王国の兵士の共通認識であるし、客観的に判断してもそれは変わりない。
事実すでにその刃は自治区のすべての城の喉元まで迫り、城門はすでに落とされた。
そして突入したシューラッド王国の部隊はこの城の内部を蹂躙しようとして、
「誰もいないぞ」
「もぬけの殻…すでに逃げおおせたか?」
「いや、それならすでに魔術による伝達があるはずだ」
「なら何処から?」
「分からない」
「ちくしょう、ひとまず知らせるぞ」
一人が魔道具を起動して仲間に連絡する。その心のうちに一抹の不安を残しながら。
しかしその不安は的外れだった、外で包囲網を張っている仲間は当然無事であり、他の部隊も同様だった。しかしどの部隊も自治区の兵士を見ていない。軍の動向は一切漏れていないはずだ。そもそも漏れていたとしてもこの規模の移動を見逃すはずがない。
包囲網の中枢に座す将軍は考える。今回の作戦を任されたものとして失敗は許されない。しかし今起こっていることはそれ以前の問題だ、ここで消失した人間は必ずどこかへ姿を現す。問題はそれが何処か分からない事だ。
「包囲網を解き5人単位で部隊を組め、全域を細部に至るまで捜索しろ。数秒の遅れが事の成否を分けるぞ」
彼の号令によって軍に指令が一瞬にして伝播する。
兵士は将軍の普段から冷静な将軍の焦りように驚きせわしなく動きだす。
「これ、結構な大事?」
「ああ、そうに違いない。だってあの将軍があんだけ血相を変えてんだぜ?」
「おい、お前らこっちだ!無駄話してる暇あったら荷物確認でもしてろ」
「とっくに終わってるっつーの、いくら包囲網の待機組だからってそんぐらい終わってるわ」
「こちらも同じく!いつでも行ける」
「そ、じゃあ行こ」
「行く?行く?ひょっとして出発?」
そのうちの一組、この五人組は第三都市の北東側へと捜索の足を延ばす組だ。
「北東ってこっち!」
「そんな自信満々なのに間違えるなバカ、こっちだ」
「流石ですね」
「こんぐらいバカでも分かるわ、お前のはすでに妄信だな」
「ここに分からなかったバカがいるんですけど!」
「自分でバカって認めちゃうんだ」
「はっ!」
「分かりやすく息飲むな」
「おい、そんな馬鹿話よりもちゃんと周囲を見渡しとけよ」
「わあってるよ!」
「荷物置いてきてないよね…大丈夫だよね…」
「何年やってんだよ、まだ慣れてないのか?」
「相変わらず毒舌だな」
「そうでもないと思いますけど」
「おおん?いちいち突っかかってくんな!」
「そういう貴方こそね!」
「喧嘩してて遅れんじゃ、なーいよ!」
そして先頭でため息をつく毒舌?の男。
「ほんとうるせえ」
「賑やかって言うと良いんじゃない?」
「そう思えたら苦労しないんだよ」
「そっか、そうだよね、ごめんね」
「何で謝ってんだ?」
「何でもないよ」
「うん、いい雰囲気で私は嬉しいな」
「黙っとけこの妄信野郎!」
「だから私のは盲信ではなく尊敬です!」
「どっちでも変わんねえんだよ!」
「そもそも毒舌というならあなたの方でしょう」
「うるせえ、俺は口が悪いだけだ」
「それこそ「どっちでも変わんねえんだよ」じゃないですか!」
「丁寧な口調してるくせしてずいぶん口悪いのも似合うじゃねえか、もしかしてそっちがほんとうのお前なんじゃねえの」
「そんなことはありません」
見かねて止めに入ろうとした一人を先頭の一人が止める。
「やめとけ、あいつら止まらないし」
「でも」
「そもそも気が弱いお前が止めに行っても何にもならない」
「そ、それは」
パン
もう一人が手を叩く。
「こっち!」
「なんかあったか?」
「この洞窟ヤバそうな気配がしてた気がする」
「は?わけわかんねえことを言うのはやめろよ」
「どういうことなのでしょう」
「だから、多分昔ヤバそうなのがいた痕跡があるって事」
「確かに周りの木々が焼け落ちてる。これはひどいな」
「気付くのが遅いんだよ!」
「でも、なぜ今はいないと断言できるのですか?」
「だって今襲われてないじゃん」
「ちょっと待って、安全か分からず入ってきたの?」
「うん、今確認できた」
「向こう見ずにもほどがあるだろ」
「まあ良いから良いから、入ろ入ろ。ねね」
向こう見ずな一人が背中を押して無理矢理入らせる。それにつられて他の4人も共に洞窟の中に足を踏み入れる。
「あれ?もう行き止まり?」
「みたいだな」
「違うよ、ほらこっち」
「何だこの横穴」
「…何人分もの足跡…数えきれないほど」
「ここから逃げたっていうのか?」
「かもしれないってだけ」
「連絡入れてくれ」
「了解」
魔道具を用いて本陣との連絡が取られる。さらに本陣から末端まで報告が伝う。そこからはやはり速度重視の軍だけあり、即座に軍が集まった。
「恐らく中に奴らがいるなら殿がいるはずだ、臨戦態勢で進め」
「細いですね、おそらく横に並べるのは二三人が限界でしょう」
「ではそれで布陣を組みなおせ、簡単にでいい、もとよりこの狭さで軍略も何もない」
準備はやはり即座に整えられた。そして穴の中にまず先行して一組入っていく。
「まずいな、どんどん細くなっていく」
「土の質が変わっている。後から作り替えられているな」
「なら罠か」
「だろうな、一度外に出ろ」
先陣を切った二人組が帰還する
「中は罠になっている様です」
「どういう罠だ」
「道が細くなっていっています」
「成る程、なら対処は簡単だな」
将軍が一人の部下を呼ぶ。
「こいつともう一人だ、盾持ちを一人出せ」
「分かりました」
ほどなくして一人の重戦士が呼ばれて来る。
「連携は大丈夫か?」
「大丈夫でしょう」
「まあ初めてでもないしな」
「なら行ってこい」
二人が進む。重戦士が左側で前に、もう一人が右側で後ろに
「ここあたりか」
「そうだろうね」
「じゃあやれ」
「了解」
その男は杖を取り出す。そして軽く詠唱を行う。
ドンドドドドン
一発の爆発により赤い瓦礫が飛び散り、その瓦礫により四つの爆発が生じる。
「おい、絶対そのために呼ばれたんじゃないだろ!」
「え、嘘」
「いや、だって…それ崩落するぞ!」
「あ、そっか…いやいや大丈夫。土の魔術も使えるから」
「最初からそれでやれって事だよ!」
「あー、分かんなかった」
「いいから速くやれ」
「りょ、了解!」
やると決まってからの行動までは早かった。
一瞬で土が変質し、トンネルのように固まる。
「ね?」
後ろから無数の足跡が近づいてくる。
「結局、あの音のおかげで気付いてもらったから結果オーライか…」
後ろから他の兵士が追い付いてくる。
「前!」
「はあっ!」
後ろに気を取られていた先陣組に背後から魔物が食いつく。
それを間一髪で重戦士が止める。
「助かった!ありがとう」
「どうも、それにしてもこいつらこんなところにいるの…」
「絶対に門番だよね」
「そうだろうな、魔獣を解き放つとか厄介な事しやがる」
「速く切り抜けてち…将軍様に吉報持って帰るんだー」
「はいはい、お付き合いしてやるよ」
「はい!お願いします」
「目視完了ー」
「分かった」
その言葉とともに重戦士がその大盾を構えて突進する。
それによって後退以外の選択肢が取れなくなった魔獣はその盾の隙間を縫うようにあり得ないカーブの軌道で迫る魔術を躱し切れずに射抜かれた。
「魔術ってこんな曲がる物なのか?」
「い、いやふつうはこんな曲がることはない」
「な、ならどうやって!」
「さあ、さっぱりだ」
後ろから聞こえてくる関心の声を聞き得意げになる魔術師。すでにさっきの失敗は忘れている。
「手を緩めるなよ」
「ご、ごめんなさい」
背を見せて逃げる魔獣は後ろから来る魔術を避けられず、前へ突破しようとする魔獣は大盾に道を防がれて一歩も動くことができない。
「最後ーー」
最後にひときわ派手な爆発で戦闘は終わった。
「道への被害は無し、これで安心だな」
「で、では!先に進みましょう」
「ん?ああ、そうだな」
しかし道はやがて行き止まりになった。
「塞いだ後があるな、壊せるか?」
「…ちょっと待ってください」
その塞いだ後に魔術氏が手を当てる。
「崩してもいいんですけどそしたら水が流れ込んできます。方角と歩いた距離から計算すると恐らくディブ川」
魔術師の顔が険しくなる、集中していることの証拠だ。
「それはまずいな、さらに詳細の位置情報は分かるか?」
「エインとライベの間」
「どっちに近い?」
「エインの方が近いけど…ここら辺崖がなかったっけ」
「あー、あそこ等へんか。よく分かるな」
「うん、僕の特技」
「で、纏めると崖があるあたり、エインとライベの間、か」
「そうなる」
「位置は絞り込めたな、なら早く戻ろう、こっちからの追跡がかなわない以上上から探す」
「でも、相手もこの作業大変だったと思うんですけど…いったいどうやって」
「それは考えていてもしょうがない、今はとにかく急ぐぞ」
「はい」
「ま、待ってくださーい」
こうして王国軍は指針を見つけた。しかし自治区の移動した痕跡を発見するまではかなりの時間を要し、かつ王国軍が「戦場」にたどり着くまではさらにかかることとなる。
息を吸う、息を吐く。
朝のひんやりとした空気がのどに流れ込む。
目を開ける。
町を覆う外壁の上から見える景色は圧巻だ。
朝の今にも砕け散ってしまいそうな繊細なバランスの上で保たれたガラスのような空気を、焦げた煙の臭いが引き裂く。
記憶が蘇る。もう振り切ったと思っていた記憶が体にまとわりつく。
あの豪炎も、あの気流も、あの雷鳴のように轟く声も、あの大地を揺るがす震動も、全てが鮮明に頭の中に蘇る。
絶望を思い出す。危機が迫る。




