050 異世界転移物語・中
記念すべき50話だというのに主人公が出てこれません、それは前回の投稿時から分かっていましたが、次回、もしくはその半分も未登場キャラの過去編になります。
何故か分量が増えてしまう。
茂みの中で一息つく。
どうやら一度追っ手をまくことには成功した様だ。
呼吸が荒い。この世界の人々はかなり足が速いように感じる。ただ逃げるだけではきっと無理なんだ。だからおれの子の隠れるという特技が無ければきっともう捕まっていた。
それも、きっと特殊な魔術を使えるような人が来たらすぐに捕まるのだろう。呼吸が整ってきた。よろよろと立ち上がり、歩く。
気付けば、なんでかかばんも一緒に持ってきていた。何の役にも立たないだろうに何で持ってきたんだろう。
中を見てみる。こう見ると自分でも入れた覚えのない物も出てくる。ティッシュ、クリップ、ライター、入れた覚えはないが、確かに入っていそうなものたちだ。それ以外にも、ペンやハンカチ、他電子機器類が少し、それだけだ。
ガサッ
これは俺のカバンをいじる音じゃない。
何かの足音だ。
動物がいた。しかし、俺が知っている動物ではない。狼の様だが明らかにそうではない。この世界独自の物なのだろう。
獣は、火を怖がる。
どこで知ったかも覚えていないような、正しいかどうかも分からないような、そんな知識に頼るしかない。
ライターを取り出し、近くに落ちてる枝に火をつけて、狼のような動物に向ける。だが、こいつが狼の様な生態ならば、まず間違いなく群れで行動している。
それが不安だ。周囲を警戒しながら、背を向けず、少しずつ後ろに下がる。
ガサッ
落ち葉を踏んだ。一気に数歩後ろに下がり、火のついた枝で落ち葉をなでて火をつける。辺りには落ち葉が積もっていて、一気に炎が広がる。
その炎によって俺と狼の間が断絶された。
一目散に逃げる。
息が切れ、走るのが辛くなってきたあたりで止まる。どうやら逃げ切ることが出来た様だ。
その後も少しずつ進んでいく。森から出ることはなかなかできず、俺はあきらめて座り込む。昨日の夜から何も食べていない。日頃運動しているわけでもない身にはこの運動量は堪える。空腹と疲労で頭がぼうっとしてきた。何か食べようと思ったが、カバンの中には食べ物らしい食べ物も入っていない。現地で調達するしかない様だ。
しかし、俺にそんなことが出来るだろうか?さっきだって逃げるので精いっぱいだった。
疲れた、お腹が空いた。何かを食べたい、水が飲みたい。
頭の中に浮かぶ不満と疑問と文句はいつも決まっている。
どうして、あの時だったんだ。
もし食材を買った帰りならば、きっと食料も潤沢だったはずで、寝て起きて食事をした後ならきっと気力も十分にあったはずで。
どうして、あそこだったんだ。
もしも、見知らぬ人でもかくまってくれるような人の家に飛ばされていたならば、きっと今こんな苦労はしていなかったはずで。
どうして、どうして俺だったんだ。
それだけの不満と疑問がいつまでも渦巻いている。
「そっか、この世界は、座ってれば飯が手に入るような世界じゃないんだ」
そんな当たり前のことを、今やっとちゃんと認識した。
疲れた体に鞭打って立ち上がる。ボロボロの体で歩いて何か食べ物を探す。それで、見つけた。
森の中を流れるそこまで大きくない川、きれいかどうかは分からない。何か細菌が棲んでいるかもしれない。それでも飲んだ。もう俺は贅沢言っていられる状況じゃないんだ。
水を飲んだらまだもう少し歩けるような気がしてきた。きっと何とかなる。そんな確かな希望を抱いてもう一度歩き出す。
水辺は人間以外にとっても重要な場所だ。当然のことであり、それなら俺が水を飲んだ場所が何者かの縄張りで、そいつが水を飲みに来ると考えるのが当然だ。
森の中で俺が二度目に出会ったのは虎の様な生き物だ。こちらを威嚇する様に牙を剥き、睨みつけている。確実に食われる。
虎が飛び掛かってくる。恐怖に後ずさった俺は、川に落ちた。
溺れそうになりながら、川の急流に流されそうになりながら俺は泳ぐ。
おれはべつにうんどうしんけいはわるくない。だけど水に濡れて重くなった服で泳ぐのはむりだ。
水の中で何かに噛まれる感覚があった。何かと思う何とか水の中で目を開く。魚に手を噛まれていた。驚いて手を振って何とか振りほどき、水の中でバタバタと暴れて水の外に出ようとしても、そううまくは行かず、空気を失っていくにつれて意識は遠くなり…途絶えた。
夜中に目が覚めた。月明かりに照らされた川辺で起きる。一体俺は何時間眠っていたんだろう?でも、そんなことはどうでもいいんだ
「はは、生き延びた、生き延びたよ」
こんなどうしようもないお先真っ暗な人生なのに、まだ生き延びたんだ。
希望なんてない。努力とか、才能とか、運とか、そんな物があったってなくたってこの世界では生き残れない。どうしたってあの虎には勝てない。どう転んだってあの狼たちに勝てるビジョンが浮かばない。
この世界は、異物が生き延びられるように作られてはいないのだ。
絶望の中で見上げる月は、昨日より少し太っていて、でも満月には程遠かった。
水辺にいてはだめだ。空腹は絶えず、朦朧とする意識の中でそれだけは確信して歩く。歩いて歩いて歩いて、電池が切れたように倒れて眠る。
まだ寝てはだめだ。そう思いながらも、
もう、いいや。
半ばあきらめたような心情で、眠気を拒まずに意識を落とす。
次に目覚めたのは夜明けが近いうっすらと明るい中でだった。
俺を起こしたのは背中を打つ痛みだ。どうやら機能の狼と同じ種類の様だ。狼の群れの攻撃で目が覚めたという事らしい。
眠ったままに一息に殺してしまえばいいのに、なんで…
その答えは目の前にあった。虎だ。虎と狼の群れが戦っている。横を見ればカバンがあった。俺が強く握ったまま眠っていたからかばんも一緒に転がってきたようだ。立ち上がろうとしてふらつき、しりもちをついてしまう。体力の限界が来ているのかもしれない。
戦いに紛れて逃げた。そうして、逃げた。
俺は逃げ続けてきたが、きっともう限界だ。もう三日三晩何も食べていない。もう這って進むのが限界の体だ。
それでも何とか生き延びて、なのに飢えで死のうとしている。
張って辿り着いた期の向こう側に俺は動物の死体を見た。残る体力を振り絞って四つん這いで死体による。
食べるしかない。そう確信していた。
もう空腹は限界まで来ている。カバンの中から取り出したライターで中途半端に抉られた肉の隙間から焼く。焼けばきっと殺菌は出来ているはずだ。多分、食べても死にはしない。
「焼肉と同じだ。そんなまずいわけがない、それに、焼けばきっと、大丈夫だ」
自分に思い込ませるように言葉をかけ、覚悟を決めて口の中に入れる。
まずい、まずい、まずいまずいまずいまずい。
吐き気がする。何の味もついていないのに土の様なざらざらした触感と気持ち悪い変な匂いはついていて、現代の豊かな食文化の中で生きて来た体が、この食べ物を食べることを拒否している。心底からの嫌悪感で吐きそうだ。それでも飲み込み、何口も肉を焼いては口の中に突っ込む。
何度も引くことなく積み重なっていく吐き気、確かに腹は膨れてきているが、まるで空腹が紛れている気がしない。いやだいやだいやだいやだ!こんな生活をいつまで続けなければいけない。死んだほうがましだ、きっと生きていていい事はない。
満腹になるまで口の中に詰め込み続け、少しは戻った体力でまた立ち上がって歩く。気分は最悪だ。口の中にあのくささがまだ残っている。川に出よう。この前訪れた川に何となく出辿り着き、水を飲んで口を治す。少しでも美味しいものが食べたくて…
野草の中に、前の世界で食べられる野菜だったものに似たような見た目の草を見つけた。それの刃をちぎって、革で洗い、何枚か食べる。
食感が良かった。殺気の肉のグネグネした感じとは大違いだ、味はほとんどしないが贅沢言っていられる状況じゃないのは承知済みだ。
プチ
変な食感に固まる思考。吐き出してみてみると、白い粒の集合。
その中の一つはつぶれていて。それが何かは考えるまでもなかった。
虫の、卵だ。
気持ち悪い。ただそれだけしか考えられなかった。生まれてから今までの美味しい食事と比べると雲泥の差、考えただけで吐きそうだ。
こんなものを見た後だとこの野菜は食べれるわけがない。
気持ち悪い。気持ち悪くて、
吐いた。
口の中からさっき食べたばかりの野草の発破が何枚も千切れた状態で出てきた。川の水で口を洗い何とか気分を持ち直した俺は今までよりなお一層暗い気分で歩く。
食事ができない。こんな食事をしていられるわけがないのだ。
草原に出た。ついに森を抜けられたのだ。
途中更に何度か襲撃を受けたが、ライターで火をつけた木の枝で何とかしのいできた。草原は森よりも見晴らしが良い。だからきっともう安全。
そう思っていたのだが。
草は腰まで伸びているのだ。
見晴らしが良いわけない。森と同じくらいにここは危険地帯だった。俺はどちらに進むか決めかねた。そして、俺は森を選んだ。
何日原始的な生活をつづけただろう、もう3か月近く森の中をさまよっているような気がする。いや、気のせいだ。多分実際は2週間もたっていない。でも俺にとっては長すぎる地獄のような日々だった。
しかしそれも終わりを迎える。俺は森を抜けた。そして明らかに人口の物である道を見つけ、それを辿ってはじめて気づいた。
俺の情報はきっと共有されている。今どういう扱いなのかは分からないが、少なくとも探すのをあきらめてはいないだろう。俺が森をさまよっていた間に情報が伝わっているなら、道のずっと先まで歩いて町に着いたって拘束されるだけではないか。そう考えて、でも、とさらに考える。
こんな生活よりは、きっとましだ。
そんな思いで歩いていると、目の前に人影の群れを見つけた。
しかし人というには小さすぎるそれらは、近くまで来てみたらわかる。
俺でも知っている魔物の類、ゴブリンと呼ばれる種族だった。
彼等はこちらに気付いた。迎え撃とうとして、横から迫ってきていた棍棒に殴られる。素手で頭を殴られてくらくらする。遠くから投げられた石をとっさで手で弾くも、手には痛みが残る。数匹のゴブリンの群れだ。きっとこの世界でも弱い方なのだろう、その証拠に狼たちのような恐怖がない、けれど俺はこのままだと死んでしまう。
棍棒を振り回して襲ってきたゴブリンを殴り倒すが、すぐにその穴を埋めるようにしてゴブリンたちが畳みかけてくる。のしかかるゴブリンの重量によって倒れた俺に乗ったりつついたりしてゴブリンは遊んでいる。
しかし、遊んでいるゴブリンも少しづつ減っていく。遊びをやめたらやることは眼に見えている。殺すのだ、餌にするのかどうするのかは分からないがきっと殺される。
「「ギャッギャッギャッ」」
ゴブリンたちの汚い笑いが癪に障る。何とか反撃しようとした手を棍棒で叩いて抑える。ゴブリンの小さな体躯に見合った小さな棍棒だ。
そんなどうにでもできそうなやつらに俺はやられてしまうのだ。
だめだ。今まで助かってきたのに、今度こそはもうだめだ。
悔しいし、悲しい。それと同時にこうも思う。もう十分だ。
地面から伝わる振動、馬の蹄が地を蹴る音、複数。鉄がぶつかり合う音、複数。人の話し声。その中でもひときわ際立つ一人の声。
聞こえる様で、聞こえない。俺には何も聞こえない。
諦めがついたのか、安心したのか、俺の意識はいともたやすく落ちた。




