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毒と浄は輝玉に宿る  作者: 狐池
旅の始まり
36/110

036 細い道の始まりの終わり

それから何度大剣が振るわれただろう。

何度心臓にひびが入っただろう。

何度脈動がその体を吹き飛ばしただろう。

何度その足に傷跡が刻まれただろう。

その「何度」は報われた。

イカの鼓動は沈黙し、その触手は海流に揺られるだけとなった。

その中で足の痛みを抑えて、迎えに行こうと水中を歩き出そうとした少女の上に影が差す。

「マリアナさん」

「…」

「足を失った人よりも腕を失った人の方が迎えに行くべきですよね」

「…そうだね」



俺でもだんだん分かってきた。

マリアナさんはきっと誰かを守るという事に執着している。

ローシェさんが漏らした言葉からマリアナさんの過去が関係しているのだろうけど。

俺はその過去を知らない。

でも逆に考えていくと大事な人を失ったのだろうという大体の想像はつく。

そういえばマリアナさん足から血を出していたな。

もしかしたら動けないかもしれないから待っててとは言われたけどこちらから行くか。

巨大なイカの亡骸が見えるのでそちらに向かって泳いでいくと案の定マリアナさんは立って歩こうとしていた、けれどその足にはいくつもの傷が刻まれていて、とてもまともに歩ける状態には見えなかった。

ここまでの行動力を生み出すほどにその「過去」が強くトラウマになっているのだろうか。

まあなんにせよ


来てよかった。



「マリアナさん」

「…」

「足を失った人よりも腕を失った人の方が迎えに行くべきですよね」

「…そうだね」

「割と素直ですね」

ゴンッ

「うっ」

例のごとく大剣の柄で突かれた。

ただ、今回は力が弱くなっていたので相当イカとの戦闘がきつかったのだろう。

マリアナさんの手を掴んで引き上げていく。

マリアナさんも少しでも俺の負担を減らそうとしてくれているようで、手で漕いでいる。

だけど効果を発揮しているかは分からない。

少しずつ海面が近づいていることが光量の変化で分かる。そしてついに海上に出た。

直ぐにマリアナさんも海面上に顔を出した。

そしてそこからは面白い光景が見れた。ビルトの他の三人が下半身を動かさずに上半身だけを動かして治療を行っているのだ。

「………プフッ」

思わず笑ってしまった。

ああ、体の力が抜けていく。

と思ったらまたすぐに持ち上がった。

今度はマリアナさんが持ち上げてくれたようだ。

そのまま海岸まで泳いでいった。

「ローシェさん何やってるんですか…——」

笑いをこらえるのが辛い、お腹が痛い。

「仕方ないじゃないか、あの最後に食らった墨にその部位をマヒさせる効果があったんだ。だから足が動かなくて助力にも行けなかった!」

「その代わりにリーダーとカイさんに回復の魔術をかけてるんですね?」

「その通り」

「何かするべきことはありますか?」

「できれば私たちを運んでほしいけど…無理だよね」

「無理ですね」

俺一人でマリアナさんとローシェさんとリーダーとカイさんを運べと?それ多分俺が5人くらいいないと無理。

「やっぱりかー」

「じゃあ、治療所まで行って担架とか持ってきてもらいましょうか」

「お願いできる?」

「もちろん!」

「マリアナちゃん分くらいならどうにかできる?」

「マリアナさんは多分足に力は入らないだけだと思うので肩貸せばなんとかなるんじゃないでしょうか」

「じゃあ、そうして。それで担架が三人分でよくなるから」

マリアナさんと二人三脚の要領で肩を組んで歩いていく。

マリアナさんの足は全然動かず、ほとんど引きずるようにして進んでいる。たまに動くときもあるが、その時はその時で傷口からまた血が出てくるのでやはり引きずったままが良いだろう。

歩きにくい、そして重い。でもそれを言うと怒られるというのは知っているので言わない。

俺の非力が原因だとはいえ。

そうこうしているうちに治療所に着いた。

中に入ると中はガラガラだった。

あのイカが襲ってきたときに大部分の人が逃げたからかもしれないな。ただ回復魔術氏の方々やポーションを作る醸造家の方々は残っているので治療所は機能停止していない。

俺が中に入るとすぐに中から人が出てきて、マリアナさんは中に運ばれて行った。

「すみません、海岸に三人倒れている人がいるので担架で運んでくれませんか」

「分かりました」

「ありがとうございます」

さて、俺は何をしようか。

魔獣の解体はもう今ある分は終わった。

売る方も終わっている。

治療所の前で立っているとローシェさんカイさんリーダーが順番に運び込まれてくるのが見えた。


そうだ、マリアナさんに聞いてみるか。

正直なんて言われるか分からないんだけど…



マリアナさんは病室のベッドの上で天井を眺めていた。

普通に来てしまったけど面会の申請とかいらないのかな?

「マリアナさん」

マリアナさんは何もしゃべらずにこちらを向く。

あれ?昔の喋らない状態に戻った?

「何?」

「マリアナさんが誰かを守る、という事にここまで執着するようになったのはどうしてですか?」

マリアナさんはしばらく何かを考えるように沈黙した。

ベッドの近くに椅子があったので座らせてもらう。

「そうか、もう私は守ることに執着していたんだ」

あー話についていけてない。でも口挟まずに待って居よう。

「分かった、話すよ」

「お願いします」

凄い気になるから。



マリアナさんは語り始めた。



私はこの国の東の方、つまり中央大陸南東部の中規模国家七国がそれぞれの【枯れ木の井戸】をシンボルに統治する地域、一般に南東平和七国と呼ばれる地域で生まれた。

中でも私は一番西の国、この国と国境を接するシェキーナという国の生まれだ。その中のさらに私が生まれた地域では昔から子供は兄弟でいる物だった。

双子だったらそのままに、一人だったらもう一人子供を作る。

そうして二人の兄弟で互いに力を高めあう。魔術的に。

「分能」という風習だ。

これが行われるようになったのは、この地域に住む人々が代々とても平凡な能力しか持たない人々だったから。だから新しいスキルを作ってその欠点を打破しようと考えた。

その結果生まれたスキルが『分能』同名の風習が「分能」

このスキルは簡単に言えばある制約をかけたらそれが出来なくなる代わりにそれ以外が大きく成長する、というものだ。

残されたものの成長具合は、制約の範囲と、そのスキルをかけた年齢による。

欠けた年齢が若ければ若いほどにのびは大きくなり、広い範囲に制約を課せば貸すほど残されたほんの少しの事柄をとても得意になる。

それを兄弟で正反対のものにすることで、兄弟合わせてすべての事を高水準で出来るようにする。そういう風習がある…あった。

一度かけたスキルを外すとスキルを掛けていた間のステータス上昇が一気になくなり、その結果生まれたばかりの筋力で自分の体重を支えなければならなくなるため、やがて死に至る。

そもそもそんなに簡単に解除できないのであまり関係ない事ではあるけど。


ここまで話したら多分だいぶ過去の事が見えてきたんじゃないかと思うけど、話を続けるね。

私にいた兄弟は弟。

私たち姉弟が掛けられた制約が、私は魔術、弟は物理。

私はその時点でMPがゼロになった。

魔腺はすべて消滅した。

弟は死に至ることはないので、ただ体がとても弱くなった。

私は武器の操作がうまかった。

弟は魔術の能力が高かった。

弟はたいてい魔術を使って移動していた。走っているとすぐに倒れてしまうから。



「そんなことが行われていたのか」

善悪は判断できないが、話を聞く限り自分で選ぶ間もなくその後できなくなることを決定されるのはとても嫌なことに思えた。

「うん、だけどそれ自体はそこまで嫌な事じゃない。だって生まれた時から無かったから。それと、それのおかげで得たものもある。」

「そうか」

でも、マリアナさんが肯定的にとらえているとはいえ出来なくなったことすら自覚できずに禁じられるのは嫌だなあ。



話を戻すよ

でも、平和な時は終わる。

南東の国全土を震わせるような大事件が発生したことによって。

竜王の襲来、

まあ、実際に被害を受けたのはシェキーナだけだからほかの国、さらにシェキーナの中でも違う地域は「平和」のままだけどね。

現れたのは盲目の竜。周りを見ることを前提としていないのが分かる目の無い竜。

さっきまで戦っていたイカと同じ、魔力で周囲を認識する魔物。

その羽は退化して十本に細く分かれている。

圧倒的だったよ。

突如として空から舞い降りてきて南から北へと北上していって、その周りにあったいくつもの集落が全滅した。

「分能」の風習を持つ地域はあまり広くないから全滅。

私の板集落は被害を受けた中で最も北にある。

魔力で回りを見ているその【盲目竜王(ブラインド・キング)】にとってミランはよく目立ったんだと思う。

反対に私は全く映らない。

私の攻撃はその時もそうだけど、今も多分通らない。

私が何度剣を打ち付けても壊れるのは剣の方。

それで、最後に手に取った武器が今使ってる大剣。

それが唯一、鱗にひびを入れたけど、でもその奥にもまだ硬い革があったから、多分何も、感じなかったんだと思う。

私が何をやったってそいつは私の事を気に留めなかった。

ただミランを食べて、それを最後に飛び去ってどこかへ姿を消した。

魔力が多い物を食べて、そうでなくても消し飛ばして。

多分私が殺されなかったのはミランで最後にしようとそれが考えていたから。ミランをかばっていたらきっと殺されていた。

ミランと竜の間に立った私を吹き飛ばしたのは確かミランだった。


それだけ。



私の過去はたったそれだけ。



「…」

「ありふれていることは私が一番知っているから、心配しないで」

「…」

「…」

「…マリアナさん」

「どうしたの?」

「もう歩く側には4人いるから」

「一人で歩くことはないんだよ」

「!」



これが一人細い道を歩く私の始まりと終わり

歩く足跡は二つじゃなくて、そばを歩く誰かに振り向いて手を振るようなそんな私の始まり

途切れた足跡に振り向いて泣く私の終わり。

二筋の足跡は途切れて、二つの足跡を刻んできて、今八つの足跡に並んで歩く。

だから私は、今肩を叩いてここにいると教えてくれた一人に


振り向いて笑った。


第1章第2篇最南端にて微笑んで、終わりです。

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