食欲の……
「それにしても気持ちの良い食欲ね」
「確かに腹が減っているのは分かるが、恐ろしい食欲だな」
「ちょっと、ゲイル。年頃の女の子に言う感想じゃないわよ」
「それは済まんな。だが、他の奴らも同じことを思っているんじゃないのか?」
「黙っているだけ配慮が出来ているわ」
食事をしている私の前の席でゲイルさんとシャーリーさんが会話をしています。
私と言えば、お腹を満たす為に頑張って食べている途中です。
肉類をメインに既に何人分を食べたのか分からないのですが、ようやく少し空腹感が収まりつつあります。
出された食事も美味しかったので、どんどん食べる事が出来ました。
「私が作った料理を美味しそうに沢山食べてくれるなんて作る甲斐があるよ」
私の食欲に対して感想を言いながら、ここの料理を作っているおじさまが追加を持ってきてくれました。
この辺りで手を止めたいとは思っていても、新しく登場した料理を見ていると食べたくて仕方がありません。
学園に通っていた時に食欲旺盛な方を見たことがありますが、私の食欲はその比ではありません。
「とても美味しいので、もっと追加を頼んでも宜しいでしょうか?」
「構わないよ。現地調達の食材は貰いものだし、船の食事を作っている程度なんだが、このままここで開業してもやっていける気がしてきたよ」
そう答えると再び奥に行ってしまいました。
食事をしながら聞いていたのですが、ゲイルさん達が狩っている魔物のうち食材に使えそうなものは全て提供しているそうです。
ゲイルさん達の目的は、シアの強化の為に魔核集めをしているとのことです。
特にトラン君は暇さえあれば外で魔物を倒しています。
なので、肉類に関しては捨てる程あるので困っていないそうです。
そして、食材を提供している私達は基本的に無料で食べられるそうです。
食べる事に集中していたので、途中で支払いの事に気付いた時はここで食べた分だけ働かないといけないと考えていたのですが、お金の心配はないとゲイルさんに教えてもらった時は安心をしました。
その横で私の食欲に劣らない程飲んでいるシャーリーさんもいるのですが、飲み物に関しても提供しているので、同じく無料になっています。
ただ、フィスさんが作っている高級な物に関しては、特別価格として半額で卸しているみたいです。
私達は無料ですが、他の軍人さん達からは半額とはいえしっかりと支払わせているようです。
ようやく空腹感が収まってくると今更になって周りの視線に気づきました。
いま私と一緒にいるシア達とは別に軍人の方達も数人います。
無表情なシアは別にして、ゲイルさんとシャーリーさんは「よく食べるなー」程度の表情で済んでいます。
事情を知らない軍人さん達は、驚いていると言うかドン引きでもしている表情でこちらを見ています。
強化された体のお陰なのか、私の耳は良くなってしまったようなので余程の小声ではない限りは会話が聞き取れてしまったのです。
その内容は……「あの子、めちゃくちゃ食うな……」「最初に見た時は清楚な感じでいいと思ったんだけど、付き合うことができても飯の度にあれじゃな……」「いくら可愛くても俺の稼ぎじゃ食費が持たんぞ」などと言われています。
可愛いと思われていたことは嬉しいのですが、行動で全てがマイナスになっているようです。
中には、「あれだけ食べたのに食べた物はどこに行ったんだ?」などと言い私の体を観察している人もいます。
言われてお腹の辺りに手で触れて確認したのですが、少しも膨らんでいません。
普段なら観察されているなんてとても嫌なのですが、疑問に思われても仕方がありません。
シアに小声で質問すると「即座に魔力に変換しているだけです」と教えてもらいました。
ついでに補足として薬物の類を摂取しても同じとこことです。
ただ、強力な毒性がある物や即効性のある薬物は先に肉体が反応してしまうので、変換に時間を要する可能性があるそうです。
要するに私は毒物などの耐性も出来たと言う事になります。
食中毒などにならないのは良いことだと思いましたが、いまはこの視線をどうするかです。
私の手が止まるとシャーリーさんが私に飲み物を差し出してきます。
「お腹が膨れたのなら、今度は私に付きあってね!」
そう言って私に飲み物を勧めてきます。
飲んでみると私が美味しいと言っていたワインです。
大きなコップに注がれているので、本来の価値観が損なわれている気もするのですが、フィスさんが生成しているので実際はタダみたいなものです。
本来なら、飲み過ぎると酔いつぶれて意識を失ってしまうのですが、シャーリーさんと同じペースで飲んでも私に変化はありません。
少しは酔った雰囲気になるのですが、数十秒で元に戻ってしまうのです。
美味しいので沢山飲みたいとは思っていましたが、これなら好きなだけ飲めます。
私がそんなことを言うとシャーリーさんは「味は楽しめるけど酔えないのが、この体の不満なのよね」と言っています。
そう考えるとシャーリーさんの酔っぱらっている姿をもう見れなくなってしまいました。
私達の様子を見ていたゲイルさんは「無制限の大酒飲みが増えたな……」と呟いています。
先ほどまで周りの視線をどうするのか考えていたのですが、大食いの次は大酒呑みに変わってしまった私を見て更に呆れている様子です。
別に異性にモテたいと思ったことはありませんので、もう気にしないことにしました。
ただ、今度からはここまで空腹になる前にしっかりとお腹を満たしてから外で食べる事にしようと思いました。
「エルナさん、ここにいたのですね。コレットさんからは外にいると聞かされて向かったのにいないので探しましたよ」
シャーリーさんに付き合って飲んでいる所にアリサさんが現れました。
走って来たのか、少し呼吸が乱れているようです。
「お手数をかけて申し訳ありませんでした。でも、コレットちゃんがアリサさんに知らせてくると言い残してから、結構長い時間の間は外に居ましたよ?」
外で魔物の相手よりもシャーリーさんと組み手をしていた時間の方が長かった筈です。
時間経過から考えるとその時にアリサさんが来てもおかしくはありません。
「コレットさんが教えてくれたのは少し前の事です。通路で出会った時に思い出したように伝えてきたのです」
アリサさんに伝えに行くと言っていたのにどこかで寄り道でもしていたのでしょうか?
もしかすると何かを思い出してそちらを優先したのかもしれません。
「それは災難ですね。でも、ここにいることがよく分かりましたね?」
「外で狩った魔物の選別と魔核の回収をしていたトラン君に聞いたのです。エルナさんがお腹が空いたので何か食べたいと言っていたと教えてもらったのです。この都市で食堂と呼べる場所はここしかありません」
そう言えば、トラン君はそのまま狩りを続行していました。
行先をアリサさんに教えるのは良いのですが、私の空腹のことまで言わなくてもいいのに……未だにトラン君にその手の配慮を求めるのは難しいようです。
「そんなことよりも、目覚めてくれて良かった……このまま目覚めないかと心配をしていたのです」
私の手を取り話しかけているアリサさんは、とても嬉しそうです。
「ご迷惑をおかけして済みませんでした」
「迷惑なんてかけられていません。あの場で動くべきは年長者である私の方です。私は、怯えてただ見ていることしかできなかったのですから、情けない限りです」
「あの時に私達にできることなど無いと思います。結果的に助かったりですから、良しとしませんか?」
「エルナさんがそう仰るのでしたら、そうしたいと思います」
アリサさんが落ち着くと空になっていた私のコップにシャーリーさんが注いできます。
「アリサの悩み事も減ったみたいだし、一緒に飲まないかしら?」
そう言って、アリサさんにも零れる寸前まで注がれたコップを渡そうとしています。
しかし、受け取らずに冷たい視線をシャーリーさんに送っています。
「結構です。まだ書類の整理が残っているので酔う訳にはいきません。それよりもエルナさん。この酔っぱらいに付き合ってはいけません」
「なんでよ。せっかく無限に付き合える飲み仲間が増えたのにそこは歓迎すべきよ」
「エルナさんの事情は知っていますが、食事の管理については私が考えてあります。シアさんに協力をしてもらって効率的に魔力を回復する方法はありますので、あれに付き合う必要はありません」
「ちょっと、あれとか酷くない?」
「年頃の娘が貴女みたいに底無しに見られるなんて気の毒でなりません。貴方もせっかく見た目が若返ったのに既にこの都市で最悪の評判です」
「アリサって、私が若返ったから嫉妬でもしているのかしら」
そう言われてアリサさんのシャーリーさんを見る目が更に冷たくなりました。
「嫉妬などしていません。姿は変われど貴女が生き返ったことには喜びました。しかし、生前よりも飲む量が増えて頭が痛いだけです」
「だって、仕方ないのよ。この体になったら、味覚はそのままだったけど、いくら飲んでも酔えないのよ。魔力が完全回復している状態で丸一日飲みまくっても酔えなかったのはショックだったわ……」
「私は逆に飲む量を控えると思ったのに暇さえあれば飲んでいるなんて呆れたわ」
「そうは言うけど、エルナちゃんと違って生命体的な部分がないから、意外と不便なのよね……」
「シャーリーさんには何か不都合な部分があるのですか?」
シア達と同じ強さを手に入れたシャーリーさんに不便な所なんてあるのですか?
「大ありよ。この体はエルナちゃんの右腕と同じなのよ。普通に人間ができることができない欠点が増えてしまったのよ」
「欠点ですか?」
「そうそう。実はね……」
そう言って私に耳打ちをしようとしたところで、アリサさんがシャーリーさんの口を塞いでいます。
「こんな所で、エルナさんに馬鹿な事を教えないで」
シャーリーさんの口を塞いでいるアリサさんの目が怒り気味です。
やれやれと言った感じで、アリサさんの手をどけるとはいはいと言っています。
「後で、一緒にお風呂にでも入った時に教えるわ。それならいいわよね」
「そうしてください。いずれ分かるとしても、ここで話す内容ではありません」
「アリサって、頭が固いわよね」
「貴方が開放的過ぎるだけです」
よく分からないですが、後で教えてもらえるみたいです。
もしかしたら、私にも関係があるかもしれないので知っておいた方が良いかもしれません。
お風呂と言う話題で、なにか忘れているような気がします……あっ!
そう言えば、フィスさんが私の為にお風呂の用意をしていたはずです。
あれからかなりの時間が経過しましたが、どうしているのでしょうか?
シャーリーさん達に入浴はいつもどうしているのかを聞くと、フィスさんの船の浴室を使っているそうです。
皆さんに聞いてもあそこに優る浴室は存在しないそうです。
一応は、この都市の軍の宿舎にしている施設にもあるそうですが、皆さんは一切利用していないそうです。
確かにあの浴室はとても素晴らしいと私も思っています。
完全にフィスさんの趣味に染まっていますが、あれ以上の浴室を私は見たことがありません。
私の食欲も満たされたことなので、次は久しぶりのお風呂に入りたいと思います。
シャーリーさんとの戦闘でも大した汗もかいていないのですが、さっぱりしたいと思うのです。
私がお風呂に行きたいと提案すると移動することになりました。
何も伝えずに行っても良いのかと聞くと、あそこはいつもフィスさんが一定の温度にしているのでいつでも入れるそうです。
それを聞いて安心しましたが、時間が遅くなっているのでフィスさんが隠れているかもしれないので用心だけはしたいと思います。




