転職の誘い
「これからどうしましょうか?」
私の目の前には、痛みで悶えているハミルさんとそのハミルさんを見下ろしているシアがいます。
「この個体の行動能力は一時的に不能です。早く港に戻る方が良いと思います」
シアの意見はもっともなのですが、このまま放置して去ってしまうと後々に問題になると思います。
いくら襲われたのが私でも、相手は商会の身内です。
この方は、本国でも指折りの商会である「バルザック商会」の次男の方なのです。
私が何を言っても被害者として、シアに暴力を振るわれたと言われるに違いありません。
私の心配をよそに馬車の扉を開いて私の手を引いて連れ出してくれました。
周りを見れば、通行人は見当たりません。
宿の明かりが漏れているだけの状況です。
「戻るにしてもここがどこなのか分かりますか?」
私自身は、この辺りに来たことはありません。
「港からは、離れていますので、徒歩で戻るには時間を要します。私がエルナを抱えて戻れば問題はありません」
シアには、この町の地形が分かっているようです。
地下迷宮の構造を覚えてしまうのですから、都市の地図を把握するのは簡単なのかと思います。
「それでは、お願いしますね」
私がドレスの端を掴んで御辞儀をすると軽く頷いて私の背後に回ろうとしたところで、片手だけ股の間を押さえたハミルさんが馬車から降りてきました。
「まて! 私にこんなことをしてタダで済むと思っているのか!」
声を掛けられる前に去りたかったのですが、仕方がないので少しだけ相手をしたいと思います。
「私は、襲われた側なので悪いのはハミルさんです」
「この状態の私を見れば、被害者は私になるぞ!」
「その時は、正直に話しをしますが、信じてもらえない時は仕方がないと思っています。それに先ほどの食事に何か薬を盛っていたのは分かっていますので、私達に貴方のお店を紹介してくれた准将のおじさまに真偽を調べてもらうことをお願いするだけです」
「お前……マクガイル准将と話ができるのか?」
「たまにお会いしていますので、確認ぐらいはしてくれると思います」
ミッドウェール王国の領内を通過している時にたまに遭遇をするのです。
その時にも定期的に賄賂を渡すことは欠かしていません。
部下の方達にも毎回ではありませんが、差し入れもしています。
水に関する事なら、私達には無限の製造方法があるのですから、元手も掛かっていません。
古代都市の瓶などの生産する装置は何を材料にしているのか知りませんが、数を入力すると勝手に作ってくれます。
包装や積み込みなどの作業も魔人形がしているので、私達の労力も殆どありません。
必要な対価は、私がフィスさんの機嫌を取るだけなのです。
なので、回り回ると私が生産に貢献していると言うのもあながち間違いではありません。
「ただの従業員の娘と思っていたのに軍に口利きなんかができるとはな……だが! 私の大事な所を潰してくれたその小娘は絶対に許さん!」
私がダメなら、シアを許さないと言っています。
私の方は准将のおじさまにそんな事をお願いできるかは分かりませんので、アリサさんに話をしてみるだけになります。
それにシアに何かするなんてことは、そちらの方が無理と思います。
ただに人であるハミルさんがシアに勝てるわけがありません。
シアに勝つのでしたら、数で来ても無駄です。
同じ力を持ったフィスさんの様な存在でも用意しなければいけません。
「ハミルさんがシアに勝つことは不可能と思いますよ?」
私が正直な感想を言うと、ハミルさんは懐から銃を取り出しています。
形状からして、私が持っているタイプに近いと思います。
「殺す気はなかったが、死ね!」
即座に発砲してきましたが、私の前にはシアがいます。
実弾タイプだったようですが、シアが無言で飛んでくる銃弾を掴んでポイ捨てをしています。
その様子に驚いたハミルさんが、続けて撃ち続けていますが全て同じ結果です。
「馬鹿な……銃弾を掴んでしまうなんて、その小娘は人なのか!?」
弾を撃ち尽くしたハミルさんが驚いています。
なので、答えてあげました。
「シアは、私の大切な恋人です。そして、私を守ってくれる騎士様でもあります」
「そんなことを聞いているんじゃない! 普通の人間にこんな芸当が出来るかと言う話だ! もしやとは思うが……魔人形か? これだけ人に近いタイプとなると古代の魔人形しかありえないんだが……そんな物を所有しているのは国か規模の大きい空賊しかありえない」
「詮索するのは勝手ですが、シアは私の恋人です。それと次にシアを魔人形呼ばわりしたら、私は許しませんからね?」
シアの行動から、正体を勘繰られてしまいました。
せっかくシアが隠蔽能力で正体を隠していたのですが、少しまずいことになりそうです。
ハミルさんの口から、軍の方に情報が流れれば追及されてしまうかもしれません。
やっと生活が安定して来たのにハミルさんの下心の所為で怪しくなってきました。
「このことを軍に話せば、そいつが……」
ハミルさんが話しかけてきたところで、突然銃声が鳴り響いたと思うと、ハミルさんが横に倒れてしまいました?
よく見れば頭部の側面を撃ち抜かれて死んでいます。
既に狙撃地点と思われる方向をシアが見ています。
私も視線を向けた事で、建物の陰から2人の人物が現れました。
「痛めつけてから殺してやろうと思っていたんだが、先に殺されてしまいそうだからついやっちまったな」
現れたのは、銃を持った中年ぽい男性と冷たい目をした女性です。
「ハミルさんに何か恨みでもあるのですか?」
私の質問に対して素直に答えてくれました。
「こいつは、俺の妹を誑かして遊んだ挙句に捨てやがったんだよ。最初は情報も流してくれるから容認していたんだが、そいつと関係が切れたのに意外なことに捨てられたことで泣いているから始末ぐらいはしてやろうと思ったんだよ」
「妹さんも被害者だったのですね。それでも殺す必要は無かったのではないのですか?」
「俺達に被害が無ければ、お前に男を見る目が無かっただけと言って放置するつもりだったんだが、少し前のこいつの情報の所為で俺達は大損害なんだよ」
「情報とは何なのですか? 差支えが無ければ教えてください」
「教えてもいいが、その時はお嬢ちゃん達には死んでもらうしか……ん? おい、その小娘はお前の身内か?」
突然ですが、シアを見た途端に表情が変わりました?
それに事情を知ったら殺すとまで言っています。
これ以上は危険な案件なので関わらない方が得策です。
「それ以上の事を聞くのは危険そうなので、帰ることにします」
私が振り向いて帰ろうとすると銃声が響いて私の目の前に着弾しています。
地面のえぐれ方から、魔力弾で間違いはありません。
シアが反応しなかったのは、私を狙ったのではなく威嚇だと気付いていてからと思います。
「狙うつもりが無いとはいえ、危ないですよ?」
「威嚇射撃とはいえ、驚きもしないとは女の癖に大した度胸だ。よく見れば報告の通信映像にお前も映っていたぞ。そうか……お前達だったのか。だったら、ここで返すわけにはいかないな」
通信映像に私が映っていたと言っていますが、何のことでしょうか?
私は、知らない間に盗撮でもされていたのかもしれません。
意外な所でフィスさんの同類の方と遭遇してしまったのでしょうか?
「私は、貴方を知りません。どのような経緯で私の映像を見たのですか?」
「お前ら、最近空賊を撃退している商会船のクルーだろ?」
軍に情報提供などはまだしていません。
なのに私達の船が空賊を撃退していることを何故知っているのでしょうか?
「私には何のことか分かりません」
この事は内密にしているので、教える必要はありません。
「まあいい。お前はともかくその小娘だけは間違いないのは確実だからな」
そう言ってシアに向けて発砲をしていますが、シアの正面に小さな光の盾が幾つか現れて全ての銃弾を防いでいます。
「これで確定だな。その小娘は古代の遺産の魔人形か。ソーニャが探知できない所を見ると諜報型と思うが、魔力シールドまで張れるとなると上位の互換型のようだな」
シアが魔力弾を防いだことで、相手がシアの存在を確信しています。
しかも、そのことに気付いても余裕を見せているのですから、もう一人の女性の正体はシアと同じ存在なのかもしれません。
「ソーニャ。あいつらを無力化しろ」
無言でこちらに手を向けると上から強烈な力で押さえつけらてしまいました!
シアは、何事もなく立っていますが、私はその場に押さえつけられて動くこともできません。
これは以前にライラさんにされた事に近いのですが、同じ能力の持ち主なのでしょうか?
それでしたら、シアが動くことさえ出来れば勝つのは私達の方です。
ですが、シアが攻撃態勢を取っているのに相手は構わずに突撃してきてシアと攻防戦をしています。
彼女は、戦闘補助のライラさんとは違うのですか?
「驚いたな。ソーニャの重力範囲内でこれだけ動けるなんて確実に上位個体だな」
更にシアの存在の範囲が絞られたようです。
そして、動けない私にシアが許可を求めてきます。
その内容は……。
「この個体は上位個体です。隠蔽能力を維持したまま戦闘するのは不利になります。解除をしても宜しいですか?」
現在のシアは、隠蔽能力を使っています。
私は知らなかったのですが、隠蔽能力を使うとシアの全力が出せないようです。
もしかしたら、ハミルさんが蹴られてあの程度で済んだのはその所為かもしれません。
「シアの好きにしてください!」
私が許可すると防御一偏と思われていた攻防戦がシアの方が有利になった気がします。
するとあちらでも同じことを話しています。
「マスター。この個体は強い。範囲魔法を解除して集中しなければ制圧は無理」
「お前の好きにしろ。制圧が無理なら破壊しても構わないぞ」
「了解」
私への負荷が無くなるとあちらの動きも上がったのかシアと互角になったように見えます。
近接戦闘ではシアと同じ格闘戦を繰り広げつつ距離を取ると無数の黒い塊を発生させてシアに攻撃しています。
シアに当たらずに地面に触れるとその部分が黒い球体と同じ形で沈んでいます。
対するシアは、黒い球体には触れずに躱すか至近距離の球体に何かしらの魔法を放って相殺しています。
「まさかこんな所にソーニャと互角の上位個体がいるとはな。これじゃ、あいつらがやられるのは当たり前だな」
シアとソーニャさんと言う方の戦い眺めている男性が感心をしています。
逆を言えば、シアと互角と言うことはフィスさんに匹敵すると言う事にもなります。
そのことから、彼女は一桁の数字持ちなのかもしれません。
私がそんなことを考えていると男性が話しかけてきました。
「おい、お前さんがあの個体の登録者なんだろ?」
「言っている意味が分かりませんが、シアは私の恋人です。それ以外に答えを持ち合わせていません」
シアは私の恋人です。
誰になんと言われようと私の答えはこれしかありません。
「人形好きなお嬢ちゃんと言ったところか。一度だけ聞くが俺達の仲間にならないか?」
「何の勧誘かは知りませんが、今の職場は気に入っていますので転職する気はありません」
「おっと。自己紹介がまだだったな。俺の名はブラッド。最近は、お前達に世話になっている空賊「バルバロス」のリーダーでもあるな」
この方は、空賊のリーダーのようです!
しかも、ミッドウェール王国とバートランド王国に出没する有名な空賊の集団です。
リーダーの名前にも聞き覚えがあります。
港の掲示板に指名手配されている事が書きだされていたからです。
手配書の顔はもっと悪人面で記載されていましたが、現実の素顔はそこまで悪人には見えません。
どこかの浮遊島を根城にしているとの噂ですが、どちらの国からも正式に討伐されていません。
聞いた話では、両国の国境付近に潜んでいると言われているので、どちらの国も大規模な捜索は行っていないとのことです。
お互いに迷惑をしている集団なのですから、この時だけは協力して壊滅させればよいと思うのですが、停戦条約を結んでいるだけで、両国の関係は冷え切っています。
大国のバートランド王国が譲歩をする訳もないし、前回の戦いで更に敵意を露わにしているミッドウェール王国側が協力するなんて絶対に有り得ません。
「ご丁寧なあいさつをしてもらいありがとうございます。しかし、手配書に乗ってしまうとお店に行けなくなってしまうので、空賊に転職する気はありませんので辞退させていただきます」
特にする必要は無かったのですが、ドレスの裾を掴んで丁重にお断りをさせてもらいました。
その様子が気に入ったのか、今度は別のアプローチが来ました。
「俺の名前を聞いても動じずに平然とした態度で断るとか若いのに出来た娘だな。断る理由も面白い。なら、仲間じゃなくて俺の女にならないか?」
今度は本日二度目のお付き合いのお誘いです。
最初は、ハミルさんと言う下心満載の男性でしたが、次は空賊の親玉です。
私はどうも変な人に好かれる体質のようです。
「お誘いは嬉しいのですが、私と貴方では歳が離れています。それに私の恋人はシア以外にはいませんので謹んでお断りいたします」
「お嬢ちゃんはそっち方面がメインか。あと、歳の差なんて関係ないと思うぜ? それに俺だったら、そこで転がっている顔だけの奴と違って女を満足させてやるぞ」
満足なんてしていません。
良かったのは、お店で出された食事の味だけです。
なので、ハミルさん自信に褒められることはありません。
奢ってくれたことには感謝したいと思いますが、詰まらない話を聞かされたお礼に食べただけと思っています。
しかも最後のお店は、薬物が盛ってありました。
お陰で身の危険を感じましたし、シアに言い訳無用で注意されてしまいました。
私の健康管理を重視しているので、この点に関してはシアは厳しいのです。
でも、私の体調の為に注意してくれているのですから、可能な限りは警告に従うようにしていますが……私は美味しい物の誘惑には弱いのです。
シャーリーさん程ではありませんが、飲み過ぎないように気を付けるのが今のところは精一杯の努力です。
「申し訳ございませんが、私はハミルさんとは仕事上の関係と今回は食事をしただけの関係です。私とシアの仲を否定しない所だけは良い方だと思うことにします」
「俺を良い人だなんて言うなんて、お嬢ちゃんは変わっているな。それはいいとして、てっきりもうやられちまっていると思ったのに貞操観念の低い俺の妹に見習わせてやりたいところだ」
「申し訳ないのですが、想像でもハミルさんと関係があったとなんて思わないでください。正直に言いますとハミルさんとは手が触れられただけで嫌な気分になりますので、生理的に受け付けないのです」
先ほど仕方なく手を取りましたが、とても不快な気分になりました。
どうしてかは分かりませんが、複数の女性を誑かすハミルさんを女性の敵として見ていたからかもしれません。
「それは悪かったな。だけどお前さんみたいな娘は初めてだから、ちょっと気に入っちまったな」
ブラッドさんがそう告げると私の方に歩いてきます。
シアはソーニャさんとの戦闘中なので、私を守ってくれる騎士様はいません。
はしたないと思いつつもスカートの中に手を入れて銃を取り出すとブラッドさんに対して構えます。
シアがスカートの中に忍び込んだ時に私の足にベルトで括りつけて置いてくれたのです。
その様子を見ても感心した程度で、そのまま近づいてきます。
相手の銃口はこちらを向いていないので、先に撃てば私が勝てます。
ただ……攻撃する意志の無い人を撃つのに躊躇っています。
少しづつ後づさりしていますが、確実に距離は近づいています。
私はどうすれば良いのでしょうか?




