提案をされました
「本日はここまでに致しますので、残りの時間は自由にしてくださいね」
「はい、お母様わかりました」
私が返事をするとヘレナ様が付き添いのメイドさんと一緒に屋敷の方に戻っていきました。
指導が終わったので、私もシアとレンちゃんが待機をしている木陰の方に行きます。
本日は、ヘレナ様と剣の稽古です。
良い所までいっていると思うのですが、未だに勝ったと言えるような結果が得られません。
防御に対する反応は良いらしいのですが、攻撃に関しては動きが読みやすいらしく私の剣は尽く防がれてしまうのです。
やはり経験の違いが大きいからですね。
元の私は、剣士としてはそこそこの実力しかありません。
それを体の反応だけで強化された程度です。
ヘレナ様からは、訓練を重ねて自分の意志で動けるようになれば自分よりも十分に上に行けると言われています。
なので、まずはヘレナ様の指導を受けて学ぶことに専念したいと思っています。
木陰に着いて腰を下ろすとシアは無言で私の隣に座ります。
そして、レンちゃんは私に飲み物を差し出してくれます。
喉を潤してから、シアに膝枕をしてもらって寝転んでいるとクリスさんがこちらに歩いてきます。
本来でしたら、立ち上がって挨拶をするところなのですが、ヘレナ様の稽古の後なので起き上がる気がしません。
別に好かれる必要は無いので、特に気にしないことにしました。
それにヘレナ様からも適当に相手をしても良いとのお言葉も貰っています。
そんな私の姿を見ても不機嫌そうな表情もさせずに近づくと声を掛けてきました。
「こんにちはエルナさん。本日の指導は終わりましたか?」
「クリスさん、こんにちは。先に謝っておきます。こんな姿で申し訳ありませんが、その通りです」
仮にも公爵令嬢に出世した身ですが、本来は地方の貧乏貴族の出です。
姉と違って大した教育もされていないので、貴族としてのマナーもなっていません。
この歳になって付け焼刃の教養を教えられている程度です。
正直、体を動かしている方が好きなので、私にお淑やかさを求めるのは無理と思います。
「剣の指導の後なのですから、お疲れなのは分かりますのでお気になさらないでください」
「では、お言葉に甘えてこのままでいます」
そう答えるとシアの膝の感触を堪能しているとシアの手が私の頭に優しく添えられます。
シアの体の全ては流体金属という物質で構成されていますが、素足の感触はどう考えても人と変わりません。
むしろプニプニして気持ちがいいです。
大型魔物を殴り飛ばしてしまう手も柔らかくて撫でられると気分が良いです。
私の体の一部もそうなのですが、とても名前の通りの金属とは思えません。
その金属で作られている私の右腕も感覚は元の右腕と変わりません。
意識をして魔力を右腕に籠めると腕力などの大幅な強化が出来ますが固くなった感じもありません。
一体どういう仕組みなのか気になりますが、得る物の方が大きいので良しとしています。
そして、私が寝ころんだままなのに対してクリスさんは隣に腰を下ろしました。
普通に考えて年頃の女性がこんな姿を晒していたら、呆れると思うのですが特に気にしている素振りも見せません。
クリスさんは細かいことを気にしないのか、寛大な考えの持ち主なのかもしれません。
もしくは実家に言われて、私に対して不満げな態度を取らないようにと言われているのかもしれません。
それにしても……隣に座ったまま無言の時間が流れています。
クリスさんはたまに私の様子を見るだけで、この場所から見える景色を眺めています。
「いつも思うのですが、クリスさんは私の傍に来るだけで特に何もしないのはなぜなのですか?」
紹介された後にヘレナ様からは、彼がやってきた詳細を教えられています。
この国での私の価値が上がったことが原因です。
私自身には特に何もありませんが、シアやフィスさんには特にあります。
目立つ気はないのですが、私が眠っている間に私の行動次第で協力する話になっていたのでお誘いもいっぱいあるそうです。
休眠状態の古代の遺跡を目覚めさせるシアと戦力としては低下してしまったとはいえフィスさんの存在です。
その2人にお願いができるのは、今のところは私だけなので必要とされています。
本国の方で私を引き受ける話があったのですが、シアがおじさま以外とは交渉をしないと宣言したらしくフィスさんもそれに倣っているのです。
私も知らなかったのですが、シアには好意的な相手には恩義と言うか貸し借りのようなものを感じるみたいです。
おじさまに対しては、私の命を助ける協力をしてくれたことで大抵のことは協力的です。
直接では無理ですが必ず私にどうするかを聞いてからになります。
現在もたまにおじさまに頼まれて、この国で発見されている古代都市に行っています。
最初の頃は私も同伴していたのですが、国が管理している遺跡は調査が終わっているので面白みに欠けるので、最近の私はお留守番をしています。
詳しいことは分からないのですが、フィスさんが悪い顔をして調査するのに法外なお金を請求しているそうです。
その事務処理をしているアリサさんから帳簿を見せてもらいましたが、私も見たことがない数字が並んでいました。
そして……私とシアの資産額がとんでもない数字になっています!
フィスさんは、ワグナー家とは別に私を代表とした独立組織を立ち上げていたのです。
組織名は以前にフィスさんが私に言っていた『ブルー・ムーン』と言う名称です。
メンバーは私を含む今までの仲間である九名と追加されたヴェルナーさんを入れて十名になっています。
交渉ごとに関しては全てフィスさんが対応して、経理や事務仕事は全てアリサさんに任せられているとのことです。
何をしているのかを訪ねると、以前にやっていたドラン商会の全てを継続しつつフィスさんによるバートランド王国の機密漏洩です。
最近は、シアによる古代都市の調査を高額で引き受けているようです。
お陰で、私は知らないうちに大金持ちになっていました。
帳簿を見ているとワグナー家からもしっかりと貰っています。
アリサさんに質問をした所では、ワグナー家の本領土である浮遊島の調査費とのことです。
いくらなんでもワグナー家に対して請求をしているなんて知りませんでした。
このことをフィスさんに問いただしたことがあるのですが、例え身内になっても貸し借りなどは作らない方が良いと言われました。
それでも食い下がったのですが、こういうことは後々に問題になるので早めに清算して置いた方がいざと言う時に動きやすくなると諭されたのです。
シアにも聞いてみたのですが、私の判断に任せるとの意見です。
このことから、私の意志とは関係なく動いている組織が目当てとも考えられます。
ですが……クリスさんは本当に何もしません。
交わす会話も何気ない日常の話程度です。
フィスさんからは、「あいつは最終的には親密度を高める為に少しづつ印象付けて覚えてもらっている段階だと僕は予想しています。そのうちに本性を現すかもしれないので、絶対に二人っきりで会ってはいけません!」と忠告を受けています。
しかし、私は常にシアと行動をしています。
おじさまに頼まれて離れている時もありますが、その時にはゲイルさん達が必ず護衛としてついています。
仮に私1人になっても普通の人が相手でしたら、私は負ける気はしません。
それだけ強くなったのですから、油断しない限りは大丈夫だと思っています。
もしも何か薬物を盛られたとしても、私の体は摂取した物を魔力に変換してしまうので、それが毒物であっても死んだりはしません。
ただ、動きを阻害するような薬物は変換するまでの間は体が反応してしまうので注意が必要です。
体の安全が約束されていますが、どんどん人から遠ざかっている気がします。
「家から命じられた内容は僕には無理と判断をしたので、僕なりに努力をしているつもりです」
「えーっと……命じられた内容と言うものを私が聞いても良いのですか?」
「エルナさんも知っていると思いますが、正直にお答えします。ワグナー家が強力な個体を有している娘を養女として迎え入れたので仲良くなって口説いて来いと言うことです」
理由を聞いたらまさかの直球で答えが貰えました。
大抵は本当のことを遠回しに答えると思うのですが?
「私が言うのもなんですが、そんなに正直に話しても良いのですか?」
「元々乗り気ではなかったし、仮にエルナさんを口説こうにも僕では駄目だと判断したからです。エルナさんにはもう恋人がいるのですよね?」
しかも私に恋人がいることまで把握しています。
私のことを知っている人以外には気付かれていないと思っていたのですが、意外にもバレバレでした。
ヘレナ様にも指摘されていましたが、私の態度はそんなに分かりやすかったのでしょうか?
そうだとしても命じられてきたのに諦めが早いと思います。
「引き際が早いのですね」
「僕は無理に事を運ばない主義なのです。それよりも別の方法を取ることにしたのです」
「別の方法ですか?」
「そうです。このままエルナさんと仲良くなって帰らなくてもよい状況にしたいのです」
「私と仲良くなるだけでは、ご両親が納得しないのではないのですか?」
ヘレナ様から事情は聴いていますので、早い話私を口説きに来たはずです。
そうすれば本命であるシア達が手に入ります。
クリスさんの実家であるドゥーラ伯爵家は、前回の戦いで力と権力を失ってしまったそうです。
それまではワグナー家と同じ公爵家だったそうです。
この国には強力な軍事力を有している三大公爵家が存在していたのですが、現在はもう一つの公爵家が軍事の実権の大半を握っているそうです。
ワグナー家も力を失ってしまったのですが、大戦時における失態をした訳ではないので降格などにはなっていません。
ただ、発言権が失われて主張が通りにくくなってしまったそうです。
クリスさんが私を引き入れることに成功すれば、立ち位置を上げられる可能性が出てくるのだと思います。
「エルナさんに失礼なのですが、僕としては、結果がどうなろうと気にならないからです。家の命で来ましたが、僕としては自由の身になりたかったからです」
「自由が欲しいのですか?」
「差し支えなければ、いまから僕は独り言を言いますので、宜しければ耳を傾けてください」
それから、クリスさんが語り始めました。
家の命令で私の婚約者としての立ち位置を手に入れてくること。
それが出来ないのなら、ワグナー家が手に入れた軍事面の詳細情報を調べつつ可能な限り得られる物は得てくることです。
何も成果が得られずにドゥーラ伯爵家に戻った場合は、兼ねてより予定とされていた他家の婿養子になることが決まっているそうです。
ドゥーラ伯爵家は、身分が降格してからは血縁関係による派閥づくりに専念しているそうです。
公爵家であった時は、強力な軍事力と実権を握っていた為に他家を見下しているような感じだったそうです。
私は話を聞いただけなのですが、要塞艦を所有しているだけで軍事面ではかなり有利らしくその為に発言権も強いそうです。
フィスさんも正面からは戦いたくないと言っていましたが、本国に行った時に見ることができるので見ればわかると言われました。
どんなものなのか少しだけ興味が湧きましたが、近いうちに見られるらしいので、その時に観察をしたいと思います
そして、お相手の方は、クリスさんと親子ほどの差があるらしいそうです。
少々……いえ、かなり問題があるらしく今でもお1人様とのことです。
詳しいことまでは話してくれませんでしたが、私も年配の資産家の方に売られそうになったので、なんとなく共感ができる気がします。
そのことからクリスさんとしては手ぶらでは帰れない状況とのことです。
クリスさんは手始めにワグナー家に着いてから、私が不在と知ると私が渓谷から戻るまでの間に私のことを調べていたそうです。
そして、戻ってきた私と実際に話している内に無理だと判断したそうです。
そのクリスさんからは「エルナさんは異性との秘め事に関してはご自分の趣味の方向に向いていると聞きました。公爵家も黙認をしているので好きにすればよいと言う意味も理解しました。それでも僕の方を向かせようと考えたんだけどエルナさんには危険な護衛がいるから接近するのは難しいからね」と言われました。
クリスさんが言う危険な護衛とはシアとフィスさんのことだと思います。
どうやって調べたのか分かりませんが、古代都市で私の実の兄が殺されそうになったことを知っていました。
下手に下心を持って近づくと殺されかねないと判断したようです。
次に軍事面に関して可能な限り調べたそうなのですが、ワグナー家が特に隠蔽工作などをしていないので簡単に手に入ったそうです。
私の存在が公になる前は情報を隠蔽していたらしいのですが、ワグナー家の養女に迎えてからは情報などはオープンにしているそうです。
内容的には私が関与しないとどうにもならないと言う内容だったからです。
仮に私を何とかしようにも強力な護衛が多いので手を出せるものならご自由にと言った感じになっているとのことです。
その話を聞いた時にシアが、怪しい者を何人も排除したと言い出しました。
どうやって排除したのかを聞くのが怖かったので、それ以上は聞きませんでした。
ちなみにフィスさんもシア以上に排除をしているとか……これって私の所為なのでしょうか?
シアとフィスさんが出かけている時もトランさんが深夜に怪しい者を排除した人数をシアに報告していたそうです。
いつの間にかに私は有名人になってしまったようですが……なんか申し訳なくなってきました。
後ほど、ヘレナ様に訊ねたのですが、その答えが……「知ってしまったのでしたら、次からはもう少し手加減して無力化するようにと頼んで欲しい」と頼まれました。
その話も知っているからこそクリスさんも会話のみに徹しているそうです。
強引に迫れば命の保証がないからです。
そこまで話した後に私にいくつかの提案をしてきました。
その一つに私が代表になっている組織に入れて欲しいと言うものです。
そこに入れば、ドゥーラ家に戻ると言う選択肢だけは消せるのでどうか考慮をして欲しいと頼まれました。
クリスさんの思惑は分かりませんが、実家から解放されたいと考えているのでしたら親近感が少しだけ湧いてきます。
次に近々呼ばれる本国の催しに招かれる時のエスコート役をさせて欲しいと言うものです。
形だけでも整えればクリスさん自身も役目を果たしていると実家に思わせることができるし、私の噂も少しだけ払拭できるのではないかとの提案です。
私は知らなかったのですが、公爵家に引き取られたのにそちらの趣味に走っていると巷では噂になっているとか……。
クリスさんが調べた話では、私がどんなに魅力的な異性から話しかけられてもつまらなそうにお誘いを断って、自分よりも幼く見える少女には優しくしているからとのことです。
確かに色んな方に話しかけられましたが、興味が湧かなかっただけです。
身分やら自身の将来性が約束されているだのの話しをされても魅力を感じません。
中には世間で言う美形の方もいましたが、興味ありません。
かなりの優良物件の方がいたので、断るなんて勿体ないとか言われましたが、あの方たちの目的は私ではありませんしね。
それよりもたまに見かける可愛い子に優しくしていた方が私にとって有意義な時間でした。
以前なら敬遠されていたのに今では堂々と接することができます。
これだけは権力の力は偉大だと思いました。
それでも嫌がられないように慎重に接していたのですが、それが私に下心があると思われていたみたいです。
確かにチャンスがあれば仲良くなりたいとついつい考えているのですが、それが誰の目にも分かりやすいみたいです。
その話を聞いた時点で、シアに相談をすると「その提案は、虫よけに丁度良いと判断をします」との答えを貰っています。
意外なことにシアはクリスさんを排除すべき相手とは考えていなかったのです。
今までにお断りをした相手には少なからずシアが敵意を見せているのです。
私に対して好意的ではない相手にはシアは敏感に反応します。
そのことから、クリスさんの提案を受け入れても良いかと思うのですが、私が代表となっている組織と言う『ブルー・ムーン』にはフィスさんの判断が必要です。
私は実質的にはお飾りみたいな代表です。
運営をしているのはフィスさんですからね。
話が終わるとクリスさんが去っていくと入れ替わりにフィスさんがこちらに来るので先ほどの話を相談したいと思います。
判断をするのはフィスさんですからね。
なんにしてもいまは、本国のお誘いの件を何とかしたいと思います。




