良い人かも?
シアが壁を下げると前方にうっすらと光る球体のような物が見えます。
よく見れば、その中にあの男性がいます!
あの高熱の炎に耐えたのですか!?
「シャーリーは、そのまま魔法の維持に努めてください」
「言われた通りに全力で押さえているんだけど、制限なしで魔力を回しているからあと数分が限界よ。それ以上を続けてしまうと最低限の行動すらできなくなってしまうわ」
「解除の判断は任せます。あの魔法の直撃を身体の属性強化ではなく無制限の防御魔法の展開で防いだことから、余分な魔力を過剰に消費したはずです。残りは私が削ります」
シャーリーさんに指示をするとシアが男性に向かっていきます。
相手はシアが接近すると自身を覆っている球体を解除してシアの攻撃を防いでいます。
シアに一方的に殴られているのですが、動きが鈍くなっているにも拘わらず最小限の動きで受け身を取っているのです。
「これ以上の維持は無理ね」
しばらくして、シャーリーさんの呟きと同時に手を降ろすと魔法が解除されて相手の動きが戻ったのですが、その時には既にシアの攻撃を防ぎきれずに少しづつ傷を負うようになっていて、シアに攻撃を受ける度に負傷しています。
このままいけばシアが勝つと思うのですが……。
「このままだとシアちゃんが相手を殺してしまうんだけど、いいのかしら?」
そうです。
シアには会話がしたいと要望をしていますが、私が殺されかかったと判断しているので相手を確実に倒すはずです。
今までにも私の身が危険と判断すると容赦がありません。
過去に捕えられた時にサリサさんとその部隊の人達を全て殺してしまいました。
あの時はシアがそこまでするなんて思っていなかったのですが、今のように感情的な人格になると私の敵と判断した相手を確実に殺そうとしてしまいます。
今は仲間になっているトランさんも私が止めなければ確実に倒してしまう所でした。
悩んでいる間にも相手の男性が劣勢になっています。
このままでは、相手を殺してしまいます。
「シア! もうそこまでで止めてください!」
私が大きな声でシアに声を掛けるとシアの動きが止まりました。
相手に馬乗りになって打撃を与えている状況でしたが、手を止めてくれました。
以前はシアに抱き着いてなんとか止めたのですが、私の声でシアが止まってくれて良かったです。
相手の男性はシアの攻撃が止まったことで、ガードしていた両腕を下げて、その場で倒れたままです。
シアは相手に戦意が無いと判断したのか、立ち上がると私の傍に来ます。
「エルナの指示に従いましたが、あいつは危険です。いまここで始末した方が良いと判断します」
シアが私に警告をしてきました。
納得ができていないのか、シアは視線を男性に向けています。
その目は私に向けるものとは違い殺意に満ちている感じです。
普段は無表情なのですが、今のシアはまだ感情的なままです。
「シアが私のことを考えてのことだとは分かっています。もしも次に同じ状況になった時は止めませんので、今回は抑えて欲しいのです」
背後からシアの首に両手を回して抱き着きながら声を掛けると次第に険しい瞳から、いつものシアに戻っていきます。
そして、私が離れると水を作り出して血だらけの両手を洗い直すといつの間に拾ったのか私の右手を持っていました。
それを私の右手を掴んで近づけると……何事も無かったかのようにくっついてしまいました。
同時に右手の感覚が戻ったので、動かしてみると違和感もありません。
よくわからないのですが、近づけるだけで治ってしまい直ぐに手を動かせるなんて驚きです。
最初の頃は試しに切断したらどうなるのかと考えていた頃もありましたが、怖くてできませんでした。
実際に手首を握りつぶされて引き千切られた時は何の痛みも無かったので、右腕に限定すれば痛みを感じずに済むことが分かりました。
それにしてもくっつけるだけで、元に戻るなんて……すごいのですが、人間を辞めてしまっている気もします。
「それで、あいつをどうしますか?」
シアが質問をしてきました。
私が改めて会話がしてみたいと尋ねると、自分の背後にいることを条件に近づくことにしました。
男性に近づくと疲れて倒れているようにしか見えません。
怪我はしていますが、何事もなかったみたいな感じです。
「あの……体の方は大丈夫ですか?」
取り敢えず安否を聞くことにしました。
試すと言われて襲ってきた相手ですが、なんとか返り討ちにはできました。
こんな状態でまともな会話が成立するとは思わなかったのですが、相手は立ち上がると普通に答えてきました。
「問題はない。かなりダメージを負ってしまったしまったが回復可能な範囲だ」
「それなら良かったのですが……」
相手からは戦意のような物は感じられません。
ただ……見た目がボロボロ状態なので、申し訳なく思えてしまうのです。
そんな私の表情を察したのか、男性が何かを呟くと負傷していた傷が無くなってしまったのです!?
「傷が治せる魔法も使えたのですね」
「外見だけだ。お前が済まなそうな顔をしているからな」
私の表情から察してくれたようです。
意外とこの方は気が回るみたいです。
「あんなことをされたのに相手を気遣うとは変わった奴だ。まあいい、それで何が知りたいのだ?」
「えっと……」
考えてみれば、私は特に聞きたいことを考えてはいませんでした。
古代の情報を求めているとすれば、あそこで魔力を使い果たして倒れているコレットちゃんです。
私が視線を向けたのですが、まだ動けないのか倒れたままです。
最大で魔法を放った代償なのか、喋ることもできない程に疲弊しています。
「特に考えていなかったのですが、先ほど教えてくれたことをもう少し詳しく知りたいのですが、ダメですか?」
「お前は何のためにここに来たんだ?」
お屋敷にいると勉強をしなくてはいけません。
なので、隙を見つけては抜け出して森の魔獣を狩りつつお小遣いを稼いでいました。
そんなことをしなくても要望を言えば買ってくれるのですが……自分の力で稼いだお金で買い物がしたいのです。
元の実家が貧乏なこともありましたし、私が無能と思われていたことから欲しい物を買ってもらえなかったこともありますが、姉達のように優遇されて与えられるのは好きではないのです。
自身の力も強くなったのですから、どこまで強くなったのかを試してみたい気持ちもあります。
それに冒険譚などのお話も好きなので、未知の場所に行けるのなら行ってみたいと思っています。
だから、私の動機は単純なことです。
「えっと……単に好奇心で来たのです」
「ふむ……過去に来た奴らと違って偶然か」
「一応は、渓谷の奥地に幻想種のドラゴンがいると聞いて見てみたいとも思っていました」
「興味本位だけで来るとはな。まあいい。それならば竜形態になってやるから少し離れるがいい」
そう告げるとお互いに距離を取りました。
すると、男性の姿が輝くと落ちる前に見たドラゴンの姿になりました!
おとぎ話でしか聞いたことのないドラゴンさんを見たのですが、他の魔獣とは違って威厳のような物を感じます。
私が近づこうとするとシアが手を掴んできました。
「エルナ、危険です。不用意に近づいてはいけません」
相手の姿が変わった為に危険度が増したと判断したのかと思います。
しかし、私としては近くで見て見たいという好奇心の方が優っているのです。
「私の要望に応えてくれたのですから、大丈夫だと思いますよ?」
しかし、シアは首を振り近づくことを許してくれません。
「いけません。近づいたエルナを食すことで魔力を回復させる可能性もあります」
私は食べられてしまうのですか?
魔力の回復と言っていますが、私を食べるとそんなに回復するのでしょうか?
私が悩んでいるとドラゴンさんが答えました。
「そのドール・ユニットの心配は無用だ。俺は他の理性を失った奴らと違って生肉などは食わん」
「シア。ドラゴンさんもそう言っていますので、大丈夫だと思います」
「……」
シアが黙ってしまったので、近づくことにしました。
代わりに私と手を繋いだまま一緒にいるのですが、常に私よりも少し前にいます。
「それで詳しく知りたい事とは何だ? 内容によっては詳しくは答えられんぞ」
「戦う前に私達のことを言っていましたが、あれは本当のことなのですか?」
「俺が継承している記憶通りなら事実だ」
「記憶の継承とは何なのでしょうか?」
「本当に何も知らずに来たのだな。俺の今の記憶と人格は数十年程前に切り替わっている」
記憶が切り替わるという別のワードが出てきました。
私が更に疑問に思ったことは、ドラゴンさんなのに人格と言っていることです。
姿がドラゴンさんなので……。
「お前が何を悩んでいるのか知らんが、言っておくが俺の元は人間だからな」
知らないと言いつつも私が悩んでいることを当てています。
もしかすると私の表情から察するほどに分かりやすかったのでしょうか?
「では、改めてドラゴンさんに聞きたいのですが、数十年前は人格が違うのですか?」
「俺の名はヴェルナーだ。ドラゴンさんなどと気の抜けた呼び方はするな」
私がドラゴンさんと言うと面白くないみたいで、自己紹介をしてくれました。
それでしたら、私も名乗ることに致します。
「それは失礼を致しました。私の名はエルナと申しますヴェルナーさん」
「では、エルナよ。教えてやろう。いくら完成体に近いとはいえそこのエルフ同様に人格の退化などは俺も免れない。従って一定の周期で人格を再構築しているのだ。これを怠ると理性を失って他の魔獣と変わらなくなる」
「体は昔のままなのですか?」
「恐らくはそうであろう。なにせ継承する記憶には限度がある。だから完全な昔の記憶を持っている訳ではない」
「そうなのですか。では、ヴェルナーさんはどうしてここにいるのですか?」
シアが感情的になる前は戦闘能力的にシアを上回っていました。
なので、ヴェルナーさんが表に出てくれば、いまの世界にとってかなりの脅威のはずです。
「いま俺が大人しくしているのがその答えだ」
「えっと……意味が分からないのですが……」
私が悩んでいるとシアが教えてくれました。
「そいつは今の状態を見る限り魔力回復速度が遅いからと判断します。一時的に私達を超えていても長期戦になれば敗北すると判断します」
「そうなのですか?」
私がそう返事をするとヴェルナーさんが肯定しました。
「そのドール・ユニットは相手が纏っている魔力が見えるようだな。指摘された通りこれが俺の生体兵器としての大きな欠陥だ。そいつらと同じく魔力を身体能力に回すことで大きな戦闘能力を得ているが、魔力回復に通常の生物の五倍の時間を必要とする。先ほどの戦闘で完全防御ができない程に魔力を消耗させられたので、いまの俺はそいつに勝つのは難しいだろう」
「状態は分かりましたが、シアのことは名前で呼んでください」
先ほどから、シアやシャーリーさんをドール・ユニットと呼んでいますので丁度良いので訂正してもらいたいと思います。
「それは済まなかったな。それで他に何が聞きたいのだ?」
「特に思いつかないのですが……あそこで倒れているコレットちゃんが復活をしたら質問に答えてあげて欲しいのです」
私が背後で倒れているコレットちゃんに視線を送ると理解してくれたようです。
「よかろう。どうせしばらくは何もできんからな」
そう言えば一つだけ私が疑問に思った事だけは聞いておきたいと思います。
「一つだけ聞きたいことができたのですが、どうしてシアのことをドール・ユニットと呼ぶのですか? 私は認めてはいませんが大抵の人は数字か個体と呼んでいます」
「今の奴らはそう呼んでいるのか。いつから変わったのか知らんが、正式名称はドール・ユニットだ。理由はそのドール・ユニットではなく、シアとやらに聞いた方が早いぞ」
言われて私がシアに視線を向けると答えてくれました。
「そいつが言っていることは正解です。私が最初に目覚めて発見した施設の端末にアクセスした時に私達の存在を現在はそう呼ばれていると書き込まれていたので、私もそれに準じているだけです」
「何か違いがあるのでしょうか?」
「わかりません。なんらかの理由で呼び名を縮小したと推測します」
「そうなのですか」
どちらにしても私は名前で呼んでいますので深く考える必要はありませんね。
「それよりもエルナに確認を致します。本当にこいつを始末しなくても良いのですか? いまなら、残りの魔力を全て削ってしまえばそこらの魔獣と変わりありません」
「危険な目には遭いましたが、この方がその気でしたら、私は既に死んでいます。試されただけで悪い人には見えないしコレットちゃんが話をしたそうにこちらを見ていますよ?」
まだ倒れ込んだまま動けないみたいですが、かすれた声で必死にシアを止めて欲しいと私に訴えています。
一生懸命なコレットちゃんも可愛いのでここは穏便にしたいのです。
「こいつに聞かなくてもこの施設の最深部が生きていれば情報を吸い出せます。先ほどの話から、こいつは記憶の欠落もある可能性も高くエルナは幻想種の回収も頼まれているはずです。こいつを始末して持って帰れば条件の達成にもなります」
「それはそうなのですが……」
ヘレナ様には頼まれましたが、お互いに自己紹介までしている相手を今更殺してしまうなんて私にはできません。
会話など通じずに襲ってきたのなら別なのですが……。
「幻想種と言うのは竜形態のやつらのことか?」
私とシアの会話にヴェルナーさんが話しかけてきました。
「詳しい定義は知らないのですが、この森の奥地に生息している魔獣がそうらしいのです」
「ならば、地底を徘徊している地竜どもを狩れば問題なかろう」
狩りの対象の代案がきました。
特にシアに恐怖を感じている訳ではないのですが、このままではシアがなにをするか分からないので教えてくれたのかもしれません。
「えっと、お仲間ではないのですか?」
「奴らは理性を保てなくなった奴らの末裔だ。人格を維持している俺とは違う。もはや獣と化している為に多少は知恵のある獣に過ぎない。俺ほどではないが成長度によっては魔法も扱い戦闘能力は高いがお前達なら問題はないだろう」
「そう言うことでしたら、そうしたいと思います」
ヘレナ様に頼まれていた件については解決ができそうです。
後は、コレットちゃんの知識欲が満たされる間は帰れるかが問題になります。
私の質問が終わるとしばらく眠ると言ってヴェルナーさんは眠ってしまいました。
その様子を見ていたシアは、再度私にヴェルナーさんを殺してしまおうと勧めてきました。
いまなら、首を落としてしまえば簡単に始末ができると……。
私が首を絞められていたから、似たようなことがしたいとかなのでしょうか?
なんにしても目の前で無防備に眠ってしまった相手を襲うようなことは私にはできません。
少々問題がありましたが、会話で解決できるのでしたそうしたいと思います。




