許可をもらいました
「それでは手合わせをしたいと思いますが、勝った者には好きなことを一つだけ要求する権利と言うのはどうでしょうか?」
お互いに向き合ったところで、ヘレナ様が提案をしてきました。
ですが、私は自分が負けるなんてまったく思ってはいません。
シア達に近い身体能力を手に入れた私に通常の肉体を持つ人が追いつけるとは思っていなかったのです。
ヘレナ様は自信があるみたいなのですが、丁度良いので勝って報酬を貰うことにしたいと思います。
取り敢えず私の今の要望は……勉強の類からの解放です。
学園に行かなくなって、眠い授業から解放されたのに家庭教師を付けられたことです。
他に生徒もいな状況なので、居眠りをすることもできません。
過去の歴史の授業の時は、何度も起こされて聞いていなかった分だけ補習を何度も受けていました。
習い事も正直めんどいのです。
ダンスに関しては、好きなので問題はないのですが……私が得意とするのは男性のパートです。
実は、女性のパートはそこそこしかできません。
なので、そちらを重点的に指導されています。
パートナーの方も男性を用意してくるので……私はいまいちその気になれないのです。
踊るなら、シアかレンちゃんがいいです。
フィスさんでもいいのですが……手付きがいやらしいと言うか、変な所をさりげなく触ってくるので避けています。
なんにしても正々堂々とサボることができるのであれば受けたいと思います。
「では、提案を受けたいと思います」
勝ちが決まっている勝負なので、自信満々で答えました。
結果が分かっていて、特典まで付いて来るなんて今日は良い日です。
「自信がおありのようですが、私を甘く見ない方が良いですよ」
お互いに剣を構えていざ立ち会うと私の考えが間違っていたことに気付きました。
いきなり剣が消えたと思ったら、既に私の近くまで伸びていたので慌てて受け止めることで難を逃れました。
対応ができていなければ、私は今の一撃で負けている所です。
考えを改めて試合を続けているとヘレナ様が話しかけてきました。
「話に聞いていましたが、完璧な身のこなしです」
ヘレナ様から褒められたのですが、そのヘレナ様の動きもすごいと思います。
初めは手加減をして相手に合わせようなどと考えていたのですが、最初の攻撃から余裕がありませんでした。
兄と違って、ギリギリで躱す前に私も剣で受けないと斬られてしまうと思ったのです。
「おおー、公爵夫人は良い動きをしますねー」
見学をしているフィスさんもヘレナ様を褒めています。
人に対しては、確実に勝てる力を得たと思っていたのですが、ヘレナ様は私に近い動きをしているのです。
ならば体力の差で、力押しで攻めようと思ったのですが、ヘレナ様は最初に数回打ち合った後は、私の剣を受け止めずに受け流す戦いに徹しています。
私の攻撃を受けた時に少しだけ表情に変化がありましたので、腕力勝負は分が悪いと判断したのかと思います。
その後は私の知らない動きを披露することで、対処に追われてうまく攻撃が出来ないのです。
我流の私に対して、どこかの正統派の剣術なのかもしれません。
シア達の強さが異常すぎて、人の身では対抗が出来ないと思っていたのですが、ヘレナ様の動きを見ていると人の身でここまで強くなれるのだと関心をしてしまいました。
どのくらいの時間が流れたのか分かりませんが、相手の動きが鈍くなってきたところで、私の寸止めの攻撃が決まった所で試合は終わりました。
「まだいけると思っていたのですが、私の負けですね」
ヘレナ様が負けを認めましたが、途中で何度も危ういこともありましたが、持久力の差で勝ったようなものです。
体が対応しきれなかったら、技量の差で私が負けていたのは確実です。
「今回は私が勝ちましたが、運が良かっただけと思います。お母様はとても強い方とお見受けいたします」
「では、次は負けないように昔の勘を取り戻すことにしますね」
もしかして、いまの立ち合いをしたのは久しぶりに体を動かしたのでしょうか?
どのくらいの期間が空いていたのか分かりませんが、これ以上の動きが出来るとすれば次は負けてしまうかもしれません。
このまま勝ち逃げがしたいので、次は断りたいと思うのですが……多分ダメでしょうね。
「それで、権利の方なのですが、私が外出している行動に関しては目を瞑っていてください」
勉強の解除を求めようとしたのですが、まずはこちらにしました。
森の奥地に行くことに関して規制などをされてしまう可能性もあるので、行動権を先に確保しておこうと思ったのです。
ヘレナ様は、再戦をする気満々のように見えますので、次も賭けの提示をしてくるはずです。
今のところ勉強の方は、今までのようにサボってしまえば良いのです。
家庭教師の方達には申し訳ないのですが、私が進んで受けたくなるような内容にすればサボらないと思います。
「約束ですから、エルナさんが魔獣の素材の売却をして資金を得ている行動は見なかったことにしますね」
「……やはり知っていたのですか?」
「組合から報告を受けていますので、今までに渡した金額も知っています」
私の資産状況までバレています。
何も言わずに買い取ってくれていたのですが、ヘレナ様にしっかりと報告をしていたようです。
「あの……もしかすると冒険者組合の方はワグナー家の関係者なのですか?」
「組合長は私が軍にいた頃の知り合いです。エルナさんのことは私に新しく娘が出来ることを事前に教えています。なので、エルナさんが素材の持ち込みをするので対応を相談をされたのです」
初めて素材を持ち込んだ日にしばらく待って欲しいと応接間に案内されて待っていました。
私は、てっきり持ち込んだ素材が魔獣の物だったので、買取不可なのか持ち込む冒険者がいない為に査定に問題があると思っていました。
コレットちゃんと自分で購入したストレージリングの容量分だけでしたが、そこそこ良い金額になったのです。
それからしばらく貯め込んでから、新しいストレージリングも購入いたしました。
沢山の素材を持ち帰る為には必須の道具です。
問題があるとすれば、入れられる容量とストレージリングをストレージリングの中には入れることができないことです。
なので、私の服の内側のポケットにいつもしまっています。
指に付けてもいいのですが、戦闘の時に邪魔になってしまうのです。
剣とは別に私にも魔獣を素手で倒すことが可能になったので、指輪を付けたまま戦うと指輪が魔獣の血で汚れてしまうからです。
それよりも最初の日に時間が掛かったのは、ヘレナ様に確認をしていたからなのですね。
「お知り合いだったのですね……」
「ええ、いまでも交友関係があります。ワグナー家の養女にしたのにお金に不自由でもさせているのかと言われてしまいました」
ヘレナ様は笑顔で答えてくれましたが、目が笑ってない気がします。
いまの私にはその笑顔が怖いです。
「それは申し訳ありません……」
養女になった日に欲しい物があったら用意するので遠慮なく申して欲しいと言われています。
ですが、いきなりあれもこれも欲しいなんて言う訳にもいかないし、私がお金遣いが激しいなんて思われたくはありません。
色々と欲しい物はありますが、自分で稼ぐことが出来るのでしたら、自ら行動がしたいのです。
「タバサには、私の実の娘のように接していると反論しています。昔の私に似ている傾向があるので、親に内緒で貯め込んでいると予想していますと説明すると納得をしてくれました」
組合長さんは、タバサさんと言うみたいです。
ふと出会ったことを思い浮かべるとヘレナ様と同じぐらいの年代と思います。
「昔は、タバサと一緒に森の魔獣を倒していた頃がありましたからね。私が養女に迎え入れた理由が実の子供達よりも自分に似ているのも察してくれましたね」
「すると……お母様も森に入り浸っていたのですか?」
「エルナさんと違って、シアさんのような守護者がいないので人数を増やして連携しないと死者が出てしまうので簡単にはいけません。お母様が在宅の時はノルンを付けてもらいましたので、奥地に行くことも可能でした」
ノルンさんの今の登録者はアヴェルさんです。
その前は、ヘレナ様のお母様が登録者だったみたいですね。
「シアさんは、とても強そうみたいですし、エルナさんの実力もノルンに匹敵すると感じました。なので森には自由に行くことを許可しますが、決して無理はしないと約束してください」
「はい、危ないと感じたら無理はしないと約束します」
ヘレナ様の許可も出たので、これで堂々と魔獣が徘徊する森に出入りができます。
それにしても私の実力をノルンさんと変わらないと評価してくれました。
なんとなくですが、私の強さの秘密にも気付いているのかもしれません。
「それでは、私から一つお願いがあります。森の奥地に行くのでしたら、幻想種の魔獣を倒すことができるのでしたら回収をしてきてください」
「幻想種とはなんですか?」
「おとぎ話に出てくるドラゴンなどの魔獣です。魔物と違い魔核を持っていないのですが、その素材にはとても価値があります」
ドラゴンとか、昔話に出てくる空想上の存在と思っていました。
実際に見たこともありませんが、存在しているなんて話は聞いたことがありません。
「森の奥地に行くと深い峡谷が存在しています。その辺りに生息しているのは確実です。ただ、強力な個体が同伴していないと倒すのは無理です。私達も一体づつ誘い出して何とか倒すことは出来ましたが、一度複数体に襲われて大きな被害を出して逃げ帰った経験があります。それ以来は、私は奥地に行くのを禁じられてしまいました」
きっとノルンさんも同伴していたと思いますが、それでも逃げ帰ったとなればかなりの強敵なのかと思います。
私は少し不安な気持ちになったのですが、シアと目が合うと問題はないと言った感じで見返してきます。
ヘレナ様の背後にいるフィスさんも「多分、あれかー。だけど、標準型にはキツイかもねー」と声に出しています。
言い換えれば、シアやフィスさんになら倒せる存在とも取れます。
恐らくですが、フィスさんなら難無く斬り裂いて倒してしまえるのだと思います。
シアの場合は殴り殺してしまう気がします。
「宜しければ当時の地図などはあるのでしょうか?」
今のところはシアと順番に森の地図を埋めているので、そこまで奥地には行っていないのです。
普通に考えたらとても危険な相手と思うのですが、私は見てみたいし可能であれば戦ってみたいのです。
「ええ、残っています」
ヘレナ様が背後のメイドに目配せをすると紙の束を出してきました。
渡された用紙を見るとかなり詳細に書かれた地図です。
シアに渡すと全て見た後に私に返しました。
もう地図には関心はないみたいですが、全て記憶してしまったと思います。
「それとこれを持って行ってください」
渡された箱の中には値の張るストレージリングが幾つか入っています。
「せっかく倒しても回収ができないのは困ると思って用意しました」
私が所持している分だけでは滞在期間が長いと容量オーバーになってしまいます。
現状は、自分の分とコレットちゃんに借りている分しかありません。
しかもコレットちゃんには借りている間の貸し賃まで払っています。
フィスさんの所為で、自宅を失ったことでコレットちゃんは資金の大半を失ってしまったのです。
ですが、古代都市では生活費は不要でしたし、ここでも私のお仲間と言うことで、普通に客人扱いで生活に困っていません。
ここに来て困っているのは、古代に関する書物が買えないことです。
なので、私が貸し賃を払うことで町の書物を購入して読み漁っている日々をしています。
勉強嫌いな私が言うのもなんですが、毎日のように書物を読むなんて私にはできません。
読み始めたら数分で夢の中に行ける自信があります。
それはともかく貸してもらえるのでしたら、ありがたくお借りしたいと思います。
「ありがとうございます! それでは早速ですが、森に行きたいと思います」
「もう行くつもりなのですか?」
「はい、せっかく新しい情報なので確認がしてみたいのです」
森を地道に探索しながら、自己鍛錬もいいのですが、おとぎ話に出てくる魔獣がいるのでしたら、見たいのです!
それに最後まで行けなかった地下迷宮の件もありますので、知らない場所への探索にも興味があるのです。
ここからでは、大陸中央部の地下迷宮からは離れていますので行くだけでも遠いし、あそこにはバートランド王国の関係者と遭遇してしまう可能性が高いので諦めていたのです。
仮に遭遇してもシアがいるので何とかなると思っていたのですが、リスクは減らした方が良いとフィスさんにも止められていました。
「私も若い頃は、直ぐに行動を起こす方でしたが、行くのでしたら、数日後にしませんか?」
私としては、明日にでも行きたいですが、何かあるのでしょうか?
もしかすると他に伝えたい情報でもあるのかも知れません。
「お母様がそう仰るのでしたらそう致します」
いつでも森の探索に行けるように準備はしてあるので問題は無いのですが、ここは大人しく従いたいと思います。
生活面での物資は全てシアのストレージの中に入っています。
余分には入れてありますが、もしかすると日数がかなり掛かることもことも考えて食糧を追加した方が良いかもしれません。
肉類の類は現地で食すことが出来て調理可能な魔獣を解体すれば問題ありませが、他の食材は別ですから余分に持って行くべきです。
「では、休憩も出来ましたので、もう少しだけ私と立ち合いをしましょう」
「まだ続けるのですか?」
「今度は試合と言うよりも指導をしたいと思います。エルナさんは物覚えが良いみたいなので、私の剣技を教えれば今よりも良い動きが出来るはずです。試合中もいつの間にか私の動きを模倣していましたよね?」
「気付いていたのですか!?」
最初の頃はそれで押されていたのです。
ですが、見よう見まねで動きを変えることで何とか五分に打ち合いに持って行けたと思います。
昔の私なら出来なかったのですが、いまは体が覚えてくれるのである程度の対応が直ぐにできるのです。
「才能がある子に指導が出来ると分かったのですから、帰ってきたら私との訓練の時間を作ることにします。眠くなるような授業よりは受けて見たくなるでしょ?」
「はい、宜しくお願いを致します。それで……私が居眠りをしていたことも知っていたのですね……」
「ブロンテスが嘆いていました。話を始めて十分もしないうちに机に伏して眠りだす生徒は初めてだと言っていました。私も経験がありますが、頑張って耐えたものです」
「お恥ずかしい限りです……」
眠れない時は、寝る前に難しい書物を読めば必ず朝になっていた経験があります。
あれは睡眠導入本と思っていました。
「そろそろ始めたいと思いますが宜しいですか?」
「はい、それでは宜しくお願い対します」
その後はしばらく指導してもらった後に探索のメンバーを決めました。
私とシアに同伴するのは、ゲイルさんとシャーリーさんとコレットちゃんです。
ゲイルさんとシャーリーさんは、私の専属騎士と言う立場になっています。
なので、探索に出かけるのなら当然一緒に行くことになりました。
コレットちゃんは、目的地で確かめたいことがあるらしく久しぶりの行動です。
ここに来てからは、たまに町に行くか私と親しい間柄と言う大義名分を使って、お屋敷にある書庫に入り浸っています。
私はてっきりフィスさんも付いて来るのかと思ったのですが、レンちゃんがお留守番なので残ることにしたようです。
自分の船に籠っていれば余程のことがない限りは安全なのですが、他にすることがあるようです。
トランさんは、アリサさんと出かけていますので不在だったのですが、魔核が得られないからアリサさんが行かないと多分来ないと思います。
そのアリサさんは、フィスさんに仕事をさせられていますので毎日忙しそうです。
そう考えるとアリサさんには申し訳ないのですが、久しぶりに冒険者らしく探索が出来るのですから、私としては楽しみなのです。




