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ピカリング草稿 The Pickering Manuscript  作者: William Blake(翻訳:萩原學)
10/10

ウィリアム・ボンド William Bond

最初と最後に語り手が現れるバラッドの典型を踏襲する点でも、男女の交流を謳いながら聖書をモチーフにする点でも、本作は Mental Traveller の姉妹編と言えよう。逆説的ながらもハッピーエンドなのは、読者への思い遣りであろうか。

娘等狂っているのやら

殺すつもりでもあるのかと

ウィリアム・ボンドは死ぬのやら

彼の重病間違いなく

I wonder whether the Girls are mad

And I wonder whether they mean to kill

And I wonder if William Bond will die

For assuredly he is very ill


皐月(さつき)の朝に教会へ

妖精引き連れ1、2、3

でも摂理の使徒が皆叩き出す

彼は止むなくとぼとぼ帰宅

He went to Church in a May morning

Attended by Fairies one two & three

But the Angels Of Providence drove them away

And he returnd home in Misery


畑にも行かず囲いにも行かず

村にも行かず街にも行かず

黒々とした雲の下に帰宅

寝床に向かい横たわり

He went not out to the Field nor Fold

He went not out to the Village nor Town

But he came home in a black black cloud

And took to his Bed & there lay down


その脚元に摂理の使徒が

その枕元に摂理の使徒が

黒々とした雲の真ん中に

寝台の真ん中には病人が

And an Angel of Providence at his Feet

And an Angel of Providence at his Head

And in the midst a Black Black Cloud

And in the midst the Sick Man on his Bed


その右手にはメアリー・グリーン

その左手には妹ジェーン

流す涙は黒々とした雲を抜け

病の苦痛を散らさんと

And on his Right hand was Mary Green

And on his Left hand was his Sister Jane

And their tears fell thro the black black Cloud

To drive away the sick mans pain


おおウィリアム、そなた他に恋するならば

実らせ給えその恋メアリーよりも

行きてその人汝が妻に迎えよ

メアリー・グリーンその召使とならん

OWilliam if thou dost another Love

Dost another Love better than poor Mary

Go & take that other to be thy Wife

And Mary Green shall her Servant be


そうだメアリー、別の恋がある

お前よりずっとよくする別の恋人が

我が妻に迎えんとする別の人が

さればお前と何の関わり我に在らん

Yes Mary I do another Love

Another I Love far better than thee

And Another I will have for my Wife

Then what have I to do with thee


お前は憂いに蒼ざめて

頭上に光るは冷たい月

引き換え彼女は真昼の輝き

その目放つは陽の光

For thou art Melancholy Pale

And on thy Head is the cold Moons shine

But she is ruddy & bright as day

And the sun beams dazzle from her eyne


メアリー戦きメアリー凍り

メアリー倒れ伏したり床の右手に

ウィリアム・ボンドと妹ジェーンに

もはやメアリー回復すべき望み薄

Mary trembled & Mary chilld

And Mary fell down on the right hand floor

That William Bond & his Sister Jane

Scarce could recover Mary more


メアリー目覚め気がつけば横たわり

右手に愛しきウィリアム

右手に愛しき彼が寝台

ウィリアム・ボンドが間近に見えて

When Mary woke & found her Laid

On the Right hand of her William dear

On the Right hand of his loved Bed

And saw her William Bond so near


妖精たちウィリアム・ボンドから放たれ

踊ったは彼女の輝ける(こうべ)の周りに

踊ったは白い枕の上に

摂理の使徒は寝台離れ

The Fairies that fled from William Bond

Danced around her Shining Head

They danced over the Pillow white

And the Angels of Providence left the Bed


恋の住めるは熱い陽の光と我思いきや

なんと月の光に彼ぞ住み給う

愛こそ真昼の熱にありと我思いきや

(かぐわ)しき愛、夜の落ち着きを増す

I thought Love livd in the hot sun Shine

But O he lives in the Moony light

I thought to find Love in the heat of day

But sweet Love is the Comforter of Night


愛を求めよ悩める隣人の思い遣りに

隣人を気遣う優しい救援に

夜の暗闇の中に冬の雪の中に

身ぐるみ剥がれ放り出された其処に愛を求めよ

Seek Love in the Pity of others Woe

In the gentle relief of anothers care

In the darkness of night & the winters snow

In the naked & outcast Seek Love there

William Bond:月面にあるウィリアム・ボンド クレーターの名となった William Cranch Bond(1789/9/9 - 1859/1/29)はアメリカ合衆国の天文学者で、天体写真の創始者であった。本作とは名前以外に関わりない。最初の業績である大彗星発見が1811年なので、ブレイクはその存在を知らずに本作を書いた可能性が高い。

Fairies:「妖精」と訳される存在概念は地域年代により異なり、おそらくブレイクは Shakespeare の舞台を下敷にしている。

Mary Green:Mary は聖母の名に因む。

Sister Jane:Mary Green と韻を踏む。Sister とあるのみ、姉か妹か修道女なのか不明。作中では一言もなく、Mary Green の影のよう。

Angels of Providence:こんな天使は聞いたことがない。Providence は「神の摂理(Divine Providence)」だったり、また Providence eye というと啓蒙主義の象徴ともなった「神の全能なる目」だったりするのだが。本作では死神のように描写される。死を司る大天使サリエルのことだろうか?それにしては複数だし…

what have I to do with thee:ヨハネによる福音書2章4節「イエスは母に言われた、『婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません』。」


男女の仲を描いたと見るなら、何とも意地っ張りの2人ではある。メアリー・グリーンはウィリアムを愛しながら、届かないと見るや浮気相手とでも幸せになれという。ウィリアム・ボンドは真意を知りつつ、自分は治らないと見て聖書を引き、メアリーに出て行くように言う。

進退窮まるメアリーが倒れる様は、鴎外の『舞姫』さながら。しかし卑怯者の鴎外にはない神を背負ったブレイクが、同じ結末を選ぶ筈もない。

遠慮というものを知らない種族に、これは意味が判らなかったか、本作は難解とされる。しかし

 女房が妬くほど亭主もてもせず

などという川柳がウケる国では、それ程でもあるまい。キリスト教徒特有の儼しい記号と押し付けがましさは別にして。

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