トレーニング
とりあえず情報収集の為、冒険者ギルドへ行き、従者契約について調べる。
従属契約には主従契約と従者契約、奴隷契約などなど複数存在している。
その中で似ているのは主従契約と従者契約だ。
主従契約は、事務的な関係らしい。いわゆる主人とメイドの関係に近く、明確な上下関係を作る代わりに、主人は従者を養う事を義務づける関係だ。
従者契約は主に仕える事を明確に表す代わりに、主人からのバックアップを受けることができる。冒険者などの危険な事をする人向けの契約だ。
奴隷契約は言わずもなが、対象に一方的な搾取的契約を結ぶことだ。
その中で俺が注目したのが仮契約だ。
暫定的な契約することで、適性などを見極める事ができるらしい。さらに契約時における相互能力などが契約解除と同時に消滅するらしい。
ということで、ナーガとは仮契約を実行する。
仮契約を行うには、契約の書を使う。普通の魔法使いならそう言うのはいらないらしいが、あいにく俺は魔法使いじゃない。
道具屋で買うのだが、意外と高くてビビったのは内緒だ。
宿屋に戻り、そのまま契約を結ぶ。
何も書かれていない小さな羊皮紙の巻物を広げて机の上に置く。そして、そこにナーガが手を置いて、俺がそこに重ねる。
「従者契約で仮契約する」
羊皮紙に渦が巻き、文字が浮かび上がる。
「期間は一ヵ月。自分の道を決めろ」
「分かった。ヨロシクお願いするご主人」
そう言って力強い目を向けてくるナーガ。
これはお互いに利害の一致によるものだ。だからこそ、締めるところは締めるべき。
「ねだるな勝ち取れ。さすれば与えられん。この言葉を忘れるな」
「……承知したご主人」
俺とナーガのデュオが誕生した。とはいっても落ち着く暇はない。
ステータス確認。冒険者登録、ジョブ設定。装備とアイテムの準備などやることは多い。
「さぁって……」
名前:ナーガルー・ジルベルト・ルプスレギナ
年齢:十五歳
性別:女性
レベル……11
箱入りにしてはハイスペック……なのか?
だが、俺の戦法上、基礎レベルはそこまで重要じゃない。
ナーガにやってもらうことは二通り考えている。まずは俺のサポートだ。
【シューティングプレイヤー】である以上、接近することはなく戦うのが理想だ。
それは近づかれたくないという事でもある。
現在、ナーガの役割は周囲の警戒や回復に加え、その他諸々のサポートになる。
となれば、まずはナーガの身体能力の把握と様々なジョブやタレントの中で【シューティングプレイヤー】との愛称を把握する事だ。
俺はナーガに革の鎧などを一式購入した。
鉄の鎧などにしないのは音を消す為だ。
索敵などをしている時、鉄の音は自然界に存在しない音なので耳に残りやすい。
一応、俺もナーガも鎖帷子を装備しているが、音の出ないようにノースリーブ型にして腕を動かすした時に擦れて音が出てしまうの避けるくらいの徹底はする。
あと、最近分かったが鉄の匂いの強さだ。
俺も自然の中にいることが多いので、町などで鉄がある場所に行くと鉄の独特の匂いが鼻に付くことがある。
病的なまでの念の入れ方と言われるかもしれない。しかし、妥協は敗北へのショートカットだ。幾度となく経験してきた事でもある。
冒険者登録を終え、回復と攻撃共にできるジョブを訪ねたところ、【戦闘聖職者】を薦められた。
ジョブも複数持ちができるので、一応今はこれでいいだろう。
「よっしゃ。まずはタレントを教えてくれ」
「余のタレントは【捕食者】と【月光の覇王】だ」
「なんか凄そうな名前だな」
「【捕食者】人狼種特有のタレントで【月光の覇王】は王族の証となる」
タレントが身分の証明になるのか。
「効果は?」
「どっちも分からぬ」
「おい!?」
「いや、あまりタレントの事など考えてこなかったからな」
態度のデカい物言いだが、態度は申し訳なさそうなナーガ。耳と尻尾がシュンと垂れる。
叱られた子犬みたいでかわいい。そんな顔されたら何も言えない。
「ただ、余の一族は満月で強くなる。おそらくタレントもそれに関係していると思う。後は狩りは教わったことはないが普通にできるぞ!」
自信満々で胸を張るナーガ。
狩りが教わらなくてもできる。そして、満月に強くなる。
「…………狼男みたい」
人狼っていう時点である程度想像はできていたんだけどな。
それがタレントの効果がそれだけとは思えないが、とりあえず分かっているだけ違いは出せる。
「満月の夜って言うと、夜目が利くとか?」
「昼夜で見えくなる事はないぞ」
「いいねぇ」
これは良いことを聞いた。
「ふむむ、褒められたぞ」
尻尾振ってる。
どうしても狼と言うより犬にしか見えないな。
「さて、それじゃ訓練と行こうか。まぁ、今日はナーガの今の実力を把握するだけだから、気負う必要は無い」
「分かったぞご主人」
そうしてナーガの実力把握が始まる。
午前中は身体能力の確認だ。
そこで目を見張ったのは速さだ。
とにかく狼らしく足が速い。しかも、トップスピードに入る時間も早く、持続時間も相当長いと来ている。
当然、その足からくり出されるジャンプ力やフットワークも相当なモノだ。
少なくともオリンピック優勝は確実レベル。
「ふっふ~ん。これくらいは余裕だ!」
尻尾をブンブンと振っているナーガは胸を張って誇らしげのご様子。
まぁ、ここまでは想定通り、次には五感だ。とはいっても嗅覚と視覚、聴覚だけだ。
これはどれほどなのか予想が付かない。
「かくれんぼだ」
「かくれんぼ?」
「一〇分経過したら、俺を探しに来い。これ、鼻に詰めろ」
「え……嫌なのだ! そんな王女の気品が!」
「ダメ。それに気品を語るにゃ五年早い」
「うぅ~、ご主人は鬼畜だ」
「それ、他人がいるところで絶対口にすんなよ?」
とりあえず、鼻に小さく丸めた布を詰めて匂いをシャットアウトして、俺を探させる。
目と耳を駆使して、俺を探させる。
俺も一つの場所にとどまらず、常に動きながら本気で潜伏する。まぁ〈潜伏〉のスキルは使わないでおく。
「見つけた!」
すると僅か数分で見つかった。
「どうやって見つけた?」
「音で場所で大まかに特定して、あとは目だ」
なるほど、こっちに関しては上等らしい。
最後に嗅覚だ。
まぁ、当然だが結果は良好。
あらかじめ果物や香辛料で匂いを付けたいくつかの場所に縛った布に隠しておき、制限時間内に探し出させる。
早くても十分くらいはかかると思っていたが、ものの三分で見つけ出した。
「すげぇな」
「こんなモノは楽勝なのだ!」
腰に手を当てて胸を張り、誇らしげなナーガだが、高速で動く尻尾がなんとも気の抜ける印象を与える。
感情が尻尾に出るのは宿命なんだろうな。これは駆け引きなんかはできなさそうだ。重要な場面では尻尾を隠すようしよう。
「昼にするか」
「待っていたのだ!」
買っておいたお弁当を二人で食べる。
快晴に加えて、過ごしやすい気候。穏やかな風が頬をなでる。
そういえば、こんなに穏やかな時間を過ごしたのはいつ以来だろう。
城にいた時もここまでの旅も気を張っていたから、凄く時間の流れが穏やかに感じる。
おいしそうに肉のサンドイッチを頬張るナーガを見ていると地球での日常――――ふと、家族とのアウトドアを思い出す。
あの場所に戻れるかは分からないが、全力を尽くすだけの価値はある。そして、戻るだけの理由も俺にはあるのだ。
「ご主人?」
「あ、なんでもない。次の訓練はある意味一番大事だぞ」
俺は実験へ挑むことにした。
ここは大事だ。
俺はフォックスを出す。
「な、なんだそれは!?」
「俺のメイン武器の一つ。俺には【シューティングプレイヤー】のタレントがある」
「が、シューティングプレイヤー? 聞いたことのないタレントだ」
「これはそのタレントからの恩恵」
「武器を生成するタレントとは、まるで錬金術師だ」
「これ貸したる」
「なぬっ?」
これは実験だ。
俺が目を付けたのはジョブだ。
そもそもジョブとは戦闘職を身につけることだが、聖職者の経験がないのにナーガは【戦闘聖職者】のジョブを獲得している。
このことからジョブは魔法でその性質を得る力と仮定してみる。
冒険者ギルドなら戦闘職やサポート職を得られ、生産系ギルドなら鍛冶や建築士や農家などのジョブを得られる。
ただ、ここで重要なのはそこらの村人も生産系ギルドに加入して農業をやっているかという疑問だ。
この点について調べてみたところ、そのような実態はなく、農業を続けていれば自然と農家としてのジョブが手に入るという事らしい。
これらはステータスという概念が大きく影響している。
ステータスという概念にジョブを登録することで、その方面の技術を得られる事ができる。
同時にこれが中世の文明から発展しない元凶とも言える。
王城にいる時、俺はこの国の歴史を調べた。
王国は建国して一六〇〇年という超歴史のある国だった。だが、一六〇〇年という時間がありながら、この国は近代的発展と中途半端にしか遂げていない。
日本で言うなら江戸時代くらいは来ている。ならば鉄砲だって存在していて良いはずだ。
日本史では戦国時代にすでに登場していた銃。
弓に変わる強力な遠距離武器の登場は戦争の常識を変えてしまった。
この世界ではそれらは魔法で代用できる為、銃など存在しない。
それにも関わらず、なぜか蒸気機関や車は存在している。地球出身者からすれば歪な化学発展としか言えないが、この世界ではこれこそ常識だ。
その原因は魔法という神秘の存在なのだろう。
魔法の発展している世界では科学は発展しないという法則が様々な創作物には存在するが、この世界でも同様だ。
魔法に加えて、科学的発展の代わりをステータスが多く担っていると考えられる。
それほどステータスは魔法の中でも万能的な要素の一つだ。
俺の狙いはステータスを利用して【シューティングプレイヤー】のジョブをナーガに得てもらうことだ。武器をナーガに貸して銃の練習をさせれば、ジョブを得る可能性は高い。
もし、そうならナーガの役割は大きく変わる。
「これはどういう代物なのだ?」
俺達は一旦森へ行く。あんまり見られたくないしな。
ナーガに使い方を教える。
「ここを引くのか?」
「イエスイエス」
構え方を教えて、アイアンサイトで狙いを定めさせる。
ここでスコープを付けてあげればいいのだがアイアンサイトに慣れれば、等倍スコープならより狙いやすくなるだろう。
ナーガは木の幹に狙いを定めてトリガーを引く。
ガンッ!
「ひゃあ!?」
ナーガは衝撃でひっくり返った。
弾丸はあさっての方向へ飛んでいった。
「痛ぃたぁ! な、なんだこれはぁ!?」
ナーガは肩を押さえる。
そりゃ痛いだろうな。上半身に入れろって言ったのに。
「ここ、これはなんだ!? 黒魔術か!? すさまじい咆哮のような音がしたぞ!?」
「落ち着け」
とりあえず、大まかな仕組みと使い方や戦法をしっかりと説明する。
「これが俺のメイン戦術な訳だ」
「……なんとも面妖な仕組みだ」
フォックスを眺めながらナーガは説明を聞いたが、半分も理解できてないようだ。
まぁ、俺も銃の仕組みなんて完全に理解している訳じゃない。知識の大半は銃マニアのサバゲー仲間のものだ。
とりあえず、今はまともに撃てるようになることが目標だ。
ガバエイムなのは最初の内は仕方ない。徹底的に練習していくしかない。
これがFPSだったら練習に加えて、すぐに試合をして死んで覚えていけば良いが、現実ではそんなことはできやしない。
とにかく練習あるのみである。
「しかし……」
「なに?」
「これは卑怯ではないか?」
「そんなことはない。それが卑怯なら弓だって卑怯になっちまう」
卑怯発言には断固反対である。
これは新しい革新的な戦術というだけであり、卑怯という言葉は間違いだ。
「これは人間が作ったモノなんだぞ? 頑張れば開発できるんだ。魔法よりも便利で訓練すれば誰でも使える武器。便利なのに誰も考えない。それは怠慢であり停滞でしかない」
新しいモノを作るというのは知性ある生物の特権だ。だが、それを怠れば技術的革新はなく、文化や文明が進化することはない。
仮に発案したとしてもそれを異端やら異質と称して遠ざけてしまえば、そこより発展はない。
もちろん、俺が閃いた訳でも作った訳でもないが。
「相手に嫌厭されるやり方で勝つことは革命。前例のない前代未聞のやり方で勝つことは革新。卑怯なんて言葉は負け犬の遠吠えだ」
「余は犬ではないのだ!」
「なら、勝つ為にどうしたら良いか考えな。今のナーガには最善の戦法だと思うしな」
ナーガは暴力に屈した経験がある。
その経験はトラウマと言っても過言ではない。
銃における一方的な攻撃はトラウマを刺激することはないはずだ。
「とにかく練習。とりあえず一週間ほど経っても【シューティングプレイヤー】のジョブが出なかったら次を考えよう」
「ぬぅ。了解したご主人」
俺の戦法に合わせられないなら、別の方法を考えてもいい。だが、一ヵ月の間にナーガなりの結果を出さなければ、俺も契約を考える必要があるのだから、必死になってもらわないとな。
「頑張れよ。できる限り全力で教えるからな」
これがナーガにとっての分岐点になればと俺は祈る。
一方、その頃――――
深沢カンナは【聖騎士】である。さらには【守護者】というタレントを持っている。
この二つのタレントの相性は驚異的なモノだ。
【聖騎士】その名の通り、聖なる力を扱う騎士であり、【守護者】とは守る力を増大させる。弱きを助け、強きを挫く騎士と守るべき者を守護する力はまさに抜群で、実に恵まれたタレント構成と言えた。
「もう限界ぃぃ!」
「何を言ってるんですか!? この程度で根を上げていかがなさいます!?」
「だってもう手も足も痛いしぃ!」
しかし、それを持つ者の人間性までは恵まれていない。
彼女に期待を寄せる人間は多い。だが、肝心のカンナは問題児だった。
見目上しい美貌に加えて、強い力は人々の憧れる女性へと至るだけの才覚がある。だが、当人は不真面目を通り越して無気力に等しい。
「つか、ネイル取れてんだけどぉ!? 髪チョー痛むしぃ!」
英雄に憧れる女性は少なく、むしろ英雄や勇者に助けられる姫に憧れるのが女性の世の常だ。しかし、カンナはそれ以前の問題だった。
とにかく彼女は努力というものと無縁過ぎたのだ。
「しっかりしてください! そんなことではまた今度の実践訓練でも何もしないまま終わりますよ!?」
指導を担当している女騎士も頭を抱える。
「だってぇ、アタシ戦いたくないしぃ。それにさ。なんでアタシらがやんなきゃいけないわけ? 意味わかんないし!」
女騎士には屁理屈にしか思えなかった。
「つか、オタクたちにやらせりゃ良くない?」
「本田健太様らですか? 彼らばかりに負担させるわけにはいきません」
「だって、アタシら女子だしぃ。戦えとか無理じゃね?」
彼女の取り巻きのような女性らも一様に賛同の声を上げる。
それを冷ややかな目で見ているクラスメイトは多いが、同じような意見を持っているクラスメイトも少なくはない。というか二分されている。
やる気のある人。やる気の無い人。
様々な意見はあるが、召喚された以上はもう腹をくくるしかないというのがクラスメイトの総意とも言えた。
理不尽だし不条理かもしれないが、自分の未来への不安もあった。だから、魔王とかは良いから最低限の義務を果たすべく皆が奮闘している中、カンナの主張は一貫している。
自分たちは被害者だから、保護されるのは当然で危ない事はやらないし、疲れる事もやりたくない。王国は自分たちを保護して、面倒を見るべきであると主張する。
一見して正しいように思える主張だが、それを盾にやりたい放題しているのも事実だ。
いくら城仕えをしているからと人を顎で使う傲慢な行いは目に余る。
尚且つ、クラスメイトに命を張らせておいて、自分達は後方の安全圏でサポートをするわけでもなく高みの見物をするなど誰が納得するだろうか。
一蓮托生とまでは行かないが、それでもいつまでも地球にいた時と同じ感覚でいればしっぺ返しが来るのは目に見えている。
委員長である悠莉がどれほど説得してまとめようとしても、ビッチグループと陰で呼ばれている彼女達には届かなかった。
カンナの実力はけして弱い訳じゃない。いや、むしろそれが問題なのだ。なまじ戦えるだけ厄介と言わざるを得ない。
だけれでも、戦える事と強さは違う。
彼女は弱くないが強い訳でもない。
カンナには人にとって必要な強さという点が決定的に欠けていた。
「それに他の方々も絶対ではありません。彼らにだって危険はたくさんありました」
「それアタシら関係ないし。あいつらがどんくさいだけでしょ? あいつらが使えないだけじゃん」
女騎士は頭を抱える。
身勝手ここに極めたりである。
この女性らは自分たちがどれほど健太らに守られているか分かっていない。
全て彼らにやらせているのにも関わらず、カンナ達は感謝の念すら抱いていない。それどころか見下している。
こんな言い方をされるなど、一方的で理不尽な要求にも対応する健気な健太達が不憫で仕方ない。
なによりカンナ達は恐怖や不条理で言っているのではない。
純粋な怠惰という、どうしようもないものだ。
「分かりました。では、今日はここまでにしましょう」
いくら王命とは言え、当人のやる気がないのならば、何をしたところで無駄だと女騎士は判断し、処罰覚悟で任を事実上放棄するのだった。
「はぁ、もういい」
そんな光景を見ていた悠莉はそう呟いた。
今までまとめ上げていた彼女もなんだか馬鹿らしくなっていた。
そもそも同じ方向を向かず、自分勝手にやってる時点でまとめるも何もないのだ。
「はぁ、なんでこんな事になっちゃったんだろ」
春樹がいなくなってから歯車が噛み合わなくなった。
もしかしたら、春樹の死が皆の無意識なトラウマになっているのかも知れない。
その可能性はけして捨てきれない。
仲が良かったかどうかは別として、同郷の者の死はけして軽くはなかった。
無能が死んだという言葉も、自己防衛によるものかもしれない。
その考えに至ったところで悠莉は行動しようとは思わない。
悠莉は春樹が死んで以降、自分のことだけを考えるのに精一杯なのだ。
他のことまで考えている余裕はなくなっていた。
幼馴染の死という悲しみと、次は自分かもしれないという恐怖が周囲を見る力を失わせた。
「どうしたんだ悠莉?」
そこに現れる龍一。悠莉のもう一人の幼馴染。
龍一は頼りになるが、それも悠莉は好ましくなかった。
それは龍一の態度にあった。龍一はどちらかと言えば状況を混乱させている人間だった。
龍一の正義感は尊いものであると思うが、どこか独りよがりで独善的だ。
それが余計な不和を生み、その後始末を悠莉や健太がやっているような気さえした。
結果、悠莉からの龍一の評価は著しく落ちていた。
「なんでもないよ。心配しないで瀬戸口くん」
悠莉は龍一に構っていられるほどの精神状態ではなかった。だが、龍一は悠莉にしつこく絡んでくる。
ハッキリと拒絶できないのも悠莉の弱さの一つだった。
「どうしたんだ? 心配事があるなら相談してくれ」
「……別にそんなのないよ」
ここで君が原因だと言えたら楽になるのかもしれないと悠莉は考える。だが、そんなことを言うほど彼女は無慈悲でも無能でもなかった。
龍一に相談したら余計な色気を出して、取返しのつかない事になるのは目に見えている。
「ねぇ、瀬戸口くんは怖くない?」
「どうしてだ? 何か怖い事でもあったのか?」
「そうじゃなくて。春樹くんが死んで、自分も死ぬとか思わないの?」
「俺のタレントは【勇者】と【竜騎士】だからな。負ける訳ないさ。古河のタレントは【狩人】だったんだろ? なら仕方ないさ」
「…………そう」
そういうことを言っている訳ではないし、そういう問題ではない。
龍一にとって同級生の死は大した問題ではない。
言葉の節々に見える無意識の傲慢さを悠莉の心を竦ませる。
自分が絶対的な存在とでも思っているのだろうか。選ばれた者という意識は人を変えてしまうのか。
いつ自分の番が来るか。皆がそう考え始めているのにも関わらず、龍一とその他数名はそんな様子は感じられない。
それを自信ととらえるのか、傲慢ととらえるのか、悠莉にとっては明白だった。
「悠莉も俺とこれからも一緒にいるんだ。何も心配いらない。俺に任せてくれ」
それだけ言うとマントを翻して、龍一は歩き出してしまう。
「一緒? え、なんで?」
寝耳に水とはこのことだった。
悠莉が龍一と一緒にいなければいけない理由を、当人は全く見当も理解もできない状態だった。しかし、問いただそうにも龍一は既にいない。
告げたいことだけ告げて行ってしまった。
まるで決定事項であると言わんばかりの行動に、悠莉は強い嫌悪感を覚える。
「ねぇハルくん。君ならどうするの?」
何時しか口にしなくなった小さい頃の幼馴染の呼び名。
いつだって物事に真剣で、常にストイックに励むことを知っている春樹は悠莉にとっての憧れだった。
自分にはあれほど真剣に物事に取り組んだことなんてない。
部活動も勉強も自分なりに頑張ってはいたが、人生を賭けていたと言われれば即座にNOと断言できる。
別次元のストイックさ。
成長して春樹を理解した時、残ったのは自分への虚無感だけだった。
何かを達成したことも、何かに成り得た事もない悠莉にとって春樹は眩しい存在だった。
ゲームの世界の事は悠莉には分からなかったが、春樹が凄いゲーマーであることを悠莉は理解し、密かに彼を応援していた。
応援するために少しだけゲームをした事もある。
その時に知った難しさから、春樹が動画サイトに上げているプレイ動画の凄さを実感した。
尊敬し、憧れていた同年代の幼馴染は今はいない。
その背中を見れることはもうない。
「ハルくん。なんで死んじゃったの?」
悠莉の弱音は異世界の空気の中でしぼんでいくのだった。