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デルタ・アヴェンジの中の人


「奴隷?」

「ヒックヒク……はい」



 そういうのあるのか……いや、まぁファンタジーだしなぁ。多分、奴隷なんてものもあるんだろう。

 あんま気分良くないけどさ。



「人攫いで奴隷になった……とか?」

「余の部族が戦で負けて――それで子供は口減らしで、あの男たちに売られてしまった」

「あ~いや、もういいわ」



 聞きたかねぇな。そんな話。しかし、部族か……確かに犬耳生えてるもんなぁ。

 そうだ。少女の頭から犬の耳が生えているんだよ。尻尾もあるらしい。



「名前は?」

「ナーガルー・ジルベルト・ルプスレギナ」

「犬の部族?」

「余はオオカミだ!」

「あ、そ。俺はデルタだ」



 どっちでもいいや。



「年はいくつ」

「十五……です」

「酷い事されたかい?」

「? あの二人は私を商品だと言っていた。何もされておらん。殴られはしたが……」

「仲卸か? 奴らは」



 人身売買の仲卸ってなんだよ。自分で言っててアホみたいだ。



「奴らはなんで俺を襲おうとしたの?」

「知らぬ。どうでもよかったので。でも余にとっては幸運だったかもしれん……ません」

「ふ~ん」



 最低限の情報は聞き出せた。

 この子は被害者だ。俺を襲ったことへの償いなんぞ必要ない立場だ。



「ん?」



 何かが引っかかった。違和感だ。

 そりゃ平均年齢が七十歳以上の日本なら問答無用で子供だろうけど、こんな医療=治癒魔法の世界だ。



「十五歳で子供?」



 平均寿命がそんなに高くないこの世界で? 十五歳は働けないのか?

 その言葉を俺が言った瞬間、ビクリと少女が震える。



「嘘か」



 また震えだすナーガルー。だが、そこで追及を止める程俺は甘くない。

 ナーガルーへ危害を加えるつもりはないが、抱えてる秘密が俺への危害になる可能性がある。



「……嘘はつかないでくれ。俺は君をどうこうしようと思ってない。それに俺も綱渡りなんでな」



 ナーガルーは俯きながらポツポツと身の上を語り始めた。


 彼女は人狼種のルプスレギナ族の王族。つまり、お姫様らしい。


 彼女の部族は部族間戦争に敗北した。

 戦勝した部族の王は一人娘であった彼女の存在が邪魔になった為、交流があったならず者にはした金で売り渡したらしい。


 両親が殺されたにも関わらず、彼女が殺されず、慰み者にもされなかったのは吸収した部族の反発を防ぐ為だ。

 ナーガルーは部族を捨てて奔出した王女のレッテルを張られたのだ。


 特にルプスレギナ族にとって女系王族というのはとても価値のある存在らしい。

 ルプスがオオカミ。レギアが女王を意味し、偉大なる神獣・大狼母(マザーガルー)によって産み落とされたという伝説がある。


 その信仰はすさまじく、女系王族は部族の政治を担う王位継承からは除外され、珠のように大切に育てられる。

 時には部族の母として、時には部族の女傑として、ルプスレギナ族の象徴としての役割を担うらしい。


 例え部族が壊滅して王が死んでも『母なる狼』となる存在がいれば一族復興も夢ではないらしい。

 だからこそ、部族を捨てたというレッテルは致命的らしい。

 一人でも疑う者が出れば、もう部族は部族として機能しない。


 そんな姫という肩書は大層なブランドになるので、奴隷として売られる際には傷つかないよう丁重に扱われた。

 だが、ナーガルーも誇り高きルプスレギナ族の王族。

 奴隷に落ちるくらいならと猛反発したが、抵抗には暴力を――という事らしい。


 人間種より身体能力の高い亜人であっても、ある程度戦士として育てられたとしても、所詮は経験浅い子供。

 大の男二人の暴力が、蝶よ花よと育てられた心をへし折ってしまった。

 ナーガルーはもう部族へ戻る事も出来ず、奴隷として売られていくだけとなった。

 そんな時、欲を出したならず者が俺を襲う算段を立てたらしい。


 さっきから喋り方が変だったのは王族だったからだ。


 まー色んな意味で胸糞悪い話だ。

 だが、ここで分かった情報もある。


 まずは亜人同士無条件で仲が良い訳ではないということだ。

 同種であっても争いは起こっている。ミンナトモダチってことはない。


 王国の人と亜人の関係性――――少なくとも王都での関係性は悪くない。

 実際、王都の城でも城下町でも亜人はたくさん働いていた。だが、王国内での部族間のもめ事には口を出さない感じなのだろう。

 でなければ事実上の内戦を国のトップである国王(ゆうかいはん)が放っておくはずがない。



「どうすんの? これから?」

「……わかんない」



 突然現れる幼い少女の姿。

 生意気盛りながらも可愛い妹よりも幼い子がこんな状態なんて胸が痛む。



「まぁ、いいや。食える?」



 俺は肉をたっぷり入れたスープを出す。



「飯食って寝ろ。答えが出ないことを考えるのよりも先にやることだ」



 ナーガルーは飯盒を受け取ってスープを飲む。そして、ホッと一息つく。

 そして柔らかくはにかむ。



「……母も」

「あん?」

「母もあなたのように剛毅な人だった」

「剛毅ねぇ。剛毅?」



 俺の場合は剛毅ってより放棄なんだけど、まぁいいか。



「それと私、お肉嫌いです」

「嘘だろオオカミ!?」

「冗談だ。大好きです」



 一気に力が抜ける。



「…………冗談が言えるなら大丈夫だな」



 呆れたが、安心もした。

 案外メンタルが強いのかもしれない。もしくは若干の自棄かもしれないが、でも塞ぎ込んでいるよりはマシだろう。

 これからの事を考えるより今は休息を優先し、俺とナーガルーは眠りにつくのだった。



「木の上?」

「ここが一番安全」

「…………」

「そんな顔すんな。悲しくなるだろ」




一方、その頃――――




 瀬戸口龍一という男がいる。

 彼は容姿端麗で才色兼備である。その上、遠慮会釈だ。


 幼馴染である三鷹悠莉とは親が仲良く、小さい頃は一緒に遊んだ記憶もある。

 異世界に転移されるという奇跡的かつ奇怪的な状況になったが、幸いにも【勇者】【竜騎士】のタレントを持っていた事で異世界の救世主を担ったと自負していた。


 この世界の人間は魔王に苦しめられているから助けてほしい。

 国王の懇願に答えたいと心から思う龍一は真剣に鍛錬に励んでいた。


 そんな中、一人のクラスメイトが犠牲となる悲劇が起こった。

 この世界には魔領域というものがある。


 日本のゲームでいうところのダンジョン。もしくはステージに近いものだ。

 そこにはまるで活火山のごとく魔力が噴き出し、そこら中に充満している。

 強い魔力溜まりは魔物など様々な存在を引き寄せる。


 クラス全員による強襲連隊であるレイドパーティーを組み、魔領域に踏み込んで実戦訓練中の事故だった。


 突然、大型の魔物が暴れ出し、結果として囮役を行っていた古河春樹が犠牲となった。


 元々、春樹のタレントは【狩人】という一般にも存在するもので、あまり期待をかけられていなかった。だからこそ、その損失はパーティー的にも人類的にもあまり大きいものではなかった。


 クラスメイトも口々に言う――――仕方なかった。もしくは弱タレントであることが災いだったと。無能だから仕方ないと口にするクラスメイトもいた。


 皆が何かしらの理由を付けて、春樹の死に言い訳をしているのは理解しているようだった。

 春樹を失って以降、幼馴染の悠莉が目に見えて意気消沈している。


 龍一は昔から悠莉の責任感の強さを知っていた。

 意気消沈も理解できる。

 彼女は優しい人なのだ。


 こんな時こそ自分が支えなくてはいけない。

 自分と悠莉こそ、この異世界の希望なのだ。

 パートナーとして、彼女の不安を拭う必要がある。


 そう信じて疑わない龍一は悠莉を探すために城内を歩き回る。

 デザイン性と実用性を兼ねた金と青を基調とした豪勢な鎧はまさにカリスマにふさわしい威光を放ち、腰に携えた刀は王家にとってかなり価値がある物らしい。

 赤いマントをたなびかせ、颯爽を歩く姿に城仕えのメイド達や女官もウットリと頬を染める。

 頭も良く、強く優しく、それでいて容姿端麗とくれば無理もない話だ。


 だが、問題もある。


 こうして周囲の羨望や称賛を一身に集めれば、それなりに周囲から悪感情もたまるものだ。

 世界の運命を肩に乗せている男で、当人が自覚しているかは別として負担は大きいのは事実。だからと言って、妬み嫉みをとどめる事ができないのが人間の性だ。


 残念ながら龍一はそのような事に気が付くような男でなかった。


 それを注視している男がいた。

 オタクグループの中でも最も存在感を放っている本田健太だった。

 健太は目立たず不審がられないようにしながら、龍一という存在を観察していた。

 その表情には若干の怯えがある。


 そこへ一人の男が現れる。


 瀬戸口と双璧をなす男である榎本敦史だった。

 両脇にドレス姿で綺麗に着飾った女性を侍らせ、肩に手を回している。

 いつも不良グループの取り巻きを引き連れ、その取り巻きも同じように女性を侍らせて城を我が物顔で闊歩する。



「おい。榎本!? こんなところで何してる!?」

「あ? んだ瀬戸口? なんか文句あるのか?」

「当たり前だろ!? 訓練もせずに何してるんだ!?」

「は? 調子乗んなよテメェ? 俺はんなことしなくてもつえーから良いんだよ!」



 いつも通りの光景だ。

 正統派で誠実に訓練して勇者として羨望を集める瀬戸口龍一と、悪辣さはあるが自由奔放で英雄の資格を要する榎本敦史。


 正統派にして【勇者】の龍一と異端派にして【猛将】の榎本は常に反発しあっていた。


 二人の城内での評価は二分していると言えた。

 中には正統派過ぎて眩しい龍一にする嫌悪感と、暴君のように振舞う榎本への悪感情もあっての二分だが、それでも支持率は双方ともに高い。

 人によって惹かれる魅力は違うという事だ。


 二人を支持する人々からも見て取れる。

 瀬戸口龍一を支持するのは秩序の騎士道や正義を重んじる人物。清楚で淑女と言える性格の良さそうでありながら、明らかに恋に恋している世間知らずな貴族令嬢。

 榎本敦史を支持するのは自由を好み支配を嫌い欲に忠実な人物。美人であるが、若干着飾りすぎで虚栄心が露呈している貴族令嬢。

 このように両極端なのだ。


 健太は双方とも恐ろしかった。


 その恐ろしさはタレントではなく、人間性へ向けられていた。

 なにせ、どちらも力に振り回されている。

 方向性が違えど二人とも学校ではカリスマ的存在。元々日陰者の健太からすればあまり縁のない人物だ。


 特に榎本のタレント【猛将】と【バーサーカー】の相性が凄まじく、最前線で相手を力の限りになぎ倒すことができる為、圧倒的な自分の強さに酔いしれていると言える。

 一方の龍一だが、健太からすれば大差はない。


 結論から言えば、双方共に調子に乗っているのだ。


 無自覚だろうが自覚していようが、力に溺れた人物の主張に芯はない。

 この二人が実質クラスメイトを率いており、それに続く人物もいる。だが、健太は理解していた。

 クラスメイトをまとめている三鷹悠莉の存在があってこそ、現状ギリギリの均衡を保っているのだ。


 クラス全員での実践訓練の時など、まさに露骨に出たことだ。

 古河春樹が死んだのは双璧の所為だと健太は思っている。

 二人が自己中心的に戦った結果、戦線が崩壊した。誰も気がついていないのは無理もない。


 ネットゲームを嗜み、パーティーを組んでボス戦などに挑んだ健太だったが、一度持ち帰って検証するまで分からなかった。

 なにせ素人だ。ここはゲームのような世界だがゲームではない。現実にステータスが存在するというありえない状況。むしろ検証しただけで気が付いた健太を讃えるべきだろう。


 大所帯で戦う場合、基本的に自分の役割以上の事をしてはいけない。

 もし、自分の役割以上の事をするならば、それなりに機を見る必要がある。だが、そんな機微を見切る力をクラスメイトの誰一人と持っているはずもない。


 この事態に気がついたネットゲーム経験者の健太も、実戦の経験など無いのだから気付きに遅れるのも当然と言えた。


 そう、古河春樹一人を除いては――――。


 正直言って、古河春樹のタレントがなんであったとしても彼を失った損失は二人を失った場合の損失よりも遥かに大きいと健太は思っていた。

 クラスメイトの中には無能が死んだと思っている人間が多いが、アホな事を言うなと声を荒げそうになった。



 古河春樹――彼は十三歳の事にFPSゲームでプロデビュー。

 十三歳九ヵ月――――彼が世界大会で優勝した年齢。


 当時の世界最年少記録で、二年後に十二歳のパキスタン人に破られる。

 そして、とあるFPSゲームで三十八キルを達成した。


 アメリカ人の四十キルという驚異的な記録が生まれるまで四年間も破られず、アジアでは現在も破られていない大記録だ。

 この四年間という記録と、それを達成できる事がどれほどの異次元なのか理解されることは少ない。


 ゲームの公式大会はここまで多くはないが、インターネットではほぼ毎日何度でもプレイ可能だ。つまり、毎日大会が世界中で行われているようなものだ。

 そんな世界だから、ゲームの世界では記録破りが日常茶飯事だ。

 世界大会でもない限り、記録は有って無いモノと言っても過言ではない。


 なのに四年間も破られなかったのだ。


 しかも、春樹の大会勝率は驚異の五割超え。

 さらにキルレに関しては世界三位にまで登り詰めた男だ。


 キルレとはキルレートやキルレシオの略称だ。

 キルレートの場合は単純に数を足した際のキル数の割合だ。対して、キルレシオは一回死ぬ迄までにどれだけ倒したかの割合だ。


 例えば、「20人倒したけど10回死んだ」の場合ならば、試合数は30。倒した人数は20。死んだ数が10となり、これを元に計算する。


 キルレートの場合、キルレートは20/30=66%となる。


 キルレシオの場合、20:10で算出し、20/10=2.00となる。


 これが実力の大きな指標となるのだ。

 特にキルレシオに関しては、素人なら2.00でも猛者と言われている。つまり、二試合やって一勝する。その時に最低でも二人倒せば猛者になれる。


 世界トップレベルのキルレシオは7.00を超える。

 二試合やって一勝して、かつ一試合で七人倒すのだ。

 一見すると簡単そうに見えるが、この条件がどれほど至難なのか、プレイ経験のない人間に自覚させるのは難しい。


 フィールドで様々な建物や地形の中で行う不意打ちや騙し討ち、奇襲に連携。ゲーム内でできる事は何でもありの試合。

 レベルやステータスなどは当然無いので強さは自分自身に完全依存。


 これらの条件で勝つ。

 ゲームルールやチームメイト、あるいは敵の実力に左右される戦略と戦術。


 誰が言ったか「FPSは常に考え続けるゲーム」。


 そして、忘れてはいけないことがある。それは『キルレ=平均値』なのだ。

 百戦やったら七十人を仕留めて勝っているという事。

 千なら七百。万なら七千…………………………。


 そんなプレイヤーがゴロゴロいる世界大会で勝率五割を超える。


 春樹は問答無用の化け物である。

 その強さは、ただエイム力があるだけではない。

 立ち回りや駆け引き、戦略や戦術、咄嗟の判断力や精神力など、全てにおいて世界トップレベルでなければ不可能だ。


 古河春樹という存在は日本のプロゲーマーの中で本物の怪物であり、世界でも称賛を受けるプロゲーマーなのだ。


 それでも当人は「エイムより、立ち回りと細かい射線管理にこそ自信がある」と言っている。そして、「上には上がいる」と言っているのだから恐ろしい。


「絶対、釣り合わない」


 健太は春樹と交流が一番深いクラスメイトかもしれない。だから知っている。春樹の貪欲さとストイックさ。

 やりたいことをトコトン追求する心意気。しかも恐ろしいほどの負けず嫌いだ。


 ゲームの為に運動し、ゲームの為に睡眠や食事管理までしているのだから、その姿勢に同級生でありながら健太は刺激を受け、尊敬。いや、憧れすら持っていた。


 なのに死んだ。

 この時点で健太は確信した――――魔王には勝てない。


 もし、あの男がこの程度で死ぬような世界なら、魔王どころか魔人の力すら計り知れない。

 この世界に来た時、正直浮かれていた。


 勇者になれる。

 タレント持ちだけあり、この世界で凄く恵まれている。


 無駄に万能感に酔いしれていた。なによりファンタジーに夢中になっていた。だが、春樹の犠牲で目が覚めた。


 冷静になってみると徐々に違和感も見えてきた。

 現在、健太はその違和感を徹底的に洗い出そうと独自に動いている。

 その中でも最も重要しているのが国王から期待を受けている二人だった。


 この違和感の正体は何なのかは分からない。だが、絶対に良いことではない。

 それだけは確実だった。











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