カッサンドラー姫
秋も深まり~そろそろ冬の準備に入ろうというこの季節。和音はこのひと月程不調な日々が続いている。毎年この時期にはいつもそうなるのである。
多分、結婚記念日が近付くためであろう。
和音は明日で結婚31年目を迎える主婦である。子供はいない。そして現在夫と別居中である。今は一人で暮らしているため、心も落ち着いて日々を送れる。一緒に暮らしていた時を思えば本当に幸せだと思う。けれど、こうしてこの時期を迎えると、どうしても心身ともに辛くなるのである。
【カサンドラ症候群】
和音はこのカサンドラ症候群なのである。今はその症状は落ち着いていて、普段は何ともないのであるが、、何故かこの時期にはフラッシュバックに依る不調に陥る。
そう、夫は【アスペルガー】なのである。
婚当初から日常に置いて色々な疑問を持った。特にコミュニケーションが取れず往生する事が良く有った。例えば、、
結婚して初めて一緒に出掛ける約束をした時の事である。
折角の機会なので、自分の仕事を別の日に振り分け、その日を楽しみに待っていた。ところがその前日の夜、「明日会社の連中とゴルフ行くから、よろしく。」と言われ、私は戸惑った。「私と出掛ける約束はどうなるの?」
「仕方ないじゃん、帰りがけに誘われちゃったんだから、、ゴルフも久しぶりだし楽しみだな。」「。。。。。」
夫は何も自分が悪いとは思っていない様子に、私は呆れて言葉が出てこなかった。私はそのために本来の休日を返上して明日を休みにしたのに、、。
こんな事は日常茶飯事であった。
そしてある日、こんな事があった。私が夫の言い方に、つい腹を立て言い返したら、、それは、、。
何かの話で続きで、夫が『もし、私(和音)と結婚していなかったら?』と、、
「俺は、お前なんかより、もっと美人で優しい女と結婚出来たのになぁ~!」と言った。勿論冗談であろうが、、私はちょっとカチンときた。それで
「私も、そうね~、きっと優しくて私の事もっと大切にしてくれる人と結婚したら良かったわ!」と言い返した。それは売り言葉に買い言葉、気まずい思いをしたとしても、ちょっとした言い合いで済むと思って放った言葉だった。ところが、、、
夫の顔色が変わった、いや、目が急に血走った。そして、いきなり私に向かってくると両手で首を絞めた。「謝れ、お前の言ったあれは何だ?謝れ、謝るまで絞めるぞ。」私は恐怖で声も出せない。頭もぼやっとしてしまう。
その後暫くそのまま私の首を絞め続け、私が失神寸前に手を離した。
「俺は悪くない、お前が悪いんだ。」最後までそう言い続けた夫。
私はこの時に、私の結婚は完全に失敗だったと悟った。
今であれば相談する病院や施設もあったろうが、その当時は一人で悩むしかなかった。母親に話そうかとも思ったが、やはり心配かけたくないという気持ちの方が強く、何も言えなかった。それにその当時は『女性が我慢するから結婚生活は維持出来るのだ。』と言う考え方が多かった。そしてその時の私はたとえ間違った結婚でも、何故か『離婚』しようとはしなかったのである。当時の私の『結婚』に対する期待値があまりにも低過ぎて、それはそれで仕方が無いと思っていたのだった。勿論経済的な理由も大きかったが、、。
その後も色々理不尽な事が続いた。夫は何でも「自分が正しい。」差し障る事柄の全てを「仕方が無い。」で済ました。そしてとうとう私は身体の調子を完全に崩してしまったのである。1日のほとんどをベッドで過ごす様になった。起きる気力が全くないのである。眠っているのか、そうでないのか、それさえ分からない。度々死ぬことも考えた。けれど、両親より先に逝く訳にはいかない、という思いだけで生きていた様に思う。
そんな生活が断続的に続き、その間に母親、父親の順で両親とも亡くなり、、私も生きる希望を失いかけていった。
そんな時~私にも偶然に楽しい時間がやって来たのだった。それは友人の一人に薦められて観た、韓国ドラマだった。
今考えれば、その時間は現実逃避であったのだと思う。それからというもの、その時までベッドで過ごしていた時間の全てをテレビ画面の前で過ごす様になった。あくまで作り事のドラマであると分かっていても、私はその別世界で心地良くいられたのであった。
夫との生活には心を閉ざし、ただその場をやり過ごし、何も感じない様にしていた。そしてひたすら韓流にながされ日々を送った。
そして数年前にやっと、ドラマの中の世界だけで生きていく訳にはいかないと、自分自身ときちんと向い合う事が出来た。そしてこれからの残りの人生を改めて見直し、『自分で自分を幸せにしていこう!』と決めたのだ。そして夫と別居するに至った。
この先~『離婚』するのかは今はまだ分からない。けれど決して自分が後悔する事の無い様に生きていきたい。
【カサンドラ症候群】とはこれからも長く付き合っていくしかない。それでも必ず前を向いて自分を大切にする事で、きっと報われると思う。そして日毎に楽になっていくのだと信じたい。
そう、【カッサンドラーとは悲運の御姫様の名前】であるが、私の悲運はもう終わった。だからこれからは普通の毎日を過ごしていきたいと思う。
※ 私と同じ【カサンドラ症候群】を患った女性がこの私小説を読んで、何かの参考にして頂けたらと思います。お互いに強く生きていきましょうね!