表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

9

「それは吊り橋効果だな」

「吊り橋効果?」

「ああ。心理学的な話だ。簡単に言うと、外的要因から来る鼓動の早まりを内的要因によるものだと脳が錯覚してしまうんだ。吊り橋の上にいる男女がそれを恋と勘違いしてしまうようにな。ニーナ嬢は魔法を見たのがルイスの変化魔法が初めてだったのだろう? 加えてそれは猫が人間になるという、我々魔法使いから見ても突拍子もないものだ。そんな初対面だったから、やたらとルイスのことが気になる。そういうところだろう」

「はぁ……、なるほど」

 数日後、あれ以来ルイスとは一度も顔を合わせることなく日々は過ぎていった。今日は、リアントの「魔法のことならいつでも相談に乗ろう」という言葉に有り難く、数日ぶりに結界が解放された彼の部屋に訪ねに来ていた。

 ニーナの隣で魔法石に力を込めていたパトリシアがキャンと噛み付く。

「それよりニーナ! どうしてルイス様とそんな素敵な初対面をしていたのに黙っていたの? 貴女のお友達としてはもっと早く聞かせてほしかったわ」

「素敵……でしょうか」

「素敵よ! 昔物語で読んだカエルにされてしまう王子様みたい!」

「あら、じゃあお姫さまのキスで元に戻るのね」

 うふふ、とそんな妖艶な微笑で付け加えてきたのは、今は何故かこの部屋でお茶を淹れているローザだ。

 彼女が調合したという花の香りのするブレンドティーは部屋一帯によい香りを広げている。そのほっそりした手に持たれている陶磁器の薔薇の模様のティーポットは、実用性重視のリアントの部屋には浮いており、彼女が持ち込んだものなのだろうと思わせた。


「パトリシア嬢、君は自分の魔法属性が知りたいんだろう。黙って魔法石に魔力を込めなさい。……ローザ、お前は何故ここにいる」

「あら、だってパティちゃんとニーナちゃんとお茶会するって約束したんだもの」

「なら後日やれ! 私の部屋で行う必要がどこにある!」

「今朝摘んだ新鮮な花なのよ。せっかくのお茶は美味しく淹れる主義なの」

「だから後日やれ!」

「……折角だから飲んでほしかったのよ」

「私の部屋以外にしろと言ってるんだ!」

「……はー、ほんっとに何も分からないのね。だいたい、さっきの考察は何かしら。吊り橋効果? これだから半世紀生きても男やもめは嫌なのよ」

「……ほう、ならお前はどう結論づける?」

 呆れたように半目でかぶりを振るローザに、リアントはピクリと几帳面そうな眉を揺らした。おろおろと2人の口論を見ていたニーナと、面白そうに眺めていたパトリシアをローザは順々に見つめていく。そして、ニーナに向けてパチンとウインクをした。その色っぽい様にニーナの胸がドギマギする。

「それはニーナちゃんが自分で気づかなきゃ。妙な男相手だと、苦労するわね、お互いに」

 そう意味深に笑ってみせたローザに、パトリシアがキャアっと華やいだ声をあげたが、ニーナは首を傾げるばかりだった。





 パトリシアの魔法属性をはかる魔法石の結果は後日出るらしく、女性三人は部屋主のリアントをそっちのけでお茶とお菓子と女子会に花を咲かせ、リアントに苦虫を噛んだような顔で何度もため息をつかれた。それでも追い出さなかった辺り、彼はやはりとても人が良いというか、面倒見の良い人なのだろう。

 結局ニーナとパトリシアが部屋を後にした後もローザは部屋に残って、彼が籠城していた間に溜まった様々な家事と雑用をこなすらしい。その様はさながら押掛け女房のようである。リアントも、「おい勝手に触るな」と言いながらも、彼女が慣れた手つきで色んな物を所定の位置に戻していくのを拒む様子はなかった。

 リアントは一応伯爵家に連なる身分ということで、王城に来た際は使用人をつけていたそうだが、彼のマッドサイエンティストぶりを見てひとり、またひとりと消え、彼が魔法薬で若返った際には彼を長年支えてきた老齢の執事を残して全員が実家へ帰り、執事が年のため引退してからはついに誰もいなくなったらしい。ローザが、「執事さんに後を頼まれちゃったんだもの」と言って微笑むのには、流石にリアントも唸るしかないようだった。


 パトリシアは部屋でリアントに勧められた魔法学入門の本を読むということで、早々に部屋に引っ込んでしまった。

 ニーナも共をすると言ったのだが、「これからニーナもここで生活していくんだもの。好きな事をする時間は必要だわ」と返されすごすごと退出した。たしかに使用人たちのようにパトリシアに快適な読書空間を提供してあげることもできない自分はお荷物同然である。

 先日も同じことがあったなと気落ちしながら、ニーナは一旦自室へと帰る。

 しかし、自室へと帰ったところでする事もない。折角の広い部屋に移ったのだし、パティ様のように可愛らしく部屋を飾り立ててみようかとも思ったが、あいにく一介の市民であるニーナにそんな家具などあるはずもない。

 そもそも本来のニーナは朝も昼もシスター業務に大忙しで、こうしてぽっかり空いた休みという経験がそうないのだ。普段暇を持て余している男爵令嬢であるパトリシアと今は状況が正反対なのでおかしくなってしまう。彼女はこうした時何をしていただろうか、と考えて、手慰みにレース編みでもされていたな、と考えやはりニーナはうなだれた。シスターとして清貧に暮らしていたニーナは、綻びものの修繕の縫い物は得意だが、そうした器用な芸術品を作り上げる知識が全くない。教会のバザーに出品していた物も、カーテンやテーブルクロス、クッションカバーなど実用品だ。それらのものはもうひとしきり揃っている。


 さて、では他に───、とベッドの縁に腰掛けてニーナが唸っていると、サイドチェストの上に置かれた銅製の神像が目に入る。

 そうだ、パトリシアが魔法学を学んでいるならば、ニーナが学ぶべきは神学だ。幸いにもここには王国きっての蔵書数を誇る王立図書館がある。そこに赴いてシスターとして研鑽を高めよう。

 ニーナはそう決めるとすっくと立ち上がって、勇み足で使用人棟を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ