長期戦は覚悟の上
俺の意中の人は、小説家だ。
ただの小説家ではない。
恋愛小説家、少女小説という話を書いている小説家なのだ。
そして、俺はそんな彼女の編集者。
「原稿できました?」
「死、ぬ……」
「2徹したぐらいじゃ死にませんよぉ。それより、原稿」
「あんたは、無慈悲ね」
ぼさぼさの髪、よれよれのT‐シャツ。
化粧はしていないし、女としてどうなの?といういでたちだ。
ちなみに、これは締め切りだから余計にひどいのであって、いつもならぼさぼさの髪ぐらいはきちんとくくってまとめている。
まぁ、それぐらいだけど。
「で、どこで詰まってるの?」
「告白シーン」
あぁ、と苦笑する。
恋愛小説家のくせに、彼女は恋が何かわからないという。
まともな恋愛は、一つもしたことがないのだと、前の編集者に聞いた。
「告白シーンなんて、ぱぱっと書いたらいいじゃん」
「だから、それがかけないから。ねぇ、どんな告白だったらうれしいの?この人」
この人とは、彼女の書いている主人公のことだ。
彼女が書いている主人公で、そんなことを言われても俺が困る。
「うーん、どういう告白のもっていき方にしたの」
「……呼び出し?」
「その疑問形からまずは解消しようか」
告白シーンにもっていくことすらできていなかったのか。
本当に、大丈夫だろうか。
仮にも恋愛小説家なら、妄想で何とかならないものか。
(無理無理、だってあの子妄想もどうすればいいのかわかんないぐらいに恋してないから)
前の担当は、きっとそう笑っていることだろう。
物語は、王道だ。
学校位置のもて男である生徒会長様に恋をしている副会長。
どこにでもある、ありふれた題材だろう。
「このヒーローは俺様系なんだよね?」
「……、まぁ」
あぁ、元気がなくなっている。
まぁ、締め切り前の2徹目で元気が有り余っているほうがあれだけども。
彼はあえて彼女のそばに寄っていく。
そして、座っている彼女を上から見下ろす。
彼女は、きょとんとした。
「俺、お前が好きだから付き合えよ」
「は?」
「俺と付き合えるんなら、お前だって幸せだろ?なぁ?」
「えーと」
「俺は付き合うのか、付きあわねぇのかを聞いてんだよ。まぁ、お前に拒否権なんて存在しねぇけど」
「なんで?」
きょとんと驚いているらしい彼女の耳元に口をもっていく。
「お前は俺のものって、決まってるからだよ」
「ねぇ、耳がこそばゆいんだけども」
「えー、俺がせっかく告白のシーンを再現してあげたのに」
まぁ、半ば本気で口説いていたけれど。
鈍感で、恋に疎い恋愛小説家には全くきかない。
わかっていて、やっているけれど。
「今のがきゅんとするの?」
「さぁ、きゅんとした?」
「別に」
地味にへこむ。
彼女は、本当に鈍感で恋愛音痴だ。
「でも」
「ん?」
「そこまで言ってもらえたらうれしいんだろうね」
にこっと、彼女は笑ったらしい。
あぁ、本当に詐欺だ。
髪はぼさぼさで、化粧もしていないし、服はよれよれで、どうみても女として見られない格好をしているというのに。
――――笑うとかわいいんだから、本当にどうしようもない。
「はぁ、難攻不落ですなぁ」
「え?この主人公?そう?」
いえいえ。あんたのことですが。
そう言えたらどれだけ楽だろう。
いや、自分は言えるけれども、彼女の帰ってくる答えがわかりきっている。
「長期戦ってやつだよね」
「え?これは一冊完結だから、長期戦だとすごく不便なんだけど」
締め切り遅れちゃうじゃない。
どこまでも鈍感な彼女に、ため息をつく。
本当に、どうしてこんな鈍感で恋愛音痴の女が恋愛小説家で、しかも発行している少女小説雑誌の人気作家なんだろうか。
世の中間違っている。
もしくは、俺と前の担当者の腕がよすぎるのか。
「ねぇ、さっきの告白シーンもう一回やって、そうしたらかける気がする!」
原稿の締め切りを延長して、その身に全てを教えてやろうか。
そう思うけれど、そうしない。
だって、俺は待っているのだ。
彼女が自分のほうへ落ちてくるのを。
それをじっくりと味わいたいから、だから今日のところはひいておいてあげよう。
早く俺のほうへ落ちておいでよ、そうしたらネタなんていくらでもあげるから。
落ちてきた時が楽しみだ。
彼はひとり、心の中で怪しく笑った。
さぁ、長期戦を始めようか。
勝敗は、もう決まっているけどね。