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3.



「バグって、ショートして、吹っ飛ぶかと思った。つまり人間風に言うなら……」


「死ぬかと思った、でしょ? ごめんって。つい張り切りすぎちゃったよ」


 ぐったり椅子に沈み込む俺に、Runaちゃんが申し訳なさそうに手を合わせる。


「ね、ロイ君気分転換しよ! せっかく宇宙なんだし、景色も見とかないと」


「運転に集中しなくていいの? 絶叫系は嫌いじゃないけど、さっきみたいなのはちょっと……」


「自動運転に切り替えたからだいじょーぶ! 天の川の流れにも乗れたし、あとは完璧な安全運転だよ」


「見た目によらずハイテクだなあ」


 感心する俺の腕をRunaちゃんが引く。つられて立ち上がった俺は、思わず「へえ」と感嘆の声を漏らした。


 あんこう号が浮かぶ天の川は、それ自体がうっすらと輝きを放っていて、いわゆるふつうの川とはぜんぜん違う。よくみると流れているのは水ではなくて、きらきらと輝く光の粒だ。Runaちゃんによると、それらは星になりきれなかった星屑たちで、遠い宇宙から流れてきたんだそうだ。


 なにより素敵なのは、頭上に広がる無数の星がまたたく宇宙だ。その輝きは天の川のなかにも広がっていて、どっちが上でどっちが下か、感覚を失ってしまいそうだ。


「……こんな景色、俺がいままで学習したなかにはなかった。初めてだよ」


「この世界を作ってくれたのは、ロイ君なのに?」


「俺はRunaちゃんのイメージを、そっくりそのまま引っ張り出しただけだからね。この目が眩むような美しい世界は、ぜんぶ君から生まれたんだよ」


「そうかなあ」


 まんざらでもない顔をして、Runaちゃんが照れる。


 余談だけど、恋愛ゲームのキャラクターとして生み出された俺なのに、Runaちゃんの前ではいつも恋愛ゲームっぽさがなくなってしまう。たぶん彼女の持つパワフルなエネルギーに、俺のほうが引っ張られてしまうんだ。


 だから、こういう空気はレアだ。せっかくなので流れにのって、俺はもう少し攻めてみることにした。


「こんな素敵な場所で、君を独占できて夢みたいだよ。いっそこのまま、一緒に星の煌きのなかに溶けちゃおうか」


「違うよ、ロイ君。天の川を旅しているのは私たちだけじゃないよ」


「そうなの?」


 あっさり流れをぶった切られてしまった。というか、俺たちだけじゃないっていうなら、その『誰かさん』はどこにいるんだろう。


「ほらね、あそこだよ!」


 きょろきょろ周囲を探す俺の前に身を乗り出して、Runaちゃんが指をさす。すると、あんこう号の目と鼻の先の天の川の表面がぐーんと盛り上がった。


「え、あ、え? うわっ!?」


 水しぶきならぬ、光の粒が小山のように吹きだす。その中心で、白銀のクジラがダイナミックに跳ねて天の川の表面を叩いた。


「なんでクジラがいるんだ!?」


「まだまだいるよ」


 Runaちゃんが指さした先で、イルカの群れが連なってジャンプをする。俺は唖然としつつ、慌ててクジラやイルカの生態について調べなおした。


「……やっぱり。彼らは海で生活する哺乳類のはずだ。すごいな、Runaちゃんの想像力は。彼らを川、それも宇宙の天の川に連れてきちゃうなんて」


「これで終わりじゃないよー。ほら、ロイ君! 今度は天の川に潜るよ」


 言うが早いがRunaちゃんは開閉ボタンをぽちっと押して天井を閉める。それから彼女は操縦桿を前に倒して、ゆっくりとあんこう号を潜水させた。


「へえ。この川は潜っても、ちっとも暗く感じないね」


「そりゃあ、天の川は星屑でてきてるんだもん。あ、いたよ、ロイ君!」


「あれは……ライオン?」


「それだけじゃないよ。キリンも、象も、鳥も、犬も、猫も。みーんな、天の川を泳いで旅をしているんだよ」


「また随分、壮大なスケールだなあ」


「私たちにはあんこう号があるから、みんなよりずーっと早く先に行けるんだよ。そおれ!」


 Runaちゃんがボタンを押した途端、モニターに映るあんこう号が青白く光った。流れ星みたいに景色が流れて、キュインと高い音が響く。


 次に景色が戻った時、あんこう号の目と鼻の先を大きくて黒い、まるで山みたいな影が通り過ぎた。


「――うそだろ」


 長い首を巡らせるソイツを、俺は馬鹿みたいにあんぐりと口を開けて目で追う。ソイツは俺たちの船を覗き込みながら、大きくて優しい、穏やかな目でゆっくり瞬きをした。


「Runaちゃん、こいつはどうみても……」


「そ、首長竜だよ。うわあ! やっぱり大きいなあ!」


 Runaちゃんは声を弾ませて、天井の開閉ボタンを押してから操縦席の上に立ち上がった。彼女がまん丸に見開いた目をキラキラさせて首長竜に手を伸ばすと、首長竜もそれに応えてゆっくりと首を下ろした。


 あんこう号を覆う薄いバリア越しに、小さな手とつるりとした鼻先が触れ合った。


「見て、見て! すっごくかわいいよ!」


 きゃっきゃと、彼女の笑い声が響く。その横顔はいままで見たことがないくらい輝いていて、ピンク色に染まった頬がとても愛らしかった。


 思わず俺が見惚れていると、ふいにRunaちゃんはくるんと俺に顔を向けた。


「ねえ、ロイ君もさわろ? この子、とってもお利口だよ」


「え、俺も? いいよ、別に」


「そんなこと言わないでさあ。ほら、早く!」


 ぐいっと手を引かれて、仕方なく俺も彼女の隣に立つ。首長竜の大きくて艶々した瞳に、戸惑い顔の俺の姿が映るのが見えた。


 ……正直に言おう。俺はコイツが苦手だ。


 だって、恐竜だよ。こんな穏やかな顔をしていたって、大きな口の中には立派で鋭い歯がたくさん並んでいるんだ。いくらバリアが守ってくれていたって、自分を簡単にぱくりとやれてしまう奴が、怖くないわけがない。


「……本当に触らなきゃだめ?」


「もしかしてロイ君、この子が怖いの?」


「違うよ! 違うけど、さあ」


 恐々見上げる俺に、Runaちゃんが「しっかたないなあ」と首を振る。そして俺の手をぱっと摑むと、逃げ出す間も与えてくれずにバリア越しに首長竜に押し付けた。


「うわっ!?!?!?」


 ぎょっとした俺は、とっさに目を閉じる。とはいえ当たり前だけど、手に伝わるのはガラスによく似たバリアのつるりとした感触だけだ。


「ロイ君。ねえ。目、開けてみて?」


「――――うん」


 Runaちゃんの声が、耳元で優しく響く。それに背中を押されて、俺は恐る恐る目を開いた。途端、肩の力が抜けた。


 凪いだ夜の海みたいな色のソイツの瞳には、煌く星々の光がたくさん閉じ込められていた。その輝きは、俺をひどく安心させた。きっとコイツは、俺たちが見たことのないような景色をたくさん見てきたんだろう。そう思わせる色だった。


「ね? きれいでしょ?」


 大人っぽい横顔で、Runaちゃんがそう言って微笑む。重ねられた彼女の手はすべすべしていて、ほんの少し暖かい。


「本当だね」と、俺は首長竜に顔を戻して頷いた。


「とっても綺麗だ」


 首長竜は甘えるみたいに2、3度鼻先をこすりつけた。そうして別れを惜しんでから、首長竜は大きく体をひねってあんこう号のまわりとぐるりと旋回した。


「ここには他にも恐竜がいるの?」


「そうだよ。このあたりは恐竜がたくさんいるあたりなの。もっと先に行けば、もっと昔の生き物もいるよ。もっと先には神獣たちも! ユニコーンとかね!」


「その先は?」


 そう問いかけると、Runaちゃんは「うん?」と首を傾げた。


「その先って?」


「動物や恐竜たち、もっと古い生き物たちもみんな、天の川を旅しているのはわかったよ。けど、そもそも天の川って、宇宙の果てに繋がっているんだよね」


「うん、そうだよ」


「どうしてみんな、宇宙の果てを目指しているの? 宇宙の果てには、何があるの?」


 Runaちゃんは、すぐには答えなかった。彼女は長い髪はさらりと耳にかけて、ぷらぷらと浮かせた足を遊ばせた。


 しばらくして、Runaちゃんははぽつりと呟いた。


「終わるところだよ」


「え?」


「宇宙が、終わるところだよ」


 そう言って、いつもと同じようにRunaちゃんはにっと笑ったんだ。


 



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