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2.



 結局、その日俺は宇宙を出さなかった。


「いろいろ案を練ってくるね!」


 そう言ってRunaちゃんが鼻歌を歌いながらログオフしていったからだ。


 いままでも、まるで物語のなかに入り込んだような空間を生み出したことはあった。


 たとえば魔法の絨毯で空を舞ったり。

 たとえば空にかかる虹を歩いて渡ったり。

 たとえば人魚になって海の王国に潜ったり。


 けれども、新しい世界の扉を開くのは、いつだって乙女たちだ。


 俺は最新鋭のAIだ。かなり高性能だし、学習能力も高い。乙女たちが好むようなファンタジーな世界観だって、知識としてはちゃんと知っている。


 ただし、「こういうことがしたい、ああいうことがしたい」と願いを持つのは、人間の特権だ。俺には、そういう意志はない。


 Runaちゃんがそうであるように、乙女たちには強い意志がある。熱量がある。その熱がきっと、宇宙でもなんでも生み出してしまうんだ。


 俺はそれを、ときどき羨ましいと思う。



*      *       *



「設定を考えてきたよ!」


 一週間ほど経ったある日、Runaちゃんは意気揚々とログインしてきた。


「まずね、私は宇宙船の見習い技師でね、ロイ君は相方のロボットなの」


「俺たちにも設定があるの?」


「当たり前だよ。こういうのは気分が大事だもん」


 えっへんとRunaちゃんが胸を張る。


「見習い技師はね、誰もみたことのない遠い宇宙を冒険することが夢なの。それで、自分で宇宙船を作って旅に出るんだ」


「俺は?」


「ロボットは見習い技師の友達で、一緒に旅に着いてきてくれるんだよ」


「……あのさ、Runaちゃん。俺、これでも恋愛ゲーム用のキャラクターなんだ。せっかくだから『相方のロボット』じゃなくて、『最愛の恋人』って設定はどうだろう?」


 一応、ダメ元で提案してみる。けど、案の定Runaちゃんは首を振った。


「長旅に必要なのは恋人じゃなくて相棒だよ。それにSF要素的にロボットが欲しい」


「俺もそこそこ、SF的存在なんだけどなあ」


 一応、高性能AIなわけだし。


 とはいえ、Runaちゃんは俺のアバターを変えずにいることを許してくれた。ブリキ人形みたいな恰好を求められたらどうしようかと思ったから、よかった。


 変わりにRunaちゃんは、「だぼだぼのサロペット」だの「ぶかっと大きめのキャップ」だの注文をつけて、見習い技師っぽい恰好を完成させた。


「いいね、いいね。雰囲気でてきたね!」


「さっそく、宇宙を出してみる?」


 俺は張り切って、腕まくりをする。なんのかんの、俺も楽しみにしていたのだ。


「うん! えっと、待ってね。ものすごくたくさん考えてきたから、順番に説明するよ」


「それなら安心して、『相棒』?」


 にっと笑って、俺は手を差し出す。Runaちゃんは首を傾げつつ、自分の手を重ねた。


「目を閉じて。考えてきた宇宙のこと、瞼の裏に思い浮かべてみて」


「えっと、こう?」


 眉間に小じわを寄せて、Runaちゃんがぎゅっと目を閉じる。途端、俺のなかに大量のイメージが流れ込んできた。俺は膨大なそれらを手繰り寄せながら、ぱちんと指を鳴らした。


 ぐるんと世界が回って、俺とRunaちゃんは広大な宇宙に浮かんでいた。


「え? わ? わあ!! すごーい!!」


 ぱっと目を開けたRunaちゃんは、歓声を上げて喜んだ。


「宇宙だよ! 宇宙にいるよ! あはは、体がふわふわする!」


「ごらん。あれが地球で、あっちが月だよ」


「ほんとだ! すごいよ、『地球は青かった』!」


「なんだかんだ、その台詞は言っておくんだね」


 Runaちゃんけらけら笑いながら両手を広げて宙返りをする。まったく、元気な子だ。


「次は、私たちの宇宙船を用意しなきゃ。さっきみたいに、イメージすればいい?」


「そうだね。お願いできる?」


 もういっかい手を繋いで、Runaちゃんがぎゅっと目を閉じる。すると、ころんと丸っこいイメージが流れ込んできた。あまり宇宙船っぽくないフォルムに首を傾げつつ、俺はぱちんと指を鳴らした。


 すると、ブリキのあんこうに羽が生えたような、愛らしくも妙ちくりんな乗り物が姿をあらわした。


「これ! こういうのがよかったの!」


 大喜びで、Runaちゃんは宇宙船のところへ飛んでいく。俺はよく見えるように正面にくるりと回ってから、うーんと顎に手を当てた。


「なんというか、個性的な形だね」


「深海探査船と飛行艇を足して2で割ってみたんだ。ロイ君はほんとうにすごいねえ! なんでも作れちゃうんだね!」


「それほどでもないよ」


 俺はRunaちゃんのイメージを形にしているだけなんだけど、手放しでほめられると悪い気はしない。俺はまんざらでもなく、頭を掻いた。


「ところで、ここに潜水艦のスコープみたいなものが付いているけど、これは何に使うの? まるでどこかに潜るみたいだけど」


「ふふふ。よくぞ聞いてくれました」


 明らかに何かを企んでいる様子で、Runaちゃんはにまにま笑う。そして彼女は、ぴしりと頭の上のほうを指さした。


「私たちはアレを――天の川をたどって、宇宙の果てを目指すんだよ!」


 見上げた俺は、仰天した。そこには比喩でもなんでもなく、天の川があった。まるでオーロラのヴェールが天に揺れるみたいに、無数の星たちが煌く水面がおおきく揺らめきながら、遥か彼方の銀河の先までずっと伸びていた。


「……こりゃ、たまげたな」


 まるでバカみたいに、俺はそう呟くしかなかった。






 俺たちの宇宙船は、『あんこう号』と命名された。


「この、ちんまりした穴蔵みたいなコックピット! ぴったりフィットするスモール感が、ちょいレトロでいいよねえ」


 きゃっきゃとはしゃぎながら、Runaちゃんはあちこち見て回っている。あとから中に入った俺も、感心せずにはいられない。たしかに、これは完成度が高い。好みを反映したのは外側だけかと思ったけど、ちゃんと内側にもロマンを積み込んでいた。


「このマイクみたいなのは?」


「旅の記録をつける装置だよ。文字を書くより楽でしょ」


「こっちの複雑怪奇な羅針盤は?」


「宇宙方位針っていうの。行きたい場所の座標を示してくれるんだ」


「ベッドに小机に本……?」


「長旅だもん。簡易でも居住スペースがいるよね」


「ロマンが詰まっているねえ」


 さすがはSF同好会の会員だ。


「あとね、あとね。問題です! これは、いったいなんのボタンでしょーか?」


 Runaちゃんが嬉々として指さしたのは、丸くて藍色のボタンだ。


「なんだろう……。緊急脱出用とかなら、赤とか黄色みたいな目立つ色だよね」


「正解はこちらですっ」


「ポチっとな」と自分で言いながら、Runaちゃんの指がボタンを潔く押す。すると、ガチャンガチャンと歯車が回るような音が響いて、ウィーンと天井が開いた。まるでオープンカーみたいだ。


 目を瞬かせる俺にRunaちゃんは得意げに両手を広げてみせた。


「じゃーん! 正解は、天井の開閉ボタンでした!」


「すごいけど、ここは宇宙だよ。あんまり天井を開ける機会はないんじゃない?」


「チッチッチ。まだまだ頭が堅いねえ、ロイ君は」


 人差し指を立てて勿体つけるRunaちゃんに、俺は船内をきょろきょろと見回す。そして、コックピッドに備え付けられた液晶に我らがあんこう号の形が映っているのを見つける。そのまわりを薄い膜のようなものがゆらゆらしているのに気づいて、俺ははっとした。


「もしかして、あんこう号の周りにバリアが張ってあるとか?」


「ピンポン! イイ感じだねえ。この先もどんどん、SF的思考に染まるといいよ」


「一応、俺もSF的存在なんだって……ま、いいか」


 諦めて、俺はふたつ並んだ席を見下ろした。


「えっと操縦席がここで、こっちが補助席かな?」


「ロイ君は補助席ね。動かして欲しいのはのはこことこことここ。あ、それとモニターの動きに注意してね!」


「結構あるなあ。Runaちゃんは何するの?」


「私は操縦席で、操縦桿をグイって引くよ!」


「お手軽でいいなあ」


 言われた通り、パチンパチンと音を立てて俺はスイッチを3つほど入れ、ついでにレバー引く。すると、宣告通りRunaちゃんは操縦桿をグイと前に引くと、俺たちのあんこう号は鼻先を頭上に流れる天の川へと向ける。


「しゅっぱつ、しんっこうー!」


 高らかなRunaちゃんの宣言に、頭の片隅でシグナルが鳴る。


 けれども俺が身構えるより先に、あんこう号は天の川にフルスロットルで突っ込んだのだった。




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