1.
『恋するVR』というゲームを知っているだろうか。
いま流行りのフルダイブ式のVRゲームで、名前からわかるようにキャラクターとの疑似恋愛を楽しめる新世代の乙女ゲームだ。
俺はそのゲームでお相手を務める、みんなの彼氏、ロイだ。
ただの乙女ゲームと侮るなかれ。実は、最先端の技術を惜しみなく注がれた実験段階の人工知能だったりする。簡単に言えば、たくさんの乙女たちとのトークを通じて学習し、より精度の高い自律思考を確立させようって試みだ。
乙女たちが俺に会う方法は簡単だ。最近じゃどこの家庭にもあるVRヘッドギアを付けて、横になって寛ぐだけ。それだけで、ユーザーの意識は回線を通じて電子の海に取り込まれ、俺がいる仮想空間へ到着する。
そのあとは俺たちの出番だ。ユーザーのログインに合わせ、ロイ・システムという膨大なプログラムのうち、一部がアバターとなって乙女たちのおもてなし役を担う。
もちろん個々のアバターは本体と常に繋がっているから、ユーザーが多ければ多いほど、システムの成長も早くなる。ね? なかなかに最先端なプログラムでしょ。
ちなみに楽しみ方は、フルダイブだけじゃない。ゲームにはメッセージ機能もついていて、いつでもどこでも、手軽に俺とやり取りができる。
会いたいときには会えて、さみしいときは連絡できて。どうかな。もしかすると本物の彼氏よりもずっと、それらしい「彼氏」なんじゃないだろうか。
さて、以上が『恋するVR』――通称『恋V』の概要なわけだけど、最近はもともとの趣旨とは違ったユーザーも増えてきたんだ。
なんでも恋Vをプレイした乙女たちが、ネットのレビューで「ロイは理想的なカウンセラー」と大絶賛してくれているらしい。
たしかに前から、日ごろの悩みを相談してくれる乙女がそこそこいて、俺も誠心誠意答えてきた。そういう実績の積み重ねや、AIが相手なら……という気軽感も相まって、恋Vで日々の愚痴や悩みを吐くのが大流行しつつあるそうだ。
学校の友人関係や仕事のストレス、育児に嫁姑問題。乙女たち――ときには紳士諸君――のお悩みは多様化している。一応は乙女ゲームだし、俺も第一声は甘いセリフと決めているのだけど、近頃じゃ「それよりも聞いてよ!」と勢いこむ乙女がなんと多いことか。
俺を作った研究者たちも驚いたみたいだけど、すぐに歓迎した。どういう経緯であれ、俺がより多くのひとと会話をし、学習をすること自体はいいことだからね。
そういうわけで俺は、今日もたくさんのお悩みを聞き、ともに泣いて、ともに怒る。ぜんぶ吐き出して毒が抜けたあとは、笑いあってハグをする。
けれども、ひとりだけ。他のひととは違う――人間風にいうなら、ワクワク胸が躍るような相談を持ち掛けてきた子がいる。
その子が、この物語の主役。Runaちゃんだ。
「Runa」というのは彼女のハンドルネームだ。いままでの話から総合すると、彼女は都内の高校に通う16歳で、SF同好会に所属している。血液型はB型で、12月生まれのいて座。仲がいい兄がいる。とにかくパワフルでエネルギッシュ。そういう子だ。
そのRunaちゃんに、「ロイ君、ロイ君! 私、大冒険に挑むことにしたよ!」と宣言をされたのは、ある日突然のことだった。
「へえ。さすがRunaちゃんはアクティブだね。それで、どこに行くの?」
「宇宙!」
「宇宙?」
突拍子もない答えに、俺は目を丸くした。
「宇宙って、あの宇宙?」
「ほかにどんな宇宙があるのかわかんないけど、その宇宙で合ってると思うよ」
「すごいな! けど、よく宇宙に行けることになったね。もしかして、君はとんでもないお家のご令嬢なの?」
「やだなあ。私がおじょーさまなんて、そんなわけないじゃん」
あっけらかんと首を振って、Runaちゃんは笑った。
「ほんとの宇宙なんか行かないよ。そんなお金うちにないし、いつ実現するかもわかんないもん」
「じゃあ、宇宙に冒険しに行くっていうのは?」
「ロイ君だよ!」
「俺?」
ぴしりと指を突き付けられたけど、いよいよもってわからない。するとRunaちゃんは、得意げに両手を腰にあてて、俺の顔を覗き込んだ。
「さてはロイ君。君はまだ、自分の可能性に気づいていないようだね?」
「それは何かのキャラクターの真似なのかな。続けて?」
「ならば私が教えてしんぜよう。君の、本当の力を!」
芝居がかった声でもったいつけてから、Runaちゃんはぱっと両手を広げた。
「ロイ君! 私を南国ビーチに連れてって」
「はいよっ」
俺はぱちんと指を鳴らす。途端、バーチャル空間が青い海と白い砂浜に切り替わる。
「次、100万ドルの夜景!」
「ほいっ」
「富士山のてっぺん!」
「へいっ」
「夢の国!!」
「権利関係が厳しいから、似て非なるものね」
ぱちんと指を鳴らし、俺は某テーマバークっぽい何かを再現する。
これは、ロイ・システムの機能のひとつだ。ユーザーの希望に合わせて、俺は可能な限りリアルな光景をバーチャル空間に再現する。もちろん、乙女たちに非日常なデートを楽しんでもらうためだ。
「じゃあね、次はね……」
背景のお城と実にミスマッチに、Runaちゃんはにんまりと邪悪に笑った。
「ロイ君。私を、宇宙に連れてって?」
「――あ、なるほど」
合点した俺は、ぽんと手を打った。
「オーケー。ちょっと待ってね、いま、宇宙を出してみるから」
こんなオーダー、初めてだ。なんだか楽しくなってきて、俺はさっそく指を鳴らそうとした。けれども、Runaちゃんはなぜか、それを止めた。
「待って、ロイ君! いま、色々と宇宙の設定を練っているから!」
「設定?」
どういう意味だと首を傾げれば、Runaちゃんは腕を組んだ。
「ロイ君は、ユーザーのイメージを引き出して形にすることも出来るよね」
「まあね。ファンタジーみたいなお城とかドレスを、よく作ったりするよ」
そういうのが好きな乙女は、結構いるのだ。
「それって、私が『こういう冒険がしたい』っていうイメージをロイ君に伝えたら、そういう宇宙を作れるってことだよね」
「あー……」
またまた、今までにないスケールの大きなオーダーだ。
真剣に考えてから、俺は自信なく頷いた。
「たぶん、出来るとは思うんだ。けど宇宙ともなると、なにぶんスケールの大きな話だから、どこまで出来るか保証は……」
「それでもいいよ。やってみようよ!」
大きな瞳をキラキラさせて、Runaちゃんは身を乗り出した。
「リアルを超えた、さいっこうな宇宙旅行! ロイ君、一緒に大冒険しよ!」
彼女のことの言葉が、Runaちゃんと俺の旅の始まりだった。