酔いどれ姫に捧げるロマンス
読んでいただけた方に限りない感謝を。
「またやっちまった。」
大きなベッドの真ん中で、シーツを身にまとっただけの姿のアマンダは頭を抱えた。
その胸元には、銀等級の冒険者であることを示すタグが揺れていた。
昨日はかなり深酒をしてしまったと言う事だけはかろうじて解った。
二日酔いのせいで、頭を少し振るだけで、ガンガンと割れそうな痛みが走る。
ただ、さっきまで幸せに満ち足りた夢を見ていた気がして、必死に内容を思いだそうとするも、すでにその夢にはもやが掛かってしまい、どうしても思い出す事が出来なかった。
この部屋には見覚えがあった。
アマンダは、最近は深酒をする度にこの部屋で目覚めているなと思う。
「カイルの部屋…。か…。」
冒険者仲間で、ずっとパーティーを組んでいたカイルが、最近この街に買った家の寝室だった。
カイルは、その新人を育成する能力の高さ、そして誰一人パーティーメンバーを犠牲にさせなかった手腕を買われていた。
そして、新人育成の為に新しく設営される冒険者学校の教官として招かれる事になり、今までの旅暮らしから街への定住と言う、市民としての身分を得たのだった。
アマンダも、カイルの指揮のおかげで何度命を救われたか解らないなと思う。
ただ、これからは一緒に旅が出来なくなるのは、悲しかった。だから、アマンダは酔ってはカイルに甘えた。
カイルは見た目も凛々しく、また剣の腕も優れていた。この冒険者の街では、彼の顔と功績、そして誰も見捨てない強い意思を知らぬものは居なかった。
「あたしを見捨てないぐらいなお人好しだもんな…。」
アマンダはつぶやく。
カイルと初めて会ったのは、お互いが冒険者に成り立てで、初心者向けの狩場で魔物を狩っていた時だった。
お互いの距離が近すぎて、冷静に獲物を追い詰めていたカイルの獲物に、無茶苦茶に剣を振り回していただけだったアマンダが止めを刺してしまったのだ。
今考えればケンカになったとしてもおかしくない話だったが、決して怒らず、納得出来るまで説明をしようとするカイルの事を、アマンダは面倒くさいヤツだと最初は思った。
「でも、これは二人で倒した獲物だから、賞金は二人で分けよう。一緒にメシでも食いに行かないか? 」
そう言ってニカッと笑う笑顔が、アマンダには凄く眩しく見えた。
それからほどなくして、アマンダもカイルが組んだパーティーに加わる事になった。
『あんたみたいな男女がカイルさまの横にいるのはふさわしくない! 』
アマンダは、街を一人で歩いている時に、ある貴族令嬢に言われた事を思い出す。
アマンダの両親は冒険者だった。だが、狩りの最中に突然現れた魔物から、パーティーのメンバーを逃がすと、二人ともその魔物の餌食となってしまっていた。
他の多くの冒険者の子供と同じように孤児となってしまっていたアマンダは、なんとか孤児院で命を繋ぐことには成功したが、女らしい身のこなしや喋り方を身に付ける事は出来なかった。
だから、そんな事を言われた帰り道、美しく着飾った娘たちに囲まれているカイルの姿を見てしまい、声を掛ける事も出来ずに逃げてしまった。
「そういや、あの魔物を倒した時に、やったなと言われたんだっけ…。」
カイルに鍛え上げられて、アマンダは冒険者としては一流と言われるまでになっていた。
『次はこの魔物の討伐に行くから。』
そう言って、ダンジョンの中心部に居る赤いミノタウロスの資料を見せられた時には、アマンダも驚いてしまった。いつか自分の力で敵は討つと誓っていたからだった。
だから、酔っては甘えるアマンダを、カイルが戯れに抱いたとしても、むしろそれだけで良いとさえ思っていたのだ。
「やっぱりそんなの嘘だ。」
アマンダは、自分すら騙せないような嘘をつくのは止める事にした。
扉の向こうから、音が聞こえてくる。酔いざましのコーヒーと痛み止めを持って、カイルが部屋に入って来ようとする音だった。
「ねえ。カイル。あたしあんたと離ればなれになりたくないよ……。ずっと一緒に居たい…。」
アマンダは絞り出すように言う。
扉を開けたままコーヒーが二つ載ったお盆を手に、怪訝そうな顔をするカイルの姿が滲んで見えた。
首を傾げていたカイルは、ああ、と気がついたようにニカッと笑う。
「ねえアマンダ。やっと頷いてくれた君と僕は、昨日結婚式を挙げたばかりじゃないか。離ればなれになりたいと言っても、もう離さないから。」
そう言って盆を枕元に置いたカイルは、アマンダを抱き締めるのだった。
やっぱりO・ヘンリが好きだなと自分でも思います。
『多忙な仲買人のロマンス』
こちらは名作ですので、是非読んでみてください。