episode71 恩返し
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「師匠、今、助けます…」
苦しみの声を上げ、魔人と化した師匠を見つめるカーリ。
体全体が酸素を欲し、今すぐ休めと脳が悲鳴をあげる。それでも体に鞭を打ち、剣を強く握り締める。
辛いのは、自分だけじゃない。師匠の方が何倍も辛くて、苦しくて、楽になりたいと思っている。だから、カーリは立ち上がる。
「レオ…ありがとう。俺、ちゃんと恩返ししてくるよ」
カーリは、ビスティアが魔人化した時に外れた黒のばんだなを拾い上げると、自分の額に付ける。
少し大きめのバンダナを、ギュッと後ろで締め、気合を入れる。
「ハカイ、ハカイ、ハカイヲ」
禍々しい黒い肌、何倍も膨れ上がった筋肉と体、いつも人懐っこい憎めない笑顔を浮かべていたビスティアの面影も無い姿。
低く、ドスの効いた声で、『ハカイ』の言葉を繰り返す。
既にビスティアの自我は無く、破壊を尽くす化け物に変わってしまったビスティア。
「【自迎型・初撃一撃】」
カーリは、まだ焦点のあっていないのか、辺りを見回すだけの魔人に向かって、限界を超えた体で、剣を振るう。
「なっ!?…ぐっぅ!!」
だが、カーリの剣は、魔人の厚い皮膚に弾かれてしまう。
それに気づいた魔人が、鬱陶しそうにカーリに軽く腕を振るう。
ただそれだけで、カーリの体は意図も簡単に吹き飛ばされてしまう。
「そう言えばレオが…」
空中で体勢を整えながら、着地したカーリは、レオの言っていたことを思い出す。
魔人は、元の人間の強さによってその強さを変える。元の人間が強ければ強いほど、魔人も強くなる。
普通の人間が魔人になるだけで、男爵相当の実力が無ければ倒せない。
ビスティアの実力は、今回の決勝戦で、侯爵くらいまで実力を上がり、今まで魔人になった人間の中でも最強だろう。
「つまり、あの師匠は、公爵と同等かそれ以上の実力があるってことか…」
今まで現れた魔人の中で一番強い魔人。
師匠の強さを誇らしく思う一方、厄介極まりないと思ったカーリ。
「師匠はまだ、体が馴染み切ってない…はず。レオがそう言ってた。長引くのは絶対ダメ…短期決戦で決める!」
カーリは、自分を敵と判断し、こちらを見つめる魔人を見ながら、呼吸を整える。
「ハカイ…ハカイヲ!」
カーリの三倍程はあろうかと思える巨大なのにも関わらず、目を見張るようなスピードで突進してくる魔人。
だが、カーリにとって、ただの早い攻撃など今更慌てる程の事でもない。
相手の瞬きのタイミングで動き始めるビスティアや、視線の誘導、足の角度、歩幅の間隔に至るまで毎回をフェイントを入れるレオに比べたら、ほか事を考え無くて済む分、余裕がある。
「【錬成】」
カーリは、魔人の動きに合わせてステージの形を変形させ、魔人の体勢を崩す。
「【魔斬撃】」
カーリは、体勢の崩れた魔人に、魔力を乗せた斬撃を放つ。
一応、レオやロゼに比べたら劣るが、魔力の保有量はかなりのもののカーリ。
普段、【勇者の魂】という魔力に関係ないものに頼っているカーリ。他の魔術師のように魔力残量を気にせずに魔力を使うことができるため、斬撃に乗せる魔力も、かなりのものだ。
カーリの放った斬撃は、見事、体勢の崩れた魔人の腕に辺り、浅くえぐる。
「あんだけ魔力使っても、あれだけか…!」
「ハカイ…ハカイ!ハカイ!」
「【魔斬撃】!!」
体勢を立て直した魔人がカーリに向かって再び襲いかかる。
カーリは、後ろに飛びながら、【魔斬撃】を放つが、今度は魔力が少なかったようで先程よりも浅い傷を作って終わる。
「ハカイィィ!!」
「しまっ!」
次なる手を考えるのに気を取られてしまい、魔人に足を捕まえられてしまうカーリ。
「がはっ!!」
魔人は、カーリの掴んだ足を、そのまま後ろのステージへと振り返りざまに叩きつける。
ステージにすごい勢いで叩きつけられたカーリ。足を掴まれているため、受け身をまともに取ることができず、叩きつけられた事で、無理矢理肺から酸素が吐き出される。
魔人はそのまま、カーリを持ち上げ、再びステージに叩きつける。
「ぐぅっ…!」
そのまま魔人は、何度も何度も、カーリの反応を楽しむようにそれを繰り返す。
「ぅ……」
カーリの反応が薄れたことで、ようやく手を止めた魔人。
カーリは、限界の体を更に痛めつけられ、骨が何本も折れ、体中に打ち付けられた打撲と擦り傷を作り、顔は血と汗でぐちゃぐちゃになったまま、逆さ吊りにされている。
「ハカイ…」
魔人は、カーリに興味を失ったようで、カーリを後ろに放り投げると、ステージを囲む障壁へ向かう。
「し、ししょ…ぅ…」
魔人は、レオの張った障壁を破壊しようと殴りつける。
「ぁ…」
そして、その奥で、衛兵達を未だ足止めするレオと視線がぶつかるカーリ。
「もう終わりか?」
「それで満足か?」
「もう悔いは無いか?」
「後は俺が始末するか?」
レオの真紅の瞳からは、そう言った言葉が見て取れた。
カーリは、指一本動かすだけで全身に痛みが走り、口の中に血の味が広がる状態だ。
「せ…」
それでもカーリは、諦めない。
レオに対して、「自分は終わってないぞ」という、力強い目を返す。
(諦めてたまるかよ…師匠は俺に殺せと言ったんだ。俺よりも強い学園長や、レオじゃなく俺に…。今まで俺のお願いばかり聞いてもらってきた。最後くらい、師匠の願いを叶えなくて何が弟子だよ…!!)
「よこせ…」
カーリは、体に力を込め、立ち上がろうとする。
「よこせよ…」
だが、体に力が入らず、すぐさま倒れてしまう。
「よこせ!!」
だが、カーリは、立ち上がることをやめない。
「その力が、自分の正義を貫き通すって力だって言うならよぉ…俺が、師匠の願いを聞き届けるっていう、そのちっぽけな我儘を…この正義を実現させる力を!俺に、よこせ!!」
師匠は他の誰でもないカーリが殺すんだ。
そんな強い思いの乗った叫びが、会場に響き渡る。
「限界は超えた…壁も壊した…全て出し尽くした…あと出来ることは、頑張ることただ一つ!踏ん張れ、耐えろ、師匠は待っている!!」
カーリの思いに答えるように、カーリの体を纏うだけだった、白金色のオーラが会場全体を包むほど、一瞬、眩しく輝く。
光が収まると、カーリの体に白金色のオーラは無く、いつも通りのカーリが未だ倒れたままステージにいた。
だが…、
「力が入る…立てる…なら、まだやれる。まだ、」
カーリは、よろよろと立ち上がり、ボロボロのロンググローブで顔の血を拭うと、剣を構え直す。
「ハカイ…」
カーリが、光を放ったことで、再びカーリに敵意を向ける魔人。
「お待たせしました師匠…今から貴方を殺します…!」
いつもとは違う、凛とした雰囲気のカーリ。
体がボロボロになっても、心が折れぬ限り何度でもカーリ立ち上がる。
それが神に認められ、カーリが理想とする『勇者』だから。
カーリは、こちらを見る魔人を見据えると、切っ先を魔人に向け、自分の顔の横に構える。
「【我が至高の師に捧げる】」
(最初にあった時は、自分によく似て、気の合う人だと思った。)
「【身を削り】」
(触れ合うたびに心が近くなって、師匠を本当の兄だと思うようになった)
「【心を削り】」
(自分の事を誰よりも考え、知ってくれる。一番の理解者…師匠の前で泣いたのは、母ちゃんや父ちゃんの前で泣いた数よりも多い…)
「【命を削る】」
(いっぱい怒られて、褒められて、師匠と過ごした日々は、俺の中で一番楽しかった。そう堂々と宣言できる)
「【この剣は、ただ一度きり】」
(剣の修行だけじゃない、男としての生き方、女の子の口説き方、くだらなくて、どれも必要で、色んな事を教えて貰った)
「【貴方を滅するためだけに振る唯一無二の剣】」
(本当に、師匠に出会えて、俺は…幸せでした)
「【全ての感謝を注ぎ、恩を返す】」
カーリの心臓の辺りが、白金色に輝き始める。
これまでカーリに身を包んでいたのは、漏れ出した力。
【勇者の魂】。
真の力は、魂に宿っていた。
今、その力を正しく使う時、カーリは『勇者』となる。
「【ビスティア】」
カーリの剣が、自分に向かって突進してくる魔人に向かって、放たれる。
カーリの剣は、寸分違うことなく、魔人の心臓へと突き刺さる。
「ァ…リガ…ト…ナ」
魔人が崩れ落ちる寸前、最後に、カーリの耳に聞こえた師匠の声。
「こんな俺を弟子にしくれて、育ててくれて、本当に…本当に…」
これまで堪えていた涙腺が崩壊し、涙を流すカーリ。
だが、カーリは、涙がこぼれないように上を向き、休めの姿勢を取り、大きく息を吸う。
「ありがとう、ございました!!!」
腰を直角に降り、頭を下げるカーリ。
「ぅ…っ…」
頭を下げながら、必死に涙を止めようとするが、止まらない涙は、ぽたぽたとカーリの頬を伝って、ステージの上に落ちていく。
怒涛の勢いで過ぎていった【覇王祭】。
これで終わりではない。
ここから始まるのだ。
王国を変えるための、リベリオンが。
「師匠。師匠の墓は、王国が全体が見渡せる場所に作りますね…見ていてください、俺とレオと、みんなが国を変えるところを」
顔を上げ、泣きながら笑顔を浮かべるカーリ。
─────黒いバンダナが、風に吹かれて揺れる。
もう1話あります。