episode70 決勝戦【後編】
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「【一振入魂】」
ビスティアが、渾身の蹴りを放ち、カーリの剣は、握っている部分から上が全て吹き飛び、空の彼方へと飛んでいく。
(今だ…!)
だが、カーリはこれを読んでいた。いや、正確に言うならば、レオが読んでいた。
☆
「剣を二本持っていくのか?」
決勝前日の夜。
夜が明けるまで模擬戦を繰り返したカーリとレオ。その合間の休憩中に、レオとカーリは、明日の作戦会議をしていた。
「ああ。貴様や、貴様の師のように理屈も概念も通用しない馬鹿は、こういった負けられない場面では、己の限界の上を絶対に行く。特に貴様の師は、今回の決勝戦では、今までに無いほどの力を見せるだろう。」
根拠は無い。たが分かる。《漢》と言うものは、そういうものだと、レオは知っている。
「こっちが死ぬ気で頭使っているって言うのに、貴様らと来たら、気合いだの、根性だのの感情論でそれを破茶滅茶に壊す。だから嫌いだ。」
レオの予想では、二人とも試合の中で限界を超えてぶつかるだろう。だが、その中でもビスティアは、成長、壁を壊す、限界を超えるなどと生易しいものとは違う、次元を超えた高みへたどり着くだろう。
レオが【深淵】を手に入れたように、カーリが【勇者の魂】を身につけたように、常人ではたどり着くとができない、圧倒的才能と、不屈の精神と、血のにじむような努力の先にある『強者』の世界へとビスティアは、試合中に踏み入れる。
「ビスティアの言動、行動、何かしらの予兆があった時、剣を一本犠牲にしろ。」
「だから、二本持っていくのか?」
「そう。『強者』の世界に辿り着いたとはいえ、それは初めて踏み入れた未踏の地。初めて使った後、貴様の師には、試合中で一番の隙が生まれる。」
ニヤリと口角をあげて笑うレオを見て、カーリは、やっぱりレオの底は知れないとしみじみ思った。
☆
───そのがら空きの体に叩き込め、貴様の最強を。
足を振り抜き、隙の出来たビスティアへ、カーリは、もう一本の剣を抜剣し、突きを繰り出す。
「【極点集中】」
白金色のオーラを剣に纏うのではなく、剣先の、極わずかな一点に集中させ、更に練度をあげて火力を跳ね上げる。
ネーザに傷を付けた、最大火力の一撃。
「ちっ……。これだから、理屈の通じない馬鹿は嫌いなんだ。」
カーリが、剣を突き出した瞬間、観客席の一番前で見ていたレオは舌打ちを零す。
「【初撃一撃】」
「がふッッッ!!?」
ビスティアにカーリの剣が届く瞬間、ビスティアの姿が霞み、カーリの側頭部に蹴りを打ち込む。
完全に隙を付き、油断していたカーリを不意に襲ったビスティアの蹴りは、クリーンヒット。カーリは吹き飛ばされ、場外ギリギリまで吹き飛ばされる。
「直感の方が反応し、威力を流したか…だが…。」
レオはこの技を昨日、実際に受けたからわかる。確かにこの技の威力は絶大だが、一度きりの技なのだ。
カーリは、相手に剣を振る時に、【加速】を使って加速し、体が加速した状態で【一点集中】を行って威力をあげている。
だがそれは、白金色のオーラで体を強化したからこそ出せるスピードで、耐えられるスピードであって、生身ではかなりの不可がかかっている。
【一点集中】に慣れたカーリは、ギリギリのタイミングを掴んでいるが、【極点集中】では、まだ不慣れで、未完成で、時間のかかる技だ。体への負担は、【一点集中】よりも遥かに上だ。
ミイラ取りがミイラになる。
ビスティアの『強者』の世界に入った時に生まれた不慣れ故の隙を付けば、カーリの即興の技でも倒せるとレオは踏んでいた。
だが、実際に、ビスティアの隙を狙ったカーリにこそ、試合中最大の隙が出来ていた。
『カウントを取ります…一、二、三、』
「うっ…ぅぅ」
「俺の勝ちだ…カーリ…」
『四…おっと、ここでビスティア選手も倒れる!』
カーリがステージの端で呻き声をあげ、顔中を血で染める中、勝ちを確信したビスティアが、カーリに勝利のピースを向けようとした瞬間、ステージに倒れ込む。
『この場合、先に倒れたカーリ選手の負けということでいいのでしょうか』
『いえ、それどころじゃありません』
試合規定の書かれた紙をめくりながら、呟くアナウンスを、ヒカルが真剣な声音でそれを止める。
「あがっ…んぐぅっ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「し、師匠…?」
倒れたまま、まるで別の生命がその身に宿ったように、限界のはずのビスティアの体がのたうち回る。
指先から徐々に肌を黒くなり、筋肉が肥大化し、体が倍以上に膨れ上がる。
「ま、魔人だー!!」
「衛兵!衛兵を呼べ!」
「試合を中止させろ!!」
いち早く、ビスティアの変化に気づいた観客が、大きな声で叫び、混乱を呼ぶ。
『お、落ち着いてください!慌てないでください!今すぐ、衛兵が来ますから!』
我先に出口に、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う観客達。
その中で、魔人を倒そうと、ステージの方へと向かう敗退した選手達も見受けられる。
「おい、ド平民。貴様はどうする?」
ビスティアの体が変化を始めた時、既に動いていたレオは、倒れているカーリの横に立ち、魔人になったビスティアを見ながらカーリに話しかける。
「お、俺は…師匠に、殺せと頼まれた…だから、師匠の後始末は、弟子の俺がやる……!」
「そうか…【ヒール】。」
「レオ…」
「貴様もリベリオンの一員だ。部下の我儘を聞くくらいの器量はあるつもりだ。」
そう言い残し、観客席へと戻るレオ。
「通してください!衛兵です!」
観客席の上から、ステージに向かって突入しようと駆けつけた衛兵達。
逃げ惑う観客のあいだを分け、ステージに走る。
「【雷の障壁】。」
「【水龍よ】…」
一番前の隊長らしき人が、ステージに登ろうとした瞬間、ステージを雷の障壁が囲み、全長が、会場周り一周分あるほどの水龍が障壁の周りを更に囲む。
「なっ!何をするんです!」
「この魔人は、【リベリオン】が責任を持って倒す。衛兵は、下がってもらおうか。」
「若き少年が、男を見せようとしている…それを止めることは誰にもできない…」
隊長の前にはばかったのは、レオと、その父のレクサス。
絶対にここは通さない。そんな意思が、伝わってくる。
「しかし…!」
「安心しろ。貴様らよりは、俺一人の方が強い。万が一は有り得ない。」
「そういうことだ、引いてもらおう…」
ギアスを解放し、体から黒い靄を立ち昇らせ、衛兵達を威圧感だけで黙らせるレオとレクサス。
「良かったんですか。」
「何がだ…」
レオは、隣に立つ父であるレクサスに話しかける。
「父…貴方もまた、再戦を楽しみにしていた一人でしょう?」
「問題無い…この世は輪廻転生。いずれまた戦うことがある…」
レクサスは、ビスティアをライバルとして認め、誰よりも再戦を望んでいた一人だ。
自分の信念を貫き、棄権したレクサスだったが、その胸の内は、悔しさで溢れているだろう。
「今は、二人の男の戦いを見守るだけだ…」
「そう、ですね…。」
レクサスとレオは、後ろを振り返り、繰り広げられているカーリと魔人化したビスティアの死闘を見る。
「本当に最後だ。自我を失ったとはいえ、その時間、大切にしろ。」
聞こえるはずのないレオなりの応援を、カーリに送り、レオは静かに見守る。
書けば書くほど予定が狂う。多分あと2話だと信じたい。