episode69 決勝戦【前編】
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「っぅ…」
「痛みますか?」
「師匠…」
「魔人化が始まってますね」
「分かってます」
控え室で、右足を抑えて小さく呻き声をあげるビスティア。
その後に何故かいるヒカルに、ビスティアは今更驚くことなく、会話を続ける。
ビスティアの本来の予定では、【覇王祭】でカーリと決勝で戦った後、自我を失って魔人になる前に人知れず自殺を図るつもりだった。
だが、予想よりも早く【魔素病】の魔人化の進行が早く、このままでは決勝戦の途中で自我を失う可能性がある。
今も、視界がかなり曖昧で、体が一部痺れがあり、たまに急激な破壊衝動に駆られたり、吐き気があったりと、コンディションは最悪な状況のビスティア。
「でも、我儘になってもいいんすよね…」
「はい、全責任は私が負いましょう」
「やっぱ、そういうことサラッと言えるって格好いいな…俺の中で最高の男は師匠一人だぜ」
「まあ、私は英雄で、勇者で、元学園長で、師匠ですが、格好つけたがりの夢見る男ですから」
ビスティアの褒め言葉に、おどけて見せるヒカル。これでもヒカルの中では、かなり照れている方だ。
『決勝戦まで五分をきりました!注目のこの試合、会場も外まで溢れかえっております!』
「じゃあ、行ってきます」
アナウンスを聞き、立ち上がるビスティア。
「最後に私から」
「師匠…?」
「見せてください、君の成長を」
「……はい!!!」
あの時と同じ言葉。レクサスとの最後の戦いの時に送ってくれた、忘れたくても忘れられない言葉。
それに気づいたビスティアは、満面の笑みで、ヒカルにサムズアップする。
「師匠、最後にお願いがあるんすけどいいですか?」
「なんです?」
「気合い注入お願いします」
「わかりました…!」
恥ずかしそうに背中を指さすビスティアに、ヒカルは笑って背中を思いっきり叩く。
「いっ…つ…やっぱ効くな師匠のは…」
名残惜しそうに、登場ゲートを潜るビスティア。
「もし、別の世界だったなら、君はレオくんのように英雄になれた立場の人間だったのですがね…本当に惜しい…君の活躍が見納めになることが本当に…」
ヒカルは遠ざかる弟子の背中を悲しそうに見守った。
☆
「うっし!」
「ネーザに傷を付けたあの一撃、あれを使ったら貴様の体はそれきりでガス欠になる。使い所をくれぐれも間違えるなよ?」
「わかってるって」
「貴様のせいで、頑固魔剣の修復に対軍級魔術、五十回以上の魔力を使ったんだ。それ相応の活躍はして来い。」
同時刻控え室にて、カーリは、腰に剣を二本携えると、見送りに来ていたレオの小言を軽く受け流し、試合準備に入る。
「最後に…どんな選択肢を選んでも、どんな結果になっても、それが貴様の正義だ。貫き通せ。」
真剣な顔つきでレオがカーリに胸に拳を軽く打ち込む。
「おう!」
カーリはそれを更に押し込むように自分の胸をドンッと叩いてみせる。
『それでは、両選手の入場です!』
「行ってくる!」
カーリは、レオの方を振り返り、軽く手を振るとゲートの奥へと消えていく。
その背中に迷いは無く、ただひたらさらに真っ直ぐビスティアに決めたカーリの気持ちが見て取れた。
☆
『さあ、始まりました【覇王祭】、最終日!七日間にも渡る長い長い戦いを無敗で通り抜けた選手達が、今日、決勝戦でぶつかり、最強が決定します!』
『本日の決勝戦は、アドレス王国男爵が急用のため、私、ヒカルが勤めさせて貰います』
『英雄と!隣で!この決勝戦を見れる喜びに震えながら、頑張りたいと思います!』
いつもよりテンションの高いアナウンスの中、会場も、前日までの比ではないほど盛り上がりを見せているため、気にするような人はいない。
『それでは、両選手入場です!』
『今回、決勝に残ったのは、カーリ選手とビスティア選手。二人は師弟関係なので、今日の決勝戦は、師弟対決となります』
『それは熱い展開ですね』
『両選手がステージの上で睨み合います。二人とも、これまでにないほどの集中力を見せていますね』
『これは、例に見ない程の盛り上がりを期待しましょう!それでは決勝戦、開始です!』
アナウンスの開始の合図と共に、二人の集中力が、相手を殺すために殺気へと変わる。
ピリピリとした緊張感と、胸を抑えたくなるような威圧による圧迫感が会場を包む。
「「【初撃一撃】」」
一切の予備動作無しに撃ち出された二人の本気のが乗った一撃。
カーリの剣と、ビスティアの蹴りが、ステージの真ん中でぶつかる。
両者の一撃はほぼ互角。少し押し込まれたカーリは、ビスティアの蹴りを受け流す。
「【勇者の魂】」
カーリは、すぐさま白金色のオーラを身にまとい、次の攻撃に備える。
「今のは小手調べだ。次はもっと本気で行く」
「俺だって、倍の本気で行きます」
本気は出して当たり前。超えて当たり前の二人は、最初で本気の一撃をぶつけたのにも関わらず、次の一手は更に上を行くと宣言する。
「【一点集中】」
「根性、根性、ど根性…」
カーリは、剣に白金色のオーラを集中させ、ビスティアは、足に気合を溜めていく。
「「【初撃一撃】」」
再びぶつかる二人の一撃。
「ぐぅ…!?」
これを勝したのはビスティア。カーリは、場外ギリギリまで吹き飛ばされ、剣をステージに刺して威力を殺さなければ、場外負けだっただろう。
「上等…!」
白金色のオーラを纏い、剣に集中させた本気の中の本気の一撃を、気合いと根性だけで超えてくるビスティアの桁外れさに、カーリは笑みを浮かべ、次の攻撃の体勢に入る。
「「【初撃一撃】」」
「「【初撃一撃】」」
「「【初撃一撃】」」
「「【初撃一撃】」」
「「【初撃一撃】」」
幾度と無く、ぶつかる二人の一撃。
【初撃一撃】。初撃に最強の一撃をぶつけるこの技は、互角の二つがぶつかれば、初撃を超え、何十と数を重ねていく。
本気を超え、限界を超え、相手よりも上に行く。それが同じ技を使う者同士で勝つ方法。
普通ならば、短期間の成長において誰も勝てないカーリが優勢だろう。
だが、ビスティアも、文字通りの意味で死に物狂いだ。
今までに無いほどの限界を超えて成長し、カーリに食らいつき、追い越そうとしているビスティア。
「勝つ!超える!認めさせる!」
「勝て!超えろ!認めさせろ!」
「「証明しろ、お前の強さを!!!」」
フェイントなんて技術はいらない。
余力を残すなんて考えない。
今もてる全てを出し、相手に勝つ。
「「【初撃一撃】」」
体が悲鳴をあげ、血が吹き出し、今にも倒れそうなほどの疲労感。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
そんな二人の気持ちが、今までに無いほどの本気の試合に、観客の心が震え、高揚する。
「カーリ…お前に見せてやる、お前の師匠がどれだけ強いかを…これが!今!限界を超え、全てを出し切った俺が出せる『最強』だ!!」
「【初撃一撃】」
ビスティアの言葉に怯むことなく、今もてる全てを出して剣を振り抜くカーリ。
だが、カーリの剣は、ビスティアの体を傷つけることも、ビスティアの蹴りで受け止められることも、空を切ることすらも無かった。
「【一振入魂】」
限界突破は呼吸。インフレしてからが本番。