episode56 魔素病
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空が赤く染まる頃。
レオは、今日最後の第四ブロックの予選の最後の試合をぼうと見ていると、リベリオンから出ている選手を見て嬉しそうに頬を緩ませる。
「そうか…頑張ってたんだな。」
レオと同じく片腕を失った少年。
あの時、強くなると誓った少年。
誰よりも辛い経験をした少年。
ナーブスの事件の唯一の生き残りであるドラ。
レオは、服の中に隠れているネックレスの先についたリングを制服の上から握りしめる。
「さて、今日はもう終わりか。」
レオは、試合が終わったのを確認すると、腰を上げ、近くの宿の帰路へつく。
☆
第一次予選の結果から言えば、リベリオンのメンバーは、四人を除いて全員が勝ち抜くことに成功した。
各ブロック約十二人の勝者が八ブロック分で約百人のうち、四十人はリベリオンの関係者ということになる。
この事実に、これまでリベリオンを過小評価していたものは、リベリオンの強さの認識を改めたようだ。
「だが、まさか本当に参加しているとはな…。まあ何かしそうな予兆は無いし、頭の片隅に入れておくだけでいいか。」
二日目の第七ブロックと第八ブロックに、妹のレイナス=フィエルダーと、父親であるレクサス=フィエルダーが参加していることを確認したレオは、何事も無ければいいと宿のベッドに寝転がりながら思う。
「それにしても、ビスティアの様子が気になるな。」
レオは寝返りをうちながら、今日の試合を振り返る。
太陽が一番高く昇る頃行われた第六ブロックのビスティアの試合。
あまり力を外へ出さない彼だが、ヒカルがカーリの師匠に選ぶくらいの実力者。彼の実力ならば、レオのように制限をかけても軽く通過して見せるだろう。
だが、今日の彼は、どこか切羽詰まっているような、危機迫った気迫があった。
相手に容赦をせず、拳を打ち込み、危うく死亡者が出るのではとなったほどだ。
カーリは、「師匠すげー!」と喜んでいたが、レオはそうもいかなかった。
「ウムブラ、どうせいるなら出てこい。」
「バレてた?」
レオの呼びかけに、天井裏からバタンと体を半分だけ出したウムブラ。紫色のポニーテイルがだらんと下がっている。
「まあな。取り敢えず、ビスティアについて調べておいてくれ。」
「分カッタ」
レオの頼み事を聞くと、バタリと天井を閉じてすぐに仕事に移るウムブラ。
ウムブラがいなくなったのを確認すると、少しだけ仮眠を取ることにしたレオ。
(頼むから、面倒事だけは勘弁してくれよ…。)
☆
「呼び出して悪かったなカーリ」
「大丈夫ですけど、こんな時間にどうしたんですか?」
すっかり辺りは暗くなり、ぼうと浮かぶ月光が、唯一の視界を確保できる灯りだ。
宿の裏にある小さな広場で、ビスティアはカーリを呼び出していた。
「取り敢えず、隣座れ」
「…?はい」
二つ並んだ切り株の上に座って夜空を見つめるビスティアの、いつもと違う雰囲気にカーリは違和感を覚えつつ、ビスティアの左横の切り株に腰掛ける。
「今日は、月が綺麗だな。吸い込まれちまいそうだ」
「そうですね、綺麗です」
「カーリ…俺は、お前のことを本当の弟のような、息子のような風に思っている。この一年でお前は本当に強くなった。」
「あ、ありがとうございます」
急に褒められて、動揺するカーリ。
ビスティアは、くしゃくしゃとカーリの頭を撫でる。
「本当はもっと早くに言うべきだった。そもそもお前の師匠の話を、断るべきだったのかもしれねぇ…でも、お前に余計な事を考えて欲しくなくて、言えなかった…これは俺のエゴだ」
「えっと、師匠?」
「カーリ、俺はもうすぐ死ぬ。それも、ここ一週間のうちにな…。」
「えっ…」
寂しそうに、涙を堪えながら話すビスティア。
打ち明けられた真実に、カーリは、頭が追いついていかず、ただビスティアの目を見つめることしか出来ない。
「『魔素病』ってわかるか?」
「……」
「俺は生まれつき、魔術回路とか諸々、魔力を体外に出すことが出来なくてな。今も、たまに自分の力が抑えられない時がある…」
『魔素病』。
この世界では昔からある有名な病気で、人間だけがかかる、特殊の病気だ。
解決法は見つかったおらず、これに感染したものは、徐々に体を魔素に蝕まれ、最後は【魔人】という理性の無い破壊だけを行う化け物へと変わってしまう。
本来、魔力や魔素というのは、人間にとって害悪なもので、非力な人間に扱えるものでは無い。が、それを体内のタンパク質と融合させて魔力に変えて魔術回路を経て魔術として体外に放出することで、魔力循環させている。
魔力というのは、時間が経てば経つほどその性質を強めていくため、普通の人のように循環させておけば、何事もなく一生を終えることができる。
それを壊すのが『魔素病』。
先天であれ、後天であれ、何かをきっかけに魔術回路や、体内に異常をきたした人間がかかり、循環されなかった魔力は、二十年を目処に爆発的に体の侵食を開始する。
ビスティアは現在、二十四歳。
生まれつき、『魔素病』におかされていたビスティアは、既に体の魔人化が始まっており、体の一部が黒色の肌へと変色しているほどだ。
「俺は最後に、この【覇王祭】という舞台でお前と戦って、成長をこの目で、この体で感じたい…俺はお前と戦うために今回の【覇王祭】は、絶対に勝つつもりだ」
「師匠…」
「悪かったな、最後まで面倒見れなくて…」
ビスティアは、最後にカーリの頭をもう一度撫でると、腰を上げて宿の方へ戻っていく。
その寂しげな背中を見つめながら、未だにパンクしそうなほどぐちゃぐちゃな頭をガシガシと掻きむしるカーリ。
「なんでだよ…」
カーリの心からの本心は、静かな夜空へと吸い込まれて消えていく。
第四章はずっと書きたかった話なので筆がかなり走ります。
土日でストックの余りができるかどうか…!