episode55 幻歩
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「さて、そろそろか。」
鼻にツンと来るすっぱい汗臭さを残す選手の控え室の中、レオは閉じていた瞼を開き、ネーザを腰にさす。
現在、カニスは第二予選に駒を進め、ウムブラがステージで戦闘中だ。
「貴殿のような年端もいかない少年が参加しているとは驚きだ」
「…。」
「無視してくれないでくれ、これでも私は緊張しているんだ」
部屋の端の方で壁に背中を預けていたレオの横に、全身を重装備で固めた剣士がレオに話しかけながら、同じく壁に身を預ける。
「それで何か用か?」
「いや、用という程では無いんだ。少し世間話をね」
兜の中で反響しているため、確かな年齢は分からないが、三十そこそこの男性だと予想したレオ。保持している魔力量的に、伯爵級の実力だと分かり、一年前だったら勝っていたか分からない程の手練だ。
「魔力も、気力も、並。でも、雰囲気は魔王と言ったところかな…強いね」
「どうも。」
褒められているのか、貶されているのかよく分からない言葉だが、レオは一応礼を甲冑の男に礼を言う。
レオは、この怪しげな男を再びじっくりと観察する。
レオは、魔眼を手に入れ、普段目に見えないモノも見えるようになった。それは当然、魔力や気力も見える。
人や生物は常に、体内の余剰の魔力や気力を外へ放出している事が魔眼によって分かったレオは、その余剰の力を体の中に蓄えておけないかと制御することを意識している。
魔力や気力といったものは、前々から記述している通り、その魔力の性質で人の恐怖や安らぎなどの感情を左右することができ、レオや、魔力を意図的に感知できる者は、その余剰魔力量を元にその人の総魔力量を推測することもできる。
それを抑えているレオからは、感情を揺さぶるような特殊な魔力や気力、魔力量で戦闘力を図られるこの世界で、強者と認められるほどの圧倒的魔力も感知することは不可能のはずなのだが、
(この男は、瞬時に自分では俺に勝てないと的確に実力を見切った…手強いな。)
レオの経験上、戦場で最も強い戦士は何かと問われれば、答えはただ一つ。
『自分と相手の力量差を誤差なく図れる者』。
魔術がどれだけ優れていようと、ずば抜けた剣術の才能があろうと、戦場では『数』対『数』。
戦場で求められるのは、大将首を取ることももちろんだが、敵兵をどれだけ削れるかが問われてくる。
その中で、自分と相手の力量差を誤差なく図れる者は、数々の戦いの中で自分では勝てない相手には仲間と共に戦ったり、逃げたりと判断を巡らせて、勝てる戦いだけを的確に選び、着々と敵兵を減らしていく。
それは、何ヶ月単位で行われる戦争の中では重宝されるべき才能だ。
レオは、この待合室の中で一番の敵はコイツだと甲冑の男への警戒レベルを最大まで引き上げる。
「私の観察は終わりましたか?」
「ああ。貴様のような、傭兵と戦える事はそうそう無い。是非俺の糧にさせてもらおう。」
そうレオが、甲冑の男に言い放つと同時に、ステージの方がワッと歓声を上げて盛り上がる。
「どうやら終わったようですね」
壁を離れ、ステージへの入口へと肩を並べて歩いていくレオと甲冑の男。
「私の名前は、エドラス。しがない傭兵の一人です」
「『タキオン』のレオ。それが貴様を負かす最強の男の名だ。覚えておけ。」
☆
ステージへ続々と参加者が登っていく中、最後尾に構えるレオ。
『『『うおおおおおおおおおお!!!』』』
「むっ…?」
レオが待合室から、ステージのある会場へと顔を出した瞬間、会場が大きな歓声に包まれる。
『この試合の最有力勝者候補であり、王国へ反旗を翻した【リベリオン】のトップ!今大会最年少、レオの登場だぁぁぁぁぁ!!!』
『あの、マイク返してください…』
いつの間にかアナウンス席に乗り込んでいたヒカルの観客を盛り上げるように煽られたレオの紹介。
本来アナウンスをするはずのお姉さんは、突如ローブの男が乱入してきて、困惑状態だ。
「後で殴る。」
レオは、握り拳をわなわなと震わせながら、アナウンス席の方をキッと睨むと、その拳を高く掲げて見せる。
『『『おおおおおおおおおおお!!!』』』
ここで再び湧く観客席。
レオ自身自覚は無いが、王国内の中にリベリオンを応援する者も少なくはなく、他国でも、自分達に直接関わりがないので面白そうという理由でレオ達を応援している者もいる。
この観客席には、特にレオ贔屓の客が多いようだ。
もちろん、この大きな歓声の中に、フォルスの声も入っているのは言うまでもない。
「『システム:魔剣起動』」
『はいはーい、今日もとびきり可愛いネーザちゃんでーす』
「やるぞ。」
『皆殺しですね!このネーザちゃん、そういうのは超得意です、箱舟に乗ったつもりで任せてくれですよ!』
「…捨てたい。」
『何を!?どこへ!?』
レオとネーザが漫才を繰り広げる中、刻一刻とスタートが近づいていく。
レオはステージのちょうど真ん中。一番ヘイトを受ける場所だ。
「ギアスと魔闘気は本戦まで封印する。これでも俺は、楽しみは最後まで取っておく派なんだ。」
『見たまんまな気がするのは私だけですかね?』
「まずはあの甲冑野郎以外の雑魚を倒す。全力は出せないが、頼むぞ。」
『あいあーい、バッチリ力加減しますよー』
レオが今回、予選で力を抑えるのは、本戦で派手なことをして目立つためというのもあるが、もう一つ理由がある。
レオが普段戦闘で使っている【静地】は、歩法の最終地点であり、技術によるもので、レオ本人のスペックはさほど必要無い。
故に、レオがどれだけ強くなろうとも、敵との距離を詰めるスピードは変わらない。
なので、【ギアス】や【魔闘気】をつかわずに、【静地】の上を行く何かを掴むために封印することにしたレオ。
『それでは、開始してください』
開始の合図と同時にレオが、【静地】を使って一番近い敵をネーザで倒おす。
「違う。まだもっと速く…あと少し…何かが足りない。」
レオは、【静地】をアレンジしながら次々と敵を倒していく。
徐々にスピードを上げ、洗練されていくレオの【静地】だが、本人は満足いっていないようだ。
「ここまでか…。」
レオは、ステージ上に倒れる多くの参加者達を見て、残念そうに呟く。
「私は最後のメインディッシュということですかね?」
「ああ。頼むから、少しは耐えてくれよ?」
レオは、再び【静地】を使って、最後の獲物であるエドラスとの距離を詰める。
エドラスは、大盾と、長剣の極々普通の組み合わせの武器を持っているが、その構えは独特だ。
盾をめいいっぱい前に出し、剣をその後で寝かせ、盾で隠している。
剣の出先を見破らせないために用いられる、傭兵特有の構えの一つだ。
「フッ──!!」
エドラスの首へと放たれたレオの剣。
だが、エドラスは超人的な反応で、その剣を盾で弾き返すと、すぐさまその盾の裏から剣がレオ目掛けて飛び出す。
「【静地】」
首を軽く捻り、エドラスの剣を躱すレオ。
すぐ様、着地した右足を軸に【静地】を使って、エドラスの背後へと回り込む。
「【剣式雷同】」
「なんのっ!」
レオは瞬時に【雷同】をエドラスの背中に叩き込もうとするが、エドラスは、突き出された刃を甲冑の表面で滑らせて剣をいなすという、レオでも真似出来ないような妙技を見せる。
「やはりスピードが足りない…だからといってアイツのような力任せでは…。」
「考え事かい?」
振り向きざまに、レオへぶつけられるエドラス大盾。
それをレオは、【身代わり】を使ってエドラスを欺き、一度距離を取る。
「足りないのはスピード…母指球の使い方、足首の向き、地面との接地時間…くっ、どれも今がベストだ。」
『低脳ご主人、何をぶつぶつ言ってるんですかね?気持ち悪いですよ』
「うるさい。今、忙しいんだ。」
『そもそも何でご主人は、スピードに拘ってるんでいやがりますか?』
「スピードが無ければ、相手に反応されるから…待てよ……。」
横槍を入れるネーザを鬱陶しそうに突っ放すレオだったが、その途中で何かに気づいたように、再びぶつぶつと独り言を繰り返す。
「追撃がないようだし、私から行かせてもらうッ!!」
エドラスが、その場で放心しているレオを見て、大盾を前に、走り出し、シールドアタックを試みる。
「【魔眼解放】」
レオは、避ける素振りも見せず、何故か魔眼を解放する。
レオの深紅の瞳は、朱殷へと色を変え、瞳の奥に黄金に輝く正三角形が浮かび上がる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
雄叫びと共にレオに突っ込んでくるエドラス。
「【幻歩】」
だが、その瞬間、エドラスは激しい痛みに襲われ、地面へ倒れ込む。
焼けるように痛みを伝える横腹を見るエドラス。そこには、重厚な鎧を突き破り、刻まれた傷跡があった。
『カウントを取ります、一、ニ、三…』
エドラスのダウンに、アナウンスが冷静にカウントを数える。
『八、九、十…カウントが成立しました、脱落です』
最後の一人、エドラスが脱落したことでレオの勝利が決まる。
だが、静まり返った会場。
誰も、今、何が起こったのか分からなかったからだ。
だが、一拍置いて、レオが勝利した事実を理解した観客席が今日一番の盛り上がりを見せる。
「最初が本番だったが、上手くいったな。」
レオが最後、エドラスを斬った時に使ったのは、これまでと変わらない【静地】。
だが、【静地】のスピードを見切られていたレオの攻撃が、何故最後だけ当たったのか、その秘密はレオの魔眼にある。
レオの魔眼は、魔力や気力以外にも様々な目に映らない流れを見ることができる。
つまり、そのモノ達は、目に見えてはいないが、日常的にその場所に存在している。
レオは、その全ての流れに逆らったのだ。
意識していないが、生物は、空気の流れ、魔力の流れ、気力の流れ、その全てを肌で、感じている。
その流れを魔眼で視たレオは、流れに逆らい、その場で自分を、肌で感じられない別の異質な流れのものへと自分を置き換えることで、エドラスや、会場全ての人間の目を惑わし、幻の如くエドラスに近づいたのだ。
「目に映らなければ、スピードは関係ない。」
発想の逆転。
相手に捉えられない程のスピードで動くのではなく、相手に捉えられない動きで動く。
それを魔眼を用いて実現したレオは、更なる高みへと足を踏み入れたのだった。
今日は少し長め!