episode40 勇者試練【一】
レオが、ヴィデレ相手に悪戦苦闘する中、カーリはヒカルに連れられて神の元へ来ていた。
「ここに神様が?」
「いいえ、ここは神とコンタクトをとる場所です。これから、神と話した後、神のいる【神界】に行きます」
カーリが連れてこられたのは、王国内の端に存在する古びた神殿だった。
元々は白い、美しい神殿だったのだろうが、今は所々錆びており、外壁がボロボロになって剥がれ落ちている。
『久しぶりだね、勇者』
「お久しぶりです、神よ」
『その子が新しい勇者候補かな?』
「ええ。」
『ふむ…まぁいいかな。今から試練を開始しよう』
頭の中に直接響く、中性的な声。
レオのように淡々と、平坦なものだが、カーリのように明るく弾むような口調だ。
特徴が掴めないこの声に、カーリは一瞬困惑するも、ヒカルがスムーズに話を進めるので、話に耳に傾ける。
『転移開始』
神の声と共に、カーリとヒカルの体を淡い光が包む。
「ここは…?」
「神界…神の住まう場所。先程私と話した最高神と呼ばれるこの世界で絶対無二の本物の『最強』です。その最高神の下に上級神と呼ばれる、レオくんの師匠であるヴィデレや私と互角の実力を持った神が十人。その下に中級神と呼ばれる、人間界なら最強になれるだけの実力をもったものが、約百人。更にその下に下級神が約千人ってところですね」
『説明ご苦労』
目を開けると、何も無い無限に続く原っぱに、カーリとヒカルはいた。
戸惑うカーリに、ヒカルがある程度説明を終えると、先程神殿で聞いた神の声が脳内に響く。
『私は最高神の✕✕✕』
「え?」
『おっと、君にはまだ私の名を知る権利は無いようだ。試練を終えて無事に勇者になることができたのなら、また名乗るとしよう』
唐突に、カーリとヒカルの前に、最高神が現れ、自己紹介をするも、肝心の名前の部分が上手く聞き取れなかった。
カーリに自己紹介をした最高神は、人の外郭を一本の黒線でなぞっただけなような容姿をしており、身振り手振りをする度にスライムのようにぐにゃぐにゃと全身を震わせている。
『じゃあ試練を開始しよう。私以外の十人の最高神に何でもいい。何か勝負をして全員に勝つことができたら、勇者として認めるよ』
「威厳たっぷりに言ってますが、建前なのでそんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。」
『昔から、すぐに水を差すところは変わってないね』
ヒカルやヴィデレと同じ実力を持つと説明された上級神十人と、勝負して勝つという条件にカーリの顔は強ばるも、すぐにヒカルがフォローを入れる。
「僕の時もやられましたから」
『懐かしい話だ』
「それじゃあカーリくん、後ろの扉から入ってください。私のオススメは、じゃんけんですかね」
「いつの間に!?」
カーリが、ヒカルに言われて後ろを振り返ると、何故か金属製の扉がポツンと佇んでいた。
「えっと…じゃあ行ってきます」
「私は、久しぶりに神と話すこともありますから、ゆっくり頑張ってくださいね」
「はい!」
『確か、ヒカルの時は、半年くらいかかったか?』
「そうですね~」
「え?」
カーリが、扉を開けて中に入り締める瞬間、当たり前のように呟かれた、半年という言葉にカーリは呆気に取られた顔をしながら、扉の奥へと消えていった。
☆
ここから、カーリの試練が始まる。
「俺は上級神が一人、『健康』を司る神だ」
扉の先は、真っ白な空間で、辺りを見渡しているとふと、声をかけられるカーリ。
カーリは、声のかけられた方を見ると、ヤンキー座りで座る一人の男がいた。
その男はドスの効いた低い声に、リーゼントにサングラス
、短ラン、ボンタンと見るからにやんちゃしてそうな服装をしいた。
「どうだ?イカすだろ?」
「え、あ、はい」
「ヒカルの野郎の世界の流行りのファッションなんだぜ、健康は常に清潔な服装からだからな」
ギャップのありまくる、会話の内容に、カーリは困惑を隠せない。
「俺のことは、そうだな。健康兄貴とでも呼んでくれ」
「わかりました」
「お前が新しい勇者候補か…悪かぁねぇな。それで、どんな勝負にする?」
未だに、自分の知っている常識を覆され続けたカーリは、脳内の処理が追いついておらず、頭のから煙が出ている。
「はっ!勝負、そう勝負は、じゃんけんで」
「おーけー、それじゃあ始めようか」
勇者候補に選ばれるほどの才能を持ったカーリ。
そして、世界を救った英雄であるヒカルと互角の実力を持った上級神の健康兄貴。
異色の組み合わせによる、じゃんけんが火蓋を切る。
「「じゃんけんぽん」」
「俺の勝ちだな」
「ぬわー!負けたー!」
「しっしっしっー、勝負は何回でもできるから、安心してもう一度挑め」
「はい!」
最初は、健康兄貴の勝ちだったが、まだ始まったばかり、カーリの試練はまだ始まったばかりだ。
だが、カーリはこの時、油断していた。
月日は流れ、一ヶ月後。
「「じゃんけんぽん」」
「「じゃんけんぽん」」
「「じゃんけんぽん」」
二十五万九千二百。
カーリが、健康兄貴とじゃんけんで勝負した数だ。
未だにじゃんけんをしていてるので、分かりきっているが、未だに勝利は無し。
カーリは、ただの一度も勝つことができていなかった。
「く、くそ!もう一回!」
神界では、食事はおろか、睡眠を必要としない特殊空間。
ひたすら一ヶ月、じゃんけんを続けているカーリは、未だかつて無いほど精神的に追い詰められていた。
「はぁ…はぁ…」
「まだまだだな、カーリ」
「……そうか」
「お、何かに気づいたようだな?」
ぽたぽたと頬を伝って落ちる汗を拭うカーリ。
たかがじゃんけんだが、一ヶ月間続けるだけでカーリの体力はゴリゴリと削られている。
だが、カーリはふと、思いついたように顔をあげる。
「お願いします」
「いくぜ?」
「「じゃんけんぽん」」
カーリは、じゃんけんが始まる瞬間、白銀色のオーラを身に纏う。
爆発的に上がったカーリの反射神経と、動体視力。
刹那的な時間すらも、相手の指の動きを見逃さないように、スローモーションの世界の中でじっくりと観察する。
まず、カーリは人差し指と、中指だけを先行して広げる。
健康兄貴の視線が、カーリの手に集中しているのをカーリは確認すると、薄らと笑みを浮かべる。
「勝った!!!!」
「くそっ、やられたな」
じゃんけんが終わった瞬間、カーリは両手を上に挙げて喜びを叫ぶ。
健康兄貴も、悔しそうな顔をするも、どこか清々しい感じだ。
「よく気づいたな」
「前に、知り合いとじゃんけんする時に、これやられたんです。それを思い出して…」
「なるほどな」
カーリは、以前、レオとじゃんけんをする機会があった時に、三回勝負を全敗していた。
その時に、レオはギアスを四つ解放し、カーリの手の動きを見た後に瞬間的に手を変えて勝っていた。
勝負が終わったあとに、ドヤ顔のレオにカラクリを教えてもらったのが、記憶の断片として残っていたのだ。
「まさか、フェイクとは思わなかったぜ」
カーリが人差し指と中指を広げた瞬間、目にも止まらなく速さで健康兄貴は、広げ始めていた手をギュッと握った。
だが、それを読んでいたカーリは、残りの指を開き、パーを出して、健康兄貴に勝ったのだ。
「次の試練も頑張れよ。久々に楽しかったぜ」
最後に固い握手を交わしたカーリと健康兄貴。
カーリは、健康兄貴に涙ながら手を振りながら再びいつのまにか出現していた扉を潜る。
「きちゃったかー…」
そして、扉の先でカーリを待っていた次なる神は、やる気の無さそうな声に、ダルダルのTシャツを着て寝転がりながらお尻を掻いている幼女がそこにはいた。
「神様っていったいなんなんだ…」
神のイメージが全て覆されるカーリ。
カーリを待ち受ける次なる試練とは……。




