episode38 酒場とデート
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「ねぇ、師匠」
「なんだ、弟子」
「こんなとこ来ていいんですか?」
「いーって、いーって。気にすんな」
空が黒く染まり始め、世界の上半分が赤と黒で染まる頃、カーリは修行の終わりにビスティアに誘われて酒場に来ていた。
「ここの『風車亭』は、元学園街の中でも、俺が学生だった頃からあってな。ずっとお気に入りだったんだよ!看板娘も可愛くてな~…今じゃもうオバサンだけどな!!!」
「やかましいよ小童!注文しないなら帰んな!」
「へいへ~い、じゃあキンキンに冷えた酒と、今日のオススメを看板娘のあーん付きで」
「店長、ビスティアがお触りしてきます」
「おいこら、まだ触ってねぇだろ!」
「まだって言った!触る気だったんだ!」
「誘導尋問だろ今の!」
怒涛に繰り広げられる会話と、初めての酒場の空気に飲まれて、オロオロと辺りを見渡すカーリ。
「ほら、力抜け。ここは楽しむ場所だからな」
「は、はい!」
「力抜けって言ってるだろ?」
カウンター席で肩を並べ、お通しの豆の塩茹でをつまみまむビスティアとカーリ。
「あ、美味しい」
「だろ?ここの店長は気難しいが、お通しは絶品なんだぜ。絶妙な塩加減でな、本当に旨い」
「へー…もぐもぐ」
「料理は不味いけどな!」
ビスティアの発言に、ドッと酒場全体が湧く。
カーリは不思議そうにまた辺りを見渡す。
「不思議か?」
「はい」
「ここは、お互いを知ってるやつもいれば、知らねぇやつもいる。けどな、ここにいる奴らは皆、共通の物を楽しみにここに来ている」
「共通の物?」
「これさ」
ニカッと歯を見せて笑うビスティアが見せたのは、木製のジョッキだ。
「そうそう、ここにいる奴はろくな奴がいねぇ!俺以外な!ハッハッハ!! 」
「てめぇが一番ろくでなしだろうが!」
「ちがいねぇ」
「なんだとぅ!?」
「「「アハハッハッハ!!」」」
ビスティアが言った通り、ここに集まる人は全員が全員、顔見知りってわけじゃない。
だか、知らない相手に野次を飛ばされても、罵られても、皆が笑顔を浮かべている。
「野次や罵倒なんてここじゃあ日常茶飯事」
カーリの後ろにいた屈強な男が、いつのまにかビスティアの横に来て、ビスティアと肩を組んでいる。
「気にしちゃ、酒は飲めねぇぜ?」
後ろから掛けられる声にカーリは振り向くと、いつのまにか後ろにいた痩せ型の男が、今度はカーリの肩に手を回す。
「顔なんざ知らなくても生きていける!」
「初めましてなんて関係ない!」
「ここに集まれば、全員が『飲み友』だ!!」
「んじゃ、俺が今日の出会いを祝して一曲歌うか」
「やめろ、酒が不味くなる」
まさにどんちゃん騒ぎ。
一人が机の上に立って、歌い出せば、全員が手を叩いて「ひっこめ下手くそー!」「かえれかえれ!」などと野次を飛ばす。
不思議とカーリの心も熱くなり、心の底からワクワクとドキドキが湧き上がる。
「面白いだろ、酒場って」
「はい!」
「ほら、俺達も叫ぶぞ」
「「帰れ、下手くそー!!!ひっこめー!!」」
「お、いい感じに叫ぶじゃねぇか少年」
「俺達も負けてられねぇなぁ?」
自然と全員が笑顔になり、嫌なことを忘れ、苦しみから解放され、楽しいだけを詰め合わせたモノ。
それこそが『酒場』なのである。
「カーリ、お前いまいくつだ」
「今年で十三です」
「そうか、お前が十五になったら、今度は酒飲もうぜ」
「はい!」
「それまでは、ジュースな」
不貞腐れてカウンターへ、ベターと体重を預けるカーリ。
そんなカーリの頭をワシャワシャと撫でるビスティア。
「いつか、絶対、飲もうな…。」
☆
「待ちましたか?」
「二分三十秒ほどだ。気にするな。」
スラム街から帰ってきた次の日にロゼとレオは、時計塔の下で待ち合わせをしていた。
今日は、ロゼからの誘いで元学園街の方にデートしに来た二人。
レオは、【野性解放】の修行のために度々休暇を取っていたが、ルルアがいなくなってからと言うもの、本当にやることが無くなったレオ。
何もせずに、ウロウロとしていたレオを、ロゼが誘ったわけだ。
「その…なんだ…似合っている。」
「…!ありがとうございます!レオ様も格好いいですよ?」
「うっ……貴様も似合っているぞ。」
「さっき聞きましたよ」
初々しい総督様のやり取りに、つい周りにいた仲間達はニヤニヤと笑みを浮かべ、大人達は温かい目を送っている。
ロゼは、ハイエルフだと言うことが公になってから、顔を隠さなくなった。
少し胸元の開いた純白のワンピースに、最近日差しが強くなってきたこともあって向日葵の造花がついた大きめの麦わら帽子を被っている。
対してレオは、普段着ていた高めの服は全部売り払ってしまったため、安物で済ませている。
だが、レオにそんなものは関係ない。
白のTシャツに、黒のフード付きの羽織り、淡い青色のジーパンとシンプルなものだ。
それでもよく似合ってしまうレオ。
「今日はどこに連れてってくれるんですか?」
「敢えて決めてない。行き当たりばったりの方が楽しめると思ってな。」
「いいですね」
スケジュールをきっかり立てるかと思いきや、案外乙なことをするレオ。
肩を並べて、相手の歩幅を気にしつつ、ゆっくりと歩く二人。
「んんっ…小腹が空いたな。」
「えーっと、この近くに…あ、パン屋さんがありますね」
「寄っていくか?」
「いいですね」
わざとらしく咳払いをして小腹が空いたアピールをするレオ。
それを察したロゼは、近くのパン屋を指さす。
このパン屋は、カーリの誕生日プレゼントを買いに行く時に、ロゼが気にかけていたパン屋だ。
「カツサンドが人気らしい。」
「そうなんですね、じゃあカツサンドにしましょうか」
「ああ。」
どこにもカツサンドが売りなどと書いてはないが、事前に下調べを済ませあるらしいレオ。
それを察したロゼは、嬉しそうに笑う。
「あそこの噴水の近くで食べましょうか」
「ああ。」
パン屋から少し歩いたところに、小さな広場の真ん中に、二段重ねの大きな噴水が設置されている。
周りに自由に使えるベンチや、小さな花壇。
子供たちがパンを片手に小鳥に餌を与えており、それを夫婦が仲睦まじく見ている。
他にも散歩中の老人や、忙しく動く作業服の男性、ここがリベリオンの中だと忘れてしまうような穏やかな場所だ。
「いいところですね」
肌を焦がす少し強めの日差しに反射して噴水の水が光り、涼しげな雰囲気を出している。
「ああ。こういうところは大切だ。」
レオとロゼは、ベンチに腰掛ける。
「使うといい。」
「い、いえそんな」
「これもエスコートの一つだ。」
ロゼが座る前に、さっとハンカチをベンチに敷くレオ。
「美味しいですね」
「ああ。」
お互いに顔を見合わせてカツサンドを頬張る二人。
フワフワとしたパンに、分厚く切られた歯ごたえの強いカツ。
甘めのソースと、中に挟まれた野菜が油っこいカツをいくつでも食べられると錯覚できるほど食べやすくなっている。
「こんな日が続けば良いのに…」
「そう近い未来に続くことになるだろう。いや、続けさせると誓おう。貴様の平和は俺が守る。」
「ぅ……」
小さく呟かれたロゼの言葉に、レオは真剣に答える。
そんなレオに、顔を真っ赤にさせるロゼ。耳の先端まで真っ赤になっている。
「ロゼ…」
「あの、えっと…その…」
二人を包むいい雰囲気。
レオは、ロゼの顔をじっと見つめて肩を掴む。
肩を掴まれ、顔を真っ赤にさせながらオドオドとするロゼだったが、覚悟が決まったように目を瞑る。
「つ、次はどこに行く?」
怖気付いたのか、バっとベンチを立ち上がり、辺りを見渡すレオ。
「あそこなんてどうだ、陶器系が売ってるぞ。」
そう言って、店の方へと向かうレオに、ロゼは…
「なんでこういう時にだけ、ヘタレちゃうのかな…」
呆れたように呟いた。
それでも、「仕方ないか」と切り替えてレオの後を追うロゼ。
(次は私から…)
☆
「ふふっ」
ロゼは、左腕に付けられた、デートの途中でレオからプレゼントされた、翠色の石を使った綺麗なブレスレットを見ながら頬を緩める。
途中で、ヴィデレとの遭遇、ヒカルの横入り、カーリの嫉妬など色々あったが、楽しい思い出になったようだ。
最近いい感じに文字数を少なくできるようになりました