episode37 スラム街【後編】
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レオに顔を殴られたイティネの顔は、首から上の骨が無くなり、そこにあったはずの骨は、バラバラに砕かれて地面に破片となって落ちていた。
「あいたたた…もっと年寄りを労わってほしいね」
地面に落ちた砕かれたはずの骨が、不気味に小刻みに震え、宙へと浮かぶ。
そうすると、すぐに元の髑髏へと姿を変えて、再びカタカタを歯を鳴らすイティネ。
「やはり貴様、《死者還り》のイティネラートルの一族か。」
「やっぱり英雄くんは知ってたか」
嬉しそうな声音で話すイティネ。
レオは改めて、イティネという男(?)を観察する。
どこから出しているのかよく分からない嗄れた、年老いたお爺さんのような声。
全身は全て骨で出来ており、今も机のコーヒーの入ったコップの取っ手を真っ白な指の骨で掴んでいる。
「あっつつ」
などと、言いながら飲んでいる。
舌もなく、胃もなく、全身スカスカで奥が見えるのにも関わらずコーヒーが飲めている。なんとも不思議な光景だ。
「あの…もう入っても?」
「いや、少し待っていろ。そこのガキにでも休める場所へ案内してもらえ」
「チーラ、彼女達を三階のあの部屋へ」
「はい!」
ここまでレオを案内してくれた少年…チーラは、即即と、ロゼ達を元来た道を戻っていく。
「少し話をしよう」
イティネは、細い指の骨を組んで、引き込まれそうなほど暗い穴でレオを見つめる。
イティネは、上半身は全て骨をさらけ出しているが、下半身にはボロボロの深緑色のズボンと、焦げ茶色の革靴を身につけているという中々露出度の高い格好をしているが、見えているのは骨なので、今は突っ込むべき所ではないだろう。
「まさか唯一の生き残りがいたとはな。」
「唯一じゃありません。私達は死ぬことがありませんから」
イティネラートル。
本好きな者なら、誰もが知っている名だ。
『イティネラートルの放浪記』という約三百年前に出版された、名作家ライト・フラッシュの著書で、流浪の旅人であるイティネラートルという部族が、世界各地を旅をしながら、家族愛、友情などを育みながら成長していくという時にはドキドキハラハラし、最後には感動のラストが待ち受けている話だ。
登場人物である、イティネラートル達は、それぞれ固有の名前を持たないが、全員の見た目が骸骨であり、不死身という特徴を持っていて、独特の世界観が売りだ。
「だが、イティネラートルは創作上の架空ではなかった」
「そう。それが発覚したのは今から百七一前。突如、王国に対して約四十のイティネラートルが【深淵】をその身に宿し、王都を襲った。」
「懐かしい話しだよ。私はまだ子供だった。出ていった大人達の帰りを穴の中で一人、ずっと待っていたんだよ」
懐かしむように、ポッカリと空いた瞳で虚空を見つめるイティネ。
レオもその話はよく知っている。
何故なら、このイティネラートルの襲撃が、【血の収穫祭】の引き金になったのだから。
極月(十二月)の終わりごろ、雪がしんしんと降る中で、イティネラートルは、王都を襲撃した。
神の身を焦がすほど強力な恨み、妬み、苦しみ、様々な負の感情の終着点と言われている世界の大穴にして、その負の感情そのものである【深淵】。
別名神殺しとも呼ばれる【深淵】を、イティネラートルは、不死身の再生能力を活かしてその身に纏っていた。
「だが、イティネラートルの考えよりも遥かに、【深淵】の力は凄まじかった。」
「負の感情に飲まれ、私達イティネラートルは、完全に飲まれてしまった…」
自我を無くしたイティネラートル達は、手当り次第に破壊を尽くした。
森は散り、田畑は荒れ、全てが壊されていった。
【深淵】によって侵略された、王都の北側は今でも【死地】と呼ばれ、草木一本成長さない。
「暴走したイティネラートル達を食い止め、封印したのは当時、戦場で多くの活躍を残していた伯爵家。」
「多くの犠牲を出たそうですが、その力は絶大だと聞いています」
「……。そして【血の収穫祭】は起こった。」
イティネラートル達の襲撃は、イティネラートル達を封印した事で全てが解決したはずだった。
しかし、その後起きたのは伯爵家の暴動。
自分達が必死に戦っている中、傍観だけしていた他の貴族への不平不満が爆発したのだ。
そして、多くの貴族が殺され、フィエルダー家を含む三家以外全員処刑された。
これが【血の収穫祭】の裏側だ。
「王国は、伯爵家の暴動の本当の理由をかくすため、イティネラートルが掛けた『呪い』だと公開した。」
「そしてそのあと私は、たまたま王国兵に見つかり、先代国王の元へと捕縛されました。そして、裏の『殺し』と、『お掃除』を任せられました。もし、明るみになっても王国に喧嘩を売った一族の一人。なんとでも陥れることができますから」
「チッ…。」
イティネは、全体的に明るく、おおらかな口調で話しているが、その話は腹が煮えたぎるような、胸糞悪い話ばかりで、レオは舌打ちを零す。
「少し、外にでしまょうか」
イティネは、空気を変えようとレオを外へ誘う。近くに掛けて合ってあった麻色のトレンチコートを手に取って羽織ると、レオを外へ誘う。
レオはそれを承諾し、下で待っている仲間達を連れてスラム街の中を歩く。
「それから私は、王国に取って何かと都合のいいスラム街の長としてここをずっと治めて来ました。今から百二十年前の事です」
「ひゃ、百二十年…」
「不死身の私にとっては、本当にちっぽけな時間ですよ」
むせ返るような腐敗臭もそこまで気にならない程度にまで鼻が慣れてきたレオ達。
最初に通った道とは違う道をゆっくりと徘徊していく。
「ここに住む全員が、私の家族のようなものです。周りは『犯罪者と貧乏人の街』など言いますが、それは違います。ここには、犯罪者はいません。犯罪を無理矢理させられた者しかいないんです。それに、好きで貧乏でいる訳じゃない…!外で働こうとしても、それを国が許してくれないんだ!ふざけるな、私達に自由な権利はないのかッッ!!!」
話していくうちに、熱が入り、声を荒らげるイティネ。
無理も無い。ずっと、ここで見てきたのだ。
善良な者が、犯罪に手を染めるところを。
ここの街を出た者が晒しものにされ、殺されていくのを。
助け合った。王国から支給される少ない金銭を使ってここに逃げてくる『本当の犯罪者』から身を守り、少ない食べ物を皆で分け合い、知恵を振り絞り、死なないように生きてきた。
だが、その小さな助け合いも、限界に近づいていた。
三ヶ月前から王国が、スラム街を見放したのだ。
散々王国の為に犠牲になった、ここの人々の生活を、命を、何も告げず奪ったのだ。
イティネは許せなかった。
ここにいる者達をバカにする王国民が。
なによりも、自分達をここまで陥れた王国が。
それを見ても何もできなかった自分が。
イティネは強い。だが、それは不死身の力を入れても侯爵一人と同じ程度。
反乱を起こしても、すぐに封印され、同胞と同じ道を歩むことが目に見えている。
このままでは、ここにいる全員が死んでしまう…。
そんな時、レオの噂を耳にした。
王国に反乱を起こした貴族がいると。そこには、世界を救った英雄や、レオ以外の貴族も大勢おり、今度こそやってくれるのでは無いかと。
もしかしたらという小さな希望を、レオはスラム街に運んだのだ。
イティネは、その話を聞いて奮い立った。
本当の意味で自分達を導いてくれる逃げてばかりの自分とは違う英雄がいることに。
そして、イティネは、装備を揃え、どうにかレオのリベリオンに参加しようと。
そんな時に、レオがスラム街を訪れた。
良くも悪くもすぐに変身魔術を見破ったイティネは、二度とないチャンスだと確信してチーラをレオ達に接触させた。
そして、イティネは確信した。レオこそ、自分達を救ってくれる《英雄》だと。
「英雄くん、君は私達を、助けて…いや、守ってくれるかい?」
落ち着いたイティネは、少し開けた場所でレオ達の方を振り返る。
「ここにいる全員が、君の力になることを約束しよう」
広場に集まっていたのは、体に刺青を入れた屈強な男から、顔を青白くしている病弱そうな女、先ほどの少年よりももっと若いにも関わらず剣を担いでいる男の子。
老若男女、様々な人達が集まっていた。
「ここにいる全員が、王国に対して恨みを持っている。家族を殺された。友人を殺された。恋人を殺された。住む場所を奪われた。罪をなすりつけられた。金を理不尽に採取された。当然、馬鹿みたいな私怨もあるだろう。だが、ここにいる人間は等しく君と同じ、王国の革命を夢見ていいる」
「悪いが、俺は守りたいと思ったものしか守らない。王国を変えるのも、俺が守りたいものに不利益が生じるからに過ぎない。貴様らを守る気も、助ける気なんて微塵も無い。」
「そうか……。」
イティネを含め、レオの答えに後ろにいた全員が顔を曇らせる。
「が、もし俺のロゼに危害が及ぶ可能性があるのなら、俺はそれを見過ごすことは出来ない。そうだな…全て、監視下の元に置いて、戦場の最前線で危険な目に合わせるのが妥当か。」
「…!ああ、あぁ!ここには指名手配されている者も多い!もしかしたら、暴行を加えるかもしれない!何が起こるかわからないよ!!!」
嬉しそうに、だが感動して泣くのを我慢しているように声を震わせて、とんでもない事をいうイティネ。
全身から喜びという喜びが溢れ出ている。
スラム街の人々もわっと盛り上がり、喜びで膝から崩れ落ちたイティネの肩を抱いて笑顔を見せている。
「ふん…なら仕方ないか。」
「ありがとう…ありがとう…」
「馬鹿か。今から生きてることを後悔するほどこき使ってやる。」
「ありがとう……」
何度も、何度も何度もレオに対してお礼を告げるイティネ。
「おい、シムル、ロゼ。今からここにいる全員に炊き出しだ。準備しろ。」
「「はい!」」
「他は全員、近くの森で山菜の採取と、狩りだ。一匹でも多く捕まえろ。」
「「「了解!」」」
レオの指示で、次の行動へと移すシムル達。
全員が、喜々とした表情を浮かべ、嬉しそうだ。
「さて、炊き出しが済んだら、ちょうきょ…訓練の始まりだな。」
「え……?」
「当たり前だろ?これから貴様らは戦場の前線に出るのだ。すぐにでも始めないと手遅れになる。」
そう言ってこちらも、顔を喜々とするレオ。
「さぁ、始めよう。」
『『『ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』』』
これまで誰も見た事のないような笑顔を浮かべるレオは、イティネ達、スラム街の人々にとって悪魔のように見えた。
携帯をiPhone8に機種変更しました。慣れないキーボードで、執筆スピード落ちるわ、誤字増えるわで中々上手くいきません…。