episode30 ナーブス=ルーナティック【三】
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カーリは、レオに「覚悟が無いならリベリオンをやめろ」と言われてからずっと考えていた。
覚悟とは何か。
人を殺すこと。殺した人の未来を奪うこと。その家族と幸せを壊すこと。
受け入れ難い真実に。
いつか。と先送りしていた現実に。
ビスティアは、カーリに言った。「自分の好きなようにしろ」と。
ヒカルは、カーリに言った。「自分自身で決めなさい」と。
レックスは、カーリに言った。「ちゃんと向き合わないとダメだ」と。
グランやレナのように、ロゼやレオを連れ去ろうとする。それは、敵であるが、何かしら理由があった。
だが、ナーブスは違った。純粋なまでの腐りきった『悪』。
そこに理由などなく、ただそれは、本人の欲求を満たすだけのもの。
「俺は、お前のような『悪』から皆を守る正義になる」
十を守るために一を殺すことを取ったカーリ。
一を守るために十を殺すことを取ったレオとは対極的な選択と言えるだろう。
「多数側を正義と見るなんて、君はまだまだ甘いね~!」
「なんと言われても、俺は決めたんだ。もう、俺の手の届く範囲じゃ、誰も死なせない」
カーリは、悩み、踠き、足掻いて、辿り着いた末に覚悟を決めた。
これは、カーリの大きな成長。サナギが羽化して、蝶になって大空に羽ばたくように。
カーリは今、未知の空へ飛び立った。
そして、カーリの成長に、カーリの想いに応えるように、金色のオーラが一瞬、強く、眩く光る。
「うっ…」
ナーブスは、あまりの眩しさに、目を閉じる。
瞼の裏から、光が収まったことを察すると、薄らと目を開ける。
そこには、白金色のオーラを纏ったカーリの姿があった。
☆
「金色のオーラは、【勇者の魂】の具現化。本人の気持ちに応える、勇者だけに認められた力」
壁に背を預けながら、懐かしむように呟くヒカル。
マリーから伝えられ、急いでレオ達の元に駆けつけたヒカル。
衝撃的な中の様子に、顔を曇らせながらも、カーリの成長を邪魔してはいけないと、ヒカルは苦渋の選択をした。
「懐かしいですね…本当に…」
正義なんてものは、本人の我儘だ。
人それぞれ違った正義があり、みんなの言う正義とは、ナーブスの言ったように、多数側の意見でしかない。
正義を実現するために、正義を現実へと変えるために、正義を体現させるために必要なのは『力』。
王国がこの世界のほとんどを掌握していたのも、魔王ゼーナがこの世界を侵略できたのも、ヒカルが魔王ゼーナを倒せたのも、正義を貫く『力』があったから。
自分の正義が正しいと思えば思うほど力が増す【勇者の魂】。
カーリは、ナーブスを殺すことが正義だと思った。
故に、【勇者の魂】は、その本来の力を発揮し、白金色のオーラへと変化した。
勇者だけが使える、【チートオブチート】な能力。
デメリットは無く、必要なのは、なんとしても自分の我を通すだけの我儘。
「もう、カーリくんを止められるものは誰もいません」
白金色のオーラが、うっすらとだが、ハッキリとヒカル体を包んだ。
☆
「遅いんだよ。泣き虫勇者。」
「怪我の方は?」
「貴様がこいつを引き付けてる間に、完治させた。」
「なぁ、レオ」
「なんだ。」
「ごめん」
「後にしろ馬鹿が。」
白金色のオーラを纏ったカーリの肩に、レオの手が乗せられる。
疲労が見えるレオだが、【魔闘気】は健在で、まだ大丈夫そうだ。
「周りは俺がやる。貴様は、アイツをぶちのめしてこい。」
「ああ!」
レオはこの時、入学式を思い出していた。
レオがグランを、カーリが黒装束の男達を。
「あの時の逆だな。」
「ん?」
「何でも無い。いくぞ。」
同時に駆け出すレオとカーリ。
レオは、周りにいる、魔術で操られた亡き生徒達を救うべく、部屋の中を縦横無尽に駆け回る
「今、助けてやるからな。【反魔術】。」
レオは、女生徒の体に残る痛々しい傷を見て、顔を曇らせながらも、女生徒にかかった魔術を解除していく。
レオは、次々と生徒達を助け出していく。反魔術で、解放され崩れ落ちる冷たくなった仲間達の体を抱きとめながら。
「あはっ、僕はね、無抵抗な子を殺すのも好きだけど、強い子を殺すのはもーっと好きなんだ!」
「【加速】」
嬉々とした表情を浮かべるナーブスに、カーリは、加速し、正面から突っ込む。
「僕も本気で行くよ!」
ナーブスは、途轍もない速さで自分目掛けて突っ込んでくるカーリに対して、敢えてそれを正面から受け止め、拳を振るう。
「はぁぁぁ!!!」
カーリは、ナーブスの拳に合わせ、自分の拳を打ち込む。
ぶつかる二つの拳。
パァンという、空気が破裂する音と、激しい衝撃音が部屋に響く。
「らぁ!」
カーリの回し蹴りが、ナーブスの右頬に突き刺さる。
「お返しだよ!」
カーリに蹴りを入れられても、笑顔のナーブス。
ナーブスも、お返しとばかりにカーリの腹に蹴りをいれる。
「楽しいね!楽しいよ!もっと楽しませてよ!あはっ、あはは、はははははは、あははははははは!!」
「なんなんだよ、お前は!」
殺し合いを心から楽しむナーブス。
体に傷を作り、血をどれだけ流しても、笑顔を絶やすことなく、カーリに向かって打撃を繰り返す。
そんなナーブスに、苛立ちを隠せないカーリ。
何故そんなにも、楽しそうなのかと。
「【加速】」
「あと四つだね、四つ!四つ!よっつ、よっっつ、よつよつよつよよよよよぉぉぉぉぉつつつ!!!」
加速したカーリの体が、ナーブスの打撃を掻い潜り、ナーブスの心臓に剣を突き刺すカーリ。
ナーブスの体の傷が消え、顔に正気が戻る。
だが、ナーブスの三日月のように開かれた口は、戻ることは無い。
「ド平民!」
「レオ!終わったのか!?」
「ああ。全員、無事に魔術から解放した。」
「よかった…ちゃんと、供養してあげないとな」
ナーブスに肩を並べて、剣を向けるカーリとレオ。
『決意』と『覚悟』。
考えは対極でも、二人の目的は一致している。
「あひゃ、あひゃひゃひゃっひゃっひゃっ!!殺す!殺す!殺す!ころす!ころすころすころすころす!コロスコロスころす殺す殺すコロス!」
死ぬのが快感で、何度でも生き返るとしても、痛みはあるし、自分よりも低い爵位のレオと、平民であるカーリに殺されるという事実にナーブス自身、気づいていないところで精神的ダメージは大きいのだろう。
遂にそれが、ナーブス自身で耐えられないほどのものとなり、ナーブスの唯一として残っていた理性的な部分の箍がはずれた。
今のナーブスはもう、目の前の生物を殺そうとするだけの、狂った殺人機械でしかない。
「「まずは、あのイカレ野郎を倒す!」」
「キテ、キテキテキテキテキテ!キテキテキテキテキテキテキテキテキーーーテ!!!!」
ナーブスはカーリと、レオを迎え入れるように、大きく手を広げる。
「次は俺の番だな。…【野性解放】。」
レオは、カーリに負けられないとばかりに、最近身につけた奥の手を使う。
【野性の解放】。ヴィデレとの修行で身につけた、レオの新しい力。
「"正々堂々正面から相手してやるよ"」
レオの雰囲気がガラリと変わる。
好戦的な瞳、普段あまり開かれない口から、獰猛な犬歯が覗く。
普段のクールなレオとは違う。今はむしろ、クールとは対極的と言えるほどだ。
「それ、知ってるよー!?入学式に使ってたやつだよね!卑怯なレイオスにピッタリな手だよね!」
「喋るなよ、クソ野郎…お前の臭い口が開かれる度に鼻が折れ曲がりそうなんだよ」
「お、おい、レオ」
「お前みたいなクズは生きてる価値はねぇ。俺が制裁をくだしてやる」
あまりのレオの豹変ぶりに、カーリすらも目をまん丸と開けて驚いている。
「クハッ!いくぜ、【雷同】!」
「あーもう!【加速】!」
ナーブス目掛けて、正面から飛び出すレオ。
いつもと違い、自ら突っ走るレオに、カーリは訳が分からないと頭をグシャグシャと乱暴に搔くと、諦めたように【加速】を使って、レオのあとを追いかける。
「どうせまた、後ろから攻撃するんだろ!?読めてるんだよねぇ!」
ナーブスは、後ろに意識を回し、レオの動きに目を凝らす。
レオの"正々堂々勝負する"という、相手を騙す言葉は、知っている相手には通用しない。
「お前、馬鹿だな!」
だが、レオにそんな浅はかな考えは通じない。
裏を読まれているのなら、更に裏をかけばいい。レオにとってそれは呼吸をするような、ただそれだけのこと。
正面から突っ込んでくるレオに驚きながらも、ナーブスは、しっかりレオに向かって拳を振るう。
脳が壊れたことで、フィエルダー家と同じように、潜在能力のリミッターも外れたのか、先程よりも鋭い突きだ。
「見えるんだよなぁ!」
だが、その拳は、レオに当たることは無い。
超人的反応で、ナーブスの拳を避けたレオは、そのまま跳躍し、ナーブスの顔に膝をぶつける。
「第二ラウンド突入だ」
部屋全体に魔術陣を配置したレオは、獰猛な笑みを浮べる。
血に塗られた処刑場で次に殺されるは、レオか、カーリか、ナーブスか。
活動報告の方で、Twitterでいただいたロゼのイラストを公開しました。
とても可愛らしいイラストなので、是非見てください!