episode29 ナーブス=ルーナティック【二】
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「何故ここに貴様がいる。」
ナーブス=ルーナティック。
学園に一番近い場所に存在する、ルーナティック侯爵領の現当主。
ルーナティック家は、フィエルダー家の【ギアス】と同じように、固有の能力を持っており、人間では不可能に近い怪力を有している。その力は、トロールすらも素手で殴り飛ばせるほどの馬鹿力だ。
見た目は常に年端も行かない少年だが、二十年前から当主をしており、誰もその年齢を把握していないことで有名だ。
夜月のような金髪に、常夜のように暗い紫色の瞳、レオ達と同じ勇者記念魔術学園の制服を身につけているが、時間の経ったせいか、赤黒くなった血で染まっている。
「それを聞くのは野暮なんじゃな~い?」
「いつから侵入していた。」
「八年前からだね。僕は、変身魔術も得意だから」
さらりと、内部事情を告白するナーブス。まるで、そんな事には興味が無いと言った感じだ。
「何故このタイミングなんだ。今、行動に起こす理由はないだろう。」
「王国には無くても、僕にはあるよ」
「何?」
「君と、そこにいるカーリくん…君達が奴隷商を潰してから、僕の楽しみが取られちゃったんだよ!クソッ!!」
苛立ちを隠せず、叫ぶナーブス。その顔をは、猟奇的なまでに狂い、怒りで顔をグチャグチャにしている。
ナーブスは、生まれた時からの快楽殺人者。
純粋に人殺しを楽しみ、人の怯える目に快感を覚える狂人だ。
だが、貴族として、そんな事をしているのがバレては、爵位を剥奪されるかもしれない。
そんな時に、ナーブスは奴隷商で奴隷を購入し、それを殺すことで殺人欲求を満たしていた。
だが、先日、レオとカーリによってナーブスがよく使っていた奴隷商が潰されてしまい、殺人が出来なくなった。
「お前達のせいだ、抑えられなくなっちゃったんだよ、仕方ないだろ!?」
「屑が。」
「何とでも言えばいいよ、僕は今、怒ってるんだ」
「奇遇だな。俺も、未だ味わったことの無いくらい、貴様への怒りで腹が煮えたぎりそうだ。」
ナーブスは、拳を握り、レオは剣を抜く。
一触即発。今すぐにでも戦いの火蓋がきられそうなほど、場は緊迫している。
「【加速】」
瞬間。
レオの隣で、爆発的なまでに魔力が膨れ上がる。
レオが隣に視線をやると、カーリが、今までの比ではないほどの明るさの金色のオーラを身に纏っていた。
そしてカーリは、レオの目でも追えないほどの速さでナーブス目掛けて【加速】し、剣を振るう。
「ガハッ…!」
唐突な出来事に、ナーブスは反応できず、カーリの剣がナーブスの腹を貫く。
カーリがナーブスの体から剣を抜くと、力無く地面に倒れるナーブス。その顔は驚愕で染まっている。
「酷い臭いだな、レオ」
「ああ。」
「俺、ここによく買い物しに来てたんだよ」
「ああ。」
学園街の端。反乱を期に立ち退いたが、元々ここは、男性向けの服を売る店だった。
今では、店内は噎せ返るほどの悪臭で包まれ、血で汚れ、多くの死体が転がっている。
元々行方不明だった者の死体もあるのだろう、既に、人の形を留めてないものもある。
「なぁ、レオ。フドが…アイリスが…みんなが……」
「……ああ。」
カーリの目から、大量の涙がこぼれ落ちる。
どれもこれも見たことのある顔が、体から大量の血を流しながら倒れている。
その中には、カーリの知り合いであるフドを始める、アイリス、そしてルルアの姿もそこにはあった。
「あっは、あはは、あははははははは、はははははははは!!!!」
ナーブスは、壊れた人形のように笑い始める。
部屋の中に反響する、不気味な笑い声。
「死ね。」
レオは、地面に倒れたままのナーブスに冷ややかな目を向けながら、心臓に剣を突き刺す。
「殺すのもいいけど、殺されるのも悪くないよね…あはっ」
「なっ!?」
確かに息の根を止めたはずのナーブスが、心臓に剣を刺されたまま、喋り始める。
「ねぇ、二人共。侯爵ってのを舐めすぎなんじゃないかな?」
ナーブスから膨れ上がる殺気を感じ、レオは剣を、ナーブスの体からすぐ様抜くと、後ろに下がる。
「百七十年前。伯爵家の暴動から侯爵を始めとする多くの、貴族は焦りを感じたんだ。それから、侯爵、公爵、王族は、更なる力を求めた。そして、手に入れたんだよ、君たちじゃ勝てないくらいの大きな力をね!!」
「【血の収穫祭】か。」
現在、爵位を持った家は…
公爵家、九。
侯爵家、十五。
子爵家、三十四。
男爵家、六十。
伯爵家、『三』。
戦場に身を置くことで、常に進化をしてきた伯爵家。確かに、侯爵や公爵に比べたら、大きな実力差が元々あったのだろう。
だが、百七十年前に、収穫祭の日に起きた二十の伯爵家が手を組んだ暴動により、一般人には被害は無かったものの、多くの貴族が死んだ。
その中には、王族も含まれていた。
圧倒的差が、長い年月が経つことにより、縮まってしまった。
それに焦りを感じた王国は、暴動に参加した伯爵家の人間を全て処刑。
そして、侯爵、公爵、王族は、これまでの慢心を改め、更なる力を求め、手に入れた。
その結果、伯爵家ではたどり着けないほどの高みへと上り詰めたのだ。
「僕の家の新しい力は死霊魔術の一種でね、百人殺す度に自分の命のストックを一つ増やすことができる、オリジナルの固有魔術なんだよ。僕の命のストックは後、九。さて、僕を倒せるかな?」
「さっきと同じように殺すまでだ。行くぞ!【ギアス】【魔闘気】。」
レオは、瞬間的にギアスを解放し、魔闘気を身に纏う。
【静地】を使って、一瞬でナーブスとの距離を縮めるレオ。
「ふんっ!」
だが、それにナーブスは、きちんと反応していた。
ナーブスは、レオの顔目掛けて、拳を振るう。
レオは、ギリギリ首を捻ることで躱すと、ヒュンという風切り音が、レオの耳を掠めていく。
「【生き返れ】」
ナーブスが、魔術を発動すると、周りの死体がまるで操り人形のように動き出す。
「外道が!」
「なんとでも言うがいいよ!」
「おい、ド平民、いつまでも泣いているな!!」
ナーブスの拳を避けながら、レオは、後ろで一人佇むカーリへと視線を向ける。
「……れが……しな…と…めな…と…」
「チッ!」
カーリは、ブツブツと小さな声で、独り言を呟き、完全に自分の世界に入っている。
使い物にならないカーリに、舌打ちを零すレオ。
「しまっ…!」
「油断したね!」
レオが、カーリに気を取られていた一瞬、地面の血に足を取られ、バランスを崩す。
その隙を逃さず、鋭い拳をレオの腹に打ち込むナーブス。ドスンという鈍い音がした後、レオの体が吹き飛び、壁に激突する。
「くぅ…!」
「アー…」
苦痛の声を漏らしながら、立ち上がるレオに、ナーブスの魔術で生き返った一人の男生徒がレオに拳を振るう。
レオは、その拳を勢いよく横に飛び、躱す。
「また余所見した!」
「【雷同・反転】」
レオは、自分目掛けて突進しながら拳を振りかぶるナーブスを、体ごと大きく捻ることで回避する。
やられてばかりのレオでは無い。
自分の後ろの壁に【雷同】を展開する。しかも、ただの【雷同】では無い。魔術の効果を反転させたのだ。
通常ならば、壁を殴ったとしても壁に雷が迸るだけで終わるが、反転させれば当然、逆になる。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
ナーブスの体を雷が襲う。
苦痛の叫びをあげるナーブス。体が痺れ、肌が焼き焦げる。
「【雷鳥剣貫】【雷槍】【風刃】」
次々とナーブスの体に魔術打ち込むレオ。
ナーブスの体を、雷鳥が貫き、雷槍が刺され、風が切り刻む。
「残り…八!」
「あがっ……。」
レオは、とどめを刺すためにナーブスへと剣を振り下ろした。
だが、ナーブスは、放心状態から、自分の心臓を自らの手で抉ると、目を見開いて不敵に笑う。
体の傷も、生まれ変わったかのように元通りになる。
そして、ナーブスは、空いている手を使って、ガラ空きのレオの体に再び拳を打ち込む。
「こいつら使うまでも無かったな~」
地面に倒れ込むレオを見て、ナーブスは、生き返られさせた死体を見ると、退屈そうに呟く。
「まぁ、せっかくだし、あっちの奴を殺させようかな~、その間に僕もレイオスをいたぶるとしますか~!」
未だ、ブツブツと独り言を呟くカーリに、動く死体達を向かわせるナーブス。
だが、次の瞬間、ナーブスの顔は再び驚愕に染まる。
「な、なんなんだよ、その魔力!おかしいだろ!お前、貴族でもなんでも無いだろ!」
直視できないほど眩しい光をその身に纏ったカーリを見て、ナーブスは、驚きの声をあげる。
今のカーリの体からは、レオの魔力の数倍以上の魔力が感じ取れる。
長年貴族をしているナーブスでも、体感した事の無い魔力に、ナーブスは本能的に恐怖を覚える。
魔力とは【魔の力】そのもの。日常的に使っているとはいえ、ここまで強大な力としてぶつけられると、自ずと体は、本能的に逃げ出したくなる。
「【加速】」
カーリの体が加速する。
だが、その姿は、光のように、気づいたらそこにある。
ナーブスの体から、血が飛び散る。カーリが、ナーブスの首を剣で斬ったからだ。
「なっ…」
「残り七だよな?」
「がはっ…!」
「六」
凄まじい速さと力。
ナーブスは為す術もなく、蹂躙される。
「調子に乗るなよ!」
ナーブスは、恨めしそうにカーリを睨むと、レオと同じように、カーリへとその拳を打ち込む。
「無駄だ」
「な…に…!?」
ナーブスの拳は、カーリの体に突き刺さる前に、カーリに容易く受け止められる。
「悪いけど、俺は決めたから」
ナーブスの拳を握りしめながら、そう、呟くカーリ。
迷いと葛藤の末、その瞳には、確かな覚悟があった。
覚醒のインフレが起こりそう…。




