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タキオン・リベリオン~歴史に刻まれる王国反乱物語~  作者: いちにょん
王国反乱編 第一章 決意
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episode2 ロゼ【後編】

episode2ロゼを2つに分けました。

初見の方は関係なくてすみません。

◇ 学園裏の森 ◇【王国歴1044年種月(九月)7日】



 森中に響くトロール亜種の叫び声。

 その声は重く、低く、どこまでも遠く響き、例えるなら絶望を告げる鐘。


「あっちか。」


 トロール亜種の声を頼りに森の中を駆けるレイオス。

 暫く走ると、木々の隙間からトロール亜種の横顔を捉える。


「っ…!」


 トロール亜種の顔を見た時、レイオスは奥歯を強く噛み締めた。

 トロール亜種の口から生徒のものと思われる腕がぶら下がっていたからだ。


「間に合わなかったか。」


 そう呟いたレイオスの声はどこまでも冷淡で単調で、だが明確な怒気が含まれていた。


「……。」


 レイオスがトロール亜種の元へと駆けつけた時、トロールの口には先程見えた腕はない。

 だが、トロール亜種の足元には真っ赤な血溜まりができていた。


 トロールは中級に属し、群れではなく、単体で行動することが多い超大型の人形魔獣。

 頭に特徴のある捻れた角を持っており、深緑の肌とボテっとしたお腹が印象的だ。

 今回現れたトロールの亜種は深緑の肌ではなく、ドス黒い赤い肌に、通常よりも長い角をもっており、その体に余分な脂肪は存在せず、筋骨隆々としていた。


「ぁ…あぁ……」


 ふと、声がした方をレイオスが見ると、腰を抜かして真っ直ぐとトロール亜種の方を見つめている麻色のローブを被ったロゼの姿があった。


「生き残りがいたか。」


 ロゼを一瞥したあと、レイオスはすぐにトロール亜種の方へと視線を戻した。


 いきなり現れたレイオスに対して不思議そうな声をあげたトロールは足元を見る。

 新しい獲物を見つけたトロール亜種はその顔を楽しそうに醜く歪めた。



◇ とある洞窟の奥深く ◇ ───────


 トロール亜種が生まれたのは、ある洞窟の奥底。

 そこは魔素が色濃く、様々な強い魔獣が生まれていた。

 だが、トロール亜種は他のどの魔獣よりも強かった。


 ある日、トロール亜種は悟った。


 自分は特別だと。


 他よりも強く、賢く、気高いと。


 実際に、トロール亜種は強かった。

 亜種というのは、【強個体】とも呼ばれるイレギュラーな存在。

 同じトロールでも腕力一つから全てが通常のトロールより上。


 そしてレイオス達のテストと同日。

 洞窟の奥底にいたトロール亜種の足元に光った魔術陣にトロール亜種は抵抗するも、抵抗虚しく、魔術陣に吸い込まれた。


 そしてトロール亜種は気がつくと、その両の眼は初めて見る光景を映していた。

 全てを照らす太陽。青々と茂る草花。自分の身の丈と変わらない木々。

 そして、洞窟では見たことのない生物がいた。

 人間…学園の生徒達だ。

 人間は、小さく、脆く、何よりも弱い。

 トロール亜種は辺りにいる人間を手当りしだいに殺し、食べた。

 人間があげる悲鳴は麻薬のようにトロール亜種にとって心地のいいものだった。


 そしてトロール亜種は、自分はこの新しい場所でも強いと感じた。

 自分がこの世界で最も強いと。


 だが、それはつかの間の出来事だった。


 トロール亜種の前に新しく現れた人間レイオス。 

 最初は、先ほどまで殺した人間と変わらないと思っていた。


 だが、トロール亜種は気づいていない。

 自分が敵に回したのは、先ほどまで殺していた人間とは全く別物だということに。



◇ 学園裏の森 ◇【王国歴1044年種月(四月)7日】


「フィエルダー家は代々、戦場の先頭に立ち、国を守ってきた。それがフィエルダー家の使命だからだ。」


 レイオスが何を言っているのか、トロール亜種には理解することはできない。

 だが、トロール亜種はここで本能的に感じ取った。


 明確なまでの【死】。


 自分の死がトロール亜種の脳裏によぎった。

 レイオスが一歩踏み出す度に、トロール亜種の呼吸が荒々しくなり、体が冷えきっていく。

 明確に近づく自分の死にトロール亜種は生まれて初め恐怖した。


「国を守るということは、国にいる民を守ること。力の無き平民共を守るのが貴族であり、フィエルダー家の当主である俺の役目。」


 また一歩、また一歩と近づくにつれて色濃くなるレイオスの殺気にトロール亜種は遂に耐えられなくなった。


 自分を戒めるように、言い聞かせるように放たれたトロール亜種の咆哮。

 そして、トロール亜種は恐怖を打ち払うように片手に持っていた棍棒をレイオスに向かって振り下ろす。


「だが、守れなかった。これは俺の罪だ。」


 振り下ろされた棍棒をひらりと軽く上に飛んでかわすレイオス。


「罪への償いは貴様を殺すこと。それが俺に今出来る死者への償いだろう。」


 レイオスの言葉とともにトロール亜種の胸に、大きな魔術陣が刻まれる。


「【 雷同(らいどう) 】。」


 振りかぶられたレイオスの左の拳は魔術陣の真ん中に撃ち込まれる。

 撃ち込まれた拳に反応するように魔術陣が光り、魔術を中心にトロール亜種の体に(いかずち)が走る。

 トロール亜種も衝撃には耐えられず、膝を付く。


 この技は中級雷魔術の一つで、敵に魔術陣を刻み、そこに衝撃を与えるとその衝撃に応じて威力が増す雷が全身を襲うという技で、レイオスが最も愛用している魔術の一つだ。


「ほう、耐えたか。」


 膝を付いた状態で、息を吸い込み、咆哮をする予備動作に入るトロール亜種にレイオスは感嘆の声を上げる。


「させるわけがないだろ?」


 レイオスが右手の木剣を振るうと、トロール亜種の喉から鮮血が飛び散る。


「トロールの使う固有魔術は咆哮に魔力を乗せ、相手の聴力を奪うものだったか。亜種である貴様の魔術がどんなものかは知らんが、魔術の反応があったからな…。貴様の喉を斬らせてもらった。」


 地上に着地したレイオスは、ゆっくりとトロールに近づく。


 先ほどトロール亜種が使おうとした固有魔術は咆哮に魔力を乗せ、相手の五感を狂わせるというものだ。

 この咆哮は、トロール亜種の最後の悪あがきのようなもので、喉を斬られたトロールはそのまま体を地面に倒れるように崩れていった。


「終わったか…。おい、無事か?」


 レイオスはずっと後にいたロゼに話しかける。


 後ろを振り向いたレイオスの視線の先には、ツンと尖がり、人のそれよりも長い耳と美しい翠色の髪を持ち、思わず目を奪われるような美しい少女がいた。


「その耳は、耳長族…いや、まさか…ハイエルフか?」


 レイオスの言葉にロゼはビクッとその身体を震わせる。

 ロゼは自分の頭の上に手を乗せ、ローブが無いことに気がつくと慌てて、ローブを深くかぶり直す。


「あ、あの…」

「おい、一つ聞く。お前はハイエルフか?」

「…………はい」


 長い沈黙のあと、静かにレイオスの問いかけに肯定するロゼ。

 ロゼの肯定を聞き、自分の目頭を押さえ、唸るレイオス。

 そして、数秒の沈黙のあと、


「まず、お前の存在について他者に口外するつもりは無い。」

「ほ、ほんとですか…?」

「ああ。学園や国。他人に他言しないとフィエルダー家の当主として誓おう。」

「あ、ありがとうございます!」

「だが、こんなところにハイエルフがいるとはな…。」


 レイオスがここまで驚き、その存在を隠すのには理由がある。

 ハイエルフとはエルフ族の亜種。

 トロールと同じ強固体とも言える。

 人の数倍生きると言われているエルフよりも更に長い寿命を持ち、魔力量が無尽蔵に近く、魔術の才能も人族の数倍も長けており、その容姿は神にも遜色ないほどと言われている。


 だが、そのハイエルフは三百年ほど前、その容姿の良さと、無地蔵の魔力を戦争で利用する事を目当てに、大々的なハイエルフの乱獲が王国始まった。

 今ではハイエルフは絶滅したと言われ、その姿を見たものはここ十年程いない。


 その事もあり、今でもハイエルフは莫大な懸賞金が国からかけられているため、レイオスはその存在を秘密にすると、ロゼに誓ったのだ。


 通常、エルフ族は耳の長さは普通の人間と変わらないが、耳の先端が尖っていて翠色の髪を持つ。

 耳長族は、耳が異常に長く、黄色の髪をしている。

 ハイエルフは耳長族のように耳が異常に長く、先端が尖り、翠色の髪を持つ。


「やっぱり、珍しいですか…?」

「珍しいもなにも、純粋なハイエルフは生まれて初めてこの目で見たな。今でも耳長族がイタズラで髪を染めているって言った方が信憑性がある。」

「あぅ……」


 普段から人と馴れ合わないため、こういう相手の重大な秘密を知った際、どんな反応をして、どんな対応をするのが正解なのかレイオスは知らなかった。

 そのため、レイオスは頬をかきながら困ったような表情を浮かべていた。



「……取り敢えず、学園に戻れ…と言ってもその怪我をした足じゃ無理か…【ヒール】。」 

「あ、ありがとうございます…」


 レイオスは初級回復魔術のヒールを唱え、怪我をしていたロゼを足を癒す。


「他の魔獣はあらかた片付いたようだな…。」


 騒がしかった森全体が静かになっているのを感じ取り、レイオスは少し胸をなでおろす。


「そう、ですね…」

「その…なんだ。学園まで送ってやる。」

「え?」

「学園へ連れて行ってやると言ったんだ。いいから少し、そこで待ってろ。」


 レイオスはトロールの死体に近づくと、角を引っこ抜き、周りの血溜まりからいくつかのペンダントや指輪を拾う


「あの…それは…」

「討伐の証拠と、遺品だ。貴様が気にするようなことでもない。」


 ロゼの手を引っ張り、立たせたあとに肩を貸すレイオス。


「あの、本当にありがとうございました…」

「貴様は礼を言うばかりだな。礼を言うくらいなら、次に敵と遭遇した時にどうしたら生き残れるか考えておくんだな。」


 少しして慣れたのか、いつもの調子を取り戻したレイオスの口は止まらず、学園に付くまでロゼへの嫌味が続いた。


 あの後、このイレギュラーな事態は学園中で話題となり、死んだ生徒の保護者への謝罪など色々と忙しく動いていた。

 更に、突如現れた魔獣に関しては最後までわからずじまいで、学園側はかなりの批判を国から受けたという。



◇ ─────── ◇


「役者は揃った。さぁ動き出した歯車は止まらねぇぞレイオス?俺はずっとこの時を待ってたんだからなぁ」


 ククッと喉を鳴らし笑う影。

 その顔は憎悪に満ちていた。



時間が欲しい。

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