episode21 最終日
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「最終日だ。残り二十四時間。」
古ぼけた懐中時計の短針が一番上を指すのを見ながら、ヴィデレは、未だに魔闘気の修練をするレオに聞こえるように読み上げる。
レオは、四日目から自室に戻ること無く、ずっと訓練場に篭っていた。
「ああ。」
短く返事を返すレオの顔には焦りが見える。
動きやすいようにと買った無地の白のTシャツは、多くの汗を吸い、レオの体にビッタリと張り付いており、体中は土で汚れている。
『魔力』と『気力』。
本来ならば、合わさることの無い二つの力を、合わせるということは言葉で言うよりも遥かに難しい。
針の穴に糸を連続で通すような繊細な魔力コントロールが要求され、少しでも間違えば、魔力は魔素へと戻って散ってしまう。
そして気力は、同じ精神状態をずっとキープしなければならない。少しでも心に乱れがあればそこから綻び、崩れていく。
「くっ…。」
レオの唇から苦痛の声が漏れる。
丸一日かけてレオが出来たのは、魔闘気を辛うじて維持できる程度。
普通ならこれでも充分と言える成果だ。だが、レオが望むのはその先の先。
目視できるほどの、強大な力を維持し続けるだけで精一杯な状態にレオも焦りを隠せず、その焦りが気力を崩し、更なる悪循環を生み出す。
「小僧、一度休憩を挟もうか」
「必要ない。」
「遠回しに言っている間にやめておけ。それ以上は相手に恥をかかせるだけだぞ?」
ヴィデレの言葉にレオは纏っていた魔闘気を解除すると、【ギアス】を戻し、一息付くと後ろを振り返る。
「あ、えっと…」
「我が弟子がレオきゅんのためにお弁当を作ったので食べてあげてください」
「に、ニーツさん!?」
「レオ…きゅん……きゅんってなんだ……。」
お弁当箱の包みを胸に抱え、モジモジとレオの顔色を伺うロゼ。一向に話を切り出そうとしないロゼだが、それを許さないニーツ。すかさずロゼの内心を暴露する。
まぁ、レオはそれどころではないようだが。
「レオ様…頑張って作ったので食べてください!卵焼き多めに入れておきました!!」
深々と腰を折り、まるでラブレターを手渡すようにお弁当箱をレオへと突き出す。
「…ちょうど小腹が空いてたな。」
レオは少し顔を逸らしながら、ロゼの手から弁当箱を受け取ると、包みを解き、弁当箱を開く。
「どうですか…?」
「いつもよりも甘いな。」
「お疲れだと思って、少し砂糖を多めにしておいたんです」
「そうか…まぁ、悪くない。」
頬を少し赤らめながら卵焼きを頬張るレオ。
ロゼもその姿を見て嬉しそうに微笑む。
「甘酸っぱいな」
「お腹いっぱいです。」
そんな弟子二人を見て、微笑む師匠二人。
「さて小僧。時間はまだあるがどうする?」
「問題無い。今すぐ始めよう。」
弁当を半分くらい食べると、レオはロゼに弁当箱を返し、「残りは終わってから食べる。」と一言告げると、ヴィデレと向き合う。
「さて、私達は二階に行きましょうか」
「は、はい!」
「どうかしましたか?」
ニーツとロゼは二階から見守ることにしたようだ。
だが、ロゼはチラチラとレオの方を名残惜しそうに見ている。
「今度は私の口からは言えません。それは貴方が言うべき事ですよ」
「…はい!」
ロゼはレオの側へ駆け寄ると────
☆
「この前みたく、一撃ではやられるなよ小僧」
「ハッ…貴様が一番側で見てきただろ。」
「確かにそうだ。では始めよう…一、二、三…」
ヴィデレの瞳が朱殷色へと変わり、瞳の奥で不気味に輝く六芒星が戦闘準備が完了した事を表している。
「【ギアス】【魔闘気】」
レオは、カウントが始まると同時にギアスを四つ解放し、紅色に色濃く輝く魔闘気を身に纏う。
(妙な気分だ…。さっきよりも頭がクリアに動く。)
レオは冷静にヴィデレの一挙一動に目を配り、次のアクションへの思考を模索する。
「どうした、かかってこないのか?」
「安心しろ。すぐに天井を見せてやる。」
徴発的な笑みを浮かべるヴィデレに一言そう告げると、レオは【静地】を用いてヴィデレの背後へと回り込む。
「【雷鳥肘貫】」
ヴィデレは振り返り様に手刀をレオへと放つが、レオは【静地】を連続的に使うことで、ヴィデレの懐へと潜り込むと、鳩尾に肘を撃ち込む。
ヴィデレの背中から雷鳥が飛び出し、体を貫くような痛みがヴィデレを襲う。
「これで仮りは返したぞ。」
「小僧…!」
ヴィデレは得意げに挑発をしてくるレオに、心底楽しそうに笑みを向けながら仕返しとばかりに、レオの横顔に鋭い蹴りを放つ。
レオはヴィデレからの蹴りを右腕で防ぐも、体格からは想像もできないヴィデレの重い一撃に、レオの体が宙に浮く。
「隙ありだ、小僧。」
隙を逃さず、ヴィデレがレオとの距離を詰める。
「雷鳥よ!」
距離を詰めたヴィデレとレオの間を燕程の大きさの雷鳥が通り過ぎる。
先程、【雷鳥肘貫】でヴィデレの体から飛び出した雷鳥がレオの意思に従って縦横無尽に訓練場を飛び回る。
「厄介な技だな」
「まだ増えるぞ?」
飛び回っている雷鳥の姿がブレると、四匹、十六匹、二百五十六匹とその数を次々と増やしていく。
数を増やした雷鳥は、今では訓練場を埋め尽くす程になっている。
「【雷同──」
レオが魔術を発動すると、雷鳥一匹一匹の背中に魔術陣が浮かび上がる。レオは、一番近くにいた雷鳥の魔術陣を殴り付けると、大きな爆発と共に爆炎の間に雷が迸る。
「──連爆】」
一匹の爆発に反応し、次々と連鎖的に雷鳥が爆発し、訓練場全体を爆炎と雷が包む。
アーステリオースとの戦いで新たにレオが生み出したオリジナル魔術。
魔術陣に与えられた衝撃に比例して威力を増す雷同の特性で、爆発する度に威力を上げる爆発。中級魔術で、ここまでの威力を出せるのは、この魔術だけだろう。
最初、目で追うことができなかったヴィデレの動きをきちんと捉えて反応出来ていること、そして未だ乱れぬ【魔闘気】、着々と身につけた魔術が通用していること、自分の成長を感じたレオは、心の中でガッツポーズを浮かべる。
「ケホッ…全く、厄介極まりないな」
爆煙の中から、顔を少し煤で汚し、ところどころボロボロになった制服を身にまとったヴィデレの姿が薄らと見える。腕に痛々しく残る火傷後が見る見るうちに回復し、元の白く、気目の細かい肌に再生する。
「流石は吸血鬼ってところか…。」
「普通の人間なら死んでいたところだったが、相手が悪かったな」
「本当にな。」
「じゃあ次は私の番だ」
好戦的な笑みを浮かべたヴィデレが、煙に姿を紛らせ、一瞬で掻き消える。
「ガハッ…」
次の瞬間、レオの体は再び宙を舞う。
「【鎖】」
まるで天井が流れるような景色を見ながら、レオは、視界の端に左右で八本の鎖を手にしたヴィデレの姿を見た。
「さあ、ダンスを踊ろう」
訓練場の真ん中で鎖を手に、不敵に笑うヴィデレ。
ヴィデレが腕をゆったりと振るうと、鎖がまるで生き物のように動き出す。
「【雷の障壁】」
前、後、上、下、右、左…有りと有らゆる方向から、ジャラジャラと音を鳴らしながら高速で自分の体を貫こうとする鎖を、雷の障壁で一瞬だけ耐えると、レオはすぐ様、鎖から逃れるようにヴィデレから距離を取る。
「ダンスは始まったばっかりだぞ」
ヴィデレがまたしても、腕を振るうと、レオの動きを追尾するように鎖が伸びる。
「チッ!」
後ろから迫る八本の鎖を、どうにか受け流そうとするも、一本鎖が、レオの頬を掠めると、浅くだが、切り裂かれたため、レオの頬から血が流れる。
(逃げていては駄目だ。反撃をしなければ!)
レオは、上へ跳躍し、空中に魔術陣を足場として配置すると、それを勢いよく蹴ってヴィデレとの距離を縮める。
「この鎖からは逃れることは出来んよ」
ヴィデレが両腕を広げ、くるりとその場で一回転すると、鎖が更にその数を増やし、倍の十六本になる。
ヴィデレは増えた鎖を振るうと、レオ目掛けて、鎖が飛ぶ。
「一本、二本!」
レオは、最小限の動きで鎖をかわす。
「五本、八本、十本!」
「このっ!」
魔術陣を更に配置することで、不規則的な動きを続けて鎖を避けていくレオ。
流石のヴィデレも、焦りを隠さずにいる。
「これで終わりだ!」
レオは、ヴィデレとのすれ違いざまに、中級の風魔術で、鋭い風を飛ばすレオのオリジナル魔術ある【風刃】を使い、ヴィデレの体を切り裂く。
「なっ…!」
レオが勝利を確信したその時、レオの体を一本の鎖が貫く。
「しまっ…まだ一本残って…!」
「私が増やしたのは九本。見誤ったな小僧!」
ヴィデレはレオの顔に蹴りを放つと、レオの体は訓練場の壁まで飛ばされる。
背中に大きな切り傷を作ったヴィデレだが、その傷は既に塞がりつつあり、その再生能力が異常なことが伺える。
「二分半か…上出来だよ小僧」
壁に激突し、力無く地面に体を投げ出し、指一つ動くことのないレオを見ながら弟子の成長を素直に褒めるヴィデレ。
だが、その表情は微かに曇っていた。
☆
「そうか、負けたのか。」
真っ白な空間でレオは一人、ポツリと呟く。
「……」
自分の両の手を見つめるレオ。
「『信じてる』…か。」
ヴィデレとの戦いが始まる前、ロゼがレオに告げた言葉。
『頑張れ』でも『負けないで』でも無い。真っ直ぐ自分を見つめて告げられた言葉をレオは何度も何度も復唱する。
「他人からの信頼を裏切るのは、こんなにも心が痛い事なんだな。」
自分の胸を抑えるレオ。
奥歯が擦り切れるほど噛み締め、悔しさと、感じたことのない痛みでレオの表情が歪む。
「…そうだな。まだ俺はやれる。いや、やらなきゃいけないんだ。」
レオは手を伸ばす。
自分を信じている者の期待を裏切らないために。
☆
「【魔闘気】」
レオの魔闘気が、再び紅い光を灯す。
後ろから感じられた急激な魔力と気力の増幅に、ヴィデレは後ろを振り返る。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
力強い雄叫びと共にヴィデレの頬に突き刺さるレオの拳。
ヴィデレの華奢な体は、不意な出来事に受け身も取れず、訓練場の地面を転がる。
「これで三分だ。クソ野郎…!」
既に心身共に満身創痍。大きく肩で息し、腹から血を流すレオ。
だが、レオの顔は達成感で満ち溢れていた。
「ククッ…クハハハハハ!!!」
仰向けで大の字に天井を見つめ、高笑いするヴィデレ。
「どうした、頭でもイカれたか?」
「いや、何でもない。色々と疲れただけだ」
「そうか。」
「ああ、私もそうだが、帰ってゆっくり休め。こぞ…レオ」
レオは短く笑うと、踵を返す。
「貴様もな…師匠。」
「ククッ…やっぱり面白いな」
いつの間にか下に降り、弁当箱を嬉しそうに抱えたロゼと共に、訓練場を立ち去るレオの背中を見つめ、ヴィデレはもう一度、高笑いするのだった。
今回は、バトルがメインの話で、個人的に書いていてとても楽しかったです。