episode183 出発
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「そうか、今日出発か…」
「はい!お土産買いすぎて荷物が来た時よりも多くなっちゃって…」
「馬車は手配してある。揺れの少ない高級な奴だ、ゆっくり半年間の疲れを癒して帰れ」
「何から何までありがとうございます」
「良い良い、我ですら与えてもらえておらぬ火龍の加護を持つものにして、和国の英雄様に恩返ししないのは恥知らず。『さむらい』ってのは人情で生きる生き物だ。お前さんのした事に比べたら全然返せてねぇけどな」
和国にきて五ヶ月と少し。カーリは和国での修行を終え、リベリオンへ戻るべく借りていた部屋で支度をしていたところにシキデンがやってきた。
「いえ、修行させてもらいましたし、刀も作ってもらいました。和国に返せない恩があるのは俺の方です」
「ったく…和国の奴らも大概だが、お前の謙虚さは異常だな。もっと欲張ってもいいってのに」
「アハハ、今は王国を変えることに手一杯で娯楽をしている暇もありませんから」
「息抜きは必要だ。忘れんなよ」
「はい、帰ってから教えて貰った『将棋』でレオをボコボコにしてきます」
「あぁ、そうだ。これヒカルとレオに渡しといてくれや」
「これは…?」
シキデンは懐から二枚の手紙を取り出すと、気恥しそうにカーリに手渡す。
「お前さんが無事に和国で過ごせた報告と、同盟の受け入れだ。ちゃんと渡してくれよ」
「シキデンさん…」
「お前さんの頑張りが俺の心を動かしたんだ。真っ直ぐな気持ちと、粘り強い根性大事にしろよ。この世界は泥臭い奴が勝つようにできてる」
カーリの頭を背伸びをしてポンポンと撫でたシキデンは、口元に笑みを浮かべて部屋を出ていこうとする。
「ああ、それと…まあこれは言わなくていいか」
「?」
「達者でな。また遊びに来いよ」
「はい!」
何かを言いかけたシキデンだったが、途中で止めて部屋から出ていく。
小さな子供のようなシキデンの背中だが、カーリにはとても広く見えた。
☆
「カーリさん、お久しぶりです」
「マツナギさん!後で挨拶に行こうと思ってたんですが、わざわざありがとうございます」
「ふんっ、そのシケたツラを見るのも最後だ。最後くらい見てやる」
「オマツさんも!」
シキデンが部屋を出て暫くしてからマツナギとオマツがカーリの部屋を訪ねる。
マツナギはあの騒動の後、正式にオマツに刀鍛冶を教えて貰いながら修行中らしく、鍛冶場ではオマツとマツナギが肩を並べて【魔玉鋼】を打つ姿が見れるそうだ。
「シキデンさんに頼まれて、人を紹介しにきたの」
「人?」
「マツナミー!」
マツナギが部屋の外に向かって名前を叫ぶと、ドタドタという音を鳴らして走って勢いよく部屋の中に入ってくる。
「マツナミです!よろしゅうな!」
「えっと…」
「私の従姉妹のマツナミ。カーリさんの【八咫烏】のメンテナンスを担当するためにリベリオンへ同行するの」
部屋に入って急ブレーキをかけ、カーリを見つけるなり手を挙げて挨拶をした小さな女の子。黒いおカッパ頭に、同色のぱっちりとした瞳。どこかマツナギの面影を残している。
見た目だけならシキデンと変わらないほどの少女の登場にカーリは目を見張る。
「シキデンさんと同じで見た目と違う年齢とか…?」
「いいえ、マツナミは八歳です!ぴちぴちのれでぃですよ!」
「メンテナンス…できるの?」
「もっちもっちのろんろんです!マツナミはこう見えても凄いんです!」
腰に手を置き、ツルツルの胸を張って威張るマツナミ。
カーリは露骨に不安そうな顔を浮かべる。
「マツナギさん…」
「カーリさんの心配も分かりますけど、大丈夫です。刀を一から打つことはできませんが、メンテナンスなら十分にやってくれますよ」
「おい小僧…」
「は、はい!」
「マツナミちゃんに手ぇ出したら殺す」
「いえ、俺には生涯好きでいると誓った女性がいるので問題ありません!」
「カーリさん、マツナミはみりょくがないですか?」
「い、いやそんなことはないよ…魅力あるよ、凄くある」
「ああん?なんだ!マツナミに色目使ってんじゃねぇぞ小僧!!」
「理不尽!?」
この後騒ぎに騒いだオマツはマツナギに連れていかれていかれた。
「カーリさん、ふつつかものですが、末永くよろしゅう!」
「勘弁へしてくれ…」
☆
「すみません、お願いします」
「はい、カーリ様」
「あれ、ハツさん!」
「シキデン様から聞いてませんでしたか?」
「いえ、全然…」
挨拶回りや色々と身支度を済ましたカーリが和国を出発するのは結局予定の昼を過ぎて夕暮れになり、ようやく出発できると城の表に止まっていた馬車の操縦者に挨拶をするカーリ。
操縦席から顔を覗かせたのは下女中のハツ。
まさかのハツの登場に驚きを隠せない様子のカーリ。
「リベリオンでは戦わずとも、皆さんのサポートできればと思い、そしてレオ様にお礼を言うために今回、私の強い志願によってリベリオンにご同行させて頂くことになりました」
「そうだったんですね」
「中でお連れ様がお待ちです。すぐに出発しますね」
「連れ…?マツナミはここにいるし…」
「はい!マツナミはカーリさんと仲良しこよしで手を握ってカーリさんの横にいます!」
「うん、そうだね…他に誰かいたっけな」
馬車の造りはシキデンが高級と言っていただけあって、上の屋根だけでなく側面に壁があり、個室を馬が引っ張るような感じなため、中にいる人は見えない。
「遅い」
カーリは不思議そうに馬車の扉を開けると、そこには藍色の髪を揺らし、同色の切れ長の瞳でじとーっとカーリを見つめるマールム
「なんでお前が…」
「多くの人の笑顔を守るために一緒に戦おうと誘ったのはお前だろうが」
「そうだけど…」
「ふん、だが勘違いするなよ。俺は馴れ合う気なんてないからな」
「はいはい…勝手にしろよ」
「カーリさんこの方は?マツナミは不安と好奇心で胸が痛いです」
「三阿呆のうっかり事件の首謀者だ」
「なるほど、悪者さんなのですね!マツナミは悪は許せません!なので倒します!」
「ガキのお守りくらいしっかりしろ。俺はガキが好きじゃねえ」
マツナミはマールムに可愛らしくぐるぐるパンチを食らわそうと躍起になり、マールムはマツナミの頭を押さえつけて片手でおにぎりを食べている。
我儘、勝手、横暴の三拍子揃ったマールムとマツナミの二人にカーリは頭をかかえる。
行きは自分がうるさくしていた馬車の中が、帰りは他でうるさくなる。
人生は何があるか分からないなと思いながらカーリは、ため息を吐きながら馬車に腰掛けて耳を塞ぐ。少しばかりレオの気苦労が分かったカーリ。
「また来ます」
多くの者に出会い、刺激を与えられてまた一つ大人になったカーリ。
新たな相棒である【八咫烏】を膝に乗せて一撫でしたカーリは、目を瞑り少しばかしの思い出に浸る。
夕暮れの赤い太陽は、紅蓮の炎のように燃えていた。
これにて十一章完結。三章に渡ってお送りしたリベリオンの主要メンバーの修行編。
次回からはその新たな力を使い、いよいよレオたちが王国を変えるために大活躍します!




