episode17 添い寝とコーヒー
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訓練場でヴィデレと別れた後、レイオスは寄宿に向けて歩いていた。
「レイオス様!」
不意にかけられた声にレオは振り返り、その人物を見ると道の端へと移動し、頭を垂れる。
「レイオス様…?」
「王女殿下からお声をかけていただき、至極光栄であります。本日は私のような者にどういった御用でしょうか?」
「ぁ…噂は本当だったのですね。」
レオに声をかけたのはこの国の第四王女で、レオの『元』婚約者のラティス。
自分に対する態度の変化から、全てを察したラティスは、悔しそうに下唇を噛む。
「…私、入学式のあの日、ずっと貴方を待っておりました。」
振り絞るように出たラティスの言葉。
その声は震え、どこまでも寂しそうだった。
「入学式の日にあったことは聴いています…レイオス様が爵位を捨てたことも、その…王命に背いたことも…」
「……」
ラティスの言葉にレオは何も答えない。
「一言!一言、私に相談してくれれば…!」
ラティスの頬を伝う一筋の雫。
ラティスは瞳には様々な感情が溢れ返り、自分でも制御できないようだ。
「元婚約者として忠告します。今すぐ王国から離れください。親が決めたこととはいえ、貴方を大切にする気持ちが少なからず私にはあった。もし、貴方がこの忠告を聞き入れなかったその時、私は貴方を…殺します。」
最後の餞別とばかりに告げられるレオの言葉。『殺す』と言う言葉には隠す気の無い大きな殺意が含まれていた。
レオの言ったことは全て本心だった。
親が決めた事だが、レオは生涯を共にする許嫁のラティスを大事にしようと思っていた。
好きとはまた違う、貴族の間だからこそ生まれたレオのラティスを思う気持ち。
それに偽りは無く、そしてレオのラティスへ向けた『殺す』という言葉にも偽りは無かった。
ラティスにもそれは充分に伝わった。
このまま敵対すれば、レオは本気で自分を殺すのだと。
「わかり…ました…。」
掠れた弱々しい声。
レオの本気の殺意をぶつけられ、ラティスの顔は青ざめ、体は小刻み地震えていた。
レオはラティスの言葉を聞くと、立ち上がり、深く一礼した後、再び寄宿へと歩き出した。
「私は…どうするのが正解なのでしょうか…」
レオの背中を見つめ、呟いたラティスの言葉に答えるものは誰もいなかった。
☆
「お帰りなさい!ご主人様!」
寄宿へと戻り、自室のドアを開けたレオを待っていたのは、満面の笑顔でレオを出迎えるシムルの姿があった。
シムルは膝下ほどのロングスカートの紺色のメイド服に身を包んでおり、それだけなら普通なのだが、至る所に可愛らしく、白いフリルが付いていた。
このメイド服はヒカルが「レオくんに新たなフェチズムを…ふふふ…」と不気味な笑い声を出しながらシムルに手渡したものだ。
「俺はお前を雇っているだけであって、奴隷にしたつもりは無い。呼び方を変えろ。」
可愛らしく着飾ったシムルに対して、一言の褒め言葉も無いレオ。
シムルはしょんぼりと肩を落とし、レオの後ろを付いていく。
「わかりました…ではレオ様と呼ばせていただきます」
「ああ。ついでに汗を流してくる、食事を並べておけ。」
「わかりました」
残念そうに肩を落とすシムルを気にせず、寄宿内にある水場へと着替えを持って部屋を出ていくレオ。
デリカシーが無いと言うべきか、無関心と言うべきか、ここまでくるとレオには男色気があるのかと疑いたくなる程である。
☆
水浴びが終わり、再び自室に戻ったレオは机に並べられた料理に目をやった。
「ごめんなさい、失敗しちゃって…」
机の上に並べられた料理のほとんどが焦げていた。
シムルは深々と頭を下げ、レオに謝罪する。
「胃の中に入れば変わらん。量だけあればいい」
レオなりのフォローなのか、ただの本心なのか、レオは上品ながらも次々と口の中に料理を運ぶ。
「…。」
レオの手が止まった先には唯一と言ってもいいほど綺麗にできた卵焼きがあった。
「昔から卵焼きは得意で…!」
「そうか。」
レオは卵焼きを口に運ぶと、これまでとは違い、味わうようにゆっくりと噛み締める。
「どうでしょうか…」
「及第点だな。甘味をもう少し抑えろ…そっちの方が俺好みだ。」
「は、はい!」
それなりに満足したのか、文句を言いながらも卵焼きを続けて口に運ぶレオ。
褒められたのか微妙なラインだが、シムルは満足そうに笑っていた。
「昼は食堂で取る。朝と夜だけ用意しろ。」
「わかりました」
「…ついでに卵焼きは必ずメニューに入れておけ。」
「は、はい!」
レオはそう言い残すと、席を立ち上がり、寝室へと向かう。
きちんと全部完食したところを見ると、本当に量だけあればいいようだ。
「あ、あのレオ様!」
「なんだ?」
「私はどこで寝れば良いでしょうか…?」
「あの野郎…。」
忌々しそうに怒気のこもった声で小さく呟くレオ。
レオの頭には舌を少しだして「ごっめーん☆」とわざとらしく謝るヒカルの顔が思い浮かんだ。
この寄宿の部屋の間取りはあまり広くはない。
せいぜい1LDKと言ったところで、一部屋はレオの寝室となっていて、ベッドは当然ながら一つ。
客用の布団や予備のベッドなどは当然ない。
リビングには机や椅子と言った大きめのものが置かれていて、人が寝るには少々キツいだろう。
「チッ…一日くらい寝なくても俺は問題ない。今日は俺のベッドを使え。明日の夜までには、あのクソ野郎になんとかさせる。」
「そんな!私が出ていきます!」
夕飯を失敗したのにも関わらず、雇い主のレオのベッドを自分だけが借りるなど、今のシムルには考えられなかった。
「剣を振っていれば朝などすぐだ。いいから貴様は寝てろ。」
「いえ、そんな訳には!」
「雇い主の俺に口答えをするな。俺の決定は絶対だ。」
レオの提案に引き下がるシムルだが、レオはなびく様子も無く、俺は寝ないの一点張りだ。
「…あ、あの…でしたら一緒に寝るのは…どうでしょうか…?」
シムルはレオの顔色を伺うように、恐る恐る提案する。
「却下だ。有り得ん。」
「レオ様は私に手を出すつもりは…」
頬を染めながらレオに問うシムル。いやんいやんと頬に手を当てて身をくねらせている。
「それこそ有り得んな。絶対に無いと言ってもいい。」
「なら一緒に寝ても問題ないはずです!」
絶対無いと言われて落ち込むシムルだが、すかさずレオにカウンターを放つ。
「だが、いや…なら問題ないのか…?」
レオの使っているベッドは大人用で狭さを気にする必要は無い。
「問題ないです!」
ここまではっきりと言われるとレオの中でも、色々と思考が巡る。
レオ自身、シムルに手を出すなんてことは無いと自信を持って言える事だ。
レオが貴族の頃であれば、「俺が平民と寝るわけがないだろ。」と身分の差を言えたが、生憎、今のレオは平民ですらない。
「ド平民も、この学園に来る前はあの平民と寝ることがあったと言っていた…平民の中での常識なのか?」
「た、多分そうだと思います!」
「貴様も色んな男と寝たのか。」
発言に誤解が生じそうだが、レオは真面目だ。
レオの質問にシムルの目が泳ぐ。
両手の指先を何度も合わせ、モジモジとしながらシムルは答える。
「えっと…はい、何十人も。」
「そうか…。」
シムルは心の中でレオに謝りながらも嘘をつく。
見栄を張りたかったのではなく、単純に畳み掛けるなら今が好奇と見たからだ。
レオの中では自分はもう貴族では無く、平民の暮らしをしなければいけないとい意識がついている。
今、周りにいる平民はレイオスとロゼ、そしてシムルの三人。
もちろんレオの中で、ヒカルはもちろん除外してある。あれを宛にするのは間違っている。
カーリの昔話、シムルの問題ないという発言を踏まえ、レオの中では平民の間では子供ならば男女で寝ることは普通だと思い始めていた。
泥沼とはよく言ったものでレオは悩めば悩むほど、冷静な判断が出来なくなっていく。
普段ならばこんなことは無いのだが、急激な環境の変化にレオも戸惑っている部分があるのだろう。
「問題……無いな。」
レオの思考は飛ぶ所まで飛び、最終的には一番間違った答えに行き着いてしまった。
実際、レオ(十三歳)とシムル(九歳)に何か起きる可能性はゼロに等しい。
レオは知識は持ってるが、そもそも興味が無い。
シムルに至っては男性とのキスという言葉で顔を真っ赤にするほど純情だ。
男女の誤ちは起こらないが、明日、ヒカルに馬鹿にされることは確実だろう…。
「ほう?」
思考が斜め上に飛んだレオは、シムルと寝室へと移動すると珍しく感嘆の声をあげる。
「これは貴様が?」
「えっと、はい」
レオが見たのは、綺麗にメイキングされた自分のベッドだった。
真っ白なシーツはシワ一つ無く伸ばされ、掛け布団は綺麗に正方形に畳まれ、雑になりがちなマットの下に隠されたシーツははみ出しなく入れ込んであった。
「私は借金のせいで家族全員奴隷になったのですが、奴隷になる前はお母さんが宿屋を経営していたのでお手伝いでよくしていたんです…」
この学園に来る前まで、レオは身の回りの事を全てメイドに任せていた。
フィエルダー家のメイドは優秀な人材を多く集めていたので、レオもその仕事ぶりをよく覚えている。
今回、シムルの行ったベッドメイキングはレオが見ていたメイドのベッドメイキングと遜色無いと言っていいほどのものだった。
その事を踏まえると、シムルの腕はプロ顔負けと言える。
レオも素直に感心したのか、満足そうに頷いている。
「えっと、じゃあ…寝ますか?」
「ああ、俺は奥の方を使うから貴様は手前で寝ろ。」
レオは一度、着替えた寝巻きを調えるとベッドに入る。
「どうした?」
「い、いえ…」
掛け布団の用意をしていると、中々入ってこないシムルに違和感を感じるレオ。
「慣れているんだろ?」
「な、慣れてます!凄く慣れてます!久しぶりなだけです!」
レオの言葉に慌てて手を大げさに振りながら返すシムル。顔は真っ赤に染まっている。
「い、今行きますよ…行きますから…」
「何をしている。」
「すー…はー…よしっ、今からそっちに行きますよ!レオ様!」
「そんな大声で言わなくても伝わる。」
「し、失礼しまーす…」
恐る恐るベッドの上に足をかけるシムル。
「そう言えば…」
「は、はい!」
突如レオに話しかけられて慌てたのか、かけていた足を戻し、気をつけの姿勢に戻るシムル。
「その格好で寝るのか?」
「えっと…これ以外貰っていなくて…」
「白のワンピースを着ていただろ。」
「洗濯していて、今乾かしている最中で…」
「はぁ…明日ニーツねえ…ニーツ様に相談しておこう。とりあえず今日はそれで寝ろ。」
「わかりました」
今の会話の最中に心の準備が出来たのか、シムルはさっきまでとは違い、普段通りにベッドの中に入る。
「おやすみなさい…」
「ああ。」
レオは頭上のランプに手を置くと、灯を消すと、布団で顔を隠して寝始める。
「ほんとに寝ちゃった…」
シムルはすぐに寝息をたてて寝るレオを見て、呆れ半分、寂しさ半分でつぶやいた。
「私も早く寝ないと…おやすみなさいレオ様」
シムルはレオに聴こえないように小さく呟くとレオに背中を向けて目を瞑った。
☆
「ニーツくんは相変わらずコーヒーを入れるのが苦手だねぇ、まるで泥水みたいだ」
学園長室の椅子に座り、マグカップに注がれたコーヒーを口にして顔を顰めながらヒカルは文句をたれる。
「よく分かりましたね、泥水です」
ヒカルの後ろでお盆を両手で抱え、無表情で佇むニーツ。
抑揚のない声でえげつない事を口走るニーツにヒカルは口の中に含んでいたコーヒーを吹き出す。
「げほっ…げほっ…なんてことを!」
「安心してください冗談です。半分は。」
「半分!?泥水に半分も何もあるのかい!?」
「はい、泥水の半分なのでそのコーヒーに入ってるのは泥です。」
「悪化したんだけど!せめて水の方が良かったんだけど!」
口元を拭いながら、ニーツの方を振り返る。
そこには、相変わらず表情を崩さないニーツに呆れながら、ヒカルはため息をこぼす。
「それで君はカーリくんと、レオくんをどう見る?」
「カーリくんは発展途上というところです。レオくんは凛々しい顔をしていますが、年齢的に隠せない幼さを残した顔立ちがなんとも言えません。私の母性を無性にくすぐるものが彼にはあります。」
気づいていると思うが、ニーツは少年趣味というやつだ。
年齢は他よりも比較的上だが、二十と少しのニーツから見たら中等部のレオは少年の部類に入るのだろう。
「あのそういう事じゃ…」
「聞いた話では、あの元奴隷の子にわざと部屋を用意しなかったようですね。レオくんに添い寝……後で殺します。」
「その抑揚のない声で言われると迫力が三倍増しに感じるよ…」
後ろからヒシヒシと感じる殺意にヒカルは冷や汗をかきながら、目の前の書類に判子を押していく。
「強さで言えば、流石と言えます。あの歳でフィエルダー家を継いだだけはあると」
「へぇ…君が腕っ節を褒めるなんて珍しいじゃないか」
ヒカルは意外そうに、判子を机に置き、ニーツの顔を見る。
「ですが、年齢にしては。伯爵にしては。の範疇に収まるでしょう。伸び代はありますから、これから次第です。」
「君と戦ったらどうなるかな」
「十回やったら七回私が勝ちます」
「おや、三回は負けるのかい?」
「今の学園長となら十回やったら十回とも殺せますが?」
「わかったから、殺気をしまいなさい…おちおちと仕事もしてられない」
「元からする気ないでしょうに」
「アハハハハ!!!まぁね!!!でも、君の成長を感じられて嬉しいよ」
ヒカルは懐かしむように呟くと、机の上にあった万年筆を手に取り、くるくると手の中で回す。
学生時代のニーツはまさに高嶺の花と言葉がピッタリな生徒だった。
座学や実習を含め、全てに置いてトップを取り、周りを寄せ付けないミステリアスな雰囲気と持ち前のルックスで何人もの男が骨抜きにされていた。
ニーツは良くも悪くも、人と自分の差を計ることに長けていた。
当時の学園には教師でもニーツに頭が上がらなかった状態だったので、ニーツが他人を見下し、周りとの距離が開いていった。
そんな時にヒカルがニーツに声をかけたついでに、ニーツのプライドをへし折った事でニーツの態度は緩和されたと言えるが、卒業間際だったので特に親しい友人を作らないままニーツは学園を卒業していった。
「まさか、君がねぇ」
学園を離れてから数年の間に彼女の性格は柔らかくなり(ヒカルには厳しいが)、他人を褒めるようになったため、ヒカルはその事を心から喜んでいた。
「なにか?」
「いや、子供の成長は早いなぁと」
「確かに、今のレオくんを楽しめるのは今しかありませんね」
「そういった所も変わってしまったか…」
それからヒカルとニーツの思い出話は続いた。
元学園長と元生徒。
学園長室には、暫くしみじみとした雰囲気が流れた。
この作品で初めて、男女間のむふふ(小)の話を書きました。
お色気シーンが少ないですが、たまにはこういうのもいいかなーと思います。