episode171 一番遠い背中
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カーリが和国来てから早くも一ヶ月が経とうとしていた。
シキデンとの修行も順調に進み、三日に一回ほどマツナギの『刀屋さん』に通って細かい調整を行っていた。
シキデンにもマツナギの事はバレておらず、とても順調に事が運んでいた。
「手伝いますよ」
「そんな!私などにはお気になさらず!!」
「いつも美味しいご飯作って貰ってますから」
お膳を自分の頭より積み重ねてフラフラとした足取りで、見ていてハラハラするような運び方をする下女中を見かね、両手を塞がっているのをいい事に無理矢理お膳を半分以上取り上げるカーリ。
寝泊まりはシキデンの好意で城の中の一室を借りており、持ち前の適応能力の高さで一ヶ月の間に多くの知り合いを作っていた。この下女中もカーリの身の回りを担当してくれており、顔見知りだ。
「ハツさんは、ここで働いて長いんですか?」
「長い…というわけではなんですが、母がここでシキデン様の身の回りを世話に関わる上女中をしていまして、八歳の頃からお手伝いとしてここで下女中としてら働いています」
「ハツさんは俺の二個上だから…九年?」
「今年で十年目です」
「ベテランさんだ」
「そ、そんなことないです…」
カーリに褒められて頬を染めて下を向く少女ハツ。
よく見ると手入れの行き届いた黒髪を一本に纏め、丸みのある大きな黒い瞳は年齢を幼く見せる。
城で働いているだけあって城下町の人々より上等な着物を着ているが、本人曰く動きにくく、未だになれないそうだ。
和国の人々は全員、黒髪で黒色の瞳。そして堀が浅く、かなりの童顔で年齢よりも見える。ハツも、カーリより二個上だが、見た目はカーリよりも下に見える。
「カーリ様は、レオ様と大変親しくしているとシキデン様から聞いたのですが本当でしょうか?」
「レオ?うーん、最近あんまり話さないし、手合わせも出来てないけど、仲はいいと思います。昔は毎日のように模擬戦してましたし」
「どんな人なのですか?」
「そうですね…女の子がキャーキャー言うようなイケメンで、俺と同い年なのに大人顔負けの頭の良さと、腕っ節で、それなのに鼻につかないというか。本人が誰よりも努力してるから誰も何も言えない感じ…ですかね。とにかく凄いやつです」
「実は私、レオ様のファンでして…」
「本当に和国にまでファンがいるとは…」
ハツの言葉で、大方を察したカーリ。
彼女はいわゆる『ツンデレオ様を愛する会』のメンバーなのだろう。
会長のマリーから「レオ様のファンは帝国、教国を始め、和国、鏡の国や天空大地、それに上級神までいるのですから!!」と胸を張っていたのを思い出したカーリ。ついでに、レオのことが大好きなアホ毛が特長的な上級神の姿を思い出す。
「何か理由があるんですか?」
「はい…」
「確かに最近、レオの事を詩曲にする吟遊詩人多いですからね」
吟遊詩人とはオリジナルの詞曲を作り、各地を旅してそれを歌い、路銀を稼いで生計をたてるもの達の事だ。
吟遊詩人の曲は、流行りに乗ったものから、昔の逸話や伝説の話が多く、原初の個体であるヴィデレや、英雄ヒカルの話は特に使われる。そして、今一番注目されているのはリベリオン。それの中心にいるレオは世界中から注目を浴びており、レオのことを歌った詞曲は少なくない。
「いえ、一度助けて貰ったことがあるんです」
「助けられた?」
「はい…私がまだ十三の時です」
「俺がレオと出会う前か…」
☆
ハツが十三の頃、和国は王国と小規模な戦争を行っていた。
和国はヒカルやシキデンの二人が飛び抜けて戦闘能力が高いが、自衛の軍を持つだけで他の国のように洗練された軍備を持っていなかった。
和国にとって約八十年ぶりの戦争。たった二ヶ月と戦争にしては短いが、最終的に和国は領土の三分の一を王国に差し出す形になった。
本来なら半分以上取られていたが、ヒカルが交渉をした結果で、この頃からヒカルは王国のやり方に苛立ちを表に出すようになっていた。
「大人しくしろ!」
「んーー!!」
「相変わらずねじ曲がった趣味してるな」
「へへっ、こちとら二ヶ月も戦場にいて溜まってんだ、存分にやらねぇと気がすまねぇ」
戦場の真っ只中、和国へ直接侵入した王国軍は和国を好き放題荒らした。
最大戦力のシキデンは十英傑のため、戦争に参加することが出来ず、ただただ蹂躙されるのを見守っていた。
そして二人の男兵士が逃げ惑うハツを取り押さえる。
残念ながらこの世界の戦争では敗者の領民の安全を守る法律はあっても、それを守る者は少ない。
王国も例外では無く、原住民へのストレス発散として性的暴行や、公開処刑など度々行われており、王国の上層部はそれを黙認していた。
そしてハツも、敗国の領民。何をされても文句を言える立場では無く、大の大人に組み伏せられ、襲われそうになっていた。
「おい。」
「あ?なんだこのガ…キ…」
「一般兵が貴族に向かってなんだその口の聞き方は?」
「は、伯爵様…!」
「王国の国紋を背負って戦う誇り高き戦士ならば、王国の顔に泥を塗るような真似はするな。」
「ま、まぁまぁ伯爵様、少しくらいいいじゃないですか、皆やってることですし」
「俺はコイツに聞いている。貴様に喋ることを許可覚えは無いぞ。死にたいのか?」
「うっ……」
そこに現れた戦場には似つかわしくない、まだ子供と呼べるほど幼い少年。
レイオス=フィエルダー。十歳にして伯爵家の当主を継いだ本物の天才。
艶のある黒髪をなびかせ、キリリと釣り上がった瑠璃色の瞳は、二人の兵士を睨みつける。
「これは戦争であって略奪では無い。これ以上俺の前で王国に恥をかかせるというのなら、その首は宙を舞う事になるぞ。」
ハツを組み伏せていた兵士に一瞬にして突きつけられるレイオスの剣。
兵士は何が起こったのか分からない様子で目を見開いて数度まばたきする。
「去れ。」
「「は、はい!!」」
「…【全てを欺き 彼の者を隠せ 幻影】。」
「え……?」
「認識阻害魔術。後は好きにしろ。」
ハツに魔術を掛け、それだけ言い残すと踵を返して戦場へ戻っていくレオ。
ハツはその背中を見ることしか出来なかった。
☆
「ファン…というよりも、命の恩人と言った方が正しいですね。私は一度でいいからお会いして、あの時のお礼を言いたいんです」
「そっか…その頃から変わらないんだなレオは」
「今でもあの時の背中を鮮明に思い出します」
「好きなんですね、レオのこと」
「い、いえ!そんな私なんかがおこがましい!!」
遠くを見つめ、どこか寂しそうにするハツを見てカーリは一人の想い人のことを思い出す。
「あ、ここでいいです。ありがとうございました!」
「またいつでも言ってください」
台所の前でお膳を置き、ハツに手を振って別れるカーリ。
(ロゼもよくこの顔をしてたな…)
ロゼがレオの事が好きなことを鈍感ながら理解しているカーリ。そして両思いだと言うことも。
一番遠くなってしまった幼なじみの背中をカーリはいつまでも夢見る。
今回は日常回に加え、久しぶりの主人公の登場です。