episode16 師匠
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レオが学園長室を訪れた翌日の朝。
レオは第八訓練場の方に顔を出していた。
「ん…?」
「あ!レイオス!…じゃなくて、レオ!」
かなり時間前に到着したので、てっきり一番乗りだと思っていたレオよりも先に訓練場に来ていたのはカーリだった。
カーリは額にじんわりと浮かんだ汗を袖で拭いながら、レオに向かって持っている木剣を手の代わりに振る。
「なんだ、貴様も来ていたのか。」
「あぁ!俺はこれからお前と一緒に戦うと決めたからな!」
驚いたのか、目を見開くレオ。少し考える素振りを見せた後…
「面倒事が増えそうだな。」
諦めたように肩を竦めるレオ。
「なんだとぉ!」
「事実だろ?」
レオは表情を和らげ、楽しそうにカーリをいじる。
口ではこう言っているものの、嬉しく思っているようだ。
「おや、二人共もう来てましたか」
訓練場の入口の方から二人に声がかかる。
「あ、学園長!」
「遅い。」
「少しばかし、人を迎えに行っていてね」
「人?」
「紹介するよ」
学園長は入口の方をチラリと振り返ると、三人の男女が訓練場に入ってきた。
「彼はビスティア。ここの卒業生で私の元弟子だ。近接戦闘が得意で、カーリくんの師匠にと呼んだんだ」
ヒカルがまず紹介したのは、二十代半ばと思われる高身長の赤い髪をした男で、額に黒のバンダナを付け、燃えるような赤い髪は、セットしているのか上を向いてツンツンしている。
少し鋭い目つきに、ニヤリと笑うと覗く犬歯が野性的な印象を与える。
服装は上がノースリーブの白シャツに、ワタリが広くて裾が細い、言うところのボンタンを穿いている。
「どっちが俺の初弟子になるカーリだ?」
「あ、俺です!」
「おぉ!中々のイケメンじゃねぇか!将来は俺の次くらいにはイケメンになるぞ!ハッハッハー!」
「ほんとですか!?」
「ああ!だが、お前はダメだ!!」
豪快に笑ってカーリの背中をバシバシと叩いていたビスティアが、レオを指差す。
「何だ貴様、藪から棒に。」
「お前は俺が学園に通ってる時にいたいけ好かない奴にそっくりだ!だから貴様はイケメンになれない!」
「興味ないな。」
「そういうスカした所までそっくりなのか!!おい、カーリ!今から学園街のナイスレディをナンパしに行って俺達の男らしさをアピールするぞ!」
「はい!師匠!」
すぐに意気投合した二人は学園街へと向け走って訓練場を出ていってしまった。
「おい。」
「まぁ、ビスティアくんに任せておけば大丈夫ですよ…多分。」
自信なさげに答えるヒカルにため息を隠せないレオ。
「じゃあ気を取り直して残りを紹介しよう!」
パンっと手を叩いて仕切り直す学園長。
「彼女はニーツ=ロールス。辺境だが、小国の公爵令嬢だ。彼女も元々ここの生徒で、これから私の秘書的な立場とか色々やってもらうことになる」
「はじめまして、よろしくお願いします。」
見た目だけで判断するなら十代後半と言ったところだろうか。
クセのない青白い長髪に、ハイライトのない薄い翠色の瞳に、作り物のように思えるほど色白く、細い体。
表情は一切動かず、目にハイライトがないのでどこを見つめているかわからないため、不気味にも見えるが、吸い込まれるような魅力と守りたくなるような雰囲気がある。
秘書役を勤めるためか、格好はレディーススーツのようなものを身にまとっており、クールなイメージを更に強めている。
「…お初お目にかかります。私の名前はレオ。この良き日に貴女に出会えた喜びを、私は永遠に忘れないでしょう。」
ニーツの前に片膝を付き、頭を垂れるレオ。
自国の貴族ではないとはいえ、相手は公爵令嬢。気分を害しては何をされるかわからないため、レオは取り敢えずという形ではあるが、王国式の女性相手によく使われる挨拶を行う。
「私は堅苦しいのがあまり好きではありません。どうか楽にしてください。」
抑揚はないが、どこか戸惑いを含んだ声にレオは素直に顔をあげて立ち上がる。
「学園長から貴方のお話は耳にしております。少々、聞いていた話と少し違う印象を受けましたが…」
ジト目で横にいるヒカルを睨むニーツ。
「失礼ですが、どのような事を?」
「才能は確かだが歳上に遠慮がなく、自分に対して尊敬も礼儀もあったものではなく、可愛げがないと…」
「ほう?貴様、俺のことをそういう風に思っていたのか。」
「いやー、アハハハ…」
「【ギアス】」
「えっと、なんでレオくんはギアを四つまで解放してるのかな?」
「貴様を殴るためだが?」
「そんな不思議そうな顔をしても、無駄だからね!あ、おい!ニーツくん!君もレオくんに補助魔術をかけるんじゃない!」
「【雷同】」
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
朝早く、学園全体に学園長の叫び声が響く。
「それと私に敬語は必要ないですよ」
「しかし…。」
ニーツの提案に口ごもるレオ。
珍しいレオの表情に、ヒカルが地面にひれ伏しながらニヤニヤとしている。
もちろん、二人に頭を踏み抜かれた。
「私もここにいる以上、家は捨てたも同義です。なので家族に接するように……そう、姉に接するように接してください」
「では、そうしていただき…させてもらう。」
遠慮がちだが、普段の口調へと変えるレオ。
「試しにお姉ちゃんと呼んでみましょう」
「いや、それは…。」
「お姉ちゃん」
「だが…。」
「お姉ちゃん」
ニーツの気迫にレオも気圧される。
何を言っても無駄なようなので、観念するように、ガックリと頭を落とすレオ。
「…ニーツ姉様。」
「お姉ちゃん」
観念したレオはニーツを姉様と呼んだが、ニーツまだ納得していない様子。
「ニーツ姉さん…。」
「姉さんも悪くありません、それにしましょう。」
納得したのか、表情を緩めるニーツ。
レオはこの日、初めて女性の笑顔というものに恐怖を覚えた。
☆
「それで三人目は?」
「あぁ、頼まれていた、君の身の回りを世話してくれる子を連れてきたんだ。ほら、自己紹介して」
「あ、あの…先日は助けていただき、ありがとうございました…」
ずっと学園長の後ろに隠れていた小さな影が、ひょこっと顔を出し、モジモジしながらレオの顔色を伺うように礼を言う。
「ああ。」
「私はシムルと言います…えっと、今年で九歳になりました…家事は普通くらいにできると思います…多分…」
「レオだ。」
シムルと名乗った少女は、褐色肌…と言っても、普通の褐色肌よりは薄く、日焼けをしたような小麦肌をしている。
髪は藍色で、肩のあたりで切りそろえており、瞳は綺麗なアメジスト色をしている。
身長は年齢の平均身長よりも低く、レオの胸のあたりまでしかない。
元々奴隷扱いされていたせいか、体はやせ細っており、触れただけで折れそうだ。
身につけているのは白いワンピースで、シワや汚れがないところを見ると、ヒカルが与えたものだろう。
「これが俺の寄宿の部屋の鍵だ。料理の味は気にしないが、量だけは確保しろ。金はこっちに持ってきていた服やら雑貨を売り払って金にしたから、好きに使うといい。」
「は、はい!わかりました!早速、夕飯の支度してきますね!」
レオの言葉を聞き、頼りにされていることの嬉しさからか、他の話を聞く前に訓練場から飛び出してしまうシムル。
レオも呆れる暇すらなく、シムルの背中を見送ることしかできなかった。
「七人いて、三人が出ていくとは流石の俺も想定外だが?」
「ん?一人多くないかい?」
「しらばっくれるな。俺が気づいてないとでも思っていたのか?こうも完璧に気配を消せば嫌でもわかる」
「ん?完璧に存在を消していたのにすぐわかるのかい?」
「当たり前だ。一つの空間にポッカリと穴が空いているみたいなものだ。風もなく、温度もない。そこに誰かがそこに潜んでいるのを教えているみたいなものだ。」
訓練場の天井付近。照明の付近を横目で見ながらレオは不思議そうに…といってもどこか怪しげなヒカルに解説する。
「そういう見方もあるのか、中々に面白い意見だったぞ小僧」
「ッ!!」
突如、レオの後ろから囁くように聞こえた声にレオは一瞬にして距離を取る。
「そう警戒するな、私としても今ここで貴様を試す気は無い。」
レオは正面に立つ少女をじっくりと観察する。
背中まで伸びる銀髪に、ツリ上がった大きな真紅の瞳。
年齢はレオと変わらないほどか、少し上。だが、レオには彼女の身にまとっている雰囲気からは自分に近い年齢の存在だとは思えなかった。
見れば見るほど不思議な存在。学園の女子指定の制服を着ている限りこの学園の生徒なのかもしれないが、どうもそうは思えないレオ。
「貴様、人間じゃないな。」
「ほう、この一瞬で見抜くか。確かに私は人間ではない」
「亜人の類い…なるほど、吸血鬼か。」
「私の細かな表情から読み取ったか。面白い!合格だ。小僧、貴様を私の弟子に迎えよう」
手を叩き、嬉しそうに表情を緩めながら少しずつレオとの距離を詰める吸血鬼の少女。
「おや、まだ警戒してるのかな?」
「警戒を解いて欲しけりゃ、そのダダ漏れの魔力と殺気をどうかしてからにしろ。」
「失敬、久しぶりにいい獲物を見つけたものでな」
少女がニヤリと笑うと歯と呼ぶには長すぎる牙が覗く。
「そういえば、まだ名を名乗っていなかったかな?私はヴィデレ=アルケー=ヴァンパイア。原初の固体にして、始まりの吸血鬼さ。神に作られ、この世界を観察するものとして作られた存在だ。ちなみにヴィデレは見る。アルケーは原初の。ヴァンパイアは吸血鬼という意味だ。」
「原初の固体だと…?」
決まり文句とばかりにスラスラと自己紹介を述べるヴィデレ。
ヴィデレの自己紹介の中に、レオの中で引っかかるものがあった。
原初の固体。
子供に読み聞かせるための有名な絵本『世界の創造』に出てくる言葉だ。
かつて、この世界を創造した神は六つの種族をこの地に産み落とした。
人、精霊族、妖精族、小人族、耳長族、吸血鬼族。
この世界には今では五十にも近い種族がいるが、あくまでそれは後天性。
世界創造からいる種族はこの六つであり、その種族にはそれぞれ役目がある。
人族ならば繁栄、エルフは自然の守護、ドワーフは文明の発展、そしてヴァンパイアは観察。
この世界の全てを観察し、記録する。それがヴァンパイアの役目だ。
だがそれは、あくまで御伽噺。創作物の範疇であり、ヒカルのような実物する英雄とは違うものだとされている。
「本物なのか…?」
「あぁ、確かに本物だ」
レオの質問にニヤリと笑って答えるヴィデレ。
その顔には嘘偽りなく、自信が溢れている。
「ふむ、なくなく認めたようだな?今はそれでいい、反発的じゃない小僧はタイプじゃないからな」
ククッと喉を鳴らすヴィデレ。
「貴様はどこまでも性格が悪いな。こんな奴を寄越すなんて。」
「アハハハ!!何のことかわからないかなー?」
「学園長先生の性格の悪さは元からですから。死ねばいいのに。」
「私の扱いがあまりに酷くはないかい?ニーツくん?」
笑ってとぼけるヒカルに、後ろから毒を吐くニーツ。
「で、小僧。貴様は私の弟子になる気はあるか?」
「弟子というのと、小僧呼ばわりは心底気にいらないがな。」
「貴様が一人前になったら考えてやろう。それはそうと小僧」
「なんだ。」
ヴィデレは唐突にレオに近づくと、耳元で…
「お前…飼ってるな?」
と、心臓を鷲掴みされたかと錯覚するような冷たい声で囁いた。
「小僧。お前も存外、人間とは呼べないかもな」
「俺は自分を人間という枠に収まると思ったことは一度もないからな。」
「フッ…訓練は明日の朝からここで行う。遅刻するなよ?」
「ああ。」
ヴィデレはその言葉を最後にスゥと空気に溶け込むように姿を消した。
「レオくん、今日は授業はないからゆっくりするといい。私はこれからニーツくんと打ち合わせがあるから失礼するよ」
「またお会いしましょう。」
そう言い残し、訓練場から出ていく学園長とニーツ。
「ハッ!世界は広いとはまさにこの事だな」
自嘲するように笑うレオ。我慢していたが、誰もいなくなった事で気が緩み、膝が小刻みに震える。
ヴィデレの名乗った少女。
レオとヴィデレの実力差は考えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど離れていた。
もし、ヴィデレが王国側についていたら…そう考えるとレオは自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。
「爵位の差は実力の差か…」
男爵であるグランが伯爵のレオに勝てなかったように、伯爵の中でも群を抜いてるレオも侯爵相手には勝てる可能性はかなり低い。
公爵や王族相手となれば、間違いなく手も足を出ないだろう。
「覚悟はあの時に済ませた。後は前に進むだけだ。」
レオは訓練場の天井を見上げる。
「やってやる。」
レオは自分は握り拳を作り、天井へと掲げた。
中々濃いメンバーが出てきたと思います。
特にニーツ。
作者的にもレオが戸惑ってる姿は中々書けないので、かなりお気に入りのキャラです。