episode158 卒業試練
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「鍛えることに終わりは無いが、修行には当然終わりがある。修行とは、決められた時間内に目標の力を手に入れる、もしくは極めるものだからだ」
「はぁ…」
ロゼは四ヶ月で『弓絃』、『占い』、『口寄せ』の《巫女》に必要な三つの事を使いこなせるようになり、残りの二ヶ月はそれらの精度を上げていた。
そしてリベリオンへ戻る時間も考え、残り三日というところでスピーリトゥスが唐突にこんなことを言ったのでロゼも困り顔だ。
「つまりは卒業試練を行う。短い間とはいえ、このスピーリトゥス=サンクトゥスに弟子入りしたのだ、それなりの成長を見せてもらわないと我の面目が立たないというものだ」
「そういうものなんですかね」
スピーリトゥスというよくよく接してみれば面倒な頑固ものに、最近口調が崩れてきたロゼ。
内心、反抗期の娘に少し似てきたロゼに焦りを覚えていたスピーリトゥスだった。
「それで卒業試練の内容は何ですか?」
「今から主のカリダと同じく我が本気で生命を具現化する。それを倒してみよ」
「えっと…本気というのは?」
「こういうことだ」
スピーリトゥスは地面に魔術陣を刻み、世界樹の樹脂の塊を並べると一切表情を変わらず、だがどこか得意気なスピーリトゥスの体から大量の魔力が漏れ出す。
レオのように燃え盛る炎のような荒々しいものではなく、ヴィデレのように落ち着いたいるが太い芯のあるものでも無かった。
温かい毛布で包まれているような、母なる大地の力。
|スピーリトゥス=サンクトゥス《聖なる妖精》の何相応しい世界樹の恩恵を受けた圧倒的なまでの魔力量。
「【主の名はルシオラ 色付き 形取り 新たな生命の息吹を吹かせろ 生命具現化】」
ロゼが小鐘一つ以上かけて作り上げたカリダよりも大きな魔獣を瞬時に作り出すスピーリトゥス。
魔術陣から現れたのは全身から炎を吹き出した蛍。だが、その大きさはロゼよりも遥かに大きく、虫が苦手な人が見れば卒倒するレベルだ。
ルシオラは一度体を大きく横に数度揺らすと、ゆっくり羽根を広げ、飛び上がる。
ジジジという羽音をたてながら低空飛行するルシオラはまさに圧巻と言う言葉がふさわしかった。
「…なんで森の中で火を?」
「早く倒さないと森が燃えるぞ」
「時間制ですか!?」
「破魔の矢は使用禁止だ。あれを使えば、すぐに死んでしまうからな」
「あれ、私って《弓絃》をメインで修行したはずなのにそれが使えないって…」
「いいから早く倒せ」
「と言われても…」
ロゼはルシオラを見ながら、半ば諦めた目で見つめる。
だがやらないという選択肢は無い。
「【魔女の記憶を呼び覚ませ 時さえ凍る 氷魔の剣 魔を持って魔を殺…】なにするんですか」
「当たり前だ。この修行で学んだことだけを使え」
通常の魔術を使おうとしたロゼの魔力を無理矢理乗っ取り、反魔術させるスピーリトゥスにロゼは不服そうな顔を浮かべる。
「学んだこと…」
幸いにもルシオラはロゼに敵対心を抱いておらず、襲ってくることは無い。
ゆっくりと目を閉じ、自然エネルギーの流れを感じる。
なにしも自然エネルギーを視て天候を言い当てるだけが『占い』では無い。未来が見えるのであれば、レオの魔眼のように相手の先の先を読むことができる。
「それを最大限活かす…カリダ!」
ロゼがカリダを呼ぶと、ロゼの近くの木に止まっていたカリダが勢いよくルシオラに向かって飛ぶ。
「【世界樹に我願う 恩恵をもたらす最古の弓 祝福の波動 生を讃えよ 弓絃】」
そしてロゼは、ルシオラに向かって飛ぶカリダを矢で射抜く。
この固有魔術は射抜いた対象者の身体能力や思考能力など生物の基礎的な力を引き上げることができる。
「カリダ!」
ロゼが次なる指示をカリダに飛ばす。深くは言わなくともロゼとカリダは契約によって繋がっている。ある程度の意思疎通は可能だ。
カリダは広げていた小さな羽を折りたたむと、蒼かった体は、森の霧に溶け込むように白く染まっていく。
ロゼがカリダを具現化させる時、なるべく傷ついて欲しくないというロゼの思いからカリダは隠密や、身隠に優れていた。カメレオンのように自分の体の色を変え、風景に溶け込む。
「ルシオラ」
だがそれを見越していたかのようにスピーリトゥスがロゼの隣でルシオラの名を小さく呟く。
ロゼがカリダと繋がっているように、スピーリトゥスもルシオラと繋がっている。
ルシオラの体から吹き出すゴウゴウと燃え盛る赤い炎から一変、静かだが赤い炎よりも熱い青い炎へと色を変える。
「【世界樹に巫女願う 万物根源最古の弓 散魔の波動 魔を司どれ 弓絃】」
だが、ロゼはそれすらも見越していたようだった。
ルシオラが青い炎を出した瞬間、弓を引き、ルシオラに向かって矢を放つ。
ヒュンという風切り音がカリダを追い越してルシオラに直撃する。
「ふむ、まさか散魔すらも使えるようになっていたとは」
これにはスピーリトゥスも素直に賞賛を送る。
これは放たれた矢を中心に魔力や魔術が魔素へと還元させるもので、破魔と同じく魔力を持つものには天敵となる。
スピーリトゥスは、破魔は駄目と言っただけなので散魔は問題ないだろう。そもそもスピーリトゥスはロゼが散魔を使えることを知らなかったため、仕方が無いと言えば仕方がないだろう。
「そこまで」
これは完全に詰みだと判断したスピーリトゥスは、最後の試練に終止符を打つ。この試練はロゼの成長をスピーリトゥスが最後に見ておきたかった部分もあるので、無理に最後までやる必要も無いだろう。
そして、最後の置き土産とばかりに気配も何も感じさせずスピーリトゥスはカリダとルシオラの間に一瞬にして割り込み、手で制止させる。
「我の予想を超え《巫女》となりし女の子ロゼよ。このスピーリトゥスが一人前だということを認めよう」
「ありがとうございました。とても充実した日々でした。また、来た時は娘さんに会わせて下さいね」
「うーむ…坊主を連れてこれば考えてやらんこともない」
「レオ様はあげませんよ?」
「…達者でな」
「はい。本当にありがとうございました」
既にまとめてあった荷物を背負い、カリダを肩に載せたロゼは名残を残さぬように足早に立ち去る。
柄にもなく小さく手を振るスピーリトゥスに大きく手を振りながら、霧でその姿が見えなくなるまで。
これでロゼの話は終わりです。次話からはニーツの話です




