episode157 占い
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ロゼが空気の流れを読むことができるようになるには二週間。それから気力、魔力など様々な自然エネルギーを読むことができるのに更に二週間。
空気の流れを読むことが出来れば、後はその応用なのでトントン拍子に進み、三ヶ月かけた『弓絃』に対して『占い』は、一ヶ月ほどである程度使うことができるようになった。
「逆にあれだけやって出来なかったからどうかと思う位だ」
ロゼにそう辛辣な言葉を言い放つスピーリトゥスだが、そう言われても仕方ないくらいロゼは修行に打ち込んでいた。
起きている間は、最低限の生活に必要なことをこなす以外は全て自然エネルギーの流れを読むことに集中し、一ヶ月とはいえ、かなり密な修行をしていた。
「今日一日くらいは休みでもいいだろう。坊主の似顔絵でも見て癒されるのだな」
「スピーリトゥス様はすぐそういう事を言う。デリカシーの無い事を言っていると娘さんに嫌われますよ?」
「……撤回しよう」
一ヶ月前、少し娘について漏らしていたスピーリトゥス。
『占い』の修行は『弓絃』と違い、スピーリトゥスの監視下の元で行っていたので一ヶ月間話す機会があった。そこでロゼは、スピーリトゥスの身の上話について色々聞くことがあった。
スピーリトゥスには五百年前に結婚した同じくハイエルフの奥さんとの間に二百五十歳になる年頃の娘がいるそうだ。二百五十歳で年頃?と疑問に思うかもしれないが、最近エルフ国の学園に通い始め、ずっと俗世から離れた生活をしていた娘はようやくロゼやマリーのような女の子らしい成長を始めたため、年齢はともかく、心は年頃の中等部くらいの女の子だ。そして見た目も変わりにくいハイエルフのため、違和感は無に等しい。強いて言うのであれば、話し方がスピーリトゥスのように淡々と要点だけまとめて喋るので分かりにくいということだけだろう。
「娘さんに甘いのはそっくりなんですね」
「誰とだ」
「レオ様と」
「むむ…」
置物のような造りの顔を少し歪ませ、納得いかないような表情を見せるスピーリトゥス。
スピーリトゥスは二百五十歳にもなる娘のことを溺愛しており、それはもうマーヤを可愛がる時のレオと同じくらいだ。
いつも無表情で表情が読みずらいレオとスピーリトゥスだが、娘を前にすると口元が緩み、人前には見せられないほどになる。
「その話はもういい。『口寄せ』についてだ」
強引に話を変えるスピーリトゥス。
見るからに無理矢理だが、ロゼはここで一言挟んでも面倒なことになることをレオで身をもって経験しているため、ぐっと口を閉じた。
「『口寄せ』は召喚術に近い。魔獣を含め、魔力を持つ生物と契約を結び、体内に『飼う』ことでいつでも呼び出すことができる。召喚術と違うのは、召喚術ほど応用性が無いことと、契約を結んでいる分安全面や安定性は『口寄せ』の方がある」
「契約…ってのはどうやって?」
「武力をもって屈服させる」
「原始的ですね…」
「それが一番早い。そもそも『口寄せ』とは、言わば隷従と変わらないことだからな」
スピーリトゥスは簡単に言うが、心優しいロゼには中々厳しい表現だろう。
「あの、その生物の動きを制限することになるんですか…?」
「然り。主の魔力ならば少なくとも八体は体内に『飼う』ことができるな」
「あの、体内に飼わずにずっと外に置いておくってのは…」
「『口寄せ』自体には魔力はかからんが、体内で飼っているものを外に出すと消費魔力が跳ね上がる。主の魔力的にせいぜい一体と言うところがいいところだろう」
「ほっ…」
新しい力を多く手に入れたいのなら、ロゼの選択は間違っているだろう。
だが、ロゼが愛してやまず、そして心から尊敬しているレオは、非人道的な事で他を傷つけて手に入れる力を良しとはしない。
ナーブスが人を殺して自分の命のストックを増やしていたように、ロゼが生物を隷従させて力を手に入れることにレオはいい顔はしない。
そんなことを思ったロゼは、間違いだとしても行動を縛らないそんな方法で口寄せをしたいと思った。
「本当に人族とは不思議だ。主がそれを望むのなら我は何も言わんよ。それでは始めようか」
「あれ、今日は休みじゃ…」
「…いいからやるぞ」
「ふふっ」
「何がおかしい」
「いえ、何でも」
表情を読み取りずらく、無愛想で、高圧的な態度だが、時々抜けていて、そこを付かれるとすぐに拗ねてしまうスピーリトゥスのそんなところが四ヶ月会えていない想い人と重なり、ロゼは思わず笑みを浮かべる。
「説明するぞ。『口寄せ』というのはこの世に既に生まれている生物を含め、新たな命を生み出して契約を結ぶこともできる。新たな命を生み出すには大量の魔力がいるが、敵対心や警戒心が少なく契約がスムーズにいく。我は新たな命を生み出すことを勧める」
「なるほど…じゃあそうします」
スピーリトゥスの説明に少し考える素振りを見せたロゼだったが、すぐにスピーリトゥスの勧め通り新たな命を生み出すことに決めたロゼ。
「特別に魔術陣は描いておく…描けた」
「とてつもなく早いですね…少し休もうかと考えた瞬間終わりました」
「我はスピーリトゥスだからな」
地面に半径一メートル程の魔術陣を瞬時に構成すると、スピーリトゥスは魔術陣の真ん中に小さな石を並べ始める。
「それは?」
「生命の源だ。ただの石に見えるかもしれないが、世界樹の樹脂を固めたものだ」
数十個の世界樹の樹脂の塊を並べたスピーリトゥスは立ち上がると、ロゼに魔術陣の近くで腰下ろすようにジェスチャーをして座らせる。
「新たな命を生み出すと言っても気負いする必要は無い。これは主の想像を具現化する魔術。禁忌的なものでは無い」
「分かりました」
「思い浮かべろ」
ロゼと同じく魔術陣の外線の外側に腰を下ろしたスピーリトゥスは目を閉じ、魔術陣に魔力を注ぎ込んでいく。
「形」
「…」
「強く念じろ。世界樹の樹脂はそれに応える」
ロゼもスピーリトゥスに習って目を閉じ、スピーリトゥスに言われたことを頭の中で強く思い浮かべる。
そうすると、地面に描いた魔術陣が光を放ち、樹脂の塊がカタカタと音を鳴らしてゆっくりと空中へ浮かんでいく。
「わあ…」
「集中を乱すな。強く念じ続けろ」
その幻想的な光景に思わず目を開け、感嘆の声を上げるロゼ。
スピーリトゥスに注意されながらも、強く、強く、形を思い描いていく。
そうすると、ロゼの強い念に反応するように数十個の樹脂の塊が形を象っていく
「次は色」
「色…色…」
そうしてスピーリトゥスが次々出す言葉に対してロゼは、強く念じ続けていく。
色を思い浮かべれば樹脂の塊は色を変え、大きさを思い浮かべれば樹脂との間隔を狭めたり広くしたり動く。
最終的に樹脂の塊が生物の形を形どったのは小鐘一つたった頃。
そしていよいよ完成が見えてきた。
「最後にこの生物に名前を付けろ」
「名前…カリダ…」
「それでいいのか?」
「はい。ふと思いついたんですが、これが一番合っている気がします」
「心得た。【主の名はカリダ 色付き 形取り 新たな生命の息吹を吹かせろ 生命具現化】」
最後にスピーリトゥスは詠唱を唱えると、空中に浮いた樹脂の塊はロゼの思い描いた生命へと形を変える。
「【契約】」
そしてロゼは、新たに生まれた手のひらに収まるほどの小さな生命と契約を交わす。
「かわいい…」
ロゼが思い描いたのは蒼い鳥の雛。輪郭が少し鳥にしては丸いが、そこはロゼの趣味だろう。
手のひらに乗った雛を見てロゼは完全にデレデレ。興味本位で撫でようとしたスピーリトゥスの手を叩き落とし、頬にスリスリして感触を楽しんでいる。
「…帰るか」
一人虚しく残されたスピーリトゥスは、その場から逃げるように霧に紛れて消えていく。
いくら威厳があろうと、レオと同じくロゼには強気な態度を見せれないスピーリトゥスだった。
カリダはラテン語で温かいという意味です。最近寒くなってきたので何かほどよく温まる方法が欲しい…。




