episode153 チグハグタッグ
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「おいベッルス、お得意の魔術でどうにかならねぇのか!!」
「そもそも相手が見えないというのにどうしろって言うんだッ!」
森の中で未知の魔獣と遭遇したベッルスと獣王。
気配も無く、足跡も無く、ベッルスと獣王を包むこの空間だけポカリと何も無くなったかのように、絶対に無ければならない魔素や音すらも消えていた。
「…」
互いの呼吸音、心臓の音が聞こえてくるほどの静寂がこの場を支配しているのにも関わらず、魔獣の足音一つすら聞き取ることができない。
「【可憐な花達よ その棘を僕のために使っておくれ 花棘】」
ベッルスは胸ポケットから取り出していた一輪の薔薇を振り、花びらを四方八方に撒き散らす。
撒き散らされた花びら一枚一枚に魔術陣が刻まれ、全方向に向かって花びらが勢いよく拡散していく。
これまでも使ったいた【花棘】だが、レオと模擬戦をしていた時や、初陣でミールと戦った時の比では無い。
発動までの時間はさほど変わらず、近距離戦で用いる魔術にしては遅いが、発動してから花びらが全方向に拡散するまでの速さが違う。
花びらを目で捉えることはできず、赤い軌跡が空中に広がるのみ。獣王でも野生的第六感を使わなければ全てを防ぐのは難しいほどだ。
「やはりッ!」
この時ベッルスは、獣王とは違う確信を抱いた。
「何か分かったのか?」
「この魔獣だが、今は実体が無いと見たッ」
「今は…?」
やけに強調されたベッルスの『今は』という言葉に引っ掛かりを覚えた獣王は、ベッルスに聞き返す。
「恐らく、この魔獣は空気中に溶け込むッ。もしくは、空気そのものになることができ、任意で実体へと戻るッ!」
「つまり?」
「魔獣が攻撃を仕掛けた瞬間しか攻撃を当てられないということさッ!!」
「手詰まりじゃねぇか…」
ベッルスのやけに確信を持った言い方に、気配や音が聞こえない事に関する魔獣の能力が大筋はそうなんだろうと獣王も考えるが、もしその能力を本当に持っているならば、こちらから攻撃を仕掛けることが出来ないことになる。
「だが、総督が一つ言っていたことがあるッ!」
「レオが?」
「『最近、魔獣の活発化により超級の魔獣が増えた。誰かが超級を意図して生み出したかのような未確認の破格で未完成な性能の魔獣をな。完成された魔獣よりも、能力を見れば強いが、どこかに決定的な弱点がある。俺から言わせてみれば、雷牛の方が【レクス】や【レーギーナ】の何倍も強い。』とッ!」
レオはこの頃発生し続ける超級魔獣に違和感を覚えていた。いや、誰しもが違和感を覚えていた。
超級の魔獣とは、本来ならば百年に一度現れるかどうかのレベルの魔獣。
その超級が次々と現れ、世界各地で目撃、討伐情報が上がっている。
さらに、その超級の魔獣のどれもが未確認の魔獣。超級レベルの力を持っていると認定されるほどの魔獣ならば、アーステリオースのように過去に出現していてもおかしく無い。
それが立て続けに無いとなると、誰だって違和感を覚えるものだ。
そして、レオが一番違和感を感じていること。それは、未確認の超級魔獣の破格の能力について。
レオが倒した【レクス】の全属性の魔術を扱いながら、岩をも破壊する力。
全ての雄を惑わし、自分の群れとして引き連れる【レーギーナ】。
今回現れた魔獣の、姿が感知されない能力。
そのどれもが誰もが思いつくような《シンプルに強い》力を有している。
確かに超級としての力は十分だが、アーステリオースのような一癖も二癖もあるような魔獣はいない。
「つまりこの魔獣は人工的に作られ、人工的に作られたゆえに弱点があると」
「そういうことだなッ」
例えるのなら旧貴族と新貴族。
長年優秀な血を取り入れながら遺伝子レベルで成長、進化を続ける旧貴族は、アーステリオースのような完成された魔獣。
その時だけの新たに手に入れた絶大な力を有する新貴族は、レクスやレーギーナのような強さと弱点と兼ね備えた未完成な魔獣。
「だが、どこに弱点が…」
「分からないッ!」
獣王は、根っからの戦闘狂。
そして普段頭が良さそうに見えるベッルスも、実はそこまで頭を使って戦闘を行うタイプでは無く、魔術でごり押すタイプ。
レオのように相手を分析して、見極めることは苦手中の苦手。
「……」
「結局手詰まりか…」
下手をしたら【アシュミルン】の危機だと言うのに緊張感の無い二人。
だが、二人もただそれだけで終わる訳では無い。
苦手ながらも必死に模索をする。
「ったく、面倒だ」
「同意だが…成長を感じるのには丁度いいッ!」
面倒だと言いながらも笑みをこぼす獣王と、活き活きとした笑みを浮かべるベッルス。
自然に背中を合わせ、まだ見ぬ敵に挑む二人の姿は、まさしくカーリとレオのようなチグハグだが、どこか目が離せないライバルだった。
次で終わる…予定です。




