episode13 入学式【前編】
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レイオスとロゼが図書館で別れてから一ヶ月。
二人の間には気まずい空気が流れている。
別に喧嘩をしている訳ではないので、二人共どう対処をして良いのかわからない状況だった。
「今日は入学式か~」
「お前に後輩か…。心配しかないな。」
今日は入学式。
レイオス達在校生は学園自体は休みなのだが、この学園は寄宿制なので外に出ることはできず、いつも使っている訓練場は入学式で使用しているので出入りできない。なので、午前中から学園内を二人でブラついていた。
ちなみに、レイオスはカーリにこう言っているが、前日の夜に「レイオスくんが…ふふふ…先輩とか…ぷっ…アハハハハ!!」とヒカルに馬鹿にされていた。
「ロゼは入学式のお手伝いでいないし、いつもの訓練場は入学式で使われてて使えないし、何しようかな~」
「たまには図書館にでも行って本を読んだらどうだ。図書館くらいなら空いてるだろ。」
「文字の羅列見ると、頭痛くなるんだよな……」
「……。」
「何か言えよ!」
「何か。」
「上の空かよ……あぁ~!暇だなぁ~!」
他愛もない話を繰り返すレイオス達。
カーリは腕をグッと後ろに伸ばし、思い切り叫ぶ。
カーリは暇だ暇だと呟いているが、レイオスは今日の夜に王女のラティスと演劇を見に行く約束があるので、実はそんなに暇ではない。
「たまには図書館にでも行って本を読んだらどうだ?」
「文字の羅列見ると、頭痛くなるんだよな……って、これ何度目だよ」
「八回目だな。」
「俺たち暇人だな」
二人並んで学園の並木道をひたすら歩くレイオス達。
この道を通るのは今日で三回目だということに二人は気がついていなかった。
☆
「以上、二百十二名の入学を許可します。」
入学式ということで、壇上の上にはいつもとは違う、服装をきちんと着こなし、真剣な雰囲気のヒカルが立っていた。
トロールや、文体祭の事もあり、入学希望者は前年よりも減ったものの、倍率は七倍。ヒカルも内心ヒヤヒヤしていたところで、入学式が無事に行えたことに内心安堵していた。
真面目なヒカルを見て、いつもああすればいいのにとロゼは内心思っていたのだが、今は入学式。気を引き締めて入学式を見守ることにした。
「失礼しまァ~す!」
突如開かれた訓練場の扉。
多くの新入生が後ろを振り返り、扉の方を見つめる。
訓練場の中にズカズカと入ってきたのは、三十代くらいの、筋肉質の男で、赤い髪を無作法に伸ばし、ニヤニヤとして笑みを口元に浮かべている。
右手には身の丈ほどの大剣が握られており、剣先を地面に引きずっている。
「誰ですかね?」
「おォ!アンタが伝説の英雄、勇者ヒカルか!へェ…初めて見たけど、貧弱そうな、なよっちい体してんなァ!」
「質問に答えなさい」
騒然となる訓練場。
誰一人として立ち上がろうとしないのは、学園長であるヒカルへの信頼故か、恐怖からなのかは分からない。
「オレは、グラン=ビードラ。竜殺しのグランと言えば分かりやすいかねェ?」
一歩一歩、訓練場の中に侵入するグラン。
先程までは見えなかったが、左手には鎖が握られており、鎖の先には一人の見窄らしい格好をした女性が繋がっていた。
「オラ、早く動け」
グランがグイっと鎖を引っ張ると、女性の体勢が崩れる。
そうすると、女性の後ろから別の女性や少女が訓練場の中へと姿を現す。どうやら、鎖は続いていてらしく、最終的に十数人の女性達が訓練場の中に姿を現す。
「っ!?」
その女性達を見たヒカルは驚きを隠せない。
後ろにいた女性や少女は奴隷と呼ばれる、主人に絶対的服従を強いられた身分の者で、王国では奴隷制度ははるか昔に無くなっている。
「これはこの任務が終わってから楽しむために、さっき買ってきたんだ。気にしなさんなよ旦那。あ、これは内緒で頼むぜェ?」
下卑た笑みを零すグランの態度にヒカルの目がスッと細くなる。
「それで任務とは?」
「そこにいるローブを被ったハイエルフの確保かねェ?」
「そんなことさせるとでも?」
「するんだよ」
グランは鎖を手放し、指を鳴らすと、訓練場の屋根から帯刀した黒装束の男達が降ってくる。
「やれ」
グランの指示で、男達が動き出す。
男達の手には既に怪しく輝く宝石が握られており、宝石をヒカルを含めた警戒態勢の教師達に次々と投げ当てていく。
「っ!?みなさん!」
驚きの声をあげ、周りを心配するヒカルも近くに転がった宝石から魔術陣が体を包むように展開されて身動きが取れなくなる。
「……!」
魔術陣の中で、ヒカルは必死に叫ぶもその音は魔術陣により遮られる。
「その魔術石は男爵以上の宮廷魔術師が、一ヶ月かけて練り上げたモノだからよォ、例え伝説の英雄でも、抜け出すのは簡単じゃないぜ?」
閉じこめられた魔術陣の中で悔しそうに顔を顰めるヒカル。
「さァて、とっとと捕まえて退散しますかァ」
心底怠そうに、ロゼの元へ歩いていくグラン。
「い、いや…」
ロゼは、身を守るように両手で自分の身をギュッと抱きしめる。
この時、ロゼの中には様々な出来事が頭を過ぎっていた。
『どこからバレたんだろう』『助けを呼ばないと』『それもよりも逃げなければ』
ロゼは新入生の方をチラリと見ると、誰も彼もが目を逸らす。
全てを察したロゼには近づいてくるグランの一歩一歩が終わりを告げるカウントダウンのように思えた。
「グラン=ヒードラ。フィエルダー家当主として告げる。今すぐここから消えろ。」
「あァ!?」
後ろからかけられる声にグランは声を荒らげながら振り返る。
「おやァ?これはこれはフィエルダー家の坊ちゃんじゃねェか」
「聞こえなかったか?今すぐここから消えろと言ったんだ。」
「聞こえてるぜ。すぐ消えてやるから安心しな、このハイエルフの嬢ちゃんを連れてなァ!」
「きゃっ!」
グランが自分の片腕を掴み、無理矢理引っ張られたことでロゼの口から小さな悲鳴が漏れる。
「貴様ッ!」
(教師陣は捕まったか…。新入生もまだ状況を完璧に把握しきれず、どうするか迷っている。この男の目的はあの平民か…どこから情報が漏れたかは知らんが…この男はここで止める)
声を荒らげたものの、周りを見渡して冷静に状況を判断するレイオス。
「竜殺しか何かは知らないが、トカゲ一匹殺したぐらいで調子乗るなよ、新貴族。」
「ハッ!笑わせんな、偶然とマグレで成り上がった頭の硬い旧貴族がよォ」
睨み合う二人。
ピリピリとした張り詰めた空気が訓練場を包む。
昔から王国に仕える、責務を守り、自身の家に誇りを持つプライドの高い旧貴族。
功績をあげ、国の顔として活躍し、地位と財力に物をいい好き放題に暴れる新貴族。
王国内に闇が蔓延るようになったのも、新貴族が貴族の仲間入りしてからだ。
「叫ぶな。喚くな。騒ぐな。吠えるな。嘯くな。耳障りなんだよ貴様の声。」
「あァそう…」
グランはロゼの腕を離し、ニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを止め、ゴミを見るような目でレイオスを見る。
レイオスはそれを戦闘の合図だと取った。
「貴様がその気ならば…」
レイオスは【ギアス】を展開し、三つの魔術陣を破壊する。
「相手をしてやろう。」
レイオスの体から黒い靄が立ち昇る。
禍々しいオーラがレイオスの雰囲気がガラリと変わったのを見てグランが口笛を吹く。
「そんなギラついた目で見られたら、殺したくなっちまうなァ」
ヒュンッという風切り音が、訓練場全体に広がる。グランが大剣を振るった音だ。
一拍の静寂の後、耳を塞ぎたくなるような轟音が訓練場を包む。
レイオスが地面を蹴った衝撃のものだ。
「だが、ざァ~んねェ~ん」
レイオスの姿が消えた後、すぐさまグランは胸元から赤い紙を取り出す。
それを目の前に突き出すと、姿が見えなくなったレイオスがグランの突き出した赤い紙の前に放心して立っていた。
「今回は争う気はねェんだわ」
「『王の赤紙』…。」
「そ。フィエルダー家の坊ちゃんなら当然知ってるよなァ?王が貴族に対しての命令を書いた赤い紙。通称『王の赤紙』。拒否権を例外なく認めず、貴族はこの命令に絶対に従わないといけねェ。このハイエルフを連れてくるお仕事は、国王様からの命令なんだよなァ!」
「くっ…。」
「ほら、フィエルダー家の坊ちゃん。仕事だ。」
悔しそうに顔を歪めるレイオスの顔を、ニヤニヤと見つめるグラン。
わざと挑発に乗り、戦うように見せたのはレイオスを煽り、今のようなレイオスの悔しそうな顔を見るための娯楽にすぎない。
「分かっている。」
レイオスは貴族だ。
貴族ならば仕えている王の命令は絶対。
特に、『王の赤紙』を使われては何があっても拒否は許されない。
「じゃあ一緒に仕事をしようなァ!フィエルダー家の坊ちゃんよォ!!!」
天井に向かって高笑いをし、レイオスの肩に手を回すグラン。
レイオスは悔しそうに唇を噛み締める。
「レイオス!」
新たに訓練場に現れた一人の少年。
その両手には、訓練用の木剣が二本握られている。
「ド平民か。事情が変わった。俺は今からソイツを王の元へ連れていく。」
「ふざけんなよ…!」
ギュッと両手の木剣を更に握りしめるカーリ。
その体は怒りからか、小刻みに震えていた。
「やれ。」
レイオスは、グランの後ろにいた黒装束の男達に命令を出す。
黒装束の男達は、カーリに一直線に向かっていく。
「いいのかァ?」
「何がだ。」
「あの友達」
「友達?笑わせるな。貴族である俺とド平民が友になるわけがないだろ?」
「ハッ!確かにそうだ。俺達貴族は平民とは違うからなァ」
「ああ…。」
この時、レイオスは悩んでいた。
本当に、このまま仕事としてロゼを連れていってもいいのか。
ここにいる新入生二百十二人。そして捕まっている教師。そして、何よりもロゼとカーリに、俺はこの国を守っているフィエルダー家の当主だと胸を張れるのか。
「カーリ!」
後ろで黒装束の男達と刃を交えるカーリの元へ駆け出すロゼ。
レイオスは、自分の横を通り過ぎようとしたロゼの腕を掴む。
掴んだ拍子にロゼのローブが外れる。
「離して!」
反抗的な目で、レイオスを見つめるロゼ。
精一杯レイオスの腕を外そうとするも、外すことはできない。
ロゼの目には大粒の涙が浮かんでおり、今にも狂いそうな程に顔を歪めていた。
「確かにこれは、王が欲しくなるのも頷けるなァ」
「離してください!レイオス様!」
「……。」
「よォし、じゃ連れていくぞ」
ロゼと図書館で話してから自分にレイオスは何度も何度も嫌気がさした。
これが今の|レイオス=フィエルダー《自分》なのかと。
レイオスは生まれてからずっと自分誇らしかった。貴族である自分が。才能がある自分が。大人な自分が。強い自分が…。
「なぁグラン、強さって何なんだろうな。」
「あァ?なんだ突然」
今まで誇らしいと思っていた自分が今は嫌いで嫌いで仕方ない。
ふと目を、カーリの方へ向けるレイオス。
力量差もあり、ボロボロになりながらも黒装束の男達に両手の剣を振り回している。
最初、レイオスには意味がわからなかった。圧倒的な差があるのに立ち向かってくるカーリに。
イライラもした。何故こいつは諦めないのかと。
ムカついた。馬鹿にも程があると。
だが、途中からその気持ちはレイオスの中で変わっていった。
敗北をバネにして何度も立ち向かってくるカーリを見て、レイオスはカーリの強さを知った。
ロゼと図書館で話してから、レイオスは自分に足りない強さを考えた。
自分に足りない強さ。
自分が本当に求めていた強さ。
「そうだな…俺が本当に求めていた強さは圧倒的な差を前にしても諦めない心だったんだよ。」
フィエルダー家の当主になってから、この王国に蔓延る様々な闇を見た。
自分には何もできないと諦めていた。
大人の事情だと、これは必要なことなんだと。
王国という圧倒的な壁を前に、レイオスは国民を救うことで自分は他の貴族とは違うと自分に言い聞かせた。
だけど、ロゼとの会話でレイオスは気づいた、見て見ぬ振りをしている自分を、逃げている自分を。
「さっきからどうしたんだよ、フィエルダー家の坊ちゃんよォ」
「ド平民!剣を寄越せ!!」
ロゼの手を離し、カーリに向かって走り出すレイオス。
カーリはレイオスの声に気づき、左手に握っていた木剣をレイオスに向かって放り投げる。
天井近くまで放り投げられた剣を、レイオスはジャンプをして、剣を掴む。
「そっちは任せたぞ!」
地面に降り立つと、すぐさま、グランに向かって走り出すレイオス。
「おい!この赤紙が見えねェのか!」
レイオスの反逆に手に握られた赤紙を振り回し、レイオスを必死に止めようとするグラン。
───少年はもう迷わない。
一部もいよいよクライマックス。
次で一部完結です!